[KATARIBE 29724] [HA06N] 小説『昇進とかいうものを』

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Date: Tue, 31 Jan 2006 23:21:32 +0900 (JST)
From: いー・あーる  <furutani@mahoroba.ne.jp>
Subject: [KATARIBE 29724] [HA06N] 小説『昇進とかいうものを』
To: kataribe-ml@trpg.net
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2006年01月31日:23時21分31秒
Sub:[HA06N]小説『昇進とかいうものを』:
From:いー・あーる


ども、いー・あーるです。
ひょこひょこと、ログから起こしてみました。

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小説『昇進とかいうものを』
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登場人物
--------
 相羽尚吾(あいば・しょうご)
     :吹利県警刑事課巡査。ヘンな先輩。
 相羽真帆(あいば・まほ)
     :自称小市民。多少毒舌。10月に入籍。 

本文
----

 ノーベル賞を受けた在野の化学者が、『昇進は必要ない、このまま研究させ
てくれ』と言った……という話を聞いたことがある。
 その話を教えてくれた母は「えらいねえ」と感心しきりだったけど、こちら
は案外「それ終身研究可能身分なら、最高じゃんか」と思ったものだ。

 あたしの元々の専門分野はもっと極端で、世の中に研究が認められて実用化
されるようでは『半端モノの研究だ、金になるようなことを発想するとは』と
看做されて莫迦にされてたし。
 そもそも研究職で金が入るなんてことは有り得ないって感じだったし。
 教授達は教授達で「ああ下に学生(=部下)なんて持つもんじゃない、面倒
だ面倒だ」って豪語してるのが普通だったし。
 研究所でも、昇進する=実際の研究が出来なくなる、ってことだったし。

 世の中一般と多少異なってる感覚だろうって意識は、あることはあるけど。
 でも。

               **

「豆柴君がね、巡査部長試験の用意を始めたみたいだね」
 家では、仕事の話自体は殆ど話題にならない。だけど豆柴君や本宮さんの話
なら(そして仕事にひっかからないなら)結構話題になったりする。
「……ええっと……昇進試験みたいなもん?」
「まあ、そんなもん」
「へえ」
 何か……納得する。彼だと、昇進目的というより……何というか自分の能力
がそこに達するようにしっかり学んで、しっかり試験を受けそうだ。

 ……ん?

「あれ、相羽さんは……巡査だよね?」
 確か、両親に挨拶に行ってくれた時に、そう聞いたっけ。
「うん」
「もし試験に受かったら、豆柴君が相羽さんの上司みたいになるの?」

 上司、ってのは変なんだけど、ふと、そう尋ねた。

「階級上ではね」 
「あ、なるほど」 
 お茶を一口含んで、相羽さんはくつくつ笑う。
「そうなったら、俺は豆柴くんじゃなくて本宮和久巡査部長って言わないとい
けないかもね」 
 ……それは……
「相羽さんだと、豆柴巡査部長って言いそうなんだけど」 
「そのほうが語呂はいいよね」 
 …………いや、そこで、うんうん頷くな、と。

 に、しても。
「……相羽さんは、巡査部長試験とか、受けたりするの?」 
 ふと、思いついて訊いてみる。この人だって十分以上に有能な人だから、そ
ういう話はあったろうに。
 相羽さんは湯呑みを持ったまま、ちょっと首をかしげた。
「……受けろ受けろ言われてたのは覚えてる」 
「で、受けてないんだ」 
 ある意味、すごく、らしい話だ。

「まあ、別にいいんじゃないの。昇進してもしなくても」
 湯呑みと並べて置いた羊羹。それをつつきながら相羽さんはのんびりと言う。
 それは……とてもよくわかるのだけど。
 ただ。
「……昇進していったら」
 ふっと、その一瞬思ったのだ。
「多分、現場に出る回数は減るようになるとは思うけど」 
 ほんとに、一瞬。
 そのほうが相羽さんには……安全かも、と。


