[KATARIBE 29682] [OM04N]小説『袋の中身』

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Date: Tue, 17 Jan 2006 01:02:55 +0900
From: "Hikaru.Y" <hukira@blue.ocn.ne.jp>
Subject: [KATARIBE 29682] [OM04N]小説『袋の中身』
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ふきらです。
鬼舞話。相変わらず、今昔物語からネタを拾ってきています。

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小説『袋の中身』
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登場人物
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 烏守望次(からすもり・もちつぐ):見鬼な検非違使。

 秦時貞(はた・ときさだ):鬼に懐疑的な陰陽師。

本編
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「時貞、いるか?」
 烏守望次が秦時貞の屋敷の門をくぐったとき、周囲は夕焼けに染まってい
た。遠くの方から喧噪が聞こえてくる。辺りに人の住んでいる家はほとんどな
く、ひっそりと静まりかえっていた。
 門を入ったところで望次は立ち止まり返事を待った。しかし、しばらく
経っても返事は返ってこない。
 冷たい風が吹いてきて、彼は身を縮ませた。門の近くに立っている木の葉が
擦れてカサカサと音を立てる。
 その音に混じって、ごそごそと人が動く音が聞こえてきた。
「……いるのか」
 苦笑を浮かべて、望次は勝手に屋敷の中へと入っていった。
 屋敷の中は明かりが灯されておらず、縁側から入ってくる夕日によって、か
ろうじて足場が分かる程度である。
 その縁側で時貞は文机に向かって何やら書いているようだった。
「よう」
 よほど集中していたのか、望次に声をかけられた時貞は、はっと手を止めて
顔を上げた。そして、声をかけた相手の顔を見てふぅと息を吐くと、持ってい
た筆を机の上に置いた。
「なんだ、望次か」
「何だとは何だよ」
 そう言って、縁側に腰掛ける望次。
「で、何の用だ?」
 時貞は体を望次の方に向けると、文机に肘を置いて体をもたれかけさせた。
「いや、ちょっと奇妙な話を耳にしてな」
 時貞の射抜くような切れ長の目に見られて、望次はコホンと空咳をして目を
そらした。
「奇妙な話、ね」
 そう呟いて時貞は視線を庭に移す。
「人づてで聞いた話なんだがな」
 と、望次は話し始めた。
「ある貴族に仕える武士が、朱雀院に行って待っていくように命令されたの
だ」
「なぜ朱雀院に? ……ああ、方違えか」
「そうだ。で、そのときに貴族から果物や菓子やら入った袋を渡されていた。
その武士は朱雀院に行くまでは、率いていた部下にその袋を持たせ、到着して
からは自分は自分で持っていた。そして、主のじっと待っていたが、夜になっ
ても貴族は姿を見せず、いつのまにか待ちくたびれて眠ってしまっていたらし
い」
「なんだ、それは」
 時貞が苦笑する。
「まあ、その後にその貴族が現れて彼を起こした。彼は目を覚ますと慌てて、
部下から袋を受け取ってその袋をその場に残して自分は警護に就いた」
「ふむ」
「方違えには、その貴族の友人も来ていてな、やがて夜も更けやることもなく
なったので、菓子でも食おうということになって例の袋を開けたのだ」
「空だったのか?」
 時貞の言葉に望次は顔をしかめた。
「どうして、お前はそう先読みばかりするのだ…… まあ、簡単に言えば、そ
うだ。当然、貴族は持っていた武士を呼んで問いただした。すると、彼は「鬼
の仕業だ」と主張したらしい」
「また、鬼か」
「彼の言い分では、部下にも多さている間は袋から目を離さなかったし、朱雀
院に着いてからはずっと自分で持っていたので、人間が取ることなどできな
い、ましてや、人間なら少しだけ取っていくだろうが、全部取っているので、
鬼の仕業に違いない、ということだそうだ」
 聞き終えた時貞は、フンと鼻で少し笑った。
「全部取ったから人間の仕業ではない、か。それはこじつけられる鬼もたまっ
たものではなかろう」
 不機嫌そうな表情を浮かべる時貞を見て、望次は小さく微笑んだ。それに気
が付いた彼は、望次の方を睨んだ。
「お主、俺が不機嫌になっているのを見て楽しんでいるだろう?」
「いやいや、そんなことはない。……で、鬼の仕業では無ければ一体誰の仕業
なのだ?」
 望次の問いに彼は口元を少し歪めた。
「その場にいたのは、貴族に仕える武士とその部下だけなのだろう?」
「ああ」
「では、そいつらの仕業だ」
「証拠はあるのか?」
「そんなものはない。ただ、その場にはそいつらしかいなくて他に誰もいない
んだったら、そいつらがやったとしか考えられないだろう。非常に簡単な話
だ」
「では、なぜ袋の中身が全部無くなっているのだ? 俺がその武士だったら、
言っているように少ししか取らないだろうと思うが」
「武士とその部下全員が食べれば中身もなくなろうよ」
「……は?」
 望次は時貞の言葉にあっけにとられた表情を浮かべた。
「じゃあ何か。お前はあの場にいた全員がやったというのか?」
「そう考えるのが一番妥当だろう?」
「いや、まあそうだろうが……」
 腕組みをして考え込む望次を見て、時貞は軽く笑うと立ち上がった。
「まあ、どちらであったとしても大差ない話だ」
「どこへ行く?」
「酒でも取ってくる。飲んでいくだろう?」
 ふと顔を上げると、いつの間にか辺りは暗くなっていた。空には半月が浮か
び庭を青く照らしている。
「今日はよい酒がある」
 望次は声のする方を見た。しかし、屋敷の奥までは月光は届かず、彼の姿は
見えない。
 ひょっとして彼は今ここにはいないのでは、と望次は考えて、その馬鹿馬鹿
しさに苦笑を浮かべて頭を振った。


解説
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元ネタは今昔物語 巻第二十七の
「第十二 朱雀院に於て餌袋の菓子を取られし語」です。


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