[KATARIBE 29641] [HA06N] 小説『知らない顔』

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Date: Wed, 4 Jan 2006 00:06:19 +0900 (JST)
From: いー・あーる  <furutani@mahoroba.ne.jp>
Subject: [KATARIBE 29641] [HA06N] 小説『知らない顔』
To: kataribe-ml@trpg.net
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2006年01月04日:00時06分18秒
Sub:[HA06N]小説『知らない顔』:
From:いー・あーる


ども、いー・あーるです。
明けましておめでとうございます、なのに、話のほうではちっとも年が明けてません。
なんてこったあ(えうえう)
というわけで。

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小説『知らない顔』
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登場人物
--------
 相羽尚吾(あいば・しょうご) 
     :吹利県警刑事課巡査。ヘンな先輩。
 相羽真帆(あいば・まほ) 
     :自称小市民。多少毒舌。10月に入籍。

本文
----

 ことさらに気にすることではないと思っていた。
 ことさらに考えることでもないと思っていた。

 

 12月に入ってから相羽さんの出勤時間は相当無茶苦茶である。
 ただでさえ年末、師走は忙しい。それに加えて24日に有給を取ったりした
ものだから、それは尚更に。
 それでも一つ仕事が終わって、今日は少し早く帰れる筈だから、と。
「かんくさん、久しぶりに行こうか」
「……時間大丈夫?」
「8時には……行けると思う」

 ということは、まあ8時半に来たら御の字、と(我ながら慣れたというか何
と言うか)。

 それでも時間までに行かなかったら、相羽さんのほうが早く来るだろうって
のは、自分の日頃を思いやると簡単に推測できるわけで。
 結局、かんくさんに行ったのは、7時半くらいだったと思う。

「雪中花と……くわいの素揚げ、お願いします」
 頼んだ途端、斜め前辺りに座っていた人が振り返った。
 見知った顔だった。

「……あ、どうも」
「こんばんは」

 去年、にわか雨の日に偶然出会った、本宮さんのお父さんの本宮さん(何か
判り辛いな)。確か法律事務所の所長さん。
 こちらにどうぞ、と、招いて下さるので、コートと鞄を掴んで移動。通りが
かったお店の人に、その由伝える。

「まあ、どうぞ」
「あ、ありがとうございます」
「これも美味しいですよ。この店の隠しメニューでね」
「隠し?」
「単なるイカの塩辛なんですけど、この店でこの時期にしか作らないものでね」

 お猪口と小皿を貰って、お相伴させて頂く。
 殆どお刺身に近い塩辛は、確かに美味しい。
 酒は、獺祭。味はかなりきついけれど、それが塩辛とよく合う。

「相羽くんとはいかがですか?」
 お酒をつぎながら、ごく当たり前のような口調で、唐突に。
 本宮さんはそう言った。
「……は」
 思わずお猪口を手から落としかけた。

 そういえばこの人は本宮さんのお父さんで、本宮さんと相羽さんとは中学頃
からの長い縁がある。お父さんが相羽さんを知っているのは、確かに当たり前
だろう。
 相羽という姓は、そうそう一般的でも無い。ここらでころころしている相羽
真帆というのが、相羽さんと何か関係あるくらいは……まあ、思ってもおかし
くはないだろうし。
「あの、いかが、と、言われましても……」
 そう訊かれても。
 その基準のどこかには、『普通はこうだ』というのがあるのかなとか思うし。
じゃ、普通ってどういうことだろうと考えると……どうなんだろう。

「いやなに、昔から知っている子ですから。結婚したと聞いて私も喜んでいる
んですよ」
「……はあ」

 ……あ、なるほど。
 ってか、相羽さんを知ってる人と何度か会ってるけど……どうしてこう、結
婚したと聞いた人が誰も彼も「それは良かった良かった」と喜ぶんだろう。
 いや、そりゃあたしも友人が結婚したら、良かったねと言うだろう。喜ぶこ
ともあるだろう。でも。
 ……何ていうか……皆こう、『ありえないことが起こりました、良かった良
かった』っていう喜び方に見える。
 そらまあ……有り得ない話……だった、のかなあ。

