[KATARIBE 29659] [HA06N] 小説『初春台風』

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Date: Mon, 9 Jan 2006 02:40:16 +0900 (JST)
From: いー・あーる  <furutani@mahoroba.ne.jp>
Subject: [KATARIBE 29659] [HA06N] 小説『初春台風』
To: kataribe-ml@trpg.net
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Web:	http://kataribe.com/HA/06/N/
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2006年01月09日:02時40分15秒
Sub:[HA06N]小説『初春台風』:
From:いー・あーる


ども、いー・あーるです。
いぢめる話ならすぐ書けます……とIRCに書いたら、皆もそーだそーだと言ってました。
ので己だけではないのです。みんなそうなのですっ。
だから問題なっしんぐ<それは違うだろ
***************************************
小説『初春台風』
===============
登場人物
--------
 相羽尚吾(あいば・しょうご) 
     :吹利県警刑事課巡査。ヘンな先輩。
 相羽真帆(あいば・まほ) 
     :自称小市民。多少毒舌。10月に入籍。
 豊川八尋(とよかわ・やひろ)
     :桜木達大の姉。豊川火狐の母。仕事の関係上、海外にて生活。
  本宮史久(もとみや・ふみひさ)
     :吹利県警刑事部巡査。屈強なのほほんお兄さん

本文
----

 一日は、昼頃帰ってきて。
 二日は、夕刻に出て。
 三日は……途中で、今日は帰れないわ、と、電話があった。

『明日は戻るから。早めに』
「……うん。気をつけて」

 電話はそれで切れた。
 正月三が日。寝てない相羽さんと、どのくらい顔を合わせたかなって気がす
るくらいには……忙しくて。
 だけど明日は帰ってくる、と。
 ほんとにほっとした……んだけど。

             **

 それは午後の2時頃だったと思う。
 今日は早く帰るから……ってことは、早く夕御飯の買い物しておいたほうが
いい。そう思ってその時刻に外を歩いていて。
 ふと。
(あれ……本宮さん?)

 喫茶店の透明なガラス窓。その向こうに、他の人より頭半分は高い人影。
 そしてその近くに。

(相羽さん、と…………?)
 誰か居る。小柄な、誰か。
 

「いらっしゃいませー」
 ガラス戸を押して入ると、元気のいい声がかかる。店の中はそれぞれの人々
の会話で、程よくざわついている。
 その、中に。

「ねえねえ尚ちゃん、それでそれでっ?」

 一瞬……漢字変換をしそこねた。

 答の中身はわからない。でも聞いた……聞きなれた声が、それに返事をして
いる。

「えー、尚ちゃんやっぱイイオトコー……ねえ史君っ」

 ガラス越しに見た、テーブルに。
 本宮さん。相羽さん。
 そして相羽さんの腕に手を絡めてもたれかかるようになった……女性。
 どこかで見た顔。いや、どこかで似た顔を見たことがある。

 相羽さんは笑っている。
 本宮さんも笑っている。
 彼女も、笑っている。

『尚ちゃん』
 その声が。

 ……誰。


 動かない足をひきずって、近づく。今更ここから逃げるのも、何だか相羽さ
んに嘘をついているようで。
 だから。
 逃げるのも卑怯。今更。
 
 相羽さんが、ふと視線をこちらに流した。
 途端に、背もたれから身体を起こす。くっ付いていた女性が一緒に身体を起
こして何やら言うのを、はいはい、と、振り払って。

「どうしたん」
「……うん、窓から見えて」
 笑った積りだけど、自信は無い。視線の先でその女性は、本宮さんにもたれ
かかったままきょとんとこちらを見ている。
「……お友達?」
「昔っからの友達。同級生。桜木……じゃなくて」
「豊川八尋です」
 にぱっと……同級生にしては幼い、満面の笑みを浮かべて彼女はこちらを見
る。その笑みが、だんだん大きくなって。
「やーんっ、尚ちゃんの奥さんっ?!」
 言った途端立ち上がってこちらに来ようとする。咄嗟に二三歩後ろに下がっ
た。
 ……でも……
 とよかわ、やひろ?

「……はじめまして。相羽真帆と申します」
「うそーっ、ほんとに奥さんっ!」
 わーい、と、立ち上がる。思わず逃げかけた……その間に、相羽さんがすっ
と入った。
「ちょっと尚ちゃん、のいてよー」
「ダメ」

 尚ちゃん。
 何度も繰り返す言葉。
 そして……相羽さんは、それを平然と受けて。

「……あの……何時ごろ帰る?」
「いや……」
 多分、一緒に帰らないの、と、言いかけたのだと思う。それを遮って。
「あの、ちょっと風邪気味だから、先に帰ります……ごめんなさい」
 小さく咳払いをしてみせる。実際風邪気味だから、嘘には聞こえなかった筈
だ。
「帰る時には電話お願いします。……じゃ」

 一礼して、そのまま。
 レジの前のお店の人に、すいません、と、やっぱり一礼して。
 ガラスの扉を、開けた。


「……真帆っ」
 鞄の中から本を取り出す。サンドキングス。昨日買った本。
 ジョン・マーティンの本は初めてだけど、面白いらしいってのは聞いてたか
ら。
 でもこれ……どっかの長編の続き、なのかなあ。

