[KATARIBE 29642] [HA06N] 小説『眠れる魔王』

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Date: Wed, 4 Jan 2006 19:52:13 +0900 (JST)
From: 久志  <furutani@mahoroba.ne.jp>
Subject: [KATARIBE 29642] [HA06N] 小説『眠れる魔王』
To: kataribe-ml@trpg.net
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2006年01月04日:19時52分12秒
Sub:[HA06N]小説『眠れる魔王』:
From:久志


 久志です。
黒の系譜動く、です。あわせて元久くんが本家に来る布石を打ってみました。

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小説『眠れる魔王』
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登場キャラクター 
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 本宮尚久(もとみや・なおひさ)
     :本宮家三兄弟の父。黒の系譜の一人。

料亭で
------

 入り口から伸びる長い廊下にゆっくりと足を下ろす。しっとりと飴色に光る
床板は長年の数多の人の出入りの歴史を刻むように、微かに軋むような音を立
てて客人を迎え入れる。
 本宮尚久は脱いだコートを腕に掛け、被っていたソフト帽をその片手に持ち、
丁寧にお辞儀する案内の女性に軽く会釈を返して、一歩一歩踏みしめるように
廊下を歩いた。つい先ほど店の前で確認した時計の時間を思い出しながら今日
会う相手の顔を思い浮かべる、先方との約束の時間にはまだ少々の余裕がある。

 今時、賑やかな吹利市内にこんなところがあるのかと思ってしまう程に昔を
思わせる平屋建ての料亭。先導する案内の女性の厳格に躾けられた礼儀正しさ
と着物の扱いに長けた立ち居振る舞いに尚久は思わず感嘆した。
「こちらでございます」
 一糸の乱れもなく着物を捌いて両膝をつき、障子の戸を開ける。
「ありがとう」
 案内の女性に改めて会釈して部屋に足を踏み入れる。通された部屋はさほど
の広さはないものの、部屋の壁から床まで奇麗に整えられ、所々に品よく飾ら
れた生け花や漆塗りの落ち着きのある卓が部屋全体を引き立たせるように配置
され、いかにも客の心を掴むことに努力を重ねている店の心遣いが感じらる。
「いや、よいお部屋ですね」
「恐れ入ります。さ、どうぞ」
 清々しい気持ちですすめられた座椅子に落ち着き、一礼して部屋を後にする
案内の足音が充分遠ざかるのを確認してから、コートと共に傍らに置いた鞄を
開いて中から一冊の分厚い手帳を取り出し、卓に置いた。相当に年季の入った
黒塗りの革表紙の手帳、かなりの年数に渡って使い込まれたらしいことを感じ
させる少し日に焼けた紙の側面と黒革の角が僅かに削れて丸まっている。
 尚久が学生の時代から数冊にも渡って情報を蓄積し使い続けてきた極秘手帳。
その分厚いページの一枚一枚に記されている情報の数々は昨今の電子化された
情報ともまた違う、尚久独自で割り出し奥底にまで踏み込んだ様々な情報が蓄
積されている。これらの情報は時に尚久と家族を身を守る盾となり、また時に
は駆け引きの題材として相手の喉元に突きつける刀としても使ってきた。
 卓の上、少し毛羽立った革の表面を指先で撫でる。

 ――また、これのお世話になりそうですね。

 ため息と一緒にでる、苦笑。
 氏より育ちと人は言う、それはもっともだということを尚久も知っている。
だが、その言葉が決してまかり通らないこともまた昔から肌身に沁みて知って
いるのもまた事実だった。