「史久と昔からいい友人で居てくれて、正直ありがたいと思っています」
「あ、はい」
 それは、判る。
 まあ見ている限り、それ相羽さんの台詞じゃないか、とは思わないでもない
のだけど。
「そういう友人は得がたいものですから」
「そう、ですね」
「私も大学時代からの先輩で親友を続けている人がいますから」
 それは……羨ましいな。
 大学時代の友人は、今どうしているだろう。
 ……花澄は今頃、一体。

「それに、どうにも私は忙しすぎましてね。あの子には色々苦労をかけました」
 ひょい、と本宮さんは肩をすくめて笑った。
 こう……相羽さん一人だけでも、史兄には相当迷惑がかかってる、とは思う
んだけど。
 などと思っていたら、本宮さんはやはり少し笑った。

「なんと言いますかね、昔は随分苦しい生活だったんですよ」
「……はあ」
「それこそ、明日のお米代の心配をするほどに」
 へ?

 目の前のこの人は、きちんとした服装の、年相応、もしくはそれより少し若
く見える人で。
 決してそんな……米代を心配するような人には見えないのだが。
 本宮さんはからからと笑った。

「驚きましたか?」
「……はあ、少し……でも」
 ちょっと考える。
 本宮さんところは、史久さんが長男、ゆっきーさんに豆柴君。
 それに、史久さんとゆっきーの間に、もう一人居た、と聞いたことがある。
「男の子4人だと、それは大変ですね」
「ええまあ、そんな生活も三男が物心着く前にはなんとか抜け出せましたが」
 ……?
 とすると……子供さんが食い潰したということもないか(微妙に失礼だな)。

 こちらで宜しいでしょうか、と、日本酒と肴が来る。
 酒をお猪口に注いで、本宮さんがゆったりと口を開いた。
「自分で言うのもお恥ずかしい話ですが、私はいわゆるいいとこのボンボンと
いうやつでしてね」
 ここで頷くのも、失礼……だよなあ。
「実家が吹利で名のある資産家で、父や叔父らも随分吹利で実権をもっていま
した」
 それは何となく納得が行く。この人のどこかおっとりとした空気みたいなも
のは、確かに……そういう家の人のものかな、と。
 でも。
「私はその家で男一人の跡取りで、随分甘やかされて育ちました」
 ほんの少し不思議になる。
 どうしてこの人は、ここまであたしに話すんだろう。
「欲しいものはなんでも与えられて、親が決めた婚約者がいて……何もかも将
来を決められていました」

 ……あれ?
 確か、ゆっきーさんか……あれ、本宮さんかな、どちらかに聞いたことがあ
る。御両親も駆け落ちで、だからゆっきーの行動ってのは、あれはかなり遺伝
入ってるな、と(ということは、本宮さんから聞いたのかもしれない)。
 ってことは。

「そんな時に人生の転機といいますか、大学の時に先輩から今の妻を紹介され
ました」
 本宮さんはゆったりと話す。
「いわゆる一目ぼれという奴でした」
 多分ゆっきーさんや……史久さんでも照れそうな言葉を、さらり、と。
 それにしても……成程。つまり御両親の決めた婚約者を蹴って、その人と結
婚したということか。

「あの頃の私は随分向こう見ずで直情で、言い出したら聞かない性質でしたか
ら、実家から猛反対されてそれでも構わず、駆け落ち同然で家を飛び出しまし
た」
 ええっと。
 それって……ゆっきーさんに似てるというかもうそのものというか。
 と、本宮さんはこちらを見て、くすっと笑った。
「血は争えないものですよ」
「……本当に」
 思わず大きく頷いてしまったけど……良かったのかな。

「私もまだ学生でしたし、厳しい生活でした」
 やはり淡々と、本宮さんのお父さんは話す。
「働こうにも、実家からあちこち手をまわされておりまして、それこそとびこ
みの日雇いでもなんでもやりました」
 ほんの少しだけ縁があって、でも殆ど関係ない人間。
 多分そういう奴だから、この人は自分の昔を話しやすいのかもしれない。
「やっとのことで生活していましたから、幼いながらもその頃の史久は体の弱
かった妻と忙しかった私をきづかってくれましたから」
 何となく、頷く。
 あの本宮さんなら、ありそうなことだ。
「だから余計に、親である私にも弟たちに対しても、どこか気を使ったところ
があって」
 くわいの素揚げに手を伸ばしながら、本宮さんは少し笑った。
「だから気の置けない友人である相羽くんの様な存在は、ありがたいと思いま
す」
「……はい」
 頷きながら……多少おかしい。この場合相羽さんが遠慮会釈なく本宮さんを
引きずり回したんだろうし……それがこんな風に喜ばれてるわけか。

