[KATARIBE 29694] [HA06N] 小説『銀細工のエルサレム』

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Date: Sun, 22 Jan 2006 00:48:52 +0900 (JST)
From: いー・あーる  <furutani@mahoroba.ne.jp>
Subject: [KATARIBE 29694] [HA06N] 小説『銀細工のエルサレム』
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2006年01月22日:00時48分52秒
Sub:[HA06N]小説『銀細工のエルサレム』:
From:いー・あーる


ども、いー・あーるです。
去年の話ですが、流します。
てか、この「クリスマス話」……まだ続きます(ぜえぜえ)

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小説『銀細工のエルサレム』
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登場人物
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 蒼雅紫(そうが・ゆかり)
  :蒼雅家、霊隼使いの天然ドジっ子娘。鈍い
 御厨正樹(みくりや・まさき)
  :魔導発明家、時々発明品を爆発させたりする。他人に対する興味が薄い。
 一之瀬二条(いちのせ・にじょう)
  :外国から来た転校生。本来大学生。取り乱したりもするが、基本は冷静。
 関口聡(せきぐち・さとし)
  :周囲安定化能力者。片目は意思と感情を色として見、片耳は異界の音を聞く。

本文
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 道端に紺色のビロードの台を置き、その上にペンダントや指輪を並べた、言
わば装身具の『屋台』。
 面白いことに、この『屋台』を出している面子には、遥か遠く、中近東の或
る国からやってきた人が多いらしいのである。物価が高い為に同じ品に高い値
段がつくため、ここできっちり儲けてから、他の国を旅行する。兵役上がりの
面々が、そうやって世界を廻るルートが出来ているらしい。
 そんな、わけで。


「え……?」
「ここなんですか?」
「これ?」
 後の3人……創作部の2年生……が、口々に小さく呟くのに、聡はこくりと
頷いた。
「ここです。ほら」
 濃い紺の台の前で、二十歳を少し過ぎたくらいの外国人がにこにこと笑って
いる。それに手振りで挨拶、兼、見ていいか、と、確認してから聡はそっと指
で示した。
「これが、銀細工の、エルサレムの街です」
 ぱさり、と、台の片隅に、青味を帯びた大きな鳥が止まる。首を傾げるよう
にして、呉羽は聡の指の先を見ている。

 丁度小指ほどの大きさのペンダントトップである。
 半円や三角。高い尖塔や円い屋根の銀のモスク。単純化された街並みが、そ
の小さな幅の中で行儀良く並んでいる。日本の街並みとは全く異なる、しかし
どこかしら愛らしいデザインのそれを、紫はまじまじと眺めている。
「これ、ですか?」
「はい、これです」

 何だ何だ、と、売り手のほうも覗き込み……そして、ああ、と笑った。
「いぇるしゃらいむ……けせふ、シルバー」
 単語をぽちぽちと並べて、笑う。
「銀の……いぇるしゃらいむ?」
「エルサレムのことです」

 他の二人は、別の装身具を見ている。ペンダントもそうだが、幅のある透か
し彫りの指輪の意匠も、やはり日本のものとは少し違う。何よりピアスの品揃
えが凄いし、デザインが相当違う。

「これ……ピアス?」
「大きいです……」
 正樹が指差したのは、細い銀の針金で形作られたものだった。中央にぶら下
がる透明な蒼のビーズのせいもあって、丁度地球を中心とした月の軌道を連想
させるつくりになっている。
「六角の星が多いですね」
「ダビデの星ですから」
「この指輪は豪快だな」
「……あ、確かに」
 ぼそぼそ言いながらあれこれ見て……ふと、聡は顔を上げる。
 あれこれ見ているのは……正確に言うと、二名様のみ、である。
「……紫先輩?」
 声を掛ける前から、よく見える。ほわんほわんと、周りに跳ね飛ぶ桃色の星、
それも端っこがきらきらとメタルっぽく輝いている。
「それでいいですか?」
「はいっ」

 黄金のエルサレムのペンダント。
 貧しい羊飼いに過ぎなかった男が、駆け落ちした娘の為に、学び、そして高
名なユダヤ教の導師となり……そして彼女の為に黄金のエルサレムの街並みを
象ったペンダントを贈った。
 その逸話が……どうやら相当『ツボにはまった』らしい。

「いや、デザインとしても?」
「はい、これがいいですっ」
 後の二人が少々呆れたようにそちらを見やる。
 これ『が』いいも何も、紫は多分他のを見てなどいない。

「じゃ……これ、お願いします。幾らですかこれ?」
 完全に日本語なのだが、相手も恐らくこの国で聞きなれているのだろう。
「にせん、えんね」
「二千円、かあ」
「はい、大丈夫ですっ」

 売り手は、にこにこ笑いながら、指なし手袋を嵌めた手でペンダントをつま
みあげ、小さな紙袋にすとんと入れる。
「包むのは、先輩がやるんですよね?」
「は、はいっ」
 小さな、手の中に収まる包みを、紫は大にこにこで受け取る。そこでようやっ
と周りを見回す余裕も生まれたようである。
「聡さま……これ、アルファベットじゃないですよね……?」
 銀の、小指の爪くらいのビーズ。その6面のうち4面に、見慣れない、文字
らしきものが刻まれている。
「これは、ヘブライ語のアルファベットだと思います」
「それは珍しいですね」
 ひょっと覗き込んできたのは、一之瀬である。
「これで、日本語の名前等も組めるでしょうか」
「組めると思うんですけど……僕はそこまで、このアルファベット知らないで
すから」
 日本語の名前、じゃなくて『紫さんの名前』だろう……と、内心聡は突っ込
みを入れる。
 無論、あくまで内心である。