 本宮家、歴史を遡ると軽く江戸末期程に辿り着くというそれなりに古い家だ
という。古くから一帯の土地を持つ地主であり、今では資金力を活かして地域
中小企業の株主として、また県議員や官職員に縁者を持つ名家としても知られ
ている。
 本来ならば、本宮家前当主の長男である尚久が跡取りとして本宮本家を継ぐ
はずだった。幼い頃から尚久の意思など全く意に介さず、将来の道は全て定め
られ、分家の従妹との婚約も親同士で勝手に取り決められていた。
 だが、尚久が大学に通い始めてすぐ、全ての始まりになる大騒動がおきた。
 大学の先輩に紹介された、現在の尚久の妻である麻須美との出会い。
 小さな道場を営む父と異国の生まれの母親を持つ、そこにいるだけで心を穏
やかにする不思議な魅力を持った麻須美と尚久はあっという間に恋に落ちた。
 無論、一介の学生である麻須美と周囲の期待を一手に背負った尚久との交際
は周囲から激しく反対された。しかし周囲の激しい反対にあいつつも、双方の
気持ちは全く揺るがず、勘当覚悟で尚久は麻須美と共に駆け落ち同然で本家を
出奔した。

 手帳の表面を撫でて軽く目をつぶる。

 尚久が裸一貫で家を飛び出してからはや数十年。
 暮らし始めてすぐ、明日の米代を心配せねばならないほど苦しい生活に頭を
悩ませた日があった。実家から手を回されてまともな仕事もできず飛び込みや
日雇いで糊口をしのいだ日があった。仕事を見つけてからも、尚久の生まれに
対する嫉妬や嫌悪、後先考えず家を出奔した愚か者というあからさまな侮蔑を
浴びたことは一度や二度ではなく、世間の厳しさなど全く知らず真綿でくるま
れるように育てられてきた尚久にとっては最も辛い時代だった。

 どれほど捨てようと思っても、生まれを変えることはできない。
 ならば、どうすれば人から信頼を得ることができるか。

 司法試験をパスし下積みを続け、時に本家の息がかかった者達の悪意をこめ
た視線や嫌がらせをされようと、独自で集めた情報と手八丁口八丁を武器にし
て渡り合い、昼も夜も構わず働きどうしでだった日々。どれほど辛い日々を過
ごそうと妻と息子達の顔を見れば心が癒された。

 そして今。
 いち事務所を構える弁護士として自分の立場を確立し、一国一城の主として
胸を張ることができる。息子たちもそれぞれ独立し、来年春には初孫の顔を見
ることもできるだろう。後は巣立った息子たちを見守りながら妻と静かに過ご
していければいい。尚久にとって唯一つのほんのささやかな願いだった。

 だが本宮の生まれは、尚久の小さな望みも許してくれなかった。

 厳しい下積みの頃、最底辺にいたはずの尚久の立場が少しづつあがっていく
につれて実家を含めた周囲の圧力は徐々に消え、家族に穏やかな時間をもたら
した。だが、そしてまた逆に吹利における尚久の地位が少しづつあがって行く
につれ、別の問題が尚久の周囲でおきはじめていた。

 ――捨て置いては、貰えないか。

 これから会う相手の顔をもう一度思い浮かべて苦笑する。

 青梅靖人。本宮家から見て分家に当たる青梅家の当主。
 青梅の他に古くからある分家の戸萌と合わせて三つの家がある。中でも青梅
は尚久からみて叔父に当たる人物が養子として当主を務める比較的新しい分家
でもあった。
 本宮本家、戸萌分家、青梅分家。
 まるで国取りゲームのように、互いの様子を伺いその地位を狙う者達。
 そしてつい先日、尚久の出奔により実質後継者不在の本家に自分の末の息子
を養子として跡継ぎにしたいという話が青梅家当主から尚久に伝えられた、そ
して話を進める際に未成年の息子の後見人を頼みたいという依頼だった。
 無論、養子として青梅の末の息子を本家に迎えることに依存はない。もっと
も家を出奔した身である尚久が口を出せる話でもない、後見人としての依頼も
全く問題ないはず、だった。

 だが、後見人の依頼を受けた尚久の目には、その更に裏にある青梅の目的が
はっきりと見えていた。

 本当の狙いは、本宮本家だけでなく、吹利で実力と地位を得た尚久をもその
傘下に抱き込もうとしていることに。


野心
----

「わざわざお呼びだてしてすみません、尚久さん」
「いえ、お久しぶりです靖司さん。元久くんも随分大きくなって驚きましたよ。
まったく子供というものはあっという間に大きくなりますね」

