[KATARIBE 29668] [HA06N] 小説『雪嵐』

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Date: Fri, 13 Jan 2006 00:23:58 +0900 (JST)
From: いー・あーる  <furutani@mahoroba.ne.jp>
Subject: [KATARIBE 29668] [HA06N] 小説『雪嵐』
To: kataribe-ml@trpg.net
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2006年01月13日:00時23分58秒
Sub:[HA06N]小説『雪嵐』:
From:いー・あーる


ども、いー・あーる@退路確保 です。
いや、退路確保しておかないと、主に或るキャラさんにざくざくと斬られる気がします。
……ええっとええっと(汗)

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小説『雪嵐』
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登場人物
--------
 相羽尚吾(あいば・しょうご) 
     :吹利県警刑事課巡査。ヘンな先輩。
 相羽真帆(あいば・まほ) 
     :自称小市民。多少毒舌。10月に入籍。

本文
----

 優しい人は苦手だ、と、以前花澄に愚痴ったことがある。

『なんで』
『だって、判らないんだよ』
『……判らないって何が?』
『どこまで傷つけていいのか判らない。親しければ親しいほどあたしは甘える
から、多分どこかでその人の許容範囲を越えてしまう』
『だから、苦手?』
『うん』

 えーと、と、花澄が上を向いて考え込む。
 簡単に束ねた髪が、肩の辺りからさらりと落ちる、その具合を妙に良く憶え
ている。

『とりあえず、あたしはまだそこまで真帆にやられたことないけど』
『うん、やってないとあたしも思う』
『……あたしは優しくないってこと?』
『うんっ』
 大仰に頷くと、こらーと花澄は笑っていた。
『でも、真帆、そういう面、あんまり甘えないっぽいからなあ』
『……そう思う?』
『よっぽど親しくならないと、そこまでやらないと思う。多分』
『…………そう見えるなら、いいけど』

 
 冷え切った台所で、座り込みながら。
 そんなことを……思い出した。


            **

 相羽さんの膝枕のまま、2時間ほど眠ってしまったので、結局夕御飯は簡単
に出来る鍋になった。
 白身魚を取りながら、会いたいと言っていた、と、相羽さんは言った。
 絶対嫌だ、と、あたしは答えた。

「……えっとね、見た感じ、多分気は合うかもって思う」
 ちょっと……あの豪快さだと、引くけれど。
「豪快だけど、基本的に人は良さそうな感じがしたし」
「……まあ、そうだね」
「でも、多分、あの人なら、親切でもって、相羽さんの昔話をしてくれると思
う。こういうこともあった、ああいうこともあったって」
 多分、その度に言うだろう。尚ちゃんはこうだったああだったって、あの高
い女性らしい声で。
「……それが、多分、無理」
「わかった」

 きっぱりと相羽さんは言う。言ってそれ以上は聞かれなかった。
 それで……少しほっとする。

 莫迦げているのかもしれない。くだらないのかもしれない。それでも。
 ……それでも。


 あたしは相羽さんの過去を知らない。
 過去の、相羽さんが一番傷ついた時に、あたしは何も出来なかった。
 無理もない。あたしはその時、そもそも相羽さんが居ることすら知らなかっ
たんだから。
 でも、彼女はその時を知っていた。そして多分、友達と言うからには、その
時に何らかの行動を起こしている。
 ……そのことが。
  
      

「……はい」
 寝た時間は、遅くもなく早くもなく、だったとは思うけど、何だか良く眠れ
なかったところに、翌日の電話はやたらと早かった。こちらが目を開けた時に
は、もう、相羽さんは携帯を持って仕事の声で話をしていた。
「わかった、すぐ行く」
 枕元の時計を見る。
 まだ、5時になるかならないか。
 ぷつ、と、携帯を切って、相羽さんがこちらを見た。
「ごめん、仕事」
「……はい」
 こちらも慌てて起きる。相羽さんが着替えている間に、おにぎりだけ作って
玄関で渡した。
「気をつけて」
「うん」
 
 後ろからふよふよふよ、と、赤ベタだけが漂ってくる。かちん、と、扉が閉
まった後、ふと振り返ると、ベタがぽっくりと円い口をあけていた。
「……あくび?」
 何だか可笑しくて。
「寝てなさいな。まだ早いから」
 言ってみて……反省。あたしも眠いのか、今。