「真帆」
 先刻まで開いていたページを開ける。指が小刻みに震えているのが、何とな
く他人事のように思えて。

 相羽さんはそれ以上何も言わない。
 ただ、足音だけは隣に、黙ったまま。
 遅れもせず、先に行きもせず。

 壁から半身を突き出した骨。
 それが……それが?
 (意味なんかわからない)
 (何がどうなってるか、結び付けられない)

 『尚ちゃん』

 家族だけが呼んでいい名前。
 それを。

              **

 鍵を取り出して、扉を開ける。開いた扉を後ろから伸びた手が抑えた。
 飛び出してきたベタ達が、急停止する。
 ……そんなにひどい顔をしているだろうか。

「……どうしたん」

 靴を脱いで、買い物を冷蔵庫にしまって。
 部屋に入ろうとしたら……引き止められた。

「真帆」
 呼び止める顔を、見上げる。
 ……ああ、判ってないんだと思った。
 痛感、した。

「さっきの……ひと」
「うん」
 どうして、と思った。
 家族になります、と、約束するまで、この人はあたしに名前を読み上げられ
ることさえ嫌がったのに。
 それはいい。それはわかる。
 ……でも、何で気がついてない。

 それくらいに

「……尚ちゃん、なんだ」
 あ、と、相羽さんが声をあげた。
 わかった顔になって……額に掛かる髪の毛を少しかきあげた。
「呼ぶなと言って聞く子じゃなくてねえ」
 そうかもしれない。
 でも、相羽さんは嫌な顔をしなかった。

 呼ぶなって言っても言っても言うのかもしれない。でもこの人も。
 嫌がる顔を……今だってしてない。

「…………うん、でも、前から居たんだ、そういう人」
 言ってから気がつく。これはかなり……厭な言い方だ。
「……て、まあ、戯言だ」
 にぱっと……笑ってみせる。
「……悪かった」
「悪くないよ」
 手を、ひらひらと動かしてみる。
 うん、悪くない。
 この人が家族と認めてる人なだけ。
 ……それだけ。
「ちょっと気になっただけ」
 笑って見上げた先で、相羽さんはかすかに眉根に皺を寄せた。 
「……お前がそーいう顔してる時って」
 一呼吸置いて。
「ものすごく自分殺してる時の顔だよ?」
 言葉に、詰った。

 背中に廻される手。しっかりと捉まえるように……宥めるように。

「ちゃんと怒っていいからさ、俺の前では」
 怒って、いるのかな。
 いや……

「名前」
 言葉にする。と同時に、足先から血が抜けてゆくような気がする。
「……家族じゃないから呼ぶなって、言ったよね?」

 家族しか呼ばない名前。
 家族しか呼べない名前。
 でも。

「…………でも、相羽さんは、それでちゃんと納得してるんだから」
「悪かった」
「えーっと……謝ること無いから」
 出来るだけ明るい声で言ってみる。
 それでも相羽さんは……黙った。

 ずっと以前からの、相羽さんの友達。
 だから尚ちゃんて呼ぶ。それだけならそうかと思う。
 でも本宮さんだって、この人のことを名前では呼ばない。
 ……でも彼女になら呼ばれても平気。

「八尋ちゃんは、さ」
 ぽつり、と、相羽さんが言う。
 その先を聞きたくない。
「相羽さんの……昔からの家族みたいなもんでしょ?」
「高校入ってからずっと友達でね」
 笑って言っても、相羽さんの言葉は止まらない。
「……友達少なかったし」
 
 だから特別で。
 だから名前を呼んでも平気で。
 だから。

「だから」
「でもさ、お前は家族だから」
「……でも、だから」
 
 足が震える。友達で、古くから知っていて、名前を呼ぶことの出来る女性。
 だから……笑うしかなくて。
 
「何であたしに謝るの?」
 顔を上げて、笑ってみせた。
 
 相羽さんは謝る。
 あたしの言葉でようやく気付いて、そして謝る。
 ……謝るような、ことだった?

「……でも、それで。少なからずお前さんがへこんでる」
 するっと、抱き締められていた腕がほどけた。そのまま両頬をそっと抑えら
れる。
「俺にはそれが辛い」

 無表情で。
 でも少しだけ……困ったような、いや。
 ほんの少しだけ……ガキ大将が泣く手前で怒っているような、そんな表情。
 だから、つい。

「……あたしには、尚ちゃんなんて呼べないから」
 
 言ってみて……笑える。尚ちゃんなんて、あたしには確かに呼べない。
 この人を、そんな風に。

「真帆」
「……何でもないよ、相羽さん」

 名前。
 尚吾さん、と、呼んでいいと言われた。

 ……それ、今でもいいのかって。
 怖くて。

「だから、ほんとに」
 気にしないで、と、言う積りだった。
 頬から滑り落ちる手。そのままあたしの頭を自分に押し付けるように。
 はじめて……涙が出た。


 この人のことをあたしは知らない。
 知らなくていいことも、確かにたくさんあると思う。知らせたいと思うこと
だけ知っておけばいいのかなって……それはそう思う。
 でも。

