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Date: Mon, 09 Jan 2006 04:51:32 +0900
From: Paladin <paladin@asuka.net>
Subject: [KATARIBE 29662] [UB01N] 小説:『挨拶』
To: kataribe-ml@trpg.net
Message-Id: <20060109023514.A620.PALADIN@asuka.net>
X-Mail-Count: 29662
Web: http://kataribe.com/UB/01/N/
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ぱらでぃんです。
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小説：『挨拶』
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登場人物
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ツカサ＝ヨーヘイ・クサカワ ：本を読まない来館者。
サイモン ：司書。
チャン ：死人。
本文
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擬験〈ステイム〉遣い達は、その経路を《穴》と呼ぶ。
擬験から視覚情報が何も入力されないそこでは、脳で行われる補完のせいか、
落ち続ける、はたまた延々と上昇を続ける演出〈イメージ〉が飛び込んだ者を
捕らえる。
情報流〈ストリーム〉には上も下も存在しないというのに。
奈落への上昇、天界への落下で軽い酔いを愉しまされた後に飛び出すのは、
六角の扉、扉、扉、扉。今入ってきたところを振り向いてみても、六角の扉。
蜂の巣か蜘蛛の巣のように、視界内が六角の扉で埋め尽くされる。ご丁寧にも
立体感を錯覚させる湾曲つきで。
大王の都〈アレクサンドリア〉から平安の都〈マディーナ・アッ＝サラーム〉。
そして現在、再び最初の名を冠され軌道へ上がった知の殿堂。
軌道図書館。バベル＝カントール。
「相変わらず趣味悪りいな。手抜きしてんじゃねえよ」
音も無く六角の扉から染み出るように飛び出した少女が、悪態を吐きつつも
手近な、今出てきた扉の取っ手に手をかけ。
囁き。
扉を通さず、直接に番地〈アドレス〉を叩い〈コールし〉て、膨大な情報の
淀みから目的のものを引きずり出す。
無限に続く広間が聖堂のような、しかし少女の知識と彼女が接続〈アクセス〉
できるどの情報とも合致しない虚妄の情報に塗り替えられる。
青銅色で統一された円筒状の密室。地蟲のように這う電纜〈ケーブル〉から
床は隠され、壁面ではここに蒐められた情報が延々と垂れ流されている。
それら痴となった知の中心には、電纜の束を古代の西洋人が着ていた長衣の
ように体へと巻きつけられ、それに体の水分を吸い取られたかのように萎れた
躰が一体。
そこにあった。
「相変わらずしけた面〈アイコン〉してんな、サイモン」
「ヨーヘイこそ相変わらず若造りしちゃって」
老人は電纜を軋ませながら顔を少女の方へ向ける。
「で、なんか用」
「今朝方連絡があったんだが、チャンが死んだ」
「そう。今は瑞龍〈ルイロン〉だったっけ。よく知らないけど」
「今は財団だ。寝たまま逝ってたらしい」
情報の奔流が沈黙を掻き消すが、主が察したのかやがてそれも止まる。
「また一人、か」
「みんな若くない。俺だっていつこっちが逝くかわからん」
言って、頭を小突く。
「こっちは時間ありすぎるのに」
「本読んでろ」
「好きじゃない」
分かってない。とでも言いたげに老人は十人中八人は不快になりそうな音を
立てて首を動かす。
「蒐めるのは好きだけど、読むのは別にどうでもいいの」
「名誉司書が聞いて呆れるな」
「整理用の人工知性〈AI〉作ったからでしょ」
「身も蓋も無いな」
「おかげで空に飼い殺し。下で情報泥棒〈カウボーイ〉やる方がまだまし」
「潜在的な危険分子一人終身刑だ。英断だと思うがな」
会話が途切れ、少女は伸びをする。
「どしたの」
「帰る。用は済んだしな」
「そっか。じゃ」
「ああ」
どちらともなしに口を開き、声が重なる。
「生きてたら、また」
$$
それでは。
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