[KATARIBE 29691] [HA06N] 小説『雪解け』

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Date: Fri, 20 Jan 2006 23:05:49 +0900 (JST)
From: 久志  <furutani@mahoroba.ne.jp>
Subject: [KATARIBE 29691] [HA06N] 小説『雪解け』
To: kataribe-ml@trpg.net
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2006年01月20日:23時05分49秒
Sub:[HA06N] 小説『雪解け』:
From:久志


 久志です。
小説『安眠』先輩サイドのお話です。

-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-= 
小説『雪解け』
==============

登場キャラクター 
---------------- 
 相羽尚吾(あいば・しょうご)
     :吹利県警刑事課巡査。ヘンな先輩。
 相羽真帆(あいば・まほ)
     :自称小市民。多少毒舌。10月に入籍。 

本文
----

 うねるように長い、黒髪。
 枕の上に広がった長い髪を指で巻き取るように掬い上げて、そっと滑らせる。
巻きついた髪は少しもひっかかることなく指をすり抜けるようにほどけていく。

 何度も、何度も、繰り返し。
 指先を滑っていく髪の感触を確かめるように。



 目覚めているような半分眠りの中にいるような、靄に包まれたような意識。
 うっすら目を開けた先の視界に映るのは長い黒髪、洗いざらしの白いシーツ、
目と鼻の先、微かに鼻先をかすめるかかすめないかの位置、髪の間から細い耳
が覗いている。
 伸ばした腕の中、真帆が目を閉じて静かに寝息を立てている。時折、肌掛け
の下の白い肩が小さく上下しているのを感じる。広がった長い髪に顔をうずめ
ながら、どれだけ時間が経ったかぼんやりと考えていた。

 誰もいない家で、一人。
 エアコンの振動音が唸るように響く音がやけに大きく聞こえて。ライトに照
らされた水槽の中でぽつんと泳ぐ闘魚が居るだけの殺風景な部屋。

 つい一年程前までは当たり前だったはずの光景。

 あの頃は、耐えられた。
 否、耐えているとことをどこかで知りながらも目を背けて認めようとしてい
なかっただけのことだ。


 腕の中。
 少しずれた肌掛けを掬い上げるように肩にかぶせる。安心しきった顔で眠る
顔を眺めて、首筋に唇を寄せようとした時。

 微かな振動音。

 とっさに伸びた手の中で着信の緑のランプを光らせながら震えている携帯。
 片手で開いて番号を確認し、そっと枕代わりにした腕を引き抜いて通話ボタ
ンを押す。

「相羽です」
『相羽、俺だ』
「ああ、虎ちゃんか」
『……一応、貴様の耳に入れたほうが言い話を聞いた』
「ほう」

 子飼いの情報屋。
 ニ三話を聞いた風だと、早急に動く必要性はなさそうだ。

「…………いや、大丈夫」

 ふと、傍らで身じろぎする気配。
 こちらの様子を見て慌てて起き上がろうとするのを軽く手で制する。

 じゃあ、と。携帯を切って見下ろすと、心持ちなにか言いたげな目で真帆が
じっとこちらの顔を見上げている。

「起こした?」
「……お仕事?」
「いや、連絡」

 一瞬、くしゃっと崩れそうな顔になった真帆の頬を撫でる。

「大丈夫。明日は休みだから」

 小さく頷いて、空気が抜けるようにくてんと力の抜けた顔に思わず笑いそう
になる。

「……相羽さん」
「何?」 
「妙な、質問なんだけど」 
 一瞬口を開きかけて、また俯く。

「相羽さん……あたしのこと、壊れ物の宝物みたいに思ってない?」 

 ふと、言葉の意味を考えるのに時間がかかった。
 言わんとした言葉の理解して……思わず吹き出した。

「壊れ物とはおもってないけど」
 肩から手を滑らせて背中に回す。男と女の基礎体格の差からして多少の華奢
さはあるものの、抱きしめたら折れそうなという程には細くはない。
「大切なのは、確かだよ」
「…………でも」
 あわせた額、少し目を伏せながら少しくちごもる。
「でも多分、相羽さんが思ってるより、あたしは頑丈だし、壊れないし、叩い
ても平気な奴だよ?」
「そんなの分ってるよ」
 実際、拳で殴ったこともあったっけか。考えてみるとあの時からまだ一年も
経ってないのか。

「だったら……あたしだって寝なくてもそこそこもつし、心配しないでも良い
と思うんだけど」
「わかってるけどさ、やっぱり大事だから」
 どれほど仕事で遅くなっても、真帆は待っている。
 真っ赤な目で、どう考えても寝てないとわかっていて、それでも平気そうに
ふるまって。


 真帆の手が包帯の巻かれた手をゆっくりと撫でる。
 ナイフで斬りつけられた手は、見た目こそ目立つものの傷は浅く、痛みは大
分ひいている。したたか打ちつけて割れた額は、酷くはないが時折うずくよう
な痛みを感じる。頬の擦り傷はもうほとんど痛みはないが、まだ傷跡は残って
いる。

 自分が怪我をしたいともおもわない。
 真帆に心配はさせたくない。

 だが。


 包帯を撫でる真帆の手をすり抜けて、背中にしっかりと両手を回す。
 引き寄せた腕の中、胸に押し付けられる額、掬い取った髪がすり抜けていく
さらさらとした頼りない感触。

「……相羽さん」
「ん?」
 半分、遠くに語りかけるような。夢の世界に半分足を突っ込みかけたような
小さな声。
「甘えさせてくれて、ありがとう」
「……ああ」
 もそもそと真帆の手が肩から背中に伸びて、微かに力がこもる。
「……大好き」

 どちらかというと子供の発する言葉の意味に近くて、なんだかおかしい。

「相羽さん」
「何?」
「明日、休みだよね」
 ことんと胸に額をつけて、その言葉はもう半分夢うつつの声で。
「大丈夫、ちゃんと休みだよ」
「ずっといるね」
「いるよ」

 消えかかった声でよかったとつぶやいたのを最後に、真帆は小さな寝息をた
てていた。

時系列 
------ 
 2006年1月5日深夜
解説 
---- 
 小説『安眠』の先輩サイドです。
-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=
以上。

 まあ、みぢかいですがこんな感じで。


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