[KATARIBE 29666] [HA06P] 『 Fire wall 』

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Date: Wed, 11 Jan 2006 23:07:58 +0900 (JST)
From: ごんべ  <furutani@mahoroba.ne.jp>
Subject: [KATARIBE 29666] [HA06P] 『 Fire wall 』
To: kataribe-ml@trpg.net
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2006年01月11日:23時07分58秒
Sub:[HA06P] 『Fire wall』:
From:ごんべ


 ごんべです。

 時任紅のイメージEPを書いてみました。
 プレイヤーの第一印象(ぉぃ)としては、こんなやつです。
 以後、お見知りおきを。


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エピソード『Fire wall』
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本編
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 恋をあきらめたのは、紅が中学三年生の夏前のことだった。

「コウって、ガキっぽいしさ」

 だから何? と言う問いには、ついにはっきりした答は返ってこなかった。

 小学校から想っていた、同じクラスの男の子だった。
 真似事とは言え、恋人として冬も春も越えた、キスもした。

 でも、彼の友達には紹介してもらえなかった。……そういうことだ。

 “あんたの方がガキじゃない?”

 負け惜しみにしか聞こえないだろう。
 紅は、彼の妹よりも年下にしか見えなかった。

 だからと言って周りの態度がそんなに変わるわけではない。
 中学での友達とは、当時も、卒業した後もたびたび会って遊んでいたし、
高校でも、中学から親しかった知り合いを皮切りに、多くの友人を作った。

 しかし彼ら彼女らの態度は、決まっていた。
 それに気付き、学年が上がる毎にそれがエスカレートしてからは、紅の心は
次第に醒めていった。

 ……彼女は常に、集団の中で「マスコット」として見られる以上のことは
なかった。幼すぎる、時を止めてしまった彼女の外見に、周囲の評価は引きず
られていった。

 “あたしは、あんた達と同じ歳なのよ?”

 でもそれは言わなかった。言っても響かないことが解っていたから。
 何より紅自身が、自分が彼らからずれすぎていることを解ってしまったから。

 “どうせ、世界はみんな燃えているのに”

 そんなことを言って、周り中から不可解の眼差しを向けられたことがある。
 結局その時も、ひどいガキだ、と言うくらいの認識で話が済んだように思う。
 まして、燃えさかる劫火も友達の肌のぬくもりも、連続した「程度の違い」
にしか感じられない彼女の視野については、もとよりだれにも理解されないだ
ろう。

 高校生活の真っ只中で、紅は友達に期待することをあきらめた。

 自分とみんなは、もう違いすぎているのだから……



 突然懐から自分のものではない着信音がして、紅は意識を切り替えた。

「……はい、時任でっす」
「神楽森です。あと一分で迎えに行きます。五分後には本番です、急いで」
「はーい」

 どうせぶらぶらしていただけだから問題はない。相手が見つけやすいように
車道まで出てみる。
 案の定、すぐに見知った顔を乗せた見知った車が近づいてくる。
 言葉を交わす間さえ置かず、彼女は開いた後部ドアに飛び込んだ。

「目的地は吹利本町、すぐそこです。あと二分で火事が起きますからそれを
止めてください」
「計算が合わなーい」
「我々が着くのは、火事が起きた後です。先回りできたなら、別の人を呼ぶ
ところです」
「……そりゃそっか」
「木造平屋の重要文化財でしてね。おまけに要注意物件です。燃やすわけには
いかないわけです」
「ろじゃー」

 話している間に車は停止した。目的地に着いたらしい。
 商店街に程近い通りに面し、広い間口を築地塀と格子戸が整然と彩る民家だ。
 運転手を残し、神楽森という相棒の男は素早く車を降りる。思ったより早く、
と感じた紅は、目的地の実態を把握してその考えを撤回した。

「何じゃあ、お前」
「消防署の者です。お宅の“離れ”の防火設備について巡回点検に参りました」
「そんな話は聞いとらんなあ」
「いえいえ、こちらの若頭にはちゃんとお話ししてありますから」
「若頭は今お出かけじゃ、用があるならそれまで待っとれや」
「ああ、そうですか。きっとすぐお戻りになるでしょうから先にこちらの
用向きを済ませておきますね」
「お、おう、ゴルァ!? 何を勝手に入っとんねん、おう!?」

