[KATARIBE 29778] [HA06N] 小説『思い出の箱』

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Date: Fri, 17 Feb 2006 00:34:13 +0900 (JST)
From: 久志  <furutani@mahoroba.ne.jp>
Subject: [KATARIBE 29778] [HA06N] 小説『思い出の箱』
To: kataribe-ml@trpg.net
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2006年02月17日:00時34分13秒
Sub:[HA06N]小説『思い出の箱』:
From:久志


 久志です。
もとみーちょっぴり寄り道の話。

-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-= 
小説『思い出の箱』
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登場キャラクター 
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 本宮和久(もとみや・かずひさ)
     :吹利県生活安全課巡査。生真面目さん。あだ名は豆柴。
 本宮麻須美(もとみや・ますみ)
     :和久の母、魔性の瞳の血筋を持つ。生まれつき体が弱い。
 源希(みなもと・のぞみ) 
     :本宮家の住み込みメイド。実はアンドロイド。 

実家にて
--------

 前に実家に立ち寄ったのは去年のクリスマス。
 実家のイブのパーティに尊さんを誘ったのだけど、結局その夜は急な出動で
殆どのんびり休む暇も無かった。

「ただいま」
「はい、和久様。おかえりなさいませ」

 玄関で丁寧に出迎えてくれたのは、去年からうちの実家に住み込みで働いて
るメイドの希さん。頭からつま先までぴしっとしたいわゆるビクトリア時代風
な雰囲気のメイド服で丁寧に頭を下げられると逆にこっちが緊張してしまう。

「えっと、希さん。母さんの具合どう?」
「ええ、だいぶご気分が良くなられたようで、起きて居間でゆっくりなさって
おいでです」
「そう、よかった。これ、お土産のプリンだから、後で母さんに」
「まあ、ありがとうございます。奥様もきっとお喜びになりますわ」


 ここしばらく、母さんが体調を崩して臥せっていると聞いたのは三日前。
 昔から、あまり体が丈夫な方でない母さんは、季節の変わり目や冬の時期に
なると、体の調子を崩して入院したり臥せって起き上がれない日が何日か続く
ことがよくあった。

「あら、和ちゃんお帰りなさい」
「母さん、起きてて平気なの?」

 居間の長椅子に体を預けて座っている母さんの顔を見る。確かに元気そうに
見えるけど、顔色はあまり良いとはいえない。

「具合はどう?」
「大丈夫よ、だいぶ気分が良くなったから」
「あまり無理はしないようにね」

 前に実家に立ち寄ってから、あんまり期間が開いているわけじゃないけれど。
何だかちょっぴり知らない家になってしまったような感覚をおぼえる。長椅子
に座って微笑む母さんの姿はこんなに小さかったのか、それとも自分が大きく
なったのか――多分、両方なんだろう。

「お紅茶お持ちしました」
「ありがとう希さん」
「このプリン、和久さんが買ってきてくださった品なんですよ」
「まあ、おいしそう。ありがとう和ちゃん」
「あ、ううん。ちょっと見かけておいしそうだったから」

 嬉しそうに笑う顔は、昔と変わらずどこか少女みたいな雰囲気のままだけど、
その体は病気がちの頼りないか弱さと歳相応の衰えが感じられて。

「和ちゃん食べないの、おいしいわよ?」
「あ、うん。いただきます」

 つい、ひと月前にも顔を出しているはずだが。正直なところ初めて家に招待
した尊さんのことにばかり気をとられて、あまりその時の母さんのことを覚え
てない。ある意味、親不孝者なのかもしれない。

 と、そういえば。脳裏に浮かぶあの漆のリング。
 注文した品が出来上がるのは後三日ほど、尊さんの誕生日には充分間に合う
けど……渡す時の言葉なんてさっぱり思いつかない。

「和ちゃん?」
「……あ」

 ふと気づくと、ちょこんと首をかしげて母さんが不思議そうに見ている。

「ごめん、ちょっとぼんやりしてて」
「うふふ、あてて見せましょうか?」
「え?」
「尊さんのことでしょう?」
「……んなっ」
「お顔に描いてありましてよ?」
 慌てて頬を押さえる自分をくすくすと楽しそうに笑いながら見ている。

「……そう、かな」
「そうそう、この間父さんからお話聞きましてよ。今度尊さんのお誕生日なん
ですって?」
「え?あ……」
「うふふ、プレゼントは決めたの?」
「ああ、うん、ええと、一応は」

 さも楽しそうに笑って。

「あら、もう決めていたのね。じゃあ、私の案は次のプレゼントかしらね」
「次の案って?」

 人差し指を伸ばして小さく笑う。

「プレゼントにジュエリーケースを差し上げたらいかがかしらと思ったんです
けどね」
「ジュエリーケース?」
「想いのこもった大切な品を保管する重要な品ですよ?」
「あ……」

 思い出した。
 母さんのジュエリーケース。
 若い頃の父さんが自分で作ってプレゼントしたという、白い艶やかな質感の
木製の箱。中は蓋の内側に大きな鏡と箱の内側に張られた紺色のビロード生地。
今まで父さんが母さんに贈った色々な品が納めてあるという。
 小さい頃、幸兄と一緒にいたずらしようとして父さんにえらく怒られたこと
のも、随分懐かしい思い出だ。

「……うん、思い出した」
「あのケースを父さんが贈ってくれたのは、史ちゃんが一歳にになってやっと
生活が落ち着いてきた頃だったかしらねえ」

 心持ち宙を眺めて懐かしむように母さんがつぶやく。
 昔の事はぽつぽつと聞いたことしかないけれど、父さんと母さんが結婚して
間が無い頃史兄や友兄がまだ小さかった時、なかなか厳しい生活を送っていた
というのを小池さんから聞いたことがある。

「あの頃はねえ、指輪を買う余裕もなくて……せめてこれだけは、とティファ
ニーの小さなシルバーリングとジュエリーケースを一緒にプレゼントしてくれ
たのよ」
「へぇ」
「そう、その時にね……父さんが言ってくれたのよ?」
「え?」

 少し頬を染めて、くすくすと笑う。

「今は甲斐性の無い私ですが、いつかこのケースを貴方との思い出の品で一杯
にして差し上げます、とね」
「うわ」
「うふふ、もう、恥ずかしいわあ。嬉しかったのよ、本当にね」
「……ごちそうさまです」

 いや、はい降参です。お腹一杯です、もう食べれません。
 というか、父さん。
 なんつー気障な台詞を……いや、父さんなら素で言いかねない。

 どうして同じ血をひいててこうも落差が激しいのかと……

「ふふ、でもこれは父さんの事だから、和ちゃんは和ちゃんの正直で真っ直ぐ
な気持ちをちゃんと尊さんに伝えてあげればいいでしょう?」
「……うん」
「奈々さんに美絵子ちゃんに、また娘が増えるのかしらね?楽しみだわ」
「え、いや、そんなっ」

 なんだかもう何を言ってもドツボにはまりそうな気がしてきた。


時系列 
------ 
 2006年1月下旬。尊さんの誕生日の前に。
解説 
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 豆柴君、実家にてお母さんに惚気られるのこと。
-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=
以上。



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