[KATARIBE 29631] [HA06N] 小説『クリスマスの朝』

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Date: Fri, 30 Dec 2005 01:07:52 +0900 (JST)
From: いー・あーる  <furutani@mahoroba.ne.jp>
Subject: [KATARIBE 29631] [HA06N] 小説『クリスマスの朝』
To: kataribe-ml@trpg.net
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2005年12月30日:01時07分52秒
Sub:[HA06N]小説『クリスマスの朝』:
From:いー・あーる


ども、いー・あーるです。
引っ張りまくった相羽家クリスマスの話。
これで最後ですええ。
…………書くのから逃避したらこうなりました(しくしく)

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小説『クリスマスの朝』
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登場人物
--------
 相羽尚吾(あいば・しょうご) 
     :吹利県警刑事課巡査。ヘンな先輩。
 相羽真帆(あいば・まほ) 
     :自称小市民。多少毒舌。10月に入籍。

本文
----

 奈々さんからメールが来た。
 だからケーキ持って県警に行った。


 ……というと経緯とか完全に無視しているわけなんだけど。

 相羽さんが出て行ってからしばらく、部屋でぼうっとしていたように思う。
残念ではあった。がっかりもした。でもそれ以上に……何てか。
 
 よく、花澄が怒ってた。日本のクリスマスって本来の意味を完全に失ってる、
こういうもんじゃない、って。
 それはわかるし……一応、クリスマスの原点(の一つ)である地で過ごした
ことのある者としては、理解もする。けれども。
 だけど一応、クリスマスっていうのは、祝日じゃないけれども……まあ、お
祭の日で、皆漠然と『めでたい日』くらいに思っている……筈なのに。
 そういう日に、有給取った人間引っ張り出す必要があるくらい、県警が忙し
い、ということ。

 以前、言ったことがある。
 本宮さんはピレネー犬、相羽さんは狼、じゃあんたはと訊かれて、屋根の上
で惰眠を貪ってる野良猫だ、と。
 今考えると、あまりにもそのとおりで……そのことが、辛い。


 つつん、と、つっつかれた。
 振り返ると、ベタ達が心配そうにこちらを眺めていた。
「……ああ、相羽さんお仕事いっちゃったものね……どうしようかな」
 ちょっと考えて、部屋からクリスマス音楽のCDをまとめて持ってくる。そ
れをプレイヤーに突っ込んで。
 ぱたぱたとベタ達がその音楽に乗って部屋中を飛び回る。元気になったのを
確認して、こちらは部屋のPCの電源を入れる。立ち上げて、まずメールを確
認して……
「あれ?」
 奈々さんからの、メール?


 ごめんなさい、が、第一声だった。
 有給なのにごめんなさい、呼び出してしまってごめんなさい、と、何度も。
 
 ということは。
 PCの前で考える。つまり奈々さんは仕事中で……あの体だから、多分外に
は出て居ない筈(流石にそれは、よほどのことでないと刑事課の皆が止めるだ
ろう)。
 と、すると。

 メール返信。奈々さんに電話していいですか、今県警ですか、と。
 そしてまた返信。はい、県警です。電話は携帯のこちらの番号に、と。

 
「あ、もしもし、かる……いや、相羽です」
『……あ、真帆さんですね』
 くすくす、と、軽い笑い声と一緒に、返事がある。
「あの、そちら県警に、まだ皆さんかなり居るんでしょうか」
『はい……和久君も、この部屋じゃないですけど仕事してますよ』
 時計を見る。まだ10時には間がある。
「あの、もしご迷惑じゃなかったら、そっちにケーキ持ってったりしたら……
駄目でしょうか?」
 我ながら、何言ってるんだと思ってしまって……言葉が途中からぐだぐだに
なってしまったけれども、奈々さんは諒解してくれたようだった。
『あ、はい……でも真帆さん携帯持って無いですよね。今、県警、一応入れる
んですけど……』
「あ、わかります、何となく」
 まあ警察だから、24時間いつでも困った人はおいでってことになるんだろ
うけど、困ってない人がのこのこ入ってゆくには、この時刻は少々非常識だ。
「でも、確か県警の前に公衆電話ありますよね、そこから電話しますから」
『あ、はい、そしたらそちらに行きます』
「じゃ……30分くらいしたらそっちに行きます」

 以前研究所に居た時に、やっぱり同僚さんが奥さんの差し入れを、呼び出し
電話を受けては貰ってきてたっけ(そしてその差し入れのおすそ分けを頂いた
ものである)。

 紅茶の葉っぱと、家にあるケーキ。でもこれだと足りないし、多分帰って来
たら相羽さん食べるし。
「じゃ、ちょっと出てくるね。眠くなったら寝ててね」
 こくこく、と、一斉に頭を上下させるベタ達を置いて、コートを羽織って外
に出る。一瞬、それほど寒くないか……とか思ったけど、歩いている間に、上
着の隙間から染みこむように、寒さがのしかかって来る。

