[KATARIBE 29716] [OM04N] 小説『少女と烏』

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Date: Sun, 29 Jan 2006 14:03:55 +0900 (JST)
From: nagisame <furutani@mahoroba.ne.jp>
Subject: [KATARIBE 29716] [OM04N] 小説『少女と烏』
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2006年01月29日:14時03分54秒
Sub:[OM04N]小説『少女と烏』:
From:nagisame


どうも、渚女です。
前々から書く書くといっていた鬼舞の小説を。
平安むずいよ姉さんorz

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小説:『少女と烏』
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登場人物
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あげは:宿無しの少女。
烏彦(からすひこ):謎の男。


少女
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 京の闇は、淀んだ沼のように濃い。
 だが、そこより更に濃い闇が、この場にはあった。
「はぁ、はぁ」
 京の外れ、化野の地。
 ここは、京で死した貴族を埋葬するための土地。墓地である。
 とはいっても、京全体の人口における貴族の人数は、さほど多くはない。
 自然、運ばれる貴族も、老人がほとんど。
 だが。
 昨今、奇妙な姿の死人たちが、この地へ運び込まれていた。
 ある者は、頭部を失い。
 ある者は、体に爪痕を負い。
 ある者は、干物のように干からび。
「はぁ、はっ、はぁ」
 その死者たちの身に何が起こったのか、それは分からない。
 だが、その最期は決して安らかなものではなかっただろう。
 だからこそ、死者は安らかに埋葬される。そうされるべきだ。
 ただ一人、木鍬両手に汗を流す少女を除いては。
「はっ、はっ、はぁ……」
 夜の墓地に、普通なら、人の姿などあろうはずがない。
 だからこそ、少女は自分の仕事に集中できる。
 京の地では、油は貴重品だ。わざわざ松明で見回ろうとする墓守など、
 滅多に居ない。
 なにより深夜の墓地などに行って、あやかしの者共と出くわしてしまえば、
 どんな目にあわされるか。墓の安全より、自分の命である。
「はぁ……っと」
 地面を掻いていた木鍬の先が、固いものに当たる。
 そのとたん、少女は木鍬を放り出して、小さな両手で地面を掘り始めた。
 一寸先どころか、己の姿さえ解らぬ闇の中、少女は目的の物を探す。
 その姿を他人が見れば、なんと思うだろうか。
 泥のような闇夜は、陰陽の別で言えば陰である。
 それに抗うには、陽の気、炎が必要だ。
 だが、陰陽の教えには“陰中の陽、陽中の陰”と呼ばれるものがある。
 ただ陰、陽に塗り潰されていても、それは一面であり、その中には、
 一点、陰が陽に、陽が陰に変ずる場所がある。
 それが真実ならば、少女こそ、陰中の陽であった。
「あと、少し……っ」
 呟く少女の姿は、闇夜の中に茫洋と浮かび上がっている。
 だが、少女の両手は土をほじくり返すのに忙しい。
 ならば、何が少女を照らしているのか。それは。
 黄金色の粉、である。
 少女の周囲、体をすっぽり覆い尽くすように、金色の粉が舞っていた。
 一つ一つが仄かな光を発する粉が集まることによって、
 少女の姿は黒夜に幻影のように浮かび上がっている。
 肩口でざんばらに切り取られた黒髪は、土と砂に汚れ、土気色をした衣服
 ――に見えないこともないボロ布からは、異様に細い手足が除いている。
 唯一、少女の顔だけが、年に似合わぬ色香を放っていた。それは、
 切れ長の目や、不自然に血色の良い唇のせいだけではないだろう。
 言うなれば、妖しの気配。
 少女が身に纏っているのは、金の粉だけではない。
 ただの乞食とは違う、いや、ただの人間とは違う、高貴な雰囲気。
 そんな少女が、何故、墓荒らしなどしているのか。
 理由は、少女の腰に下げられた袋にある。
「もう、少し……あ」
 少女の手が、ぴたりと止まる。
 金の粉に照らされた少女の手元には、木棺の蓋があった。
 よほど掘り返されたくなかったのか、随分と深く埋められた棺だった。
 だが、その蓋は、今、少女の手により開けられる。
「う……」
 その死体を見て、少女は喉の奥で声を上げる。
 死体は、女のものだ。
 どこぞの下級貴族の奥方なのだろう。埋葬された装飾品は、
 それほど豪華ではない。
 だが、少女の目を引いたのはそれではない。
 棺に横たえられた女の死体。その顔は、無残に押しつぶされていた。
 視線を転じれば、片腕ももぎ取られている。よほどの盗賊の手か、それとも。
 なぜか、少女の顔に笑みが浮かぶ。
「しまった」
 しかし、笑みはすぐに消えてしまった。唇を噛む少女の視線は、
 顔の形を為していない女の頭に向けられている。
 しかし、迷いも一瞬だっだ。
 少女の腰から、小刀が抜かれる。金の粉の間を縫って、刃が走り。
「何をしている!」
 その声に、少女の動きが止まった。

