[KATARIBE 29654] [HA06N] 小説『一月一日(下)』

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Date: Sat, 7 Jan 2006 23:56:42 +0900 (JST)
From: いー・あーる  <furutani@mahoroba.ne.jp>
Subject: [KATARIBE 29654] [HA06N] 小説『一月一日(下)』
To: kataribe-ml@trpg.net
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2006年01月07日:23時56分42秒
Sub:[HA06N]小説『一月一日(下)』:
From:いー・あーる


てなわけで、いー・あーるです。
一月一日、八尋台風から避難した後の話です(なんのこっちゃ)
……あーほんとにもー、書いても書いても(えう)。

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小説『一月一日(下)』
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登場人物
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 六華(りっか)
  :冬女。元軽部真帆宅から桜木家へ、そして現在本宮家の一室に住む。
 相羽真帆(あいば・まほ)
  :少々毒舌。去年の冬に六華を拾った、当時の大家。
 豊川火狐(とよかわ・かのこ)
  :桜木達大の姪。達大のところに預けられている。
 本宮美絵子(もとみや・みえこ)
  :本宮幸久の妻。しっかり者で姐御肌。
 

本文
----

 電話口から聞こえる声。
 愚痴なんだか報告なんだか……まあ、報告なんだろうけど。

「そんで、どうなったの」
『……お参りだけ、してきたの』
「ってことは、桜木さんには」
『会ってない。それっきり』

 あーあーあ。

『だってね、真帆サン……』

 
           **
 
 柔らかくて癖の無い髪は、腰のあたりまで伸びている。
 それを、今日はくるくると簡単に丸めて、笄と櫛でまとめている。白い象牙
の地に、紅い目の兎を彫った見事な櫛。
 歩きながら六華は、その櫛を髪から外し、笄を引き抜く。
 ばっさりと背中に落ちた髪は、折からの風にざっと流れた。

 わあわあと騒ぐ声。それらがまず言葉の意味を失い、そして聞こえなくなる
頃に。
 美絵子はそっと六華の頭を撫でた。

「……ある意味、これは確かにあたしが迂闊でした」
 きゅっと唇を一度噛んで、六華が呟く。
「六華さん、ほら」
 優しい口調で言いながら、そっと六華の眉間をつつく。
「雪野の顔になってますよ」
「…………そうかも、しれません」
 すい、と、言い放って、六華は歩く。長い振袖や歩き難い筈の裾をさっとさ
ばくようにして、相当の早足で。
 美絵子は苦笑した。
「……六華さん、たとえ達大さんのお姉さんがなんと言おうと、一緒に動こう
と」
「……」
「私は六華さん側だってこと、忘れないでくださいね」
 そっと顔を覗き込むようにして言われた言葉に、ようやく六華は一つ息を吐
いた。
「…………はい」

 ようやく歩む速さを少し落としたところで。

「あーっ、六華ちゃんっ」
 高い声と一緒に、ぱたぱたと小刻みな足取りで、走ってくる音。
「……あ、火狐ちゃん」
 立ち止まって待つ二人の前で、急停止するなり。
「あのねっ、六華ちゃんっ、ごめんねっ。おかーさん、悪気はないんだけどねっ、
傍若無人のひとなのっ」
 真紅の地に白の『流れ』の模様、そして一面に金糸銀糸の縫い取り。長い袖
をはためかせながら一気に言った火狐に……六華はまずにっこりと笑った。
「あけましておめでとうございます」
「こんにちは、火狐ちゃん」
「──あけましておめでとうございます」
 困った顔のまま、ぺこり、と、頭をさげる。
「……でも、そっか……火狐ちゃんのお母さんなんだ」
 流石にその娘の前で、母親のことを悪く言うわけにはいかない。少々こわばっ
た笑顔で六華はそう呟いた。
「実は、火狐ちゃんのお父さんから伝わってしまったらしくて」
 苦笑しながら、どうやら姉が来るとだけは聞いていたらしい美絵子が言葉を
添えた。
「だから達大さんからお話がいったわけじゃあないらしいんです」
 すう、と六華は目を細めた。
「……でも、お父さんに話したのは?」
「えっと──わたし」
 しょんぼり、と、火狐は肩をおとした。
「……あ、そっか」
 それは確かにありえることだし、自然なことでもある。六華は苦笑して火狐
の頭を撫でた。
「悪気はないと思うの、火狐ちゃんも」
「ええ、火狐ちゃんには全然」
 そこらは、六華も心得ている。

「まあ……抑えきれない達大さんもちょっとひっかからなくもないけど」
 ぼそっと呟いた美絵子の言葉に、火狐がすまなそうに身を縮める。
「うちの家族で、おかーさんのこと止められるひと、いないの」
「それは、わかるけど」
 どうも美絵子は、先に彼女に会っていたらしい。
「……惚れた女一人守ってやれなくてどうします」
 ぼそり、と、それこそ達大が聞けば相当怖かったろう調子で。
「勝てない以前の問題です」
 う、と、口を噤んだ火狐は、でもでも、と、一心に叔父の味方にまわった。
「今日もね、達っちゃん、一生懸命ひきとめたんだよ? 一時間も二時間もお
話したんだけど、おかーさん『でも会いたいもん』って」
「……なるほどねえ」
 三人共に、溜息をつくしかない……そしてまた同意するしかない話である。


