[KATARIBE 29689] [OM04N] 『赤の姫』

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Date: Fri, 20 Jan 2006 00:34:31 +0900 (JST)
From: ごんべ  <furutani@mahoroba.ne.jp>
Subject: [KATARIBE 29689] [OM04N] 『赤の姫』
To: kataribe-ml@trpg.net
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2006年01月20日:00時34分31秒
Sub:[OM04N] 『赤の姫』:
From:ごんべ


 ごんべです。

 ちと出遅れましたが、OM04『平安陰陽絵巻』、ごんべからも一本
投げてみます。


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小説『赤の姫』
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本編
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「馳男」

 姫の呼ばわる声がして、下男の男が姫のいる部屋の縁の下へ駆け参じる。

「腹が空いた。飯を持ってたもれ」
「……へへえ、しばしお待ちを」

 それだけ応え、四十絡みになるであろうその下男は、また下がっていった。
 馳男は姫の前では決して面を上げぬ。しかしこの鄙びた里の館で、一人しか
おらぬ女房に出来ぬことを務めて切り盛りしつづけておるとあれば、自然姫の
信頼も厚い。

 馳男とは、姫が付けた呼び名であった。
 従順に姫の用向きのために黙々とよく駆け回る。ありふれた名ではあろうが、
馳男は姫から賜った名としてやはり従順に受け入れていた。

 馳男と入れ替わりに、人の気配が廊下を伝わってくる。
 姿を見せたのは、この館の女房、紅葉であった。
 簾の端を回り込み、姫の膝元へと侍る。

「戻りましてございます、姫様」
「待ちかねたわ」
「遅くなり失礼いたしました」

 拗ねたようにぴしゃりと言い放つ姫の言葉を、穏やかな笑顔とたおやかな
物腰で柔らかく受け止める。よほど気心が知れているのであろう、姫の態度も
さほどではなく、何やら女房が懐の包みから取り出したものに目を留めると
その表情が一転ぱっと輝いた。

「承っておりました草紙でございます」
「おお、これが読みたかったのじゃ」

 女房が側に寄るを待つのももどかしく、いそいそと冊子を受け取る。

「戻ってまいりました折、馳男が出かけるのに会いました」
「うむ」

 ぱらぱらと手の中で冊子を繰りながら、姫はくるくると表情を変える。

「紅葉は自由に都へ下りられて良いのう」
「下々の御用は、何なりと紅葉と馳男にお申しつけ下さいませ」
「ならば新しい扇が手に入らぬかの。この間のは汚れてしもうたのでな」
「かしこまりました」

 暖かい笑みで姫の表情を見守っていた紅葉だが、やがてふと席を立つと、
明かりを持って戻ってきた。

「いずれ馳男がお食事を持って参りましょう。お召し物をお着替えあそばされ
ませ」
「うむ、そうじゃな」

 紅葉は鮮やかな手際で姫の側元へ新たな衣を揃える。
 夕陽と紅葉、水の流れと洗われる岩々……そのいずれもをとりどりの鮮やか
な朱と紅の糸で綾なした、見事な「赤」の衣。
 夫を待つ身でも無いながら、いずれも赤いその単衣に姫が袖を通す様子は、
嬉々として目が輝いている。

「只今戻りましてございます」
「おお、待っておった」

 馳男が帰りを告げる声と、続いて厨で食事を調えている物音が聞こえてくる。
程なく馳男が濡れ縁を渡って姿を見せた。

 馳男から受け取って紅葉が差し出した黒塗りの膳の上には、生まれて幾月か
経ったであろう、程良い肉付きの赤ん坊が寝息を立てていた。姫の面に笑みが
こぼれ、思わず手が差し伸べられる。

「おうおう、可愛い子じゃのう」

 まず喉にかぶりつき、声を潰す。
 そこで滴り落ちる血を余さず啜り上げておいてから、上下に頸を咬みちぎり、
興奮冷めやらぬ様子で一息ついた後、姫はおもむろに柔らかい腹に牙を立てた。

 母屋の外に控える馳男は、板張りの縁に頭を押しつけたまま、決して面を
上げず動こうとしない。

「姫様、お味はいかがですか?」
「うむ」

 紅葉の問いに弾むように答えた後、しかしまた言葉も無く肉を口に運ぶ。
 やがて大小の白い欠片が膳の上にうずたかく積もった頃、ようやく姫は顔を
向けて馳男に目をやった。

「一ト月ぶりの美味じゃ。馳男、ようやった」

 身に余る言葉に平伏しながら、凄然と彩られた赤い世界の中で皓々と輝く
姫の金の瞳と額の一対の角とをその目で見ないよう、やはり馳男は決して顔を
上げなかった。


(終)

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 話の筋はOMであることもあって想像がつくでしょうから、表現(の落差)に
気を遣ってみましたw
 感想をいただけますと嬉しいです。
 ではでは。


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ごんべ
gombe @ gombe.org



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