 風邪、引かないかな。
 大丈夫、かな。


 県警の前に行くと、もう奈々さんが出迎えに出てきてくれていた。

「えっと……差し入れです」
「ありがとうございます」

 来る途中にあったケーキ屋さんで、色々な種類のショートケーキを一つずつ
買い込んだ。箱に入ったそれを、奈々さんにまとめて手渡す。
「奈々さんどれがいいですか?」
「すみません……では、私はこれで」
 苺の乗ったミニケーキを、奈々さんは器用に箱から引っ張り出す。
「じゃ、これ、残りは、お仕事してる方にどうぞ」
「差し入れありがとうございます、代わって御礼をいいます……」
 奈々さんの視線が、刑事課の部屋の中で仕事をしている人のほうに動く。
 ただ……そこに、相羽さんも本宮さんも居ない。

 クリスマス。祝日かもしれないけれども、休日ではない日。
 自然……確かに、軽犯罪なんかは起こりやすいのだろう、日。

「……奈々さんは、今日はずっとこちらに?」
「私は報告書を確認してから帰宅する予定ですが」
 奈々さんの視線が、ちょっと動いて戻る。
 ということは、ここに居る人はそれ以降も残るかもだし、そもそもここに居
ない人達は……

 ふと、思う。
 もしかして。

「……相羽が休みを取る為に……出勤なさいましたか?」
 少しだけ、目を見開くようにしてこちらを見た奈々さんは、すぐにふっと表
情を柔らかく崩して、笑った。
「……私も色々彼には協力していただきましたから」
 つまり……肯定。

 とりあえず、クリスマスというのは、子供さんの居る家ではかなり大切な行
事だろうし(お父さんはサンタ役をする必要があるし)、そういう意味では去
年までの相羽さんや本宮さんが、この日にフルに出勤していたってのは……わ
かる。そうやって家族の居る人達を優先していたのだろうとは思う。
 だけど、今年。本宮さんも結婚して。
 そして、相羽さんは。

「これくらい、お返しさせてください」
 ふと気が付くと、奈々さんは苦笑しながらこちらを見ていた。
「でも、それはいけません。奈々さん赤ちゃんが居るのに」
「ええ、ですから当直はありません」
 女性が仕事を持ちやすい環境を作る、とかしきりに言われている。でも結局
それらの規則だの何だのを適用するのはその仕事場の人間だ。
 奈々さんの場合、まず本宮さんが居るってのは大きい。それに筋の通った行
動をする人だから、他がかばいもするだろうし、無理はさせないようにするっ
てことが、自然に出来てるんだと思う。
 けど。

「…………それでも」
 それでも、彼女は今この時間に、ここで仕事をしている。
 当たり前といえば当たり前だ。でも。
「きちんと規則にのっとってのことですから」
「……それでも」
 奈々さんはまっすぐにこちらを見る。
 あたしもまっすぐに奈々さんを見る。
「だから、そんなに気に病まないでください」
 奈々さんの言われることは、わかるけど。

「……去年までずっと、あの人はクリスマス要員だったようですね」
「……ええ」
 そりゃ、クリスマス要員になった人、その本人が『休む』って言い出したと
したら、これはわからないでもない。たとえ一生独身であっても、一度くらい
はクリスマスに休みが欲しいと言ったって、それこそ罰は当たらない。
 でも。
 でも、相羽さんは、自分から休むと言ったわけじゃない。

「……やはり、家庭がある人や待っている人がいるひとを休ませてあげたいで
すから」
 それは、わかる。そしてもし、相羽さんが休みたいと言い出していたら、あ
たしもそれは当然だろうなと思う(いや、結婚してなくても)。
 でも。

「……申し訳ありません」

 大きめの急須に作った紅茶を、急須ごと奈々さんの机の上において。

「……紅茶、熱いうちにどうぞ」
「はい、ありがとうございました」
「……豆柴君にも」
「あ、はい」

 ふっと、年下の身内に向ける笑みを浮かべた奈々さんに、もう一度礼をして。
 そしてそのまま県警から出た。
 
 そんなに長居をした覚えはないのに、もう11時を回っている。

 荷物は全部県警に置いてきた。財布と家の鍵はポケットに入ってる。
 だから。

 前見て横見て後ろ見て。そのまま冷え切ったアスファルトを蹴って。
 そのまま……久しぶりに空に落ちた。


 この街を。
 自分が平和にした場所だ、と。
 なんだかそんなようなことを相羽さんは言ってたっけ。
 流石にクリスマスイブで、この時間でも街はきらきらと灯が一面に灯ってい
る。多分このどこかに、相羽さんが居る。

 無茶はして欲しくないと思う。それは本当に思う。
 でも、今まで……言わば『クリスマス要員』だった相羽さんが突然有給取る、
とか言ったら、今まで子供さんの為に早く帰ってった人が帰れなくなることに
なるのかもしれない。
 相羽さんには休んで欲しい。
 だけど、相羽さんがそう望んで居ないなら。
 ……いないの、ならば。

