[KATARIBE 29740] [HA06N] 小説『魔王の冠』

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Date: Mon, 6 Feb 2006 01:23:19 +0900 (JST)
From: 久志  <furutani@mahoroba.ne.jp>
Subject: [KATARIBE 29740] [HA06N] 小説『魔王の冠』
To: kataribe-ml@trpg.net
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2006年02月06日:01時23分19秒
Sub:[HA06N]小説『魔王の冠』:
From:久志


 久志です。
 眠れる魔王、本宮尚久のお話です。

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小説『魔王の冠』
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登場キャラクター
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 男   :探偵さん。依頼人より調査をしている様子。
 本宮尚久(もとみや・なおひさ)
     :本宮法律事務所所長、本宮家黒の系譜を継ぐ一人。眠れる魔王。
 本宮史久(もとみや・ふみひさ)
     :吹利県警刑事部巡査、尚久の長男。黒の系譜の一人、哂う悪魔。
 源希(みなもと・のぞみ)
     :本宮家の住み込みメイド。実はアンドロイド。

会話
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『――鼠が一匹――』

 普段の穏やかな声から少しトーンが下がった史久の言葉。

『気づいていたか』
『ええ、このところあちこち嗅ぎまわっているようですね。それもなかなか目
端が利きそうな手合です』
『お前の目から見てもそうか』
『はい、それとなく警戒してみましたが、油断なく僕ら一家を張っていますね』
『もう少し泳がせてあちらの目を逸らしたかったのだけどね』
『彼は僕や和久に対してはかなり慎重に動いてます。僕らの職業上、警戒する
のは当然かもしれませんが』

 一瞬、電話の向こうの史久の声が途切れる。

『幸久か』
『でしょうね。一番警戒が薄く、父さんの長年親友である小池さんとも近しい。
このラインを押さえようとしているように見えますね。下手に嗅ぎまわられる
と厄介かもしれません』
『ほう、なかなか優秀な手駒を持っているじゃないか、青梅の彼も』
『どうされます? そろそろ手をうつべきかもしれません』
『そうだね、一度話してみたいものだね』
『父さん自ら?』
『面白いじゃないか。なかなか目端の利く人物のようだし、会って損は無い』
『まだ父さんが動くのは今の段階では危険ではありませんか?』
『わかっている、だが目の前の鼠を侮って喉笛に噛みつかれるのは避けたい』
『……わかりました』

 携帯電話の電源を切って、目を閉じる。


あの頃
------

 例えば、かつての流行りのフレーズを口ずさんだ時、瞼の裏にその頃の風景
が瞼に浮かぶように。

 その日その時の、なんの変哲も無い記憶の断片。そのちいさな記憶のひとつ
ひとつは細い糸で絡み合うように互いに繋がっていて。そしてふとした弾みで
絡み合った糸の一本を手繰り寄せた時、絡み合った糸に引っ張られるように連
なった記憶がかつての情景をよみがえらせる。

 手に触れるファーフエルトの柔らかな感触。

 浮かんでくるのは、夕飯時の穏やかな時間。
 ほんのりと鼻にかすめる醤油の香り、はしゃぐ子供達の声、色の少し褪せた
カーテンのかかった居間、時折雑音が混じり隅の画像が歪むもらい物のテレビ、
テーブルの周りに座って食事を待っていたあの頃。

 瞼に浮かぶ、あの日の情景。

 蛍光灯の下の食事、あの頃はまだ史久が二歳にもならない頃。生まれて間も
ない友久を抱いた妻と四人、狭い居間で倹しい生活を送っていた。
 日曜洋画劇場、金曜ロードショウ、繰り返し流された映画。フイルムの中で
時を止めた銀幕の名優達。

 ――ボルサリーノ。
 アラン・ドロン、ジャン=ポール・ベルモンドが扮するチンピラが暗黒街で
のし上がり、成功者の証たるボルサリーノを被るまでに出世する物語。決して
郷愁を煽る作品でも、往年の名作といえるほどでも無く。だが当時何度も繰り
返しテレビで流されていた一作。

 狭い部屋で所狭しと身を寄せ合い、本宮本家の生まれに対する嫉妬や侮蔑を
浴びながら、働き尽くめだったあの頃。
 苦しい生活を送っていた――だが、決して不幸ではなく、心からいとおしい
暖かさがあった頃。

 すんなりと手に馴染む柔らかな感触、長年使い込まれて少し磨り減ったふち
を軽くつまんで位置を直す。
 使い込まれて更に風格を増したファーフエルトのソフト帽。人生の成功者に
のみ被ることを許されるという老舗の一品。