「関口君、これもアルファベット?」
「へ?」
 少し離れたところで、別の飾り板を見ていた正樹の声に、聡はとことこと近
づいた。
「……あ、多分」
「これ、でも、名前ってことかなあ」
 
 長さから見て、ペンダントではなくブレスレットだろう。やはり銀の小さな
四角い板に、アルファベットが透かし彫りで刻まれている。それをやはり銀の
鎖で繋いでいる、のだが。

 ひらがなの「し」を、鏡に映したような文字。そして『入』の字に少し似た
文字。門構えを略したような文字に、最後はなると模様のような文字。

「名前、じゃないですよ、多分」
「わかるの?」
「これ、親戚の姉さんのところで見たことあるんです……ええっと」
 少し目を閉じる。とんとんとん、と、現在居候をしている部屋の、本棚の上
に飾ってある小さな銀の独楽を思い出す。

「ああ、Nes Gadol Haya Po、だ!」
「は?」
「そそ、そう!」
 正樹の疑問符におっ被さるように、売り手のお兄さんのほうが大きく頷いた。
「いぶりーと、しってる、あなた?」
「知りません」
 苦笑しながら、聡は大きく首を横に振る。
「でも、僕の知ってる人が、教えてくれました」
「その、ひと、ぐっどねっ」
 えーと、というように、正樹が首を傾げる。
「その……呪文みたいなの、何?」
「じゅもん?」
「magic spell」
「ああ!のー、magic spell!」
 
 異国で自国の言葉を聞くのは嬉しい。多少なりとも自分の言葉を知っている
相手が居ることは嬉しい。バンダナで頭をぐるりと巻いた売り手のお兄さんは、
大きな身振りごと、説明を始めた。

「ねす、これ、Miracle。がどーる、これ、Big」
「……これ一文字で?……ええと」
「いや、これ、多分、頭文字です。ねす、の、Nが、これ」
「そう、これ、ぬん。ねす、ぬん」
「これ、はやー……WasでWere。ぽー、は、Here」
 お兄さんはにっこりと笑った。
「Idiom Of Hanuka……Juish Festival」
「ハヌカ!それかあ!」
「それかあ!」
 聡の言葉を……恐らく肯定の積りだろう、尻下がりの発音で繰り返して、売
り手はうんうん、と頷く。
「関口君知ってるの?」
「ユダヤのお祭で……確か、戦争して、篭城してる時にかな、灯の為に一日分
の油しかなかったのに、それが8日の間もったっていう話があって」
「あ、それが、Big Miracle……奇跡?」
「そう、だったと思います」
「へー」
 成る程、と、正樹は頷いて、そのブレスレットを突付いた。

「いくらで……ええっと」
「に、せん、ごは……ごひゃえん」
「2500円……下さい」
 
 後の二人も、それぞれ面白そうに細工を見ている。
 聡も、見るとも無しに見ている。
 と。

(あ)

 ブレスレットに使われた、小さな銀の四角の板。それよりは一回りほど大き
いだろう。小さな四角の板の中に、やはりエルサレムの街並みが丁寧に彫り込
まれている。
(あ、これも銀のエルサレムだ)

 ふ、と。
 聡は紫を見る。
 楽しそうにあちこち見ている彼女は、けれども注意のどこかを、常に手の中
の包みに向けている。

 駆け落ちして、それでもハッピーエンド。
 素敵です、と、目をきらきらさせていた様子。

(ふむ)

「これ?」
「はい」
 何時の間にか側に居た売り手に、にこっと笑って。
「いくら、ですか?」
「せんごひゃ……にはくえん」
「1500円?1200円?」
「せんに、にひゃくえん」
 言いつつ、売り手のお兄さんは器用に片目をつぶってみせる。
「ありがとう」


「聡さま、ありがとうございました」
「いえ」
 それぞれ、買う者は買っての……帰り道である。
「紫先輩、それ、落とさないで下さいね」
「はいっ」
 非常に良い返事に……何故かどうしてか、後の三人は疑わしげな目になる。
「……呉羽さん」
 声を掛けると、紫の方の上の青味を帯びた美しい羽の鳥は、ばさ、と、一度
その翼を広げて畳んだ。
「もし紫先輩が落としたら、拾ってあげて下さい」
 真剣に聡が頼むのに、呉羽はこっくりと頷いた。
「うう……」
 流石に悔しそうに紫が唸るが、それ以上は何も言わない……というより、多
分言えない。

「じゃ、また」
「ありがとうございました」
「ありがとう」
「いえ」

 挨拶と一緒に、それぞれがばらばらの道を辿る。
 ポケットの中の紙袋を、指先で確認して……。

 聡は小さく苦笑した。

時系列
------
 2005年12月。クリスマスの前。

解説
----
 婚約お祝いの品を探しに行く紫と、創作部の人々。
 やはり異国の品は、興味深いものが多いようです。
*********************************************

 てなもんで。
 あ、ちなみに、ハヌカの祭については、事実です。
 ほんとは「NGHP」を小さな独楽の四面に刻んで、遊ぶそうです。
(でも、ペンダントでは、確かにこゆの見たことあるのだ)

 てなもんで、ではでは。
 


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