鬼火
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 その二人が化野へ赴いたのは、ほんの偶然である。
 最初は、検非違使、烏守望次の放った、たった一言が発端だったのだ。
「鬼火とは、どのような仕組みで現れるのだろうか」
 それに、友の陰陽師、秦時貞はこう答えた。
「鬼火など居らぬ」
 検非違使が鬼を信じ、陰陽師が鬼を疑うとは本末転倒だが、
 この二人に関してはいつものやり取りである。
 大抵は望次が、そうなのか、いや、そうなのだろうか、と悩むだけで終わる。
 だが、今日の望次は少し違った。
「いや、鬼火はある。どこぞの墓守が見たと言っていた」
「大方、墓荒らしが持つ松明を見間違えただけだろう」
 食い下がる望次に、時貞はにべもない。
 ここまでくると、望次も引き下がれない。だから。
「では、確かめようではないか」
「確かめるとは?」
 要は、夜の墓場に二人で赴き、鬼火を探そう、ということ。
 普通の人間なら、夜の墓場というだけで腰を抜かす。が、二人は違う。
 なにせ、片方は検非違使の大男、もう片方は鬼を疑う陰陽師。
 常人離れした二人は、頷きあい。
「行くか」
「行こう」
 そういうことになった。
 だが、その望次にしても、本当に鬼火を見つけるとは思わなかった。
 身構える望次に、しかし、時貞はさらりと言ってのける。
「私は鬼が見えん。ならばあれは鬼ではない」
 呆れを通り越して感心してしまうほどの理論だが、間違いではない。
 ならば、あれは墓荒らし。検非違使としては黙っておけない。だから。
「何をしている!」
 そう、叫んだのだ。
 もちろん、声を上げるよりも先に、墓荒らしの方へ脚を進めている。
 望次の手は、太刀の鞘に添えられている。だが、できるならば、
 使いたくなかった。剣術の腕は人一倍でも、人の良さも人一倍。
 それが、望次という男だ。
「おい望次、私を置いて行くな」
 大柄な望次と細身の時貞では、体力も持久力も違う。
 自然、時貞は置いていかれるのだが、それでも必死について来ようと
 しているのが微笑ましい。
 だが、墓荒らしに近付いた二人は、そろって息を呑むことになる。
「お前たち……」
 二人を睨んでそう呟くのは、乞食の風体をした少女である。
 もちろん、乞食の姿など平安の京では見慣れている。驚いたのは、
 少女の体を包み込む、金の粉だ。
「おい時貞、あれは」
「分からぬ。しかし……」
 その後は、言わずとも知れた事だ。
 金の粉に照らされているというのに、少女の目は暗い色を湛えている。
 敵意は、明らかだ。
「検非違使と、陰陽師……貴族の犬めッ」
 甲高い罵倒の声に、二人の反応が遅れた。
 その隙をついて、少女は望次に向かって飛び跳ねる。
 細い体のどこにそんな力があるのか、少女はひと飛びで望次の前に立ち。
 その瞬間、煌びやかな光に目がくらんだ。
「く……ぐあッ」
 金の粉に目をくらまされている間に、鋭い蹴りが望次の腹に叩き込まれる。
 しかし、細身の少女と大柄な望次では体格が違いすぎる。
 少女の蹴りは、うめき声を上げさせるも、致命傷には至らない。
 反撃をしようと目を開けた時には、既に少女の姿はない。
 その事に思い立った瞬間、望次は叫ぶ。
「時貞!」
 振り返った望次が見たのは、同じように目を眩まされた時貞が、
 脚を蹴り飛ばされ、地面に転がされるところだった。
 そして、少女の手には、小刀が握られている。
 とっさに、体が動いた。
「おおおおおおおおう!」
 夜闇を震わす声に、少女の注意がそれる。
 その細い体めがけて、神速の太刀が振り下ろされた。
 肉を断つ、重い感覚が――しない。
 代わりに舞い散ったのは、大量の金の粉だった。
「く……」
 金の粉に視覚を妨害され、二人は動くことができない。
 やがて、粉は一つ、また一つと輝きを失い、陰の気が戻ってくる。
 残った粉が一掴みに満たなくなったころ、ようやく、二人は目を開ける。
「あれは、何だったのだ」
「知らぬ……む」
 起き上がろうとした時貞は、己の体に降りかかった粉を手ですくう。
 その感触と味を確かめ、時貞は、ふむ、と頷いた。
「これは、鱗粉だ」
「鱗粉というと、蝶の羽についたあれか」
「うむ」
 装束にかかった鱗粉を払いつつ、時貞は立ち上がる。
 少し脚をひきずってはいるが、骨の折れた様子はなかった。
 あの少女は何だったのか。首を捻りながら、望次も時貞に肩を貸そうとし。
 ふと、足先に何かが当たった。
「どうした」
「いや……布袋だ。あの少女が落としていったものらしい」
 両手で包み込めるほどの袋の中には、何かが詰まっている。
 袋を開けてみるが、暗くて中身がよく分からない。
 難儀している間に、時貞が袋に符を近づける。その符が、ぼんやり、
 と光を発した。
「すまない……む」
「これは……」
 袋の中身を見て、さすがの二人も絶句する。
 袋の中にぎっしりと詰められた、丸い球。
 白い球に黒の円が描かれた、それは。
「目玉か」
「ああ」
 人間の目玉、そのものだった。