 にこやかに笑いながら挨拶する中、密かに垣間見える影。語らう声の節々か
ら仄見える――野心。同じく戸萌分家の当主であり、こちらもまた野心家であ
る叔母の加津子とも少し毛色が違う。あちらが自ら筆頭に立って実権を握るこ
とをよしとするのに対し、こちらは影に身を潜めて虎視眈々と隙をうかがい背
後から操ろうとする影の黒幕のような、陰と陽の違いを感じる。同じ父親を持
つ叔父と叔母であるが二人は全く似ても似つかない、母親の違う姉弟であるせ
いもあるのだが。
「なにぶん、まだ子供ですから。後見人としてあの子を見守ってあげていただ
けると」
「ええ、お任せください。息子達にもよく言い含めてありますから」

 この青梅靖人という人物、尚久の祖父に当たる先々代当主の――いわゆる妾
の子として生まれ、尚久とは叔父と甥という立場でありながら歳は尚久よりも
十歳以上若い。同じ本家の子として生まれながら、跡取り息子として一族中か
ら歓迎されて祝われた尚久と違い、生まれてすぐに追い出されるように分家の
青梅に養子に出された過去を持っている。生まれながら全てに恵まれて育った
尚久に対して、ひとかどならぬ想いを抱いていることは昔から知っていた。

「そういえば、お仕事のほうはいかがです?尚久さん」
「ええ、おかげさまで」

 本宮家の慣例として、本家長子がもうけた男子には久の字がつく名前が与え
られる。無論強制ではなく、望む名があれば久のつかない名をつけるケースも
あるのだが、尚久自身も特に意識せずとも自然と息子たちに久のつく名をつけ
ていた。本来ならば、彼は靖久という名になったのだろう。だが嫉妬深い正妻
の圧力と対外的な立場の低さからその名は与えられなかった。

 そして、この度本家の跡継ぎとして送り込まれる子の名前。
 青梅元久。元を久しく――
 言葉の端にのらないながらも、青梅靖人の長年に渡る深い情念を尚久はひし
ひしと感じずにはいられなかった。

「ああ、気づきませんで、お注ぎしましょう」
「ああ、すいません青梅さん」

 愛想良く笑いながら尚久の手にしたお猪口に徳利を傾ける。だがその笑顔の
下で渦巻いている想いは深い。

 ――眠らせておいてはくれないか。

 なみなみと注がれたお猪口に軽く口をつけながら、尚久は鞄の中にある黒革
の手帳に記された青梅靖人の資料を脳裏に思い浮かべる。青梅家の一人一人の
詳細情報から資金源から、関連する有力者達。いかにして悟らせぬように外堀
を埋め、罠を仕掛け動きをとれなくするか。

 本家を飛び出した時、自分は全くの他人であり二度と本家には関わるまいと、
尚久は心に誓った。捨てた家に未練はない、何の害もなく本家にもかかわらず
にいたかった。妻の為、息子たちの為、周囲からどれほどの悪意を浴びようと
芥子粒程の野心も抱くまいと心に命じ、ゼロから這い上がってきた。

 だが、それでも。
 本家の生まれから逃がしてくれないのならば。

 空になったお猪口を置いて、尚久は小さく微笑んだ。

「息子さんのことはお任せください、責任をもって後見いたします」
「ええ、お願いします尚久さん」

 本宮本家も戸萌分家も青梅分家も、もはや関係ない。
 降りかかる火の粉に耐えることはもうしない。本家も分家も無為でいようと
する自分を捨て置いてくれないのならば、こちらがとる手段はたった一つ。

 真っ向正面から徹底的に叩き潰す。

 本家も。
 分家も。

 全てこの手に掌握する。
 これしかない。

 物事はこうと決めたら、はやくあるに越したことはない。
 心の中に蛇が巣食う、どす黒い――野心というなの黒い蛇が。

 ――青梅さん、本家の方々、加津子叔母様。

 穏やかに微笑む顔の下、うごめく蛇が舌なめずりする。
 黒革の手帳、心に巣食うどす黒い蛇。

 ――私を起こした罪はきちんと償ってもらいましょう。


時系列 
------ 
 2005年12月初旬。某所にて。
解説 
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 本宮家お家騒動の発端。尚父、野心の目覚め。
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以上。



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