[KATARIBE 29737] [HA06N] 小説『シケモク』

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Date: Sun, 5 Feb 2006 01:04:14 +0900 (JST)
From: 久志  <furutani@mahoroba.ne.jp>
Subject: [KATARIBE 29737] [HA06N] 小説『シケモク』
To: kataribe-ml@trpg.net
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2006年02月05日:01時04分14秒
Sub:[HA06N]小説『シケモク』:
From:久志


 久志です。
なんとなく思いついた、ゆっきーのひとコマ。

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小説『シケモク』
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登場キャラクター 
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 本宮幸久(もとみや・ゆきひさ) 
     :葬儀屋さん。生まれつき霊感が強く視えすぎる人。
     :ちょっとひねくれてるけど根はいい人。

火葬場にて
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 昨今、一生独身で身寄りも無く死んでいく奴は結構多い。

 派手な葬儀はいらないだの、ジミ葬がいいだの、親と同じ墓に入りたくねえ
だの、墓地なんかいらねえだの、骨は海に撒けだの、拝金葬儀屋に騙されるな
だの、坊主丸儲けだの、案外この職も陰口叩かれることは多い。
 まあ、拝金主義のせこい葬儀屋も金に汚い生臭坊主も実際いるとこには居る。
どっちかが一方的に悪いというわけでもないんだが。

 ただ、人は死ぬときにゃ死ぬ。
 死んだら遺体をなんとかしなきゃならねえ、そこらへんに適当に捨てるのは
犯罪だ。何処のどいつが死んだのか、戸籍だってきちんとしなきゃいけない。
どんだけ人に迷惑掛けずひっそりと死にたいと願おうとそうは問屋が卸さない。

 何処の誰かもわからねえ死体が見つかったとして、そいつの身元を特定する
為に史兄や和久らお巡り連中があれこれ駆けずり回り、散々手を煩わせた挙句
身元がわからず縁が無ければ、あっても引き取り拒否されたら市役所の職員連
中をこれまたあれこれ手間をかけさせた挙句、俺ら業者に頼んで無縁仏として
埋葬するわけだ。人件費だけでも半端じゃねえよな、実際。

 誰にも迷惑かけずに死ぬってのは相当に用意周到でないと無理ってことだ。
逆に半端に用意周到だったせいで、余計にあちこちで手間暇面倒かけまくるっ
てのもまあ、よくある話だ。


 まだ昼も早い時間帯、がらんとした火葬場。片隅の喫煙コーナーに立って胸
ポケットから煙草を取り出し一本火をつける。

 ゆっくりとのびていく白い煙。
 淡いクリーム色の色調とあちこちに置かれた深い緑の観葉植物とで、火葬場
という薄暗い負のイメージを払拭するよう精一杯に飾られていて。だが、逆に
その白々しい明るさがかえって取り繕ったような不自然な空気を醸し出してる
のは俺の穿った見方かもしれねえが。

 吹利市街で見つかった遺体。
 だいぶ前からそのあたりに住み着いていた浮浪者だったという。
 総額百円にも満たない小銭と、拾い物らしいスポーツ新聞、垢と埃とで真っ
黒になったボロボロのツナギ、そして白ビニール袋に大量に集めていたらしい
シケモクの山――それがコイツの全財産。

 吹利中心街から離れた位置にある小さなバス停脇に設置された灰皿の近くで、
体を丸めるようにうずくまったまま死んでいるのを新聞配達のバイトが発見し
たという。死因は栄養失調による衰弱死。

 白々と過ぎる時間。

 唸るように耳に響く微かな音。
 燃えさかる炉の中で、棺におさめられた遺体が焼かれていく音。
 細く吐き出した煙がゆっくりと天井に向かってのびて行く。

 引き取ってくれる親戚も無く、頼るあてもなく。
 腕時計とフロアの壁の時計とを見比べて暇そうに時間をつぶしている白髪交
じりの初老の吹利市職員、恐らくは戸籍課担当とかだろね。
 市職員と請け負い業者、当人とは何のつながりも無い二人に見送られて。

 ふと、視線を落とした先。
 片隅に設置されたスタンド式灰皿の下で、ずんぐりとした体を胎児のように
丸めてうずくまっている姿が目に映った。
 中途半端に肩まで伸びたボサボサの髪、淀んで落ち窪んだ目、その顔には彫
刻刀で刻まれたような深い皺で覆われている。俺が煙草を持った手を止めて眺
める中、ニ三度目を瞬かせて手をすり合わせながらゆっくりと体を起こした。

 赤く充血した、何処を眺めているかもわからない、死んだような目。

 まあ、実際死んでるんだけどな。

「よお」
「……」

 ゆっくりと顔をあげて泳ぐように男の視線が動く。
 俺の顔から体からつま先まで眺めた後、右手に持った煙草を淀んだ目でじっ
と見つめる。

 何を言うわけでもなく。
 ただ、見つめている。

 煙草を片手にもったまま腕を下げる。
 ゆらゆらと天井へのびていく白い煙に向かって男が何度も何度も腕をかき寄
せて鼻をひくつかせるのをぼんやりと眺めながら。
 必死に煙をかき集める姿。
 無論、煙は微動だにせず、ただ天井へ向かってのびていくだけで。

 身よりも無く、当てもなく、百円にも満たない小銭とボロボロのツナギ。
 ――ビニール袋に大量に集められたシケモクの山。

 すっかり燃えた煙草の吸殻が音も無く床に落ちる。
 男の姿は、もう消えていた。

 あんた、そんなに吸いたかったのかよ。
 もう二度と吸えないとわかってても、さ。

 その時、ふと幽霊を実体化させる妙な力を持った知り合いの顔が浮かんだ。
もし今あいつがいたなら、あるいは最後の一本は吸えたかもしれない。だが
それが本当にあの男の救いになるかどうかなんざ俺にはわからない。

 ほどなく、終了を告げる声が伝えられる。
 床に落ちた灰を拾い上げて灰皿に放り込む。ハンカチで軽く指先をぬぐって
職員の後に続いた。


時系列 
------ 
 2006年2月上旬。火葬場にて。
解説 
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 無縁仏の火葬を待つ間の光景。幸久の目に映るのは。
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 ほんのりシリアスな葬儀屋ゆっきーのお話。




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