[KATARIBE 29775] [HA06N]小説『砂の降る』

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Date: Thu, 16 Feb 2006 01:22:54 +0900
From: "Hikaru.Y" <hukira@blue.ocn.ne.jp>
Subject: [KATARIBE 29775] [HA06N]小説『砂の降る』
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ふきらです。

・石川美南,「砂の降る教室」,風媒社,2003

という歌集を読んで書いてみたり。

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小説『砂の降る』
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登場人物
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 高瀬夕樹(たかせ・ゆうき):http://kataribe.com/HA/06/C/0581/
  高校生で歌よみ。創作部所属。

本編
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 さらさらと音がした、ような気がして夕樹は顔を上げた。
 彼の他には誰もいない部室は、窓から入ってくる夕陽で朱く染まっている。
下校時間が近いせいか、校舎はひっそりと静まりかえっていた。
 グラウンドからは運動部の連中の声が聞こえてくる。その声は小さく、遠く
から聞こえてきて、何だかこの部屋が普通の世界から切り離されているような
感じがした。
 また、さらさらと音がする。
 今度は気のせいではない。
 目の前に砂が一筋降ってきて机の上に小さな山を作っている。天井を見ても
穴が開いている様子はない。そもそも、たとえ穴が開いていたとしても天井か
ら砂が降ってくる道理がない。
 夕樹がじっと見ているうちに、机の上は砂で一杯になり、端から床へと水の
ように落ちている。
 砂が止む気配はない。
「あぁ、そうか」
 夕樹は先ほどまで読んでいた歌集の表紙を見て頷き、苦笑した。
 その歌集には、老朽化した校舎にどこからか砂が入ってくるという舞台設定
で33首読まれている。その部分を読んでいて、つい反応してしまったらしい。
 夕樹は机の上にできた砂の山をそっとなぞった。水気をほとんど含んでいな
い砂はその跡をすぐに埋めにかかり、1cmほどの深さでなぞっていっても表面
が微かにへこんでいるくらいにしかならない。そのぼみも、見ているうちに
降ってくる砂に埋もれ、消えてしまった。
「砂時計のようだ」
 夕樹は呟いた。そして、あ、と呟くとその歌集の横に置いていたノートの新
しいページを開くと、そこに「大きな砂時計」、「その中にいる自分」、「時
間を砂に置き換える」とメモした。何となく歌が作れそうな予感はしている。
 しかし、今はそれよりももう少しこの世界に浸っていたい。夕樹は閉じてい
た歌集を開き、続きに目をやった。
 奥付を見るに作者の年齢は二十代半ばで、歌は口語・文語が混じった旧仮名
で書かれている。完全な口語でもなく完全な文語でもないこの文体が、心地よ
い古めかしさを醸し出していた。
 静かな部室の中、落ちてくる砂の音だけが響いている。
 それからどのくらいの時間が経ったのか、気が付くと文字を読むのが少し辛
い程度に辺りは暗くなっていた。部室の窓から見える空は濃い藍色をしてい
た。
 そういえば、先ほど下校の放送があった気がする。
 夕樹はかばんに歌集とノートを仕舞うと立ち上がった。床にはうっすらと砂
が積もっていて、踏むとジャリという音がした。
「……ちょっとやりすぎたか」
 そう言って、夕樹は頭の中に浮かんでいた砂に埋もれていく校舎のイメージ
を意識的に消していく。それに伴って部室に積もった砂も消えてゆき、10秒も
立たないうちに砂が降っていた痕跡は跡形もなく消えてしまう。
 何もおかしな所はないのを確認して、夕樹は部室を出た。
 誰もいない廊下を夕樹は一人歩いていく。物音はほとんどしないが、夕樹の
耳の中ではまださらさらという音が残っていた。

時系列と舞台
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2006年2月。

解説
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相変わらず迷惑な奴です。

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