 あの日、あの時、送られた王者の証。


戴冠式
------

 あの日のことは、まるでつい昨日の出来事のように瞼に焼き付いている。

 紅葉も散った冬の始まりの日。

『父さん!お帰りなさい』
『おかえりなさーい!』
 事務所から帰宅した自分を待ち構えていたように、玄関に入るなり飛びつい
てきたのはやんちゃものの三男幸久と末っ子の和久だった。
『ただいま、幸久、和久』
『ねえ、父さん早く早く』
『おやおや、どうしたんだい、そんなにはしゃいで?』
『幸兄、しー!』
 慌てて幸久の袖を引っ張って指を立てて合図する、だがもう見るからに何か
楽しげな秘密があることは明白で。
『なにかいいことがあるのかな?』
『いいから、父さん早く!』

『おかえりなさい、父さん』
『……父さん、お帰り』
 二人に袖を引かれながらリビングの前のガラス戸に辿り着く。閉じた戸の前
には戸の両脇で門番の如く姿勢正しく待ち構えている長男史久と次男友久。
『ああ、ただいま。史久、友久……さっきからどうしたのかな?』
 まつわりつく下の子二人の頭を撫でつつ聞く自分の顔を見て、一瞬史久と友
久が視線を交し合って道を開けて硝子戸を開ける。

 そこに立っていたのは。

『お帰りなさい、あなた』

 リビングの入り口に立つ妻。
 そのたおやかな手には柔らかなオーガンジーのリボンが結ばれた円筒形の箱
を持ち、自分の顔を見てにっこりと微笑んだ。


『……あなた、これはね、私達みんなからお父さんへの贈り物よ』


 四人の息子達が見守る中、両手を伸ばして受け取った円筒形の箱。
『……開けても、いいかな?』
『早く、父さん見てみてっ』
『みてみてー』
 柔らかなリボンがほどける衣擦れの音、そっとふたを持ち上げた中、丸い箱
の中に収められていたのは濃灰色の帽子。
『これは……』
 柔らかな手触りのラビットファーフエルトのソフト帽子。

『……ボルサリーノ』
『あなた、覚えていて?』
 苦しい生活を送っていた頃、何度も繰り返しテレビで流れていたあの映画。

 栄光の階段を登った者のみかぶること許される一品

『これは成功者の証。わたしとこの子達から父さんへのプレゼント』
『みんなで買いに行ったんだよ!』
『母さんと僕達でね』
 得意げに胸をそらして笑う幸久、その頭に手を置いて微笑む史久と、少しは
にかみながら友久の後ろに隠れる和久と、ちょっと上目がちの顔で小さく笑う
友久と――小さく首を傾げて見つめる妻。

『……ありがとう』
『貸して、被ってみてくださいな』

 恭しく胸に手をあて、心持ち体を屈める。
 白い手に持った、濃灰色のファーフエルトのソフト帽。

 王冠をのせるが如くそっとのせられる。
 四人の息子たちに囲まれながら、微笑む妻の白い手がそっとかぶせてくれた、
純金の冠よりも誇らしいファーフエルトの王冠。

『へへっ、父さんかっこいー!』
『似合うよ、父さん』
『父さんかっこいー』
『……似合ってるよ』

 胸がすくような、感覚。

『似合ってますよ、あなた。紳士の証ですよ?』
『……ありがとう』

 ボルサリーノ、成功者の証。
 金の冠よりも月桂樹の冠よりも誇らしい――最高の名誉。

 今でも、鮮やかに目に浮かぶ。
 人生最高の名誉を与えられた日を。


 ――鼠が一匹――

 血筋か、格式か、地位か、名声か。そんなものに執着はない。
 ただ一つの誇り、何にも変えられぬものの為に。

「旦那様、お出かけでいらっしゃいますか?」
「ああ、希さん。ちょっと散歩でもしようかと思ってね。母さんは?」
「ええ、少々お疲れのようで、少し居間のソファでお休みになっておられます」
「そうですか。私もすぐに戻りますから、家のことをお願いしますね」
「かりこまりました、いってらっしゃいませ旦那様」
「頼みます」

 目深に被った帽子、つばの先をかるくつまんで位置を直す。
 頬に吹き付ける冷たい風に目を細める。

 身辺を嗅ぎまわる鼠。
 その後ろで糸を引く――元凶。


 我が国を乱す者――決して許すまじ。


時系列 
------ 
 2006年01月中旬。
解説 
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 黒の系譜、本宮尚久。眠れる魔王出陣。
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以上。



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