「火狐ちゃん、今から達大さんのところに戻る?」
 ふと、六華が小首を傾げた。
「うん。六華ちゃんと初詣したら。そのあと、おじーちゃん家の行ってご挨拶
するから」
「そしたら……火狐ちゃん、達大さんに伝言いい?」
「うん、いいよ」
 こっくりと頷いて、ツインテールの髪を揺らした火狐に、美絵子もにっこり
笑った。
「ああ、私からも」
「……え?」
 きょとん、と、六華が振り返る。構わずに美絵子は続けた。
「負けるな、って」
 くすっと笑って。
「伝えてあげて」
「うん」
 勢い良く頷いて……しかし少々おぼつかなげな顔になる。
 敗色濃厚、と、姪にも見られているらしい(それもまた哀しい話である)。

「あのね、火狐ちゃん」
 くすくす笑いながら、六華が手招きする。素直に近づいた火狐の耳元で。
「達大さんにね……この着物、達大さんに見せたくて着てきたのにって」
「うん。達っちゃんも楽しみにしてたんだけどねー」
 はー、と、溜息をついて。
「かわりにわたしが、しぃっかり見とくね」
「うん」 
「まったく、お義母さまが頑張って探してきてくれたのに、もったいない」
 やれやれ、と、今日はこれでもう何度目かの溜息ごと、美絵子が呟いた時に。
「六華ちゃんっ」
「……はい?」
「達っちゃんのこと、助けてあげてねっ!きっと達っちゃん一人じゃ勝てない
からっ」
 姪に、ここまで言わせる叔父というのも……いささかというか何というか、
情けないところがあるもので。
 無言のまま、美絵子が顔を手で蔽った。

「…………勝てないなら、本当は欲しくないのじゃないのかな?」
 くす、と、六華は笑う。
「……でも、火狐ちゃんは大好きだから」
 そっと頭を撫でると、火狐は困った顔になった。
「むにー。そーいうのじゃなくて、六華ちゃんが応援してくれたら頑張れると
思うの」
「……それは、達大さんがどうするか、によるかな」
 ほんのりと笑って……案外酷いことを、六華はさらりと言う。
 加えて美絵子が一つ頷いた。
「何かをしてもらうには、自分できっちり動けないと、ね」
 でも、と、火狐が握り拳になる。
「わたしも達っちゃんにがんばれーって言われるともりもりパワーが沸いてく
るし」
 だから、と、言いかけた火狐の頭を、六華はまた撫でた。

「でもね、違うの」
 ほんのりと笑ったまま、けれども出てくる言葉は相当に厳しいもので。
「あたしは、頑張れとは、達大さんには、言いません」
 火狐が……不安そうになるほどはっきりと断言してから。
「ただ……見てます」
 最後に……にっこりと、笑った。
「そう、伝えて下さいな」
「むにー。六華ちゃんもいろいろ複雑?」
 顔を覗き込むように見上げた火狐を、ちょいちょい、と、美絵子が横に呼ぶ。

「見てくれてる、てことは。ちゃんと期待してるのよ」
 こそっと、小さな声で、火狐の耳元に。
「それを六華さんはなかなか踏み出せない人だから……わかってあげて」
「うん。オトナって難しいねー」
 いや、それはオトナというカテゴリーの問題ではなく、この二人の問題だろ
う……と。
 口に出して突っ込むほどには、美絵子は人が悪く無かったようである。

「じゃ、初詣行こうっ。達っちゃんがおかーさん抑えてるうちに」
「……はい」
「そうね、いきましょうか六華さん」

 三人三様。
 艶やかな着物を翻して。

              **

「ああ、それは会う隙も無いね」
『お姉さんが日本に居る間は、あたしあっちに寄り付かない』
「って、何時まで居るの?」

 …………何故か沈黙の後。

『……聞いてない』
「あんたねー」
『だって』
 電話の向こうの声は、多少なりと拗ねたものになる。
『火狐ちゃんに、あの状況で訊くのって……気が引けたんだもの』
「ああ……そかも」

 六華がむくれているのが歴然としていて。
 その原因も、火狐ちゃんとしては知っていて。

「……そだね」
『ほんっと、腹立ったんだからっ』

 電話口で、やっぱりぷんすかしている六華の声を聞きながら、ふと。
 これは、六華ってば……相当悔しかったのかな、と。
 思った。

(……達大さん、また好機を逃すし)

 電話口。
 顔は見えないけど、声はまったくもって正直で。

 一つ、溜息をつく。
 まったく……どうなるやら。


時系列
------
 2006年1月1日〜2日

解説
----
 八尋台風(おい)より避難した後の顛末。
 実はこの間、ゆっきーと達大さんは大変苦労をしていたのですが、
そこらは六華が見ていないということで。
**************************************************
 てなもので。
 呑気なこと言ってますけど、真帆にとっても、八尋台風はひとごとじゃないのですが。
 ではでは。
 


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