[KATARIBE 29687] [OM04N]小説『疫病神』

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Date: Thu, 19 Jan 2006 01:14:17 +0900
From: "Hikaru.Y" <hukira@blue.ocn.ne.jp>
Subject: [KATARIBE 29687] [OM04N]小説『疫病神』
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ふきらです。
相変わらず、鬼舞の刻の話が続きます。

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小説『疫病神』
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登場人物
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 烏守望次(からすもり・もちつぐ):見鬼な検非違使。

 秦時貞(はた・ときさだ):鬼に懐疑的な陰陽師。

本編
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 空に浮かんでいる満月の光で周囲は淡い白色に包まれている。
 烏守望次は立ち止まって両手を擦りあわせた。手に吹きかけた息は白く、
ゆっくりと霧散していく。
 遠くの篝火から薪のはぜる音が聞こえてくる。他には、彼と同じように警備
についている検非違使と思われる者が砂利を踏みしめる音。しかし、冬の冷た
い空気がもたらす圧倒的な静寂のために、それらの音がまるで現実の音ではな
いかのように望次は感じた。
 昼間は人のざわめきが絶えないこの内裏も、今は誰も住んでいないように静
かである。
「……退屈だな」
 出そうになったあくびをかみ殺して、望次はひとりごちた。
「退屈か」
 急に後ろから声をかけられ、驚いた望次は慌てて振り返った。
 そこには時貞が一人、何も持たずに立っている。こんな寒い夜なのにそのよ
うな素振りは全く見せない。
「何だ、お前か……」
 望次は照れ隠しに咳払いをした。
「で、こんな夜更けに何をしにきたのだ」
「いや、ちょっと気になることがあってな、陰陽寮まで資料を読みに行ってい
た」
「夜なのにか」
「ああ」
「相変わらず変な奴だ」
 そう言って望次は苦笑を浮かべた。
 その次の瞬間、不意に周囲の空気が変化したのを望次は肌で感じ取り、顔に
浮かべていた笑みを引っ込めた。
 彼は背中に背負ってている矢筒から矢を一本取り出すと左手に持っている弓
につがえて、周囲を見回す。
 冬なのに生温かい風がぬらりと彼の首筋を撫でていった。そんなに強い風で
もないのに、近くにあった篝火の炎が消える。
 いつの間にか空は厚い雲で覆われ、やがて月はすっかり姿を隠してしまい、
辺りは闇に包まれた。
 望次はこめかみに針を刺されたような痛みを感じていた。
「鬼、か……」
 その痛みは近くに鬼がいることのしるしであった。
 つがえている矢を持つ手がじっとりと汗ばんでいる。
「鬼か」
 隣で呟いた時貞に、望次は頷く。
「見えるのか?」
 時貞が小声で尋ねる。
「いや見えない。だが、近くにはいる」
 望次が答えたときだった。彼らの前方にある門がぼんやりと明るくなったか
と思うと、炎が一つ宙に現れた。そして、その後から赤い直衣を着た男が一人
姿を見せた。
「あれか」
 望次は門の方に目をやり、言った。
「いるのか」
 時貞が尋ねる。
「うむ…… お前には見えないのか?」
「生憎な。で、どんな姿だ?」
「赤い直衣を着ている。他は……俺たちと変わらないな」
「赤、ね……」
 時貞は顎にてをやって、思案げな表情を浮かべた。
 二人が話している間に、その男は彼らの方へと近づいてくる。
「さて、どうしたものか」
 望次は一歩前に出ると、両手は提げたままで弦を引いた。男との距離は三間
ほど。狙いを付けず矢を放っても当てられる距離である。
「どんな様子なのだ?」
 彼の後ろで時貞が言う。