群烏
----

 その頃、少女の姿は、羅生門にあった。
 京の南を仕切る大門も、今となってはただの風除けである。
 門の下には、飢え死にした乞食たちが敷物のように倒れ、
 それを烏がついばんでいる。
 貴族たちにとっては恐るべき場所であるここが、少女の生きる場所でもある。
 その羅生門によりかかって、少女は荒い息を吐く。
 あと一瞬。一瞬だけ気づくのが遅れていれば、少女は切り捨てられていた。
 命の危険を感じる事など、日常茶飯事。しかし、慣れる事はできない。
 しかも、余計なものまで落としてしまった。
 今日の“仕事”は、大失敗だろう。
 溜息をつく少女の耳に、烏の羽音が響く。
「お疲れ、ですね」
「……うん」
 顔を上げた少女の前方、四歩ほど前に、公家の姿があった。
 いや、正確には、公家の姿をした人物、というのが正しいだろう。
 直衣に烏帽子、桧扇といった、公家の姿をしていながら、
 その人物は黒い布で顔を隠し、肌にも黒い布を当てている。
 いや、それが布かどうかさえ、少女には分からない。
 ただ一つ分かるのは、この人物の名と、望む物のみ。
「烏彦……」
「その様子では、何か危険があったのでしょう。無事で良かった」
 そう言っておきながら、少女を墓場へ向かわせたのはこの烏彦である。
 むっとした少女を見て、烏彦はすまなそうに首を振る。
 だが、その顔は黒く塗り潰され、表情を伺うことはできない。
 得体は知れないが、少女にとってそれは大きな問題ではない。
 もらえるものをもらえれば、それで良いのだ。
 無意識に腰へ手をやった少女は、あ、と声をあげて舌打ちする。
「そうか、落としたんだ」
「おや、それは残念。既に拾われているかもしれませんねえ」
 相変わらず、本気とも冗談ともつかない口ぶりである。
 だが、物がなければ対価は得られない。あそこまで大立ち回りを
 演じて只働きというのは、実に報われない。
 ただ、何も物がないわけではない。
「ねえ烏彦、これじゃ、だめ?」
 少女は、握りっぱなしの左手を、烏彦の前で開く。
 そこに握りこまれていたのは、とある肉片であった。
「ほう、耳ですか」
「目玉は“視える”けど、耳は“聴こえる”って言ってたから」
 “視える”。
 “聴こえる”。
 烏彦がどうやってそれを行ってるか、それは知らない。
 しかし彼は、死体の目玉から最期の瞬間を見て、
 死体の耳から最期の一言を聞き取る。
 それが、烏彦の趣味であり、仕事であり、生き甲斐であった。
 その行為の人道性など、少女は問わない。正論で飯は食えないのだ。
「たまには、“聴く”のも良いですが。して、どの墓から」
「あの、赤子が連れ去られた事件の、殺された母親から」
 その事を言った途端、烏彦の雰囲気が変わった。
 烏彦の表情は読み取れない。だからこそ、彼の雰囲気は分かり易い。
 感じられる感情は、歓喜と興味。
「ああ、なるほどなるほど。それは良い、良いですよ」
「烏彦、あの事件を気にしていたから」
「まあ、旧い知り合いの親戚が関わっているといいますか、ともかく」
 言葉を切って、烏彦は直衣の袖を探る。
 取り出された小さな袋を見て、少女は目を丸くした。
「そんなに!」
「なに、この“知識”の対価なら安いものです。両耳を持って来れば
 更に弾んだのですが、まあ、警備も硬くなるでしょうしね」
 言うが否や、烏彦は少女に近付くと、耳を手に取り、代わりに袋
 を少女の手に乗せる。
 袋から感じられるずっしりとした重さに、少女の顔がにやける。
 だが、烏彦の視線を感じて、またむっとした表情に戻った。
「たまには、新しい服でも。地が良いのですから、少しはお洒落でもどうです」
「興味ない」
「左様ですか、いやはや」
 ひらひらと手を振ると、烏彦は少女へ背を向ける。少女も、視線を落とした。
 少女の耳に、幾多にも重なる烏の羽音が響き。
「お休みなさい、あげは」
 その声に顔を上げた時には、烏彦の姿は影形なく消えていた。
 ただ、烏彦が立っていた場所に、うずたかく積まれた、烏の羽。
「……うん」
 小さく呟くと、少女は羽の上に寝転び、目を閉じる。
 ふう、と空へ息を吐いた瞬間、鱗粉が、わずかに舞った。


解説
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夜の墓場、土掘る少女が一人。
奪われたもの、それは。

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