 言い訳にしかならないけれど、この数日良く眠れなかった。まして昨日、尚
更よく眠れなくて。
 ほんとうに、何て情けないんだろうと思うけど、その日に限って、あたしは
ベタと一緒にお布団に戻り、それからしばらく眠ってしまったのだ。
 起きてから、流石にめげた。相羽さんはずっと仕事してるのに、あたしは何
惰眠を貪ってるんだ……って。昨日も膝枕までしてもらって、寝てたのにって。

 後から考えるに。
 本当に最低な……家族だったと思う。


 それきり連絡は無く、でも無いってことは多分今日中に帰ってくる筈だ、と、
それでも夕御飯の用意をして、お菓子買って来て。
 10時を過ぎたくらいで不安になった。普通、これくらいまでには一度は連
絡が入る。入らない場合、もしくは帰らないかもって時には、先に言われてた
し。
 ベタ達も三匹、何となく所在なさげにふよふよとしている。
 怖くなって、テレビをつけた。ニュースだけは避けて、何だかお笑いなんだ
か何なんだか、みたいなテレビを。
 別に見てない。ただ、ぼんやりと。


 扉がゆっくり開いたのは、それから3時間ほど後、ベタ達はとっくに眠った
午前一時頃だった。


「おかえりなさ」
「……ああ、ただいま」

 声が、途中で止まった。

「……ああ、これ?」
 相羽さんは苦笑してる。でも。
 左手に包帯。指は見えてるけど、でも手首までぎっしりと撒いてある。
 頭、というか額にも、手ほどじゃないけどしっかりと包帯が撒いてあって。
 頬の傷は一番軽いようだけど、それでも大きな絆創膏。

 ……どうして。

「まあ、ちょっとばたばたしてね」
 相羽さんは手をくるくる、と、引っくり返す。
 丁寧に巻いた包帯。玄関の薄暗い中で、それが妙に白く見える。
 前髪の下に、何度か巻いた包帯には、うっすらと血が滲んでいて。

 …………どうして……っ

 どうしてこの人がこんなになってるときに、あたしは寝てたろう。どうして
あたしは呑気に。
 どうして。

 悲鳴をあげたかった。泣きたかった。どうしてこんなことになったのか、ど
うしてこんな怪我したのかって言いたかった。
 でも、それは多分仕事のことで。
 ……何より、相羽さんが笑ってるから。
 平気、だったから。

「……でも、命に別状はないんだ」
 笑うしかないと思った。大丈夫と言うなら、大丈夫って思うしかないって。
「そんな大袈裟なもんじゃないよ」
「手……お風呂に入って大丈夫?」
「ああ、大丈夫。傷は浅いから」
「じゃ、お風呂沸いてるから……先に入ってて」
「うん」
 絶対にこの人の前で心配そうな顔をしない。出来ない。
 咄嗟にそう思った。だから咄嗟にそう振舞った。

 お味噌汁を温めて、おかずを並べて。
 救急箱から包帯を取り出す。あと油紙かな。消毒薬も出しておいたほうが。

 多分。

「…………っ」

 救急箱を棚の上に上げて、包帯をわかりやすいところに置いて。
 部屋に、入る。
 涙が止まらなくなった。
 今日は怪我で終わったけど。相羽さんは元気な顔で帰ってきたけど。
 でも。

 何でって思う。
 何で、言えないんだろう。何で『どうして怪我したの』ってあたしには。
 怪我しないで。どうして怪我したの。

 ……そんなことを言う権利は、でも、あたしに無い。
 朝っぱらから、相羽さんが仕事してる時に寝てた奴に。


 後から考えると、多分。
 自分もとても疲れていたのだと思う。いつもならそこまで考えなかった筈。
 だけど、その時は思ってしまった。

(八尋さんなら)
(あのひとなら)

 明るい声。ある意味傍若無人な……でもそれだけ率直な。
 彼女なら言うだろう。
 
(わー尚ちゃん怪我しちゃだめだよー、何やってんのさー)

 何のてらいも無く。何の力みも無く。
 そう思ったら……尚更辛くて辛くて。
 何一つ、あたしには出来ない。何一つ言えない。
 本当に、相羽さんが走り回ってる間に、屋根の上で寝ている猫でしかない。


「……真帆」
 呼ばれて、慌てて顔を拭いた。
「あ、はーい」
 目をこすったら絶対赤くなる。そう思ったから、ぱたぱたとタオルで目を叩
いて……そして扉をあけた。
「ご飯、食べた?」
 出来るだけ笑って、出来るだけ明るい声で。
 ……相羽さんは、何も言わない。
「一応、あっためたか」
 言いかけたところで、腕を掴まれた。