「……一度だけ、言う」
「うん」
「……尚吾さんの名前、他の人が呼ぶのは嫌」

 沢山のおネエちゃんと、付き合ってきたことは知ってる。口説く時は本気、
と、確かに聞いた。
 でもその人達のことを知って、揺らいだことはない。あたしがこの人の近く
に居ることを、今まで一度も。

 ……でも。

「嫌、なんです」
「わかった」
 こつん、と、額をくっつけて……相羽さんはじっとこちらを見る。
「……一度だけ。愚痴だから」
「俺だってさ、お前さんが他の……冬女のお嬢ちゃんと仲いいの見てヤキモチ
焼いたりするからさ」

 やきもち。嫉妬。
 ……うん、そうだと思う。思うけど。
「真帆」
 それでもあたしは、あなたの名前が呼べません。

「……悪かった」
 謝らなくていいと思った。
 いや、謝られても困るって思った。
 だって、それでもこの人は。

「愛してるよ」
 
 言葉に、嘘は無くて。
 重ねた唇からも、何一つ嘘は感じられなくて。
 だから…………だけど。

「…………ごめんなさい」
「いいよ」
 ほんの少し、苦笑の響きごと。
「俺もいつも困らせてるしさあ」

『尚ちゃん』
 満面の笑みと、絡みつく腕。
 当たり前のことのように。当たり前すぎることのように。

「……訊いて、いいかな」
「何?」
「その人と……付き合ってた?」
「いや、断った」
 一呼吸置いて、鈍痛のように。
 判る、こと。
「……ああ、じゃ、ほんとに友人なんだ」

 このひとの友達。友人。
 友人だけど名前を呼べる人。
 そして多分、これからも、この人はやっぱり名前を呼ばせて……平気で返事
をするのだろう。

 友人だから。
 あたしの知らない……友人だから。

「傍若無人で、見てて楽しくて……どっか俺に似てて」
 ゆっくりと、相羽さんが言う。
「だからかな」
 その、言葉が。
 全部形を変えて、突き刺さるように思えて。

「見てて女に見えなくって、気軽で、何でも話せて?」
 
 ……それは、以前のあたしだ。
 あたしの居た、位置だ。

「……今はさ」
 肯定も否定も、相羽さんはしなかった。
「お前は、俺の嫁だから」
「…………その、人よりも、近くに居る?」
「一番俺の近くにいる」
 一瞬の遅滞も無く、一片の嘘も無く。
 だからおかしいのは……多分あたしのほうだ。
 こんな風に不安に思う、あたしのほうだ。
 
「相羽さんの高校時代を知らなくって、以前のことも知らなくって」
 相羽さんの昔を、あたしは知らない。
 問い詰めても、多分この人は言わない。
「…………よく考えたら、ほんとに知らないんだ、あたしは」
 小さく笑う声がした。
「そりゃあ、お互い知らないよ」
 覗き込む目。少しだけ笑った目。
「俺らは、これからでしょ?」
「…………はい」
「お前と一緒に、さ」
 くっくっく、と。小さく笑って。
 でもその笑いをふと止めて。
 相羽さんは。

「お前が一番俺に近いんだからな」

 そこからは譲らない、というように。
 抱き締める手。


 一番近くに居る人。
 そのことを、疑っているわけじゃない。
 ……なのに、どうして、自分は。

            **

 すとん、と、相羽さんが座る。手招きするからそのまま座ったら。

「寝てな」
 
 言葉と同時に、頭を抑えられる。そのまま膝の上に頭を乗せられて。

「……でも」
「いいから」

 片手がしっかりと、手を握る。

「どうせお前さん、寝てないんでしょ」
「…………いや、でも」
「寝てな」

 頭を撫でる手。

 考える。
 この人のことを、あたしは疑ってるのか。
 それについては、絶対そうじゃないって言える。どの言葉にも一切嘘は無い、
あたしはここに居ていいって……相羽さんはそう思ってる。
 でも。

 相羽さんのことを知っていて、過去の……多分悪夢の原因も知っていて。
 多分彼女は、相羽さんが結婚したことを知っていたのだろう。でなければあ
たしを見てあっさりと『奥さん』と見るわけがない。
 それでも……彼女は相羽さんの手に絡みつく。それだけの自信を持って。

 ……多分。
 それを、許している相羽さんを……見ているのが辛い、んだと思う。
 そして多分、それ以上に。
 
 そうやって相羽さんへの権利を堂々と主張する彼女に、何一つ返す言葉がな
い自分が。
 彼女に勝る何物も、見つけられない自分が。

 辛いのだと、思う。

 正月三が日。そして翌日の今日。
 ……何て年の始まりだろう。ほんとうに。


時系列
------
 2006年1月4日。

解説
----
 六華の『一月一日』話の、続きです。
 八尋台風、順調に勢力を増して北上中です……な話(え?)。
 いやぶっちゃけ、真帆も悪いよなあと、思うんですけどね。
***********************************************
 
 えーとー
 …………
 で、ではっ(脱兎)<こら
 


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