[KATARIBE 29653] [HA06N] 小説『盛大なる仏頂面』

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Date: Sat, 7 Jan 2006 23:37:23 +0900 (JST)
From: いー・あーる  <furutani@mahoroba.ne.jp>
Subject: [KATARIBE 29653] [HA06N] 小説『盛大なる仏頂面』
To: kataribe-ml@trpg.net
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2006年01月07日:23時37分23秒
Sub:[HA06N]小説『盛大なる仏頂面』:
From:いー・あーる


てなわけで、いー・あーるです。
またもや去年に逆戻り。たまには明るい話を書きたいのです。
……となると、やはりこの人を引っ張り出すわけでして。

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小説『盛大なる仏頂面』
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登場人物
--------
  丹下朔良(たんげ・さくら)
     :吹利県警刑事課元ベテラン刑事、現在指導員。犬にたとえるとマスチフ。
  形埜千尋(かたの・ちひろ)
   :吹利県警総務課職員。県警内の情報の元締め
  相羽尚吾(あいば・しょうご)
   :吹利県警刑事課巡査。ヘンな先輩。 
  本宮史久(もとみや・ふみひさ)
   :吹利県警刑事部巡査。屈強なのほほんお兄さん
  石垣冬樹(いしがき・ふゆき)
     :刑事部巡査部長、サンズイ石垣。犬にたとえるとミニチュアシュナウザー。

本文
----

 同僚の石垣氏は語る。

「クリスマスの日の相羽さんは……それはもう、思い出すだに恐ろしいオーラ
を全身にまとっていました」

 総務の形埜千尋は語る。

「朝方かな。前日頼まれた書類を持って入ったら、えらい怖い顔した相羽君と
どよーんとしてぶつぶつ言ってる石垣君が並んで報告書書いてたんだよね」

 同僚の本宮史久氏は語る。

「………………あの人は……」

             **

 そらまあ、クリスマスイブからクリスマスにかけて、有給取り消しで呼び出
されれば、大概の人は不機嫌になろうものだが。

「……相羽君、あれどーしたんですかね」
 こそこそ、と千尋が囁く。
 湯呑みを抱え込みながら、朔良は少し肩をすくめる。
「全身びりびり帯電してるようだの」
「有給途中で呼び出しって……そら有難くはないだろうけど、あそこまで怒る
ものですかいね」

 その横では石垣氏が、こちらは背景細かい縦線、どんよりどよどよと淀んだ
ままぶつぶつ呟いている。これに関しては、千尋も朔良もある程度見慣れてい
るので、そこまでの違和感はないのだが(見慣れることになった環境について
は、双方今更なので言うことは無いらしい)。

「……なんかなあ、相当気合をいれて絶対一日休みきるといっとったしのう」
 うーん、と、千尋が唸る。
「そもそも、クリスマスに有給取るってのは、相羽君初めてでしたからねえ」
 それにしても、と、朔良は湯呑みの湯気に顎を当てる。
「奴がまるで悪がきのように休みを楽しみにしとったようでなあ」
「よっぽど楽しみなことがあったんですかね」
「嫁絡みで、だの」
「ああ、それは間違いないですがね」
 他のことで、そこまで楽しみにするようなことは無い、と。
 この点双方共きっちり見切っている(というか、ある程度の面々にはきっち
り見切られている、というか……)。

 それにしても、と、千尋はあい変わらず首をひねる。
「あそこの奥さん、有給なんだから必ず休んでね、みたいな無茶を言うように
は思えなかったけど」
「そうさのう……きっちり送り出すようにみえたがのう」
「ですよねえ……何なんだろ」

 うーむうーむ、と唸っているうちに、報告書を書き上げた相羽は家に帰る。
 そして……翌日。

             

(なんなんだ一体)
 ある意味もっと盛大に、ぶすっとしている一名が、刑事課の中に居るわけで。

「……相羽君」
 周囲の同僚……というか、主に石垣氏がひくっと引いているのを気にも留め
ずに、千尋は相手の肩をぽんと叩く。
「はい?」
「何をぶすっくれておるのかね貴君は?」
「いえ、そんなことは」
 がっつりぶすっくれとるやんかー、と、聞こえる範囲に居た全員が、内心突っ
込みを入れたに相違無い仏頂面である。
 やれやれ、と、千尋は肩をすくめる。
「……うちの豚児どもが反抗期迎えた頃によくぶすっくれてたけど、今の貴君
の表情それに近いね」
 すっぱりと言われて、相羽が沈黙した。