 怪我しちゃ駄目、というのは、相羽さんの仕事を制限することだから。
 怪我しても、相羽さんに必要なことなら……それは仕事の必須だから、止め
られないことだから。
 怪我するのも……相羽さんの自由なんだから。
 
 そう、思う。そう思ってる。
 ……だけども。

「八尋さんなら、言うんじゃないかな。怪我したら駄目って」
「……言うだろうね」
 耳元の声が、ざくざくと斬られるように辛かった。
「いえる人だから」
 口から出た言葉、その内容より響きに愕然とする。
 したたるほどの……悪意が。
「……ごめんなさい」
「あやまらなくていいから」
 頭を撫でる手。いつものように。
 だけれども。
「そうじゃ、なくてっ」
 豊川さんは、相羽さんの友達で。
「あたし今、酷い言い方をしました。相羽さんの友人に」
 以前から、昔から、親しくしていた友達で。
「……駄目だあたし」
「お前も言ってもいいから」
 あたしはこの人に甘えていて、愛されていることに家族で居ることにとこと
ん甘えているのに……それなのに、まだ。
「……違うっ」
「ちゃんとさ、言ってもいいから」

 箍が。
 外れるような、感触。

「……尚ちゃんて呼ぶ人で」
 会ったのはほんの数瞬。誤解だってしてると思う。
「相羽さんが無茶したら、それを怒れる人で」
 でも一瞬見て、思った。この人は女性だ、女性であることに疑いを持たない、
しっかりその上に立つ人だ。
「相羽さんの昔っから知ってる人で」
 そして何より。
 相羽さんの過去の、恐らくひどく傷ついたその時点に居て、何かを為しただ
ろう人。
 だから。
「……お前はさ、俺の嫁でしょ?」
 抱き締める腕。
 言葉を抑えるように。
「…………でも」
「他の相手とは違う」
 
 怖かったのだと、思う。
 泣きたいくらい怖かったと思う。

「八尋さんが、その前に相羽さんのとこに居たら?」
「たとえ話の問題じゃない、今俺のとこにはお前が居て、俺はお前のとこしか
帰るところがない」
「もっといい選択肢だったかもしれないじゃないっ」

 相羽さんは一瞬、黙った。
 
「……それってさ」
 ほんの少し、喉の奥でかすれるような声。
「俺のこと否定するのと、同じだよ」

 声のどこかにある響きに、顔を上げたら。
 いつも動かない表情が、ひどく悲しげで。
 ……どうして。

「……だって」
 
 家族になることで、この人を縛りたくないと思う。
 尚ちゃんと呼ぶ声を聴きたくない。
 怪我して欲しくない。
 ……どちらもそれは、相羽さんを縛ることだと思う。

「…………怪我して欲しくないけど、それは仕事でしょうがないって判るし、
それをどう言ってもどうしようもないし!」

 相羽さんは見ている。
 黙って見ている。

「そんなことで縛るのは、分不相応ですっ」
「それはわかってる」
 静かな、声で。
「でも……理屈じゃないってこともわかってるから」

 悔しかった。 
 憎い、と思った。
 間違えていることは十全にわかっていた。
 苦しかった。
 
「…………考えてた」
「何を?」
「八尋さんは……そら、もう、他の人の奥さんだけど」
 白い顔。悪気の微塵も見えないまま、こちらを大喜びで見ていた顔。
 憎いってこういうことだろうかと……思った。
 ……だから。

「あの人のほうが」

 ふ、と。
 抱き締めていた手が、離れた。
 

  どこまでのわがままを言っても、この人は怒らなかった。
  どこまで甘えても、この人は手を離さないでいてくれた。


 離れた手の跡が、ひどく寒かった。

「……先、寝るわ」

 見上げた顔は、ひどく虚ろに見えた。
 
「…………はい」

 そのまま相羽さんは、部屋に入っていった。


  どこまでのわがままを言っても、この人は怒らなかった。
  どこまで甘えても、この人は手を離さないでいてくれた。
  その人が手を離すまで、あたしは追い詰めてしまった。

 食べられなかった夕ご飯を片付けて、明日のご飯の用意をして。
 そのまま、あたしは台所の椅子に座った。

 誰よりもあたしに近い人を、手を離すほど追い詰める人間……ならば。


 居ないほうが良いと結論付けることは、間違えていないのではないだろうか。


時系列
------
 2006年1月4〜5日

解説
----
『初春台風』の続きです。
 ええっと……台風どこじゃない、雪嵐状態なんですが……
*********************************************

 ええっと……
 つ、続きは頑張ります、早くしますっ(えうえうっ)
 ではでは。



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