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Date: Wed, 08 Feb 2006 04:52:12 +0900
From: Paladin <paladin@asuka.net>
Subject: [KATARIBE 29743] [PW01N] 小説:劔の子
To: kataribe-ml@trpg.net
Message-Id: <20060208024109.EC98.PALADIN@asuka.net>
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Web: http://kataribe.com/PW/01/N/
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ぱらでぃんです。
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小説:劔の子
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本文
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息の一吹きで粗末な村の屋根は焔の粒と化し、竜の周りを舞う星となる。
腕自慢の男衆が猪豚狩りの手槍を投げるが、足元にも及ばず地面へ転がると
無慈悲な炎がその周囲を舐め、甘酸っぱいものが弾れる臭いが風に乗る。
もはや勝負はついている。
竜の目に留まった時から、この村は一夜の飢えと乾き。それから、もし竜に
そのようなものがあればの話だが、多少の被虐心を満たすために焼けることが
決まっていたのだ。
地味も良くなく、危険な魔物も多い辺境だが、ここには地王のように狂った
王はおらず、わしらにはこの鍬がある。
竜が来ようが岩をも耕すこの鍬で逃げればええわい。
村親の口癖であり、現に村のあちこちには魔物の襲撃から逃れるための隠れ
穴が掘られ、それは地下にもう一つの村を作っている。
しかし。
彼はそんな村親に堪らない反感を抱いていた。
確かに村親の言っていることは正しいのだろう。祖先から伝わる鍬を使えば
この岩まみれの荒地でも村人が食って行ける程度の食料は作ることができる。
地下や山肌に穴を掘れば魔物からも逃げられるのだろう。
現にこの冬を越せなかった彼の祖父の祖父より昔から、この地に住み着いて
鍬で岩を耕していたそうなのだから。
だが、正しいとか正しくないとか、そういうことではない。
嫌いなのである。
地王とかいう暴君からこそこそと逃げるように荒野へ流れつき、流れついた
先でも魔物から隠れるように生きる。
その卑屈な心根が。
いくら知恵のある生き方でも、いくら身の丈に合ったありようでも。
嫌なのである。
吹き飛ばされた屋根の遥か上には、槍を投げた男衆たちを啄ばんでいるのか
しきりに地面に体当たりをかけている竜が見える。
嘴にこびりつく染みになった彼らもそうだったのか。
最早どうでもよいことである。
だが、竜があちらに気をとられていることは好都合なのかもしれない。そう
彼は思い、そのうち連れて行ってもらえるはずだった狩りへ持っていくために
削り出した槍を軒先だった場所から見つけ、手挟む。
「やめとけ、坊主」
聞き覚えの無い声だった。
「あれは狩れるもんじゃねえ」
村で一番巨きい彼の叔父二人分くらいある大男。いや、巨人。それが細長い
丸太を軽々と担ぎ、広場の真ん中に刺していた。上半身はなにも着けず、ごつ
ごつした体が旅商人から話に聞いた遠い邦の戦人のような文様で彩られている。
「斃すもんだからな」
丸太から出ている細い紐に崩れた家から火を拾い、背中に背負っていた身の
丈より長い鉄棒を片手で構える。
「これでも劔なんだがな、手入れできる奴がいねえんで棍棒だ」
彼を見ているのか軽口を叩き、その姿勢のまま跳ぶ。
地鳴り。
丸太の先から少し寸の短い丸太が炎の咆哮と共に飛び出し、夜天を駆ける。
その上には巨漢があの姿勢のまま立っており、また跳ぶ。
地上からの咆哮に感づいた竜が姿勢を戻す間もなく、男が離れた丸太は竜の
横腹を強かに打ち据え。
「喰らえい」
男の咆哮と共に、巨漢の上半身を覆っていた肉が弾け飛び、顎と化した肋が
竜の肉を食んで反対側へと貫き通す。
これが男からは竜を引き寄せる結果となり、脳天に鉄塊がめり込む。もはや
翼を動かすこともままならぬ竜は巨漢に食らいつかれたまま落ちるのみ。
最初の地鳴りよりも大きなそれが村を襲った。
「劔の王、ここに竜を討ち取った」
天地を震わす大音声で勝ち名乗りを上げると、村のそこここに掘られた穴の
出入り口から村人の顔が覗き、先ほどまで村を襲っていた竜が斃れているのを
確認すると、やがて恐る恐る数人、また数人と穴の中から出てくる。
逃げてばかりの卑屈な顔。
竜を事もなげに斃した劔の王を見た直後だからか、村人の姿は彼の目に酷く
醜いものに見え、顔を合わせる気にもならない。
劔の王は小器用に竜の腹へ小刀を当て、腸を掻き出している。
村人と劔の王を見比べ、彼は己が渇望するものの正体を知った。
「その腸を火にくべるとな、竜の臭いがここの土に沁みて魔物避けになる」
村親や村の大人たちが恭しく腸を受け取り、村の辻々で焚き火を始める姿が
滑稽に見える。
劔の王は竜の骸を肉と皮と鱗と骨、そして角に分ると、己が旅で喰らう分と、
竜が持っていた炎を出す遺物以外の全てを村へ贈ると言い出した。
これが劔の王の流儀らしく、村親は卑屈に恐縮するがそのようにした。
「さてと」
肉の表面を軽く炙る作業を済ませた劔の王は、村親に辞去を申し出た。
「我が一族は一つ処に長く留まらないのでな」
「我々は。我々は何も差し出さずともよいので」
「何を言っている」
「畏れながら、ご客人は劔の王と名乗られた。王と名乗る方はわしらのご先祖
からたくさん取りなさったんでな」
言うと、村親は一層縮こまる。
少しの間を置き、劔の王は大笑する。
「案ずるな村親殿。俺の名は劔の王。我が名の通り俺の治むるはこの劔ひとつ」
背負った劔を揺らしながらなおも笑い続け、ひとしきり笑うとそのまま背を
向けて歩みを進める。
彼の姿は、もう焼け跡の影にも無かった。森を抜け、劔の王が辿る街道へ。
「何かいると思ったら先ほどの坊主か」
「弟子にしてくれ」
また笑う。
「弟子は取らん。村へ帰れ」
「村は嫌だ」
「そうか嫌か。でも帰れ」
「力が欲しいんだ。逃げ回らないで竜も叩き殺せる力が」
前に回りこんだ少年の目を視ると、劔の王は笑みを殺して口を開ける。
「俺は弟子は取らんぞ。劔の子以外はな」
「何にだってなってやる」
「二度と村へは戻れんぞ」
「戻る気も無い。あそこは嫌だ」
「嫌、か。あれはあれで悪くない生き方だと思うんだがな」
劔の王も少年の目を覗き込む。
「劔の子は他の子と殺し合い、最後は劔の王と殺しあう」
さすがにこれで少年は退くと思っていたのか、それでも退かない少年を見て
劔の王は諦めた顔をする。
「お前の村が魔物が来れば穴に隠れるように、それが劔の生き方だ」
劔の王は立つと、背負った劔を抜き、己と少年の間に一本の線を引く。
「こちらに来ればお前は劔の子。親兄弟で殺し合い、死ぬまで逃れられんぞ」
少年は、迷う事無くその線を越えた。
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