 
 人目を確認して、また道に降りて、腕時計を見た。
 時計は12時近くを指していた。

         **

 家に帰ってから、ベタ達にあげる飾りを作って。
 あとは本を読みながら夜を過ごした。
 眠ったベタ達の枕元に、飾り結びにしたリボンと、それに縫い付けた鈴と星
の飾りを置く。ついでに厚手のタオルを上からかけてやると、青ベタが、片方
の鰭をぱたたっと動かした。
「……おやすみ」
 かけたタオルの上からそっとなでると、そのまま静かに眠ってしまう。
 
 大丈夫かな。
 風邪引いてないだろうか。
 寒い……のは仕方ないけど、この夜、外であんまり長く待ちぼうけしてない
といいんだけど。

 クリスマス。日本人のかなりが、その大元とは無縁であるとは、いえ。
 だけどもともと人の誕生日だ。せめてその日くらい穏やかで平和であって欲
しい、と。
 そう……願ったっていいと、思う。



 眠ったベタ達を置いて、クリスマスの音楽を次から次へとかけて。
 窓の外が明るくなるくらいに、ごはんの用意をしておいて。
 起きてきたベタ達(ぱっくりとリボンを口に加えて、これをつけろーと寄っ
てきた)に、それぞれリボンをつけてやって。
 ああ、鈴を飾りに加えたのはこちらの戦略ミスだ、と、お味噌汁を作りなが
ら反省して……


 そして一時間くらいして、相羽さんは帰ってきた。


「お疲れさま」
「……うん」

 なんかこう……へれへれって言いたいくらいに、疲れてる気がするんだけど。

「ご飯あるけど、食べる?それともそのままお風呂入る?」
「うん、食べる」

 里芋や大根、ネギ。具沢山のお味噌汁と卵焼。ご飯。
 なんだかもそもそ、と、食べてる間に、お風呂にお湯を張って。

「って、こら」
 お湯を入れて台所に戻ってみたら、ベタ達が相羽さんに群がっている。りん
りん、と、リボンに付いた小さな鈴を鳴らしながら、大威張りで。
「それ、音がするんだから……そうやって疲れてる人のとこで、やらないの」
 ……半分言わないうちに逃げるとは、敵も学習しているというか……。

           **

 ごはん食べて、お風呂に入って。

「…………おやすみ」
 何か言いたそうに、見えた。
 ……でも、聞いたら…辛いなって思った。
「おやすみなさい」
 だから、出来るだけ普通の顔で、普通に笑ってそう言った。
 相羽さんはもそもそと布団に入って、二三度寝返りを打って。

 そのまま、すうっと眠ってしまった。


 台所を片付けながら……泣けて仕方なかった。
 無事に帰ってきてくれて、ほっとしたのと。
 何があったの、大丈夫だったのって聞けないことと。
 疲れ切って帰ってきた相羽さんに……何にも出来ないことと。

「……寝よう」

 莫迦だと思う。相羽さんが帰ってきた時にこそさっさと動かないといけない
のに、帰ってくる前で寝ないなんて、それこそ効率が悪い。
 ほんっと莫迦だと、自分でも、思う。
 思う、けど。

 
 相羽さんは眠っている。
 手を伸ばして、こっそり額に触ってみる。さらさらなようでいて、案外しっ
かりした髪が指の間を通る。

 時々、寝ている時に、呼び出しの電話が鳴ることがある。そういう時、この
人は最初の一音で起きる。それはもう、こちらが聴く前に起きると言っていい。
 でもその人が、今はこうやって頭を撫でても起きない。

 それだけ……しんどい仕事だったのかな。
 半日の間、確かにこの人は休んだけど、でもその分忙しくなったのだろうか。

 屋根の上の野良猫がひなたぼっこをして居る間に、この人は。

 (何でもいいの?)
 悪戯小僧の顔になって。
 (プレゼントのかわりに)
 たかが……たかがそんなものを欲しいって。

 ……だから。


 起きたらそこでやめようと思った。
 頬に手を触れる。少しだけ顔をこちらに向ける。
 狸寝入りだったら、と思ったけど、呼吸の間隔も脈拍も変わらないまま、何
より相羽さんの寝ている様子はそのまま変わらなかった、から。

 相羽さんは最後まで起きなかった。
 ゆっくりとした呼吸は少しも変わらず、重ねた唇越しに伝わってきた。

「……お姫様失格」
 子供みたいな顔をして眠ったまま、ほんとに何も気が付かないでいたから。
 すごくほっとしたのと同時に……ほんの少しだけ悔しいような気がして。
「相羽さん、やっぱりお姫様失格」

 それでも、それだけ。
 この人はこの一晩、走り回ってきたのだと思う。
 
 涙がこぼれた。
 今でよかったって思った。

「相羽さん」
 聞こえないのは判っている。聞かれてもある意味困るけど。

「メリー・クリスマス」


時系列
------
 2005年12月24〜25日

解説
----
 相羽家クリスマスの次第、これで終了。
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 てなもんで。
 であであっ(脱兎)
 (とめるなーにげさせてくれー)<軟弱者

 


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