[KATARIBE 29621] [HA06N] 小説『良く似た人』

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Date: Mon, 26 Dec 2005 00:29:45 +0900 (JST)
From: 久志  <furutani@mahoroba.ne.jp>
Subject: [KATARIBE 29621] [HA06N] 小説『良く似た人』
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2005年12月26日:00時29分44秒
Sub:[HA06N]小説『良く似た人』:
From:久志


 久志です。
 最近お気に入りな真の黒幕こと本宮父。真帆さんとあわせてみました。
単に旦那から仕入れた短波ラジオネタをどっかで使いたかっただけですが。

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小説『良く似た人』
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登場キャラクター 
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 相羽真帆(あいば・まほ) 
     :自称小市民。多少毒舌。10月に入籍。 
 本宮尚久(もとみや・なおひさ)
     :本宮家三兄弟の父。黒の系譜の一人。

本文
----

 師走の初め、夕暮れ時。
 かすかな雲の切れ間から覗く空は突き抜けるように青く、頬に吹きつける風
はしみるように冷たいながらも。休日のせいか通りは道行く人や自動車でそれ
なりに込み合っている。
 真帆の肩からかけた大判のカバンには、昼過ぎから古本屋を巡って買い集め
た本が数冊詰め込まれてた。

 数件の古本屋を回った後、さすがに足の疲れを感じて休憩がてらに大通り沿
いの小さな喫茶店で珈琲を飲みつつ、買ったばかりの文庫本に目を通す。

 おかわり無料サービスで二杯目の珈琲を飲み終えたあたりで、ふいに窓の外
の様子が変わったのに気づき顔をあげる。
 ガラスを伝う筋、窓の向こうで額に手をかざして歩く人達。灰色に濁った空
から降り注いだ雨が街に霧をかぶせるように曇らせていた。

「すみません」
「はい?」
 手を止めて窓の外を眺めていると、通路側からふいに声を掛けられた。見上
げた先にはグレーのコートを着た壮年の男性が立っている。霧を吹きつけたよ
うに積もった滴をハンカチで軽くぬぐって、小さく会釈する。

「こちら向かいのお席よろしいでしょうか、雨が落ち着くまででいいんです」
「あ、どうぞ」
「すみません」
 もう一度丁寧に会釈してにこやかに微笑むと、コートをぬぐったハンカチを
カバンにしまい、脱いだコートを椅子の背にかけて向かいの席にゆったりと腰
を下ろした。
 真帆の父親よりかは幾分若い、見た目の年齢からすると少々大柄な体、少し
生え際に白いものが混じっているものの艶は失っていない髪、それに何より。

「…………?」

 少し細めた目、ふわりと包むような穏やかな笑顔。体中からにじみ出てくる
ような、どこか見覚えのある雰囲気に思わず真帆は小さく首を傾げた。

(なんだろう、どこかで……)

 ゆったりとした立ち居振る舞い、穏やかでふわふわとしていて、どこか計り
知れない大きなものを感じさせる空気。どこかで見覚えのある姿。
 目の前で注文を頼んでいる様子に、失礼と思いながらも視線が向いてしまう。

(どこかで会ったような)

 実際に目の前の人ではなく、この人にとてもよく似た雰囲気をした人を知っ
ているような気がする。
 横を向いて注文をしていた男性が席に向き直り、はたと視線がぶつかる。

「どうかなさいましたか?」
「あ、すみません。失礼しました」
「いえいえ、何かおかしなところでも?」

 軽く首を傾げる仕草、その穏やかな笑顔。
 何事もため息で済ませてしまうような、本当に温厚で、でも一本筋の通った
強さのある……

(本宮さんに、似てる?)

「あの」
「はい、どうしました?」
「いえ、すみません。知人に良く似た方がいたので」
 おや、と小さくつぶやいて。男性がしげしげと真帆を見つめる。
「知人……と、おっしゃいますと?」
 問いかける男性は、既にその知人に思い当たっている様子だった。

「……本宮さん、という」
「ああ、息子のお知り合いの方でしたか」
「やっぱり」
 深々と頷く真帆の様子を見て、目を細めておかしそうにくすくすと笑う。
「よく言われますので」
「ええ、本当に似てます」

 単に顔立ちだけでなく、全身を取り巻く穏やかな大きな雰囲気がとてもよく
似ている。

「あ、ということは……」
「はい?」
「ゆっ……幸久さんと和久さんのお父さんでもあるんですよね」
「おや、下の二人もご存知でしたか」
「はい」
「これはこれは、息子たちがお世話になっております」
 目を細めてふわりと笑う仕草がまた兄弟達とよく似ていて、思わず真帆の顔
に微笑が浮かんだ。


何気ない会話
------------

「本屋めぐりですか」
「はい」
「私も休日にはよく本屋巡りをしますよ」
 紅茶のカップを片手に尚久が笑った。
「幻想文学が好きでしてね。小さい頃から父の書庫に入り浸っては色々と読み
漁っておりました。相羽さんはどのような?」
「私は海外SFや推理小説、ですね」
「SFですか、アシモフやペリーローダンシリーズなどは私も読みましたね」
「そうなんですか?」

 いつの間にか好みの本の話から話が広がっていき、真帆の視線がテーブルの
隅に置かれた書店の名前が入ったビニール袋に映った。
「ああ、これですか」
 書店のビニール袋から取り出したのはフルカラーの雑誌。
「ラジオのカタログですよ」
「ラジオ?」
 少し不思議そうに首を傾げる真帆。
「昔から短波ラジオを聴くのが趣味でしてね」
「……はい」
 頷く真帆を見て雑誌を表紙を軽く撫でた。
「物心着いた頃にですが、かつて通信兵をしていた祖父に短波ラジオを買って
もらいまして、昔の旧ソ連や北朝鮮、レバノンやアルゼンチン、いろんな国の
放送に耳を傾けていました」 
 驚いたように目を丸くする真帆をみて尚久は小さく微笑んだ。
「昔は今のようなインターネットなどはありませんでしたから、ニュースにも
でない異国のことを知るのにはいつもラジオ放送でした」 
「……はい」 
「もっとも、そうは言っても。最初は言葉などまるでわかりませんでしたし、
今のように語学を学ぶすべも多くありませんでしたから、全て独学で学ぶほか
なかったですね」
 頷く真帆と、ふと昔を思い出したように目を細めて笑う尚久。
「毎回ラジオの番組表とにらめっこしながら聞き入っていましたよ、当時のロ
シア放送のフランス語のプロパガンダ放送を聴きながら勇ましいフランス語の
ヒアリングを覚え、他でも祈りの言葉からヘブライ語を学んで」 
「え?」
 ヘブライ語ときいて真帆が目を丸くする。
「それこそ国を問わず、でしたから」 
「ええ」
「ですがやはり遠方の国の放送を聴くのはやはり大変でしたね」
「……音が小さかったり雑音が入ったり、ですか?」
「ええ、どうしても劣化してしまいますから。そうそう、短波放送を受信して
受信したことをその局に伝えると、記念のカードがもらえたんですよ」
「へえ」
「ぺリカードと言いましてね、国や放送局ごとに様々なカードを集めるのが私
のささやかな楽しみでした」

 懐かしむように笑う尚久と、深々と頷く真帆。

「そういえば、エクアドルという国をご存知ですか?」 
「……はい、名前くらいは」 
「南米のほぼ真裏に近いあたりにあるのかな、その国のぺリカードが昔の私の
宝物だったんですよ」
「へえ」
「それこそ昔は大国以外の国などとんと知りませんでしたからね」
「はい」
 軽く肩をすくめる尚久につられて苦笑する真帆。
「今は便利になりました、居ながらにして世界の裏だろうとすぐさま通信でき
ます。それが楽しくもあり、またどこかつまらなさも感じます」 
「…………はい」
「リアルタイムでつながっている、状況をしることができるようになったのは
確かに素晴らしいです。ですが昔の少ない情報から感じ取る臨場感や緊張感が
懐かしくも思います」
 そうですね、とつぶやく真帆を見て微かに笑う。
「老いたといってしまえば、それまでですがね」 
「いえ」
 微かに目を細めた真帆の脳裏に留学時代の水の少ない大気の風を思い出して、
一つ息をついた。
「いつだったでしょうか、かつての旧ソ連で時の指導者が亡くなったかなにか
立て続けにで入れ替わった時期がありました」
「はあ」
「普段ならば通常のロシア放送のニュースが始まるところが、その時は放送開
始時間になってもいつもと違うクラシック音楽が流れていて、何か異変があっ
たのかと、耳を凝らして聞き入っていました」 
「…………はい」
「……あの時の漠然とした緊張感と、不穏な気持ちをかきたてるクラッシック
の音楽が今でも忘れられません」 
 中東某国、独立記念館で聴いたラジオの音を思い出して真帆が口をつぐんだ。
「確かに、伝わるのものはほんの僅かな情報なのかもしれない。ですがその合
間合間から伝わる空気、といったものでしょうか」 
「はい」 
「只ならぬ何か、まさにそこで起こっている異変を肌で感じました」 
 こくりと真帆が頷く。
「そう、あと旧ソ連崩壊の後でしたかね。あの堅苦しいロシア放送がよくもと
ばかりに変わったのは」 
「……へえ」
「堅苦しさがなくなったと言いますか、くだけた雰囲気の放送になりましてね、
ニュースだけでは伝わらない、確かな時代の変化を感じましたよ」

 一面だけでは伝わらない変化。

「私が見ている世界のニュースもネットで伝わる情報も、ある意味氷山の一角
でしかないのだと思います。どれほどネットが広大だとしても、インフラが世
界を網羅しているとしても、全てを感じることはできないのでしょうね」 
「はい」 
「今はもう、あの時のような臨場感を味わえないのだろうかと思うと。少し寂
しくもあります」
 神妙な顔で聞き入ってる真帆を見て、ふと尚久が我にかえった。
「いや、すみません、話しすぎてしまいました。つい……好きなもので、退屈
だったでしょう」 
「……いえ、ただ」 
「はい」 
「今の時代も、臨場感はあると思います」 
「ええ」 
「インターネットでは、匂いや皮膚感覚は伝わりませんから。ただ……それが
伝わってないのに、伝わった顔をしてしまうのは、怖いですよね」 
 ぽつりと、真帆がつぶやく。
「……そうですね。そして意思疎通ができないまま、すれ違ってしまうという
ことが、私が何より怖いと思うことですね」
「そう、思わねばなりませんか」 
「私は職業柄、偏った考えを持たないように心がけていますから」 
「……いえ、偏る