「ただ、こちらに近づいてくるだけだ。……顔がやけに青白いくらいだな。一
見だと人間と間違えそうだ」
「ふむ……ああ、思い出した。多分それは疫病神だろう」
「おい、それは流行病をもたらすと言われる奴か」
「それ以外の疫病神は聞いたことないな」
 さらっと答える時貞に対して、望次は慌てて弓矢を目の高さまで上げた。
「それは追い返さねばならんよな」
 そうだな、と時貞が答えると同時に望次は目一杯引いていた右手を放した。
 矢は一直線に疫病神の頭めがけて飛んでいく。しかし、矢はそのまま彼をす
り抜けて門の扉に突き刺さった。
「くっ」
 望次は無駄だと思いながら、再び背中の矢筒から矢を取り出して弓につがえ
た。
「ちょっと待て」
 もう一度矢を放とうと構えた望次を時貞が制す。
「なんだ」
 不審げな顔を浮かべて望次は振り向く。時貞は懐から何枚か符を取り出す
と、一枚ずつ確認しては「違う」と地面に落としている。
「手持ちにはなかったか……」
 呟いて、再び懐に手を入れる。今度は何も書かれていない符を取り出した。
「ちょっと借りるぞ」
 彼は両手がふさがっている望次の腰に提げてある太刀を鞘から少し引き抜く
と左手の親指を押し当てて横に引いた。
「おい、何をしている!」
 慌てる望次を無視して、時貞は先ほどできた傷からにじみ出ている血を人差
し指に付けると右手に持っていた符に何やら文字を書き出した。
 そうしている間にも疫病神はゆっくりと迫ってきている。
「どうする、時貞!」
 叫ぶ望次に彼は書き終えた符を差し出した。
「これを矢に付けて放て」
「お、おう」
 望次は一度構えをとくと、矢に先ほど手渡された符を突き刺して、再び構え
た。
「はっ」
 鋭い呼気とともに矢は弓から放たれ、一本目と同じように疫病神の頭部めが
けて一直線に飛んでいく。
 今度もすり抜けていくが、突き刺さっている符のあるところで矢は止まっ
た。
「ぐががが……」
 疫病神からうめき声が漏れる。彼は苦悶の表情を浮かべて、自分の眉間に刺
さっている矢を抜こうとしたが、その手は矢をすり抜けて掴むことすらできな
い。
 もがいているうちにその姿は薄くなっていき、やがて完全に姿を消した。
 カラン、と突き刺さっていた矢が地面に落ち、符が自然に火を上げた。火は
矢に燃え移り、程なくしてそれは完全に炭と化す。
 その様子を望次と時貞は黙って見つめていた。
 気が付くと、空を覆っていた雲は無くなり、消えていたはずの篝火には何事
もなかったかのように火がともっている。
 ふぅ、と望次は大きな溜め息を一つついた。
「終わったらしいな」
 彼の後ろで時貞が言った。
「ああ、完全に消えてしまった……で、さっきのは何だったんだ?」
「あの符か。あれは薬師如来の真言だ。疫病神なら弱いだろうと思って書いた
が、どうやら当たったらしいな」
「しかし、いきなり指を切ったときは驚いたぞ」
「仕方あるまい。書くものがなかったのだから」
 時貞は地面に落としていた符を拾い集め、その中の一枚を傷つけた親指に巻
き付けた。
 そして、思い出したようにクスリと笑う。その顔を見て望次は怪訝な表情を
浮かべた。
「何だいきなり」
「いや、お前には疫病神の姿が見えていたかもしれんが、俺には見えなかった
からな」
「それがどうした?」
「だから、お前が誰もいないところを睨んで矢を放っているのを見てな、滑稽
だなと」
「……相変わらず見えないのか」
 やけに神妙そうな口調で望次が言った。
「陰陽寮に仕える役人のくせに、な」
 口の端を少し歪めて時貞が言う。
「あ、いや、そんなつもりは……」
 慌てる望次の肩を時貞は軽く叩いた。
「だから、お前がいてくれると助かる」
「……そうか」
「さて、俺は帰るとしよう」
 そう言って時貞は体を反転させた。
「では、また」
「おう、また」
 そして、時貞は闇の中へと姿を消した。

解説
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たまには、本当に鬼と遭遇してみたり。

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