[KATARIBE 29722] [OM04N]小説『油泥棒』

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Date: Tue, 31 Jan 2006 00:42:28 +0900
From: "Hikaru.Y" <hukira@blue.ocn.ne.jp>
Subject: [KATARIBE 29722] [OM04N]小説『油泥棒』
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ふきらです。
おにばな。酒の肴話。

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小説『油泥棒』
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登場人物
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 烏守望次(からすもり・もちつぐ):http://kataribe.com/OM/04/C/0002/
  見鬼な検非違使。

 秦時貞(はた・ときさだ):http://kataribe.com/OM/04/C/0001/
  鬼に懐疑的な陰陽師。

本編
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 先ほどまで夕焼けが空を染めていたと思っていたが、いつの間にか辺りは
真っ暗になっていた。
 三月になったとは言え、まだ寒い日は訪れている。仕舞えないでいる火桶の
中で時折薪が爆ぜ、火の粉が宙を舞う。その火桶を囲んでいる二人の男の顔が
ほのかに赤く照らされ、闇の中に浮かんでいた。
「寒いな」
「ああ。三月なのにこんな日は珍しい」
 交わす言葉も少なく、時貞と望次は酒を酌み交わしている。
「そういえば、時貞」
「ん?」
 口に運ぼうとしていた杯を火桶の縁に置き、望次は時貞の顔を見た。
「仁寿殿の鬼の話は知ってるか?」
「ほう。いや聞いてないな」
 時貞の口元が微かに歪む。その呆れたような表情に、望次はこの話を持ち出
したことをほんの少しだけ後悔した。
「夜更けにな、仁寿殿にある燈台の油を取っていったという話だ」
 しかし、自分から持ち出したからには今更引っ込めるわけにもいかない。彼
は視線を庭に向けて話を続ける。
「鬼が、か」
「ああ。燈台の油が入っている器があるだろう? あれを火を付けたまま紫宸
殿の方へと持っていったらしいのだ」
「ふむ。で、それだけか?」
「それだけとは?」
「その鬼がやることだ。それに、その言い方だともう今は油を取られるという
ことはないようだが」
「ああ。話には続きがある」
 望次は杯に残っている酒を飲み干して、ふぅと一息ついた。空になった杯に
時貞がすかさず酒を注ぐ。
「そのことを帝が怒られたらしくて、源の……」
「どうした?」
「いや、名前を忘れてしまった」
 望次が苦笑を浮かべる。
「まあいい。その源の某という方が帝に夜更けの仁寿殿に行って、鬼が油を
取っていくところを取り押さえると言ったのだ」
「ふむ」
「その方の話では、急に足音がしたかと思うと、油を入れた皿がすぅと浮かん
で紫宸殿の方へと飛んでいったということだ。で、それを追いかけていって思
い切り蹴ったのだ」
「ほう。勇気があるな」
 時貞が微笑する。
「ああ。それで何者かを蹴った感触が足に伝わって、皿が落ちたかと思うと、
足音は遠くの方へと去っていったらしい」
 話し終えた望次は火桶の向こうにいる時貞に再び目をやった。相変わらず彼
の口の端が少しつり上がっている。
「どう思う?」
「どう思う、とは?」
「これは鬼の仕業だと思うか」
 望次の問いに時貞は苦笑いを浮かべた。
「やっていることは、人でもできそうだな」
「姿が見えないというのは?」
「さあ。全身を黒い布で包めば燈台の火であっても多少は見えなくなるかもし
れん」
「それで本当に姿が見えなくなるものか?」
「多分ならないだろうな」
 やはり鬼の仕業が、と望次が言おうとしたところに時貞が口を開く。
「一つ考えられるとしたら」
「何だ?」
「その源の某という人が嘘をついている場合だ」
「嘘をついている?」
 望次が身を乗り出す。
「どういうことだ。鬼が油を取っていったというのが嘘だというのか?」
「いや。油を何者かが取っていった、というのは本当だろう。帝の耳にも届い
ているのだから」
「ふむ」
「そうではなくて、姿は見えないが足音だけがした、という部分が嘘かもしれ
ないということだ」
「どういうことだ?」
 疑問を重ねる望次。
 時貞はまるで一言も聞き漏らすまいと真剣な表情を浮かべている彼の顔を見
て苦笑を浮かべた。
「例えば、油泥棒がその某の知り合いだとしたらどうする?」
「む…… おそらく逃がしてやるだろうな」
「だが、帝に言った以上「なにもありませんでした」と言うわけにはいかな
い」
「だから、鬼の仕業にしたというわけか」
「あくまで、そういうことも考えられる、というだけだ。真剣に受け取るな」
 まあ、落ち着けと望次の杯に酒を注ぐ。
「証拠も何もないし、特に目立った被害もない。今となってはどうでもいいこ
とではないか」
 そう言って時貞は自分の杯を空けた。難しい表情のまま、望次も酒を飲み干
す。
 パチリ、と音を立てて火の粉が舞った。

解説
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元ネタは今昔物語 巻第二十七の
「第十 仁壽殿の臺代の御燈油を取りに物の來し語」です。

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