 いかにも剣呑な強面の男たちを相手に適当にあしらいながら、親愛と礼儀を
一切欠かさず彼らとスキンシップを崩さないまま、しかしずかずかと奥へ入っ
ていく。既に三人からの組員を平気で押しのけて……と言うよりほとんど抱え
て運んでいるような風情で……分け入っていく神楽森の後ろに、ちゃっかりと
紅はついていった。

 ……と。
 奥から、大勢の人のざわつく気配が伝わってきた。

「時任さん。その奥、左の扉を入ったら通り土間を真っ直ぐ。中庭の右手です」
「わっかりましたぁっ」

 神楽森にがっちり確保された組員達の手を小さな体でするりとかいくぐり、
紅は走った。

 中庭に出た途端、なじみ深い波動がシャワーのように紅を包む。
 一瞬その心地よさに身を委ね……しかしすぐに彼女は「本番」に臨んだ。

「どきなさい、役に立たないから!」

 右往左往する組員達を、彼女の高い声が一喝する。
 一斉に振り向いた彼らの向こうで、中庭に作られた離れ……むしろ「祠」だ
……の軒先が、激しく躍動する炎に舐め回されていた。

 軒を支える一本の柱が、地面から轟々と炎を上げている。灯油の匂いが鼻を
突く。誰がどう見ても放火だろう。

 炎は見る間に柱や軒を黒くむしばんでいく。
 だが、まだ“ひとつ”だ。範囲も狭い。
 これ以上増えたら、紅の手にも負えない。

 状況を見て取るや一挙動で、コートのポケットにしのばせていたパチンコ玉
をざらりと掴み、他方の手を炎へ伸ばす。

「はっ!」

 瞬間。辺りを照らしていた光の渦が忽然と消滅した。

 この時になってようやく浴びせられたバケツの水が、焦げるだけで済んだ
軒先につららを形作っていく。
 今し方まで軒先を包んでいた炎は、もはやひとひらすらも存在しなかった。

 ……ジャラリ

 手の中のパチンコ玉の手応えが変わったのを感じて、彼女はその手を放した。
 ドチャ、と重い音を立て、銀色の玉をまぶした赤い塊が地面に落ちて潰れる。
それは、中心から赤熱して混然一体の鉄の塊と化した、一掴みのパチンコ玉の
成れの果てだ。

「お疲れ様でした」

 あっけにとられた組員達の間をお構いなしに神楽森が近づいてくる。
 紅は、細い両手首を腰に当ててふんぞり返って見せた。

「報酬は、スイス銀行のいつもの口座に」
「今日の技能手当は時任さんの旭銀行の口座に25日に振り込まれる予定です」
「……神楽森さん、ノリ悪すぎ」

 その間に、「通報」を受けた本隊が消防署から到着し、若頭や組長までが
到着し、彼らに神楽森が応対して警察共々現場検証に当たっているのを横目に
見ながら、紅は人知れず姿を消した。

 後で聞いた話では、他人からは取るに足らないちょっとした恨みから起きた、
内部の者の犯行だった。犯人の末路については、紅は想像しないことにした。
 あの「祠」についての詳しいことは結局聞かされなかったが、後日、火元の
「組」と地元の商工会議所となぜだか近在の大きな神社とからそれぞれに自分
宛に上等な菓子折が送られてきて、紅は話の意外な大きさを思い知らされた。

「金一封が良かったのに」
「時任さんは甘いものが好きでしたよね」
「もー、あんたかっ!? お菓子にしろって言ったのっ!」



 高校を出て、住み慣れた街を飛び出した彼女は、こう言ったことをしながら
いつしか吹利に居着くようになった。

 納得はしきれていない。
 期待もしていない。
 だが、成り行きを考えても、悪い立ち位置にはいないと思う。

 少なくとも、まだ自分が世界の「こちら側」にいると自覚できる程度には。


(終)


登場人物
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時任 紅 (ときとう・こう)
   :考えるだけで、熱をあたかも実体あるもののように「移す」ことが
   :できる異能を持つ。その力で、吹利市の嘱託として働いている。
   :小学生高学年にしか見えないが、19歳の乙女。
   : http://kataribe.com/HA/06/C/0604/
神楽森 (かぐらもり)
   :吹利市職員。たぶん本名。二十代後半か。
   :紅などの異能者嘱託職員を現場監督する立場。
   :いろんな意味で只者ではない。


時系列
------
 2006年1月中旬。


解説
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 時任紅についてのイントロダクションです。


$$

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 ご感想などいただけますと嬉しいです。
 ではでは。

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ごんべ
gombe @ gombe.org



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