[KATARIBE 29765] [HA06N] 小説『戻ってくる日』

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Date: Sun, 12 Feb 2006 00:39:13 +0900 (JST)
From: いー・あーる  <furutani@mahoroba.ne.jp>
Subject: [KATARIBE 29765] [HA06N] 小説『戻ってくる日』
To: kataribe-ml@trpg.net
Message-Id: <200602111539.AAA71552@www.mahoroba.ne.jp>
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2006年02月12日:00時39分13秒
Sub:[HA06N]小説『戻ってくる日』:
From:いー・あーる


ども、いー・あーるです。
とりあえず、出張、真帆の視点からの続きです。
(ええ、出張は終わっても、関連する話はまだログがある(えうえう)
てな、わけで。

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小説『戻ってくる日』
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登場人物
--------
 相羽尚吾(あいば・しょうご)
     :吹利県警刑事課巡査。ヘンな先輩。
 相羽真帆(あいば・まほ)
     :自称小市民。多少毒舌。10月に入籍。 
 赤ベタ、青ベタ、メスベタ
     :以前、相羽家で飼われていたベタ達のあやかし。
     

本文
----

 何だか……怖いような夢を見る。
 カレンダーの、一日ずつ減ってゆく日程。それがいつまでも減らない夢。
 それが突然、相羽さんが帰ってくる。
 帰ってきて笑う。
 ……こめかみから血がどくどくと流れている。
 止めなきゃ、と、手を伸ばそうとして、それがとても難しいことに気がつく。
手に重りがついていたり、そもそも手が縛られていたり。

 ……心配なんだろうな、と、起きてから思う。

           **

「もう東京なんだ」
 一週間+一日。最後の日の、やっぱり夜の9時。
『うん』
「お仕事順調?」
『大丈夫だよ』

 受話器に、やっぱりベタ達がへばりついている。
 三人で聞いている電話の向こうで、相羽さんはそう言って笑う。

「ちゃんと明日、明日帰ってくるのね?」
『ああ、明日帰るから。昼の便だから夕方にはつくよ』
「……良かったあ」
 
 出張に行ってない時に、相羽さんが昼で仕事を終ることが出来たためしが無
い。つかあるわけがない。

「ご飯、じゃ、用意しとくね」
 くく、と、耳元で笑う声。
『ああ、頼むわ』
 その声に、ほっとして……で、ふと不安になる。 
「……相羽さん、怪我、してないよね?」 

 多分どこかで不安だったのだと思う。
 電話で声は聞いていても、もし必要なら、ぎりぎりまで無茶をして、それで
も平然としてる人だから。
 手の中を滑り落ちかけた受話器を握り替える。
『怪我?』
 一瞬唖然としたような声。そしてそれはすぐに、しょうがない、とでも言い
たげな声に代わり。
『してないしてない、危なくないっていったじゃん』
「……よかったあ」
『そんな声だしなさんなよ』
 子供をあやすような、何だかとても優しい声で。
「……だって……」 
 心配で、と言いかけて、危ないところで黙る。心配で、と言えば……信用し
てないことになるかもしれないから。
『明日には帰るから、ね?』
「……待ってます」
『出来るだけ早く帰るから』
「…………はい」

 受話器にひっついたままのベタ達が、ひれをぱたぱたと振るわせる。

「……相羽さん」
『なに?』
「気をつけて」
 くく、と、こちらの心配性をなだめるような、笑い声。
『わかった』
 それより、と、言葉を続けて。
『早くねなよ?』 
「あ、はい」
『おやすみ』
「おやすみなさい」

 電話を切るまでのほんの一瞬。
 かすかな、呼吸の音。

             **

 翌日は、朝から部屋を片付けた。
 ご飯の用意をして、お風呂もすぐ入れられるようにして。
 ベタ達も……多分何かは手伝いたかったんだと思う。ずっと後ろにふわぱた
とくっついてきてたから。

 自分でも、ほんとに変わったなと思う。
 一人で居ることは、苦か、と言われれば全くそんなことはない。一週間の間
片帆が来てくれたこともあるし、六華が呑みにきたこともある。それはそれで
楽しかったけど、別に彼女達が帰る時にさびしいと思うわけでもなかった。
 でも。
 自分でもどこか滑稽で。
 そして……時折怖くなる。
 こうやって誰かに執着すること。それは、あたしには良いことかもしれない
けど。
 ……執着される、相羽さんは……?

