[KATARIBE 29784] [OM04N]小説『歌を詠む鬼』

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Date: Tue, 21 Feb 2006 01:37:11 +0900
From: "Hikaru.Y" <hukira@blue.ocn.ne.jp>
Subject: [KATARIBE 29784] [OM04N]小説『歌を詠む鬼』
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ふきらです。
おにばな。かなり気が早い春の話。

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小説『歌を詠む鬼』
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登場人物
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 烏守望次(からすもり・もちつぐ):http://kataribe.com/OM/04/C/0002/
  見鬼な検非違使。

 秦時貞(はた・ときさだ):http://kataribe.com/OM/04/C/0001/
  鬼に懐疑的な陰陽師。

本編
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「歌を詠む鬼、か」
 時貞はそう呟いた。その隣では望次が神妙な顔つきで頷いている。
 太陽はまだ高い位置にあり、春の陽気が辺りに満ちていた。時貞の館の庭に
も花が咲き乱れ、色鮮やかな姿を見せている。
 望次は目を細めてその様子を見ると、時貞の方に体を向けた。
「特に何かされたというわけではないらしいのだがな」
 そう前置きをして、望次は自分に持ちかけられた相談のことを話し始めた。


 望次が上司から相談を持ちかけられたのは先日のことであった。彼の屋敷に
鬼が出るというのである。
「鬼ですか?」
「うむ」
 頷く上司を見て、望次は困惑の表情を浮かべた。鬼のことならば、検非違使
である彼に話すよりも陰陽寮の連中に話すのが筋であろう。望次は何故自分に
話すのか尋ねた。
「いや、特になにかされたというわけではないのだがな……」
 そう話す口調は何となく弱々しい。どうやら、鬼の姿そのものを見たという
わけでもなく、何か被害にあったというわけでもないらしい。何もないのに陰
陽寮に泣きついたとあれば検非違使としての立場もない。だから、いきなり陰
陽寮に告げるわけにもいかず、陰陽寮に知り合いがいる望次に相談したようで
あった。
「で、どういった事が起きるんです?」
「歌がな、聞こえてくるのだ」
「どんな歌です?」
「確か…… そう、こぼれてにほふ花ざくらかな、だ」
「はあ」
 歌があまり得意でない望次は曖昧な返事をした。上司も同じようで苦笑を浮
かべて、それがよい歌かどうかは儂も知らないのだがな、と言った。
「とにかく、姿も見えぬのに声だけが聞こえてくる、と屋敷の者が気味悪がっ
ておるのだ。悪いが、一度見てもらえぬかな?」
「はあ…… まあ、どうなるかは分かりませんが近いうちにあいつを連れて伺
います」
「そうか、よろしく頼む」


「……というわけだ」
「で、俺が行くことは既に決まっているのだな」
 時貞は少し睨むように望次の顔を見た。彼は申し訳なさそうな表情を浮かべ
て肩をすくめる。
「仕方ないだろう。俺の上司の頼みなのだから」
 やれやれ、と言いたげに溜め息をつくと時貞は立ち上がった。
「どうするのだ?」
 彼を見上げて望次が言う。
「行くのだろう? その上司の屋敷へ」
 そう言って時貞は口元を少し歪めた。
 時貞の館からその上司の屋敷まではそう遠くない。良い天気だし歩いていこ
う、ということになった。
 都は活気に満ちあふれていて、あちらこちらで威勢のいい声が上がってい
る。
 風に乗って近くの桜の樹から花びらが舞い落ち、歩いている望次の袖に張り
付いた。それを手にとって、しばらく眺めてから、再び風が吹いてきたときに
花びらを掴んでいた手を離した。花びらは来たときと同じように風に舞って空
へと飛んでいく。
「……春は良いな」
 望次が呟き、それを聞いた時貞がくすりと笑う。それを見て望次はむっとし
た表情を浮かべた。
「たまには良いではないか」
「まあ、な ……っと、ここだな」
 二人は少し大きめの屋敷の門の前で立ち止まった。大きな桜の樹が塀の向こ
うに見える。
 望次が先に中に入り、やがて門から顔を出して時貞を呼び入れた。
 相談をしてきた上司は用があっていないらしいのだが、屋敷の者には話がつ
けてあるらしく勝手に見て回ってくれと言われた。
「さて ……とりあえず、屋敷を眺められるところで待ってみるか」
「うむ」
 二人は庭に行き、外からも見えていた桜の樹の下に陣取った。咲き誇る桜を
下から見上げる。
「良い桜だ」
「ああ」
 二人が来ているせいか、屋敷は静まりかえっていた。
 すぐに姿を見せないだろう、と思っていたが望次はこめかみが少し痛むのを
感じ、厳しい表情を浮かべた。
「来たか」
 それに気がついた時貞も同じように真剣な表情で屋敷を見張る。
「浅緑のべの霞はつつめども……」
 やがて、どこからともなく声が聞こえてくる。
「こぼれてにほふ花ざくらかな……」
 声は段々と近づいてくるが、時貞の目には何も見えない。
「見えるのか?」
 彼は隣で一所をじっと見つめている望次に小声で尋ねた。
「ああ。見たところは普通の老人だな」
「ふむ…… 表情は?」
「あ、こちらを見ている。桜を見ているのか。穏やかな笑みを浮かべている
な」
 望次が見ているのに気付いているのかどうかは分からないが、その老人はも
う一度同じ歌を繰り返すと屋敷の奥へと歩いていき、ぷつりと姿を消した。
「消えた」
「……それだけか?」
「ああ」
 ふぅ、と望次がため息を漏らし、いつの間にか額に浮かんでいた汗を袖でぬ
ぐった。何をされるか分からない、となるとやはり緊張するものである。
 その横では時貞は腕組みをして何か考えていた。
「望次、お主の見たところだとその老人は悪さをしそうだったか」
「ん? ……いや、そんな様子はなかったな」
 そうか、と時貞は腕組みをほどいた。
「では、放っておいてもよかろう」
「いいのか?」
 尋ねる望次に時貞はふっと笑みを浮かべた。
「鬼とて、この桜を見れば歌の一つでも歌いたくなろのだろうよ」
「……そんなものか?」
「そんなものだ」
 そう言って二人は再び桜の樹を見上げた。
 満開の花の隙間から見える空は、淡い桜色に染まっているように見えた。

解説
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元ネタは今昔物語 巻第二十七の
「第二十八 京極殿に於いて古歌を詠むる声ありし語」です。
元ネタと言っても歌を詠む鬼、の部分しか使ってませんが。


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