[KATARIBE 29629] [HA06N] 小説『電話の夜』

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Date: Thu, 29 Dec 2005 01:40:38 +0900 (JST)
From: いー・あーる  <furutani@mahoroba.ne.jp>
Subject: [KATARIBE 29629] [HA06N] 小説『電話の夜』
To: kataribe-ml@trpg.net
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2005年12月29日:01時40分38秒
Sub:[HA06N]小説『電話の夜』:
From:いー・あーる


ども、いー・あーる@でんでんすすまねー です。
クリスマス話、まだ続くんですええ(しくしく)。
とりあえず、書けたとこまで、短いですが送ります。

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小説『電話の夜』
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登場人物
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 相羽尚吾(あいば・しょうご) 
     :吹利県警刑事課巡査。ヘンな先輩。
 相羽真帆(あいば・まほ) 
     :自称小市民。多少毒舌。10月に入籍。

本文
----

 小さな星の飾りと、やっぱり小さなベル。そしてリボン。
 夕御飯の買い物帰りにそれぞれ少しずつ買って、家に戻る。

「今日の夕御飯、何」
「……鶏とか苦手そうだから、別の」
 以前、ブラウン神父の話で読んで、作ってみたことのある魚のムース。それ
と、野菜を適当に入れたスープ。冬瓜とエビの煮物。
 この人のご飯作るようになってから、魚料理のバリエーションだけは相当増
えたと思う。それでも流石に、クリスマス用の魚料理ってのはちょっと厄介だっ
たけど。
 それに……これをベタ達がつつくのって、やっぱこう……倫理的にどうかな
とか共食いってとこに抵触しないかな、とか考えるわけなんだけど。

 とりあえず、三匹にはケーキを出す。さっきのとは別の、ドライフルーツを
混ぜ込んだケーキ。

「って、相羽さんは駄目」
「……何で」
「それ、お酒を相当使ってるの」

 のんびりとご飯を食べて。
 のんびりとお茶を入れて。

 休みとは言っても、基本は待機。今だって手の届く処に携帯電話が出してあ
る。それでも。
 
 お茶を入れて、お酒のあんまり入ってないケーキを出す。ベタ達はどうやら
ケーキのお酒で酔ったらしく、へちゃんとベッドの上に転がっている。

 ケーキの皿を手にとって……ふと、相羽さんが笑った。

「何だか、ね」
「え?」
「……ここ数年、ろくなクリスマス過ごしてなかったからねえ」

 一瞬、何と言えば良いかわからなかった。

「去年は張り込みで真冬の中貫徹だったし、一昨年は……ちょっと過労で点滴
うって仕事してたし」
 一瞬、泣きそうになった。
「その前はあれだ、奴と二人で現場保存でふきっさらしの中でずっと立ってた」

 それでも今は、携帯があるからある程度動くことができる。以前、携帯が無
い頃は、休みだからって出歩くことも難しかったんだと思う。
 ……だけど、そうやって過ごすクリスマスの代わりに、今年は無理矢理有給
取る羽目になって、その前の数日忙しいことになってて。

「……うちに居るクリスマスは、不本意?」
 口ごもりながら訊いたら、間髪入れずに返事があった。
「一番いい、クリスマスだね」

 くくく、と、相羽さんは笑う。

「去年が最悪でねえ」
「…………うん」
「奴と一緒に張り込みしてて」
 二人で居て最悪ってのは……どういうことだろう?
「メシもくわずに見張って」
 まだその先に最悪があるのか、と思ったら。
「近くのバイトのオネエちゃんが見かねて差し入れしてくれたんだよ」
 それは少しほっとする話だ……と、こちらは思ったんだけど、どうやら相羽
さんの意見は違ったらしい。げーっという顔になって。
「さめたピザ」
 …………あのなー。
「……一切れもくえなくてさあ、トッピングのトマトだけ拾って食べてたら奴
にあきれられた」
 そら、アルバイトのおネエちゃんにしたら……やっぱりそれなりの好意だと
思うし、でも熱々のピザだって油っこいって食べないこの人が、まして冷めて
油の浮いたピザなんて食べられるわけがなくて。
 ……その時あたしは、そもそもこの人を知らなかったわけだから、無論何も
出来なかったわけだけど。
 でも。

 ふと、手が伸びてきた。その手がくしゃっと頭を撫でる。
 もう片方の手に、手を伸ばしてそっと触れた。

「だから、こうやってのんびりくつろげるクリスマスは……楽しいよ」
 
 何だか涙が出た。

 自分はこの五年、どんな風に過ごしたろうか。
 この五年……辛いとか何とか言うけれど、きちんとクリスマスはクリスマス
として過ごしてなかったろうか。

「…………5年前のクリスマスは、一人で過ごした」
「ああ」
「その年は……結局ずっと家にも帰らなかったしね」
 先も見えず、どこに行けばいいのかすら判らなかった。
「……でも、そんな大変なクリスマスは過ごしてなかったから」
 だから、相羽さんほど辛い思いはしてない。
 そう言いかけたところで……両手で頬を抑えられた。 
 相羽さんはじっとこちらを見ている。

「お前さんにとっては?」
「……今年が一番いいクリスマス」

 ああ、そうだ思い出した。
 一年間……情けないけど、生きるだけで必死だったんだ。
「五年前には、一人で呑みすぎて、後が大変だったんだよね」
 死ぬに死ねず、生きるにも前も見えず。
 愚痴なら聞こう、幾らでも行くぞ、と、行ってくれた連中を全部断わって、
一人で酒を何本も買い込んで。
 無茶を、やったものだと思う。
「……死ななくって、良かった」
 何だかおかしくなって、笑いながらそう言ったら。
「そだね」
 こつん、と。
 額をくっつけて。
「…………ほんとに」

 この先何があるにしても。
 それでも……多分、あたしは確信し続けるだろう。
 生き延びて……良かった。
 

 と。

 聞き慣れた……というか、聞き慣れてしまった、電子音。
 目の前の相羽さんの目が、少し見開かれる。咄嗟に携帯に手が伸びて。

 正直、ああやっぱりなって思った。やっぱり呼び出されたなって。
 がっかりしなかったわけじゃない。だけどどこかで覚悟してたんだと思う。
 必ず……また、この人は呼び出されて、そのまんま仕事に向かうなって。

 慌てて立って、引き出しを開ける。わかった、と、仕事の時の声を聞きなが
ら急いで引っ張り出す。手袋とマフラー、あと、懐炉。
 時刻は既に夜の8時を回っている。今日はまた昼間から相当寒かったし、こ
れで風邪引いたりしたら大変だ。
 それだけ用意して振り返ったら、相羽さんはもう、殆ど着替えを済ませてい
た。

「……悪いね」

 ぽつん、と、相羽さんは言った。

「風邪だけは引かないでね」
「ああ、お前さんも寝てろとは言わないけどせめて風邪ひかんようにしといて」
 あ、なんか読まれてるな。
「……うん」

 寒い中出てゆくのは、この人なのに。

 玄関まで見送った。
 扉一枚隔てて、それでもこれだけ寒いのに。
 本宮さん、奈々さん。刑事課で見かけた皆が、多分これから外に。

 靴を履いて。
 気をつけて、と、言おうと思ったら、その前に抱き寄せられてた。
 そういえば、プレゼント渡せなくなったな……と。
 唇が離れた時に、ぼんやりと思った。

「……気をつけて」

 でも、出来ることは、普通の顔で、普通に送り出すことだけだから。

「うん」

 身を震わすような冷気と入れ替わりに。
 相羽さんは外に出て行った。


時系列
------
 2005年12月24日

解説
----
 遅々として進まない、相羽家のクリスマス話。
 呼び出し食らってるのは……主に書き手の陰謀です<おい
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 てなもんです。ええ。
 であであ。
 


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