 と。
 ほんの少し……本宮さんの声が、変わった。
「……彼自身も色々とありましたし」
 色々、と。
 確かにこの人は、本宮さんのお父さんで……だから当然、相羽さんの昔を知っ
ていて。
「……彼が、立ち直ってくれて良かったと思います」
 小さく笑って、言う。
「…………そう、ですね」
 
 相羽さんが結婚したと聞くと、大概の人が良かったと言う。まあ確かに基本
としてめでたい話題なんだけど。
 でも……

 立ち直る、って。

 本宮さんはお猪口を見ている。
 あたしもまた……視線のやり場に困って、お猪口を見る。

「……真帆さん」
「あ、はい?」
 慌てて顔を上げると、本宮さんはじっとこちらを見ていた。
「……いえ、ただ、お気をつけてください」
「…………え?」
 ぎくっとした。
 このところずっと忙しくて、忙しければ忙しいほど怨まれる立場の人。
 ……気をつける、って。

「彼に何度か会いましたが、驚くほど変わったのにおどろきましたから」
 変わった……のかな。
 もしそうなら……良い方向になのか、それとも悪い方向に、なのか。
 どちらだろう、と、思った矢先。

「……それだけの弱味なのだと」

 こめかみから血が引くような感覚。
 実力不足は知っている。相羽さんの足を引っ張りかねないことも自覚してい
る。それでも。
 弱味にはなりたくない。
 でも実力からしたら……弱味にしか成りようがない。

「…………気をつけます」
「いえ、いらぬおせっかいかとも思いましたが」
「……いえ」
 この人が、どれだけ警察のことに詳しいのかは判らない。でも法律事務所の
所長さんとなると……やはり裁判やら何やらで、犯罪の後始末(というのも変
だけど)に関わっているわけで。
 そう考えると、この人の言葉は……重い。
「有難うございます」
「……ええ」
 ほんの少し首を傾げるようにして、本宮さんはこちらを見ていたが、
「すみません、カラになってましたね」
 ひょいっとお銚子を取り上げると、こちらの猪口にとくとくと注ぐ。
「あ……すみません」
「いえいえ」

 ゆったりと笑った顔は……本当にいつもの、表情のままだった。

             **

「……わ」
 毎度ながら気配無し、ぽん、と肩を叩かれて振り返ると、相羽さんが居た。
そして本宮さんと奈々さん。
 本当に、今日は時間があるんだな、と、ぼんやりと思った。
「おや、お久しぶり」
「って、お父さんもこちらに」
 来てたんですか、と言いかけた本宮さんに、にっこりと笑う本宮さんのお父
さん。やっぱりこうやって見ると似てる。
「いや、私はそろそろ帰るよ」
 かたり、と、立ち上がって。
「それじゃあ、相羽さん、また」
「……あ、はい……」
 それじゃあ、と、親しそうに挨拶をする人達。奈々さんは義娘になるし、相
羽さんとも昔からの知り合いなんだし。
 ごくごく普通の光景が……妙に実感を伴わない。

(それだけの弱味なのだ、と)

 たとえばここで、何らかの事件や事故が起こっても、あたしには何も出来な
い。むしろこの人の邪魔になる。
 おなかに赤ちゃんの居る奈々さんより……そういう意味では遥かに役立たず
で、確かに弱味で。
 確かに。

「……真帆?」

 不意に声をかけられた。
 覗き込むように、相羽さんがこちらを見ている。

 ……すとん、と。
 手から転げ落ちるように怖くなった。

 充分に有能で、能力もあって。
 でもそこにこんな弱味が転がっていたら。
 それでなくても忙しくて、働けば働くほど怨みを買うのに。

「…………帰ろ?」
 思わず、声に出した。相羽さんは少し驚いたようにこちらを見ている。
「えっと……ご飯、作るから」
 言ってから、そういえば本宮さん達が居たことを思い出した。
 ……しまった。
「あ、あの」
「いえ、帰ったほうがいいです」
 凛、とした声。
 奈々さんがこちらを見ている。
「真帆さん少し顔色悪いし……帰ったほうがいいですよ」
「……ごめんなさい」
「いえ」
 そう言った時には、大きな目元に、ふんわりとした笑みを漂わせて。
「御大事に。相羽さんもゆっくり休んで下さいね」
 緩急自在。
 そんな単語がぽんと浮かんだ。

