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Date: Sun, 29 Jan 2006 19:54:47 +0900 (JST)
From: 久志 <furutani@mahoroba.ne.jp>
Subject: [KATARIBE 29717] [HA06N] 小説『影の観察者』
To: kataribe-ml@trpg.net
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2006年01月29日:19時54分46秒
Sub:[HA06N]小説『影の観察者』:
From:久志
久志です。
ちまっと黒の系譜のお話を書いてみたり。
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小説『影の観察者』
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登場キャラクター
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男 :詳細不明。依頼人より調査をしている様子。
本文
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食卓に広げた写真を一枚つまみ上げる。
手にした写真に映っているのは壮年の男の全身、人並みに紛れて密かに撮影
した一枚。他にも数十枚の様々な角度から取られた写真が食卓の上に整然と並
んでいる。
一緒に映りこんだ通行人や車から見て背の丈170強、黒々とした髪は丁寧
に整えられ心持ち右に寄せられた前髪もすっきりと清潔感を保っている。髪の
間から覗く額や目元、口元に歳相応の少々の皺が見られるものの、56歳とい
う年齢から考えると随分と若々しい印象を受ける。体型は太すぎず細すぎず、
中年以上の男性にありがちな腹部のたるみや肌の油っぽさは感じられず、歩行
する様を取った連続写真から見ても体力的な衰えは見られず、ぴんと一本筋を
通した安心感がある。
本宮尚久。
1949年8月21日生まれ、56歳。
吹利本町セブンズビル2F、本宮法律事務所の代表取締役所長を勤める。
妻、本宮麻須美。56歳、主婦。
長男、本宮史久。32歳、吹利県警刑事部巡査。既婚。
次男、本宮友久。故人・享年18歳、交通事故。
三男、本宮幸久。28歳、小池葬儀社第一業務部チーフ。既婚
四男、本宮和久。25歳、吹利県警生活安全部巡査。独身。
吹利でもかなりの資産家で知られている本宮家の前当主・忠久の長男として
生まれ、跡取り息子として何不自由ない生活を送り本宮家次期当主として将来
を約束されていた。だが紅雀院大学在籍中に出会った妻・麻須美との出会いを
きっかけに、許婚で従妹でもある戸萌世津子との縁談を蹴って、周囲の猛反対
を押し切って本家を出奔、父より勘当を宣言される。
出奔から五年。日雇いや飛び込みの仕事で日々の生活を支えながら司法試験
をパスし、厳しい下積み時代を続けながら弁護士として立場を確立し、晴れて
勘当を解かれた。
今では十数名の弁護士を抱える事務所の所長を務め、吹利弁護士会からの信
任も厚く、また多くの地元企業の顧問弁護として有力者らとのつながりも強い。
幼い頃から短波ラジオなどの情報通信を好み、第1級総合無線通信士の資格
も所持している。また読書家でもあり自宅の蔵書は種類様々の書物で埋め尽く
されているという。
食卓の隅に置いたマグカップを取り上げてひと口すする。少し酸味の効いた
ブラックコーヒーの味がじわりと口の中に広がる。噛み締めるようにゆっくり
と味わってから飲み込んで改めて食卓に広げられた写真を仔細に眺める。
食卓に並べられた写真に映し出された姿。膝まである黒のロングコートに濃
灰色のスーツ、白いマフラー、頭にはファーフエルトのソフト帽子をかぶり、
写真視認いずれの目から見て判断してもそれらが上質な品であることは疑いよ
うもない。摘み上げた写真に映し出された顔。日差しに向かっての角度のせい
か心持ち細められた目、黒目は濃くはっきりとしていて、目元には小さなひび
割れのように刻まれた皺が見える。頭のてっぺんからつま先まで全て品良くま
とめられ、寸分の隙も見せない。いかにも信頼のできそうな紳士という雰囲気
を前面に漂わせている。
依頼人から与えられた情報と実際に対象者を視認しての自分の判断、写真に
よる第三者的視点からでの分析、いずれにしても大きな差はなく、どれも隙が
なく捕らえられない。
昨今、デジタルカメラに押されてシェアを減らしているとはいえ、まだまだ
写真というものは侮れない。実際の映像を捉えることにはどちらも違いは無い。
だが、その印画紙に映った姿には写した本人も気づかない写された本人も自覚
しない秘められた素顔が潜んでいたりする。それをいかに上手く引き出すかが
プロのカメラマンの手腕であり、素人との差でもあるのだ。
写真越し、印画紙に映った目。その更に向こうに秘められたものを探る。
心持ち下げた目元、小さく微笑む表情をつぶさに見つめる。次第に写真を見
つめる目が熱を持ち、写真の男の顔が目の前にあるような錯覚を覚える。
その穏やかな仮面を一枚めくった裏に、どんな顔が潜んでいるのか。
いかにも人の良さそうなまなざしはどこを見ているのか。
横を向いたときその顔は同じ笑顔のままで居るか。
写真を眺めながら、自分がやらねばならないことを反芻する。
まずはこのとらえどころの無い男を徹底的に調べあげること、そしていかに
してこの男を捕らえて掌握するか策を練ること。依頼人の狙いはこの男を貶め
ることではなく、あくまでその権力と地位とを落とさずに自らの支配下に置く
ことであり、間違っても価値を落としてはならない。
貶めるならばさほど難しいことではない。弁護士に警察官、なにより高潔さ
を求められ、かつ不正を徹底的に叩かれる職だ。そして人はそうそう聖人のよ
うに高潔ではいられない。叩くほどではないにしろ、人としての俗っぽさや弱
味の一つや二つは当然出てくるだろう、不正が事実である必要性はなくあらぬ
噂を立てられた時点で相当のダメージになるのは確かだ。だがそれではまずい。
改めて眺めた写真から読み取れたもの。心の奥底を決して読ませない強い意
志を感じる目、かつて辛酸を舐めゼロから這い上がってきたこの男の真の姿を
どこに隠しているのか。ふと、仔細に眺める写真を通じて全身隙無く固められ
た中でただ一点、頭にかぶったソフト帽が全体から見て少し年季の入った印象
を受ける。
音を立ててコーヒーを啜り、一つ息を吐く。
人にはどれほど意識的に行動していても、どうしても心の奥底にある無意識
のうちにどこかその人にしかないこだわりを残している。そしてその無意識の
こだわりの中にその人物の最も素に近い自分を潜めているものだ。まずは相手
の最も素に近いところを探り、情報を読み取り、その人となりや考え方を把握
する。
ダークグレーのソフト帽。
――ボルサリーノ。イタリアの老舗の高級帽子メーカーの一品。
過去にアラン・ドロンとジャン=ポール・ベルモンドの主演映画でタイトル
を冠したこともある。一介のチンピラに過ぎなかった二人の男が互いに協力し
ながら暗黒街の顔役にのし上がり、当時の成功者の象徴であったボルサリーノ
をかぶるまでに出世する物語。
富と名声を手に入れた者のみ被ることを許さる、真の紳士の為の高級帽子。
ボルサリーノの帽子を被って街を歩くことは成功者の証。
本宮尚久。
何を企んでいる?
その心に何を秘めている?
時系列
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2006年01月上旬。
解説
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尚久父の様子を探る探偵さんのひとコマ。
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以上。
さて、探偵さんは無事にいられるでしょうか。
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