 先日の、ぴりぴりした雰囲気とはまた違う。本当に、ガキ大将がしてやられ
て、怒るにも怒れずけれども悔しくて……のような雰囲気、といえば近いか。

「……まあ、ちょっと」
「奥さんと喧嘩した?」
「いえ……それはありませんが」
「他のことは、あったんだね」
 それ『は』ありませんが、と、限定部分にえらい強調のかかる発音。
 にっかりと千尋は笑った。
「…………」
 何とも微妙な、ぶすっくれ顔で、また相羽は黙る。

(こんなに読み易い顔が出来たんだなあ)
 千尋としては可笑しくてならない。おネエちゃんマスター、ヤク避け相羽、
大概にして碌でもない呼び名で呼ばれるこの人物は、これまで愛想こそ常に良
かったものの、本心が見え辛かったものだが。
(奥さんのことになると、ここまで正直になるかね)

 堪えかねて、千尋は爆笑した。
 石垣が目を丸くし、本宮が頭を抱える。その横で相羽は相当にぶすっくれた
顔になった。

「……ま、まあ、さ、何があったか知らないけど」
 く、と、笑いを抑えて、千尋が言葉を継ぐ。
「……いえ」
「喧嘩じゃないなら、まあ良かった」
 その言葉に、相羽は少し躊躇したような顔になった。
「喧嘩にならないんですよね」
「何、相羽君、奥さんが怒ってもそのまんま?」
「怒らないから、逆に」
 額を指先で抑えるようにしながら、ぼそり、と言う。
「…………あー」
 それに千尋も、納得する。

 総務課に来て、きゃあきゃあ言う女の子に一瞬怯んだ顔をして。
 けれども静かに頭を下げていた顔。

「呼び出しくらっても、どんだけ帰り遅くても、ねえ」
 溜息混じりに、相羽は言う。
「……ありがたいですが」
「その分奥さんに甘い相羽君は、余計に奥さんに頭が上がらない、と」
 すっぱり言い放った千尋の言葉に、ぐっと相羽が詰まる。
「そんで奥さんを泣かす、と」

 刑事課の面々の家族、特に奥さんのことを、それなりに千尋は知っている。
それぞれ……時に心配し、時に泣きながら、彼等の帰りを待っていることも。
 怒りもせず文句も言わず、黙って送り出して黙って迎える。
 そういう奥さんだからこそ。

 ぐ、と、また相羽が沈黙する。
 数瞬後……千尋が爆笑する。
 とりあえず彼女には、遠慮という言葉は無い。

「まー、さっさと仕事あげて、今日は早く帰ってあげなさいな」
 笑いながら、ぽん、と、丸めた書類で肩を叩いて……そして千尋は周りを見
回す。
 やれやれ、と、溜息をつく本宮と、またぶつぶつと口の中で呟いている石垣、
そしてしかめっつらの中村。

「あー、中村さん、書類、これ」
「……どうも」
 眉間の縦皺もそのまま、書類を受け取った相手に。

「お嬢さんがクリスマスに彼氏でも連れてきました?」

 ひくっとひきつった中村に、にっかりと笑ってから。
 千尋はまたひょこんと立ち上がる。

「あとの書類は、午後にでも持ってきますから」
「……お願いします」


 一部始終を黙って見ていた朔良が、黙って溜息をつく。
 にっかりと、それに笑ってみせてから、千尋はとっとと部屋を出て行った。


             **

 同僚の石垣氏は語る。

「……あの相羽さんに平気で話して、絶句させてる千尋さんのほうが怖かった」

 総務の形埜千尋は語る。

「まーったく、なーにやってんだかねー」

 同僚の本宮史久氏は語る。

「………………あの人は……」


時系列
------
 2005年12月25、26日。

解説
----
 クリスマス話の、県警での風景。
 なんでまた先輩がぶすっくれてたかは……そのうち話にします、ええ(汗)。

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 てなもんで。
 ではでは。
 


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