[KATARIBE 29728] [KM01N]小説『忘れられた恋文』

Goto (kataribe-ml ML) HTML Log homepage


Index: [Article Count Order] [Thread]

Date: Wed, 01 Feb 2006 23:49:12 +0900
From: "Hikaru.Y" <hukira@blue.ocn.ne.jp>
Subject: [KATARIBE 29728] [KM01N]小説『忘れられた恋文』
To: kataribe-ml@trpg.net
Message-Id: <200602011449.AA00168@hikaru-h8akl379.blue.ocn.ne.jp>
X-Mail-Count: 29728

Log:	http://www.trpg.net/ML/kataribe-ml/29700/29728.html

ふきらです。
古書店『孤隠堂』の話。

**********************************************************************
小説『忘れられた恋文』
======================

登場人物
--------
 来間貴彦(くるま・たかひこ):http://kataribe.com/KM/01/C/0011/
  古本屋「孤隠堂」店主。正体は文車妖妃。

本編
----
 レジがある机の横に段ボールが3つ積み重ねられている。つい先ほど、ある
客が運んできたものである。中に入っているのは様々な種類の本。一週間前に
亡くなった人の蔵書であった。遺族が買い取ってくれとつい先ほど持ってきた
のである。
 貴彦が今すぐには買い取り額を決められないと言うと、持ってきた遺族の人
は明日また来ると言い残してさっさと帰っていった。
「さて、と」
 貴彦は一番上の段ボールを開けた。背表紙を上にしてびっしりと詰まってい
る。カバーは掛けてあるが背表紙の部分は日に焼けて色が薄くなっていた。
 とりあえず5冊ほど取り出す。時間経過に伴うどうしようもない痛みの他に
は特に目立つような傷はない。なかなかよい状態である。
 本のタイトルには「江戸時代」や「文学」といった文字が見受けられる。
「亡くなったのはどこぞの大学の先生だったんですかね?」
 パラパラと内容を見つつ、貴彦は微笑みを浮かべる。
 妖怪である彼にとって、その時代は遙か昔、ではなく少し昔、である。完全
に覚えているわけではないが、少なくとも自分の経験として記憶に残ってい
る。
「あの頃はまだこんなに生き辛くなかったですよ」
 呟きながら、何冊めかの本を手にした時である。その本からかすかに甘い香
りが漂ってきた。
 その本も他の本と同じで江戸時代に関する専門書である。特に珍しいものと
いうわけではない。
 それでも、貴彦はその本をじっと見つめた。やがて、本をひっくり返し裏表
紙を表に向けると、カバーの折り返しを開いた。
「……おやおや」
 そこにあったのは一通の封筒。先ほどから感じられた甘い香りの正体はこの
封筒である。
 封筒の表に書かれてある名前が、誰のことかは知らないが少なくとも女性と
いうことは分かった。ひっくり返して裏面を見ると、左下には男性の名。几帳
面そうな尖った文字がそこにあった。
 再び表面を向ける。切手は貼られていない。どうやら投函するまでには至ら
なかったらしい。それが出さなかったのか出せなかったのかは知る由もない
が、少なくともこれがいわゆるラブレターの類であることはこの封筒から香っ
ている匂いで分かる。
 勿論、実際にそんな香りがするわけではない。貴彦だから分かるものであ
る。
「さて、どうしましょうかね……」
 誰もいない店内で呟いたものの、腹の内はとうに決まっている。
 本に隠れていた恋文である。しかも、未投函の。書いた人の思いが込められ
たまま役目を果たしていないのである。
「こんな良いブツは久しぶりですよ」
 思わず知らず顔がにやける。
 本性が文車妖妃である彼にしてみれば、手紙や本は何より大好きなものであ
る。それも人の思いのこもった手紙、しかも恋文と来れば最早それは最上級に
位置する。
 貴彦は封を開けようとして、その手を止めた。そして、相変わらず積まれた
ままの段ボール箱に目をやった。
「お楽しみは後に取っておくことにしましょうか」
 そう言うと封筒を大事そうに机の引き出しにしまう。その手紙を遺族に渡そ
うという気はもとより無い。そもそも、売りに出した本に入っていたくらいな
のだから、ここに持ってくる前に本を検めようとはしなかったはずだ。
 だから、
「渡したところで、無駄になるに決まってますよ」
 正当化させるつもりでもなく、貴彦は口元を歪めて少し笑った。そして、よ
し、と気合いを入れると本の査定に取りかかる。
 楽しみは後に取っておくものである。

時系列と舞台
------------
某月某日。孤隠堂にて。

解説
----
ほんの少しだけ本性が垣間見えたり。

$$
**********************************************************************
 ---------------------------------------------------------------------
http://kataribe.com/ 語り部総本部(メインサイト)
http://kataribe.com/ML/ メーリングリストの案内
http://www.trpg.net/ML/kataribe-ml/ 自動過去ログ
Log:	http://www.trpg.net/ML/kataribe-ml/29700/29728.html

    

Goto (kataribe-ml ML) HTML Log homepage