 

 かんくさんから家まではそんなに遠くない。けれども細い道ばかりを通るせ
いか、街灯は必要最小限といった感じで、あんまり多くない。
 時刻はそろそろ9時に近い。
 
 ふと気が付くと、のろのろとした歩みになっていて。
 でも、やっぱり隣に相羽さんが居る。
 
 弱味。
 どれだけでも走ることの出来るこの人の歩みを、留めてしまう……弱味。
 ……だけど。

 辛くて手を伸ばした。
 握った手は冷え切っていて、そのことがまた、ひどく……辛かった。

「……ん?」
 不思議そうな顔を、相羽さんはした。
 でも何も言わないまま、ただ少しだけ手をずらして、握り返してきた。
 
  (あたしは)

「……ごめんなさい、帰るって言い張って」
「いや、いいよ」
「…………ごめんなさい」
「……謝らなくていいよ」
 本当に謝らなければならないのは、そういうことじゃなくて。

  (あたしは あなたの)

「……あの」
「何?」
「…………厄介、かけてます?」
「お前が?」
 頷くと、相羽さんはぎゅっと手を握った。
 くすっと笑う、気配。

「そんなこたないよ」
「……でも」
「俺は厄介だなんて思ったこと一度もないよ?」
「でも」

 一度として、あたしは、この人から否定されたことがない。
 屋根の上で昼寝をするしか能の無い野良猫。何一つ役に立たない猫。
 
  (それなのに あたしは あなたの)

 何時の間にか足が止まっていた。
 訊いてみたいと、それは思う。でも。
 肯定されたら。されてしまったら。

「……大事なのはさ」
 手を握った手はそのまま、もう片手が頬を撫でている。
「俺がお前さんが必要で、お前自身を大事にしててほしい」
 いつから、だろう。この人の声は本当にやさしいものになった。
 本当に本当に、やさしい声になった。
「それだけだよ」
 
 ……だから。
 だから、余計に。

「……つまりっ……」
「……なに?」
 泣くのはずるいと思った。ちゃんと尋ねるまでは絶対に。
 だから。

「……あたしは、相羽さんの、弱味?」

 
 濃い灰色のコートの生地は、少しだけ冷たかった。
 何度も何度も頭を撫でる手。背中に廻される腕。
 相羽さんは何も言わない。この人は嘘を言わない。
 ……だから。
 やっぱり、あたしは。

「相羽さんの、足引っ張ってる?弱くしてる?」
「違うね」
 間髪居れずに、今度は返事があった。

「……俺がお前さん守るのは」
 ぎゅっと、腕に力が入るのがわかった。
「俺のこと守って欲しいからだよ」

 何から、と。
 訊きかけて……やめた。

 (彼自身も色々とありましたし)
 本宮さんの言葉。

 何より。

 跳ね起きた後も、その翌日も。
 相羽さんは悪夢については何も言わなかった。
 多分尋ねても、この人は言わないだろう。そんな気がした。
 
 答の返らないことを予測して、それでも尋ねることは……辛い。
 それでも。

「……相羽さん」
「何?」

 あたしは何からあなたを守ればいいんですか。
 弱味になってしまって、足手まといになってしまって、それでもここに居て
いいと言われているあたしは。

「…………なんでもない」

 ことさらに気にすることではないと思っていた。
 ことさらに考えることでもないと思っていた。

 ……でもあたしの知らない相羽さんの過去があって。
 あたしはそれに、今更何も出来ないというのに。


 一体何をどうやったら。
 あたしはこの人を守れるのだろう。


時系列
------
 2005年12月半ば

解説
----
 先輩の過去からの悪夢と、それにまつわる話。
 ゆっくりネジを廻すように……真帆は追い込まれてゆきます。
********************************************
 てなもんで。
 何かこう、二人して自分のきゃらくたーを追い詰めまくってる気がしますが
気のせいです、ええ(おい)

 であであ 
 


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