 すごく汚い考え方だと思った。
 相羽さんに軽蔑されるような考えだと思った。
「昇進してもしなくても……まあ」 
 だから、思わず、言いかけてた相羽さんの言葉を遮る。
「でも別に、昇進しないほうが、相羽さんがやりたいことがやれるなら、それ
でいいし」 
 相羽さんは黙ってこちらを見ている。
 それが何となく……いたたまれなくて。
「食べるの困らないしっ」 

 組織の中にいる限り、階級を上がれば上がるほど、専門分野の能力よりも人
間関係を上手くやりくりする能力のほうが必要とされるように思う。他の分野
だと、『自分より年上の部下』ってのは使いにくいだの何だのと冷遇されがち
だろうけど、少なくとも警察という中では、そのような部署についた人間が小
説の題材になるくらいには……認められているんじゃないかと思う。
 だから。
 安全な場所にいるために、この人はこの仕事を選んだわけじゃない。寧ろ自
分で防げるものなら、幾らでもそうするだろうから。
 ……だから。

 上手く言えなくて、わたわたと手を振り回していたら。
「まあ、収入の問題じゃなくてさ」 
 言いながら、相羽さんが両手を掴んだ。
 言いたいことは判っているから、伝わっているから。
 そんな、風に。

「責任の問題だと思うよ」 
「…………うん」 
「俺らは無茶するし戦陣きるし」 
 それは、確かにそう。 
「でも、その責任は警部殿が持ってくれる」 
 でも。それは。
「……違う」 
「……違う?」 
 不思議そうに、相羽さんがこちらを覗き込んだ。

 この人は責任を逃れる人じゃない。
 責任を人に預けて良しとする人じゃない。
 ただ、確かに奈々さんと、責任の取り方は違うだろう。でも。

「奈々さんも持つだろうけど、一緒に突入した人への責任は、相羽さんも持つ
積りでいるでしょうに」 

 この前。怪我して帰ってきた数日後、豆柴君に会った。『相羽さんの怪我は
僕のせいです』と、えらく落ち込んでるから、そんなことはない、と言ったの
だけど。
 相羽さんも、また。
(それ、俺の責任なんだよね)
 少しだけ困ったように、辛そうに。
 一言だけ。

「……まあね」
 相羽さんは、 小さく笑った。
「だから……どこに居たって、いいです」 
 だからあたしも、笑った。
「どこに居たって、相羽さんは、自分以外の人の責任を負おうとするし、限界
まで仕事をしようとするし」 
 限界まで、身を張って。
「……どこに居たって、それ同じだろうし」 
「……まあ、ね……」 

 多分どこに居ても、同じだと思う。
 不安になる時はなると思う。
 ……だってえのに。

「でもさあ、嫁に心配かけたくないからさ」 
 なーにを今更、と、流石に思った。
「…………かけてる、十分っ」 
 断言したら……相羽さんがぐ、と、詰まった。
 詰まって……すっかり冷めた湯呑みに手を伸ばす。
 
「……否定できないのが辛いとこだね」 
「それに、たとえ現場に出なくたって、キャリアの人とやりあうだのなんだの
で、降格だのなんだのの可能性は山ほどあるんだから」 
 ほんの少し、相羽さんがまた笑う。
「……好きなことやって下さい。ついて行きますから」 

 相羽さんがどこにどうしようが、構わない。でも、ついてゆく。
 それだけは、譲る積りは無いから。

「苦労かけるね」 
 不意に、ぽん、と、頭の上に手が乗っかった。
「…そんなのは苦労のうちに入らないもの」
 
 頭の上に載った、手の甲にはまだ絆創膏が張ってある。
 その手を見ているほうが……あたしには辛い。

「だから相羽さんのやりたいことを、やって下さい」
 
 うん、とは……相羽さんは言わなかった。
 いや、とも言わなかった。
 ただ、少し笑って。

 そのまま頭を何度も撫でた。


時系列
------
 2006年一月下旬

解説
----
 豆柴君の、昇進試験用意から、ちょっと発展して。
 相羽家のなんてことのない会話です。
*****************************************************************
 まあ、正直なとこ。
 有能で、下の連中にもなつかれて、きっちり責任とる人だと、
「さっさと昇進せえ」と怒られそうな気もしますが……

 ほんではほんでは。
 



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