[KATARIBE 29766] [HA06N] 小説『顎の下』

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Date: Sun, 12 Feb 2006 01:25:29 +0900 (JST)
From: 久志  <furutani@mahoroba.ne.jp>
Subject: [KATARIBE 29766] [HA06N] 小説『顎の下』
To: kataribe-ml@trpg.net
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2006年02月12日:01時25分29秒
Sub:[HA06N]小説『顎の下』:
From:久志


 久志です。
 なかなか恐ろし街道走り中な尚久父です。

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小説『顎の下』
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登場キャラクター
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 根津忠之(ねづ・ただゆき)
     :探偵さん。依頼人より調査をしている様子。なんか風前の灯
 本宮尚久(もとみや・なおひさ)
     :本宮法律事務所所長、本宮家黒の系譜を継ぐ一人。眠れる魔王。
 本宮幸久(もとみや・ゆきひさ)
     :小池葬儀社勤務、尚久の三男。うってかわって小市民。
 小池国生(こいけ・くにお)
     :小池葬儀社社長、尚久の長年の親友。生まれつきの白髪。

存在感
------

 額を滑り落ちる、冷たい汗。
 背後から感じる、焼けるような存在感。

 錆びついたように動かない首に力を入れて、ゆっくりと振り向く。
 そこに立っているのは、ついさっきそこにいたはずの黒コートにグレーのマ
フラー姿に整えられた黒髪を心持ち右に寄せた初老の男、本宮尚久。
 振り向いた自分に流れるように一礼し、にこりと微笑む。

「はじめまして、こうしてお会いするのは初めてですね」

 穏やかな人の良さそうな笑顔。
 だが、それがかえって背中に冷水を浴びせかけるような迫力と、逃れようの
無い威圧感を感じる。
 まるでその場に縫いとめられてしまったかのように足が動かない。
 この場から言い逃れるための言葉も、偽りの身分を提示する為の名刺を差し
出す事もできず、まさしく蛇に睨まれた蛙のごとくその場から動けない。自分
と対して変わらない背の丈の男の姿が、自分の何倍もの大きさであるかのよう
な、そして自分の姿がどんどん縮まっていくような奇妙な感覚を覚える。

「貴方のことは、存じ上げていますよ」
「……なっ」

 笑顔を絶やさず、小さく首を傾げて。

「去年の年末から、私や私の家族達を調査していらっしゃいましたね。私自身
の経歴から業務でのこと、趣味にいたるまで……ああ、年明けの週末に私がラ
ジオの部品を探し回っていた時にもいらっしゃいましたね。あの時は店の外で
寒い吹きさらしの中を三時間もずっと張り込んでいらっしゃいましたね。いや
見上げた職業魂ですよ。感心してしまいました」

 何故。
 背筋を滑り落ちる、冷たい汗。

 何故――この男は。

「息子達の仕事の調査から、妻の通院する病院でのスケジュールに服用してい
る薬にいたるまで、本当に良く調べ上げたものです――根津忠之さん」
「なっ!」

 何故!
 何故、自分の名前を知っている。

「蛇の道は蛇といいまして」
「……な」

 額を伝う――汗。
 冷たい風の吹く中だというのに、額に、背中に、滲み出る汗が止まらない。

「根津さんも、探偵職についてから随分と苦労なさったようですね。なにぶん
お互い人が相手となる職種ですし、暴力団絡みの仕事で脅されたり、私のよう
な法律屋が相手になって泥沼になったことも一度や二度ではなかったようです
ね。……たまにはご実家の広島に顔を出してあげてはいかがでしょう。ご両親
共に貴方のことを心配なさってますよ?」

 もう、言葉が出せない。
 雑踏の音も耳に入らず、その場に立ち尽くしている。

「こちらとしましては、ね。痛くも無い腹を探られることは別段どうというこ
とでもありませんよ」
 ですが、と言葉を続けて。じっと目を見る。
 まるで射すくめられたように、その目から視線を逸らすことができない。

「ですが、ね。お恥ずかしいことですが妻と息子達のこととなると、私もいさ
さか冷静さを欠いてしまいましてね」
「…………」
「もっとも、貴方が探偵として調査を続けることは仕事を持つ者として当然の
ことですし、私も妨害する気は毛頭ありません」

 妨害する気はない。
 だが、調べていることは全て把握している、とでも言うのか。


 ふと。
 完全に動けなくなった自分の目の前でゆっくりと手が動き指を一本立てる。

「龍、という空想上の生き物がいるでしょう」
「…………え?」
「東洋に伝わる聖獣。頭はラクダ、角は鹿、眼は鬼、耳は牛、うなじは蛇、腹
は蜃、鱗は鯉、爪は鷹、手は虎に似るという……」

 突然何の脈絡も無い話に一瞬力が抜ける。

「長い髭を持ち、鱗の数は81枚。その中で、一枚だけ顎の下に流れと逆向き
に生えた鱗があるんですよ」

 伸ばした指で顎の下をとん、と軽く叩く。

「龍とは元来大人しい生き物なのだそうですが、そこに触れられるとどんなに
温厚な龍であろうと激怒し、相手を殺すまで暴れるのをやめないそうです」

 穏やかな笑顔を浮かべた顔にすっと細めた目、その奥は決して笑っていない。

「――逆鱗――と」

 もう、自分がどうしてその場に立っていられるか、わからなかった。


一方で
------

「父さん、何処までいってんだろ?」
 風に揺れる帽子を軽く手で押さえて、退屈そうに幸久がぼやく。
「直に戻りますよ……直に、ね」
 ダークグレイのソフト帽は黒髪黒服の幸久に似合ってはいたが、やはり父親
と比べてしまうとやはり少々威厳の面で足りないようにも思う。ふと、幸久を
通してかつての尚久の姿を思い出し、小池は小さく笑った。

「なんだよ、おやっさん」
「いや、そうして帽子をかぶっていると。やっぱり君が一番尚久くんによく似
ているよ」
「え?そう、かな」

 小さく首を捻る幸久を眺めて、小池は目を細める。

 今頃は、探偵の彼も心底彼の恐ろしさを体感してる頃でしょうか。
 自らに降りかかる火の粉ならば、身をもって甘んじて受ける。だが、それが
ひとたび家族に向けられたとしたら――たとえどんなに小さな悪意であろうと、
家族に手を出す者は徹底的に叩き潰す。
 彼はそんな人です。

 同情はしませんよ、根津さん。


時系列 
------ 
 2006年01月中旬。
解説 
----
 かぎまわる鼠こと探偵さん。眠れる魔王に捕らえられるの巻。
-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=
以上。



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