 と。
 がちゃり、と、鍵が回る音がした。

「あ……おかえりなさいっ」
 言う前に、肩の辺りからベタ達がすっとんでゆく。
「ただいま」
 玄関の鍵をさっと閉めて。分厚いコートを羽織るように着て。
 やっぱ少し疲れたような顔で、でも元気で。
 靴を脱いだところで、どん、と、鞄を置いて。
「お疲れさ」
 言いかけたところで……言葉をとぎらせる勢いで引っ張り寄せられた。

「あ、あの、ご飯できてますけど」
「飯?後でいい」 
「……いやでも、あと、お風呂とかっ」 
「後でいいから」 
 言葉と一緒に、抱きしめられる。どこか切羽詰ったように……しがみつくよ
うに。
 分厚いコートの布地は、ひんやりと冷えていた。
 濃い灰色のスーツは、その分人肌ほどに温まっていて。
 うっすらと埃の匂い、そして煙草の匂い。
 少しざらつくような、布の感触。
「……お疲れ様です」
「ありがと」
 受話器を通さず、すぐ耳元で聞こえる声。

 ほんとに……無事に帰ってきたんだな、と、その時思った。
 思って初めて……どれだけ自分が、この人の不在に怯えていたかを知った。

 一月の初めに八尋さんに会って、一度だけ互いに手を離した時。
 多分その時に、互いに判ったんだと思う。自分達は確かにここに居ることを
選んで一緒に居るのだけど、一緒に居ないことも選ぶことが出来てしまうのだ、
と。
 相羽さんはあたしの半分。それはそう思うけれど、その半分は本当になんて
ことのない一瞬で、離れることも有り得るのだ、と。
 あたしはそのことが今でも怖い。
 そして多分、相羽さんも同じようにどこか怖いのだろうと思う。
 手を伸ばして、背中をそっと叩いてみる。
 大丈夫、大丈夫。たった一つ知っているリズム。
 小さな溜息と一緒に、少しだけ手が緩んだような気がした。

「……あれ?」
 とすとす、と、小さな音。というか何かえらく頑張ってる音。
「なに?」
「……何か音、聞こえない?」
 気がつくと、赤と青のベタがくるくると相羽さんの鞄の上を回っている。時
折鞄に向かって急降下してはとんとん、と叩いて。
 とすとす、とすとす。
「あっ!」
「どしたん」
「開けないとっ」
 手を伸ばす前に、相羽さんが屈みこんで鞄を開ける。途端に。
「わっ」
「こらっ」
 流石というか何というか、手の幅ほど開いたその隙間から、ぴゅっと矢のよ
うに飛び掛ってきて、こちらをでしでしでし、と、突付いてくれる……
「あーよかった、無事に帰ってきてたんだ!」
 目の前で、一度だけメスベタは止まって、ふん、と(人間で言うなら)胸を
張って見せた。で、次の瞬間またきゅーっと一瞬弾みをつけて、こちらをでし
でしでしでし……
「こらっ!」
 ぺし、と、相羽さんの手が飛んだ。


 数分後。
 カレイの煮つけと茶碗蒸し、小松菜と油揚げの煮びたし、それに茸と水菜の
すまし汁を、相羽さんはいつものように食べている。
 ベタ達……というか、まずはメスベタが茶碗蒸しをつついている。相羽さん
のほうも、まさかメスベタがついてきてたとは思わなかったらしい。もともと
見えてないわけだから、
「餌?やってないよ」
「やっぱり」
「こいつも、でも、食えなかったんじゃない?」
「……うーん」
 とにかくメスベタは、一週間ご飯を食べてなかった勢いでがつがつと茶碗蒸
しを突付いている。青ベタも赤ベタもよりつけたものじゃない。
「ほら、おいで」
 仕方が無いんで、こちらの茶碗蒸しを小皿に取って二匹に出してやる。途端
につくつく二匹が突付きだす。

「出張中は、ご飯は?」
「北海道だと、結構魚が旨くてね」
「ああ、じゃ、良かった」
 いつもの会話。いつもの夕食。それでも本当にほっとしてる自分が居る。
 ご飯を食べてる相羽さんと、結構ぷんぷんしながら、それでもしっかり食べ
てるメスベタと、完全に彼女に負けてる赤と青のベタ達と。

 ほんとうに、ようやく…………

 頭の上に茶碗蒸しの欠片をくっつけたメスベタが、くい、と、頭を上げてこ
ちらを見た。



時系列
------
 2006年1月末〜2月くらい。『一週間の出張』『夜九時の電話』の続きです。

解説
----
 出張話、三番目。電話の会話を聞いただけで豆柴君が真っ赤になるなら、
相羽さんが家に戻った時に、下手に出くわしたらどうなったことやら(滝汗)
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 てなもんで。 
 ではでは。

 


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