[KATARIBE 29695] [HA06N] 小説『山本、訪問す(前編)』

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Date: Sun, 22 Jan 2006 18:45:39 +0900 (JST)
From: 久志  <furutani@mahoroba.ne.jp>
Subject: [KATARIBE 29695] [HA06N] 小説『山本、訪問す(前編)』
To: kataribe-ml@trpg.net
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2006年01月22日:18時45分39秒
Sub:[HA06N]小説『山本、訪問す(前編)』:
From:久志


 久志です。
 山本さんネタで本宮家を追っています。

-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-= 
小説『山本、訪問す(前編)』
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登場キャラクター 
---------------- 
 山本治彦(やまもと・はるひこ)
     :何故か不幸の一番星な不動産屋のおにいさん。
 本宮幸久(もとみや・ゆきひさ)
     :本宮家三男。霊感が強く見えすぎる葬儀屋さん。

本文
----

 戸萌不動産。近鉄吹利駅から商店街を歩いて二分程の場所に位置する、昔な
がらの地元密着型の不動産会社。
 元々、吹利でも古くからの資産家で地主でもある創始者が自らの持つ不動産
を管理する為に立ち上げた会社だという。商店街に軒を連ねる店の中でもかな
りの老舗であり、店構えこそ古めかしいものの、物件取り扱いから資産管理、
大手不動産会社への委託などで、なかなかに手広く経営している。

 山本治彦が地元の大学を卒業して戸萌不動産に就職してからはや六年。そろ
そろ一端の中堅どころとして、一つ頑張っていきたいところである。

「はぁ」
 のっけからため息である。

 右手でネクタイを整えて――もう三度目――深く息を吐き出す。左手に下げ
た黒鞄の中には今日訪問する家の資料がおさめられている。普段ならば営業と
して気張っていかねばならないところだが、山本は憂鬱だった。

「はぁ」

 思い返せば一週間前、事の起こりは、山本の昔からの友人である本宮幸久の
頼みを引き受けたのが全ての始まりだった。


  **

『よぉ、山さあ』
『はい、どうしました。ユキさん?』
 飲みの席。日本酒のお猪口をつまんだまま、珍しく遠慮がちに口を開いた。
『ちょっとさあ、頼まれて欲しいんだけどよお』
『なんですか?』
 普段の威勢のいい――下手すると柄が悪い――幸久の態度の落差に思わず刺
身をつまんだ箸を止めてまじまじと顔を見る。
『実はさ、俺の実家でよ、母親が空いた部屋を人に貸したいっつーんだよな』
『はぁ』
『お前さ、そーいうの詳しいだろ?』
『ええまあ、仕事ですから』
『てかさあ、いくら部屋余ってて俺ら兄弟みんな出払ってるって言ってもよ、
んな知らねー奴をほいほい家に入れるっつーのがさ』
『ユキさん、反対なんですか?』
『別にんなワケじゃねえんだけど、あの天然な母さんに任せてどこの馬の骨か
もわかんねー奴住まわせちまうとかゆーのは避けたいんだよな』
『なるほど』
『んでよ、お前が査定ついでにうち行ってもらって、代理人に立つって感じで
ちょっと見て欲しいんだよな』
『ははぁ』
 どことなく歯に衣着せたような幸久のもの言いの意味がようやくわかった。
『ユキさん、心配なんですね』
『……ばっか、そーじゃなくてなあっ、あの家は俺んちでもあるんだよ、んな
どこの誰かもしらねー奴住まわせるなんてごめんだぜ』
『あーはいはい、わかりました』
 これ以上の追求すると逆切れするのは山本も学習済みである。
『ともかく、いっぺん様子見いってくれよ』
『了解です、キチンと下見と査定をさせていただきますよ、はい』
『頼んだぜ』
 よもやこの時の安請け合いがここまで大事に発展するとは、山本は夢にも思
わなかった。

 ふと、先週の会社での会話を思い出す。
「どうした山本、その物件は?」
「ああ、これですか。実は来週友人に頼まれまして、ご実家のお母さんが人に
部屋をお貸ししたいというそうで査定をかねて見に行って欲しいとのことで」
「ほう、なるほど。物件的にはどんな感じだ?」
「そうですねえ、住所といただいた図面からすると随分とよい条件が揃ってい
ますね、日当たりも交通の便もよろしいですし」
「どれ」
 横から覗いていた主任が幸久から渡された家の図面と住所の書かれた紙を手
にとって眺める
「…………もとみや?」
「ええ、本宮さん方です。友人のお父さんの本宮尚久さんが家主さんですね。
ご依頼のほうは奥様のようですが」

 何気なく読み上げた山本の声が事務所に響く。
 その瞬間、図面を手にした主任が凍りついたように動きを止め、事務所内に
いる社員達が一斉に山本に振り返った。

「は?」
 突然、事務所中からの視線に思わず硬直する山本。
「なんだって?!」
「ご本家さんの尚久様宅に?!」
 一拍の間を置いて、あちらこちらで声があがった。

「あの……どうしました?」
 周囲の変化についていけず、呆然とする山本。

「……尚久さん……だと?」
 乾いた音を立てて、奥の席に座っていた社長が立ち上がる。
「社長……ど、どうしたんですか。一体何が……」


  **

 時計を確認する、訪問予定時間にはまだまだ余裕がある。
 しかし、歩を進める足は重い。

 訪問先の本宮家、その家長である本宮尚久。
 山本の勤務先である戸萌不動産社長、戸萌克五郎の従兄というだけでも飛び
上がりそうなほど驚いたのだが、しかも資産家として名高い本宮家のかつての
跡継ぎで、結婚を反対されて家を出奔した後、弁護士として事務所を構え吹利
弁護士会でも強い発言力を持つ重鎮だという。出奔した今でも親族や系列会社
の信頼は厚く、密かに『眠れる魔王』と呼ばれて畏怖されているという。

 もうお腹一杯である。これだけでもう山本のキャパを軽くオーバーしている。
粗相の一つや二つをしたらクビどころの話ではない。
 しかし、逸話はこれだけではなかった。

『……尚久兄さんは、色々と伝説を残しているから』
『はぁ』
『駆け落ちしてからしばらく……本家取り入ろうとした輩がチンピラを使って
奥さんの実家に嫌がらせを仕掛けたことがあった時』
 社長の顔がだんだん色を失い肩を震わせた。
『ど、どうなったんでしょう』
『仕掛けたチンピラ、取り入ろうとした輩、そして癒着していた暴力団関係者、
関連会社一切合財を……飛ばした』
『は?』
『裏で様々な情報を掴まれて、警察や検察に情報を流し、その他の賠償や告発
で関連会社含めた全てを一気に壊滅に追い込んだ』
 それは一体ドコのハードボイルド映画の話なのか、と山本は一瞬耳を疑った。
『……尚久兄さんのポリシーなんだろうが。自分自身に対する圧力にはどんな
ものも甘んじて受けるが、奥さんやその家族に手を出した時はそれこそ三倍ど
ころでないしっぺ返しがくる』
『…………』
『そんなことが続いてから、誰も手を出さなくなったらしい』
 それはそうだ、というかもっと根本的に何かがどこかでおかしい気がした。
『山本』
 がしっと両肩を掴まれる。
『絶対に、ぜっっっったいに、奥様の機嫌を損ねるな?』
『はいっ!』
 両肩をつかまれ真剣な目で見る社長に思わず声が裏返る。
『絶対、失礼のないようにな!』
『わかりましたっ!』


 胸ポケットから携帯電話を取り出し三回番号を確かめる。口が臭くないこと
を確認してから通話ボタンを押した。

『はい、本宮でございます』
 想像とうって違った若い声に一瞬驚いたが、すぐに背筋をのばして言葉を続
ける。
『戸萌不動産、営業の山本と申します』
『はい、山本さんですね。奥様と幸久様から仰せつかっております』
 どうやら本人でなく、お手伝いの人だったようだ。思わず肩から力が抜けた。
『ああ、そうでしたか。あと二十分ほどでお宅にお伺いしますので、一応ご連
絡の方をさせていただきました』
『かしこまりました、お待ちしています』

 あと二十分。
 商店街を抜けてすぐ先、眠れる魔王と呼ばれる男の居城がそこにある。
 ふと山本の脳裏に『ラストダンジョン』というフレーズがよぎった。
 男、山本治彦。勇者でもなければ竹槍も持たず、単身向かわねばならない。

 脳内に響くBGMはラストダンジョン、クリスタルタワー(FF3)

 セーブポイントはない。

時系列 
------ 
 2005年12月中旬。
解説 
---- 
 山本、本宮家に査定に行く事になる。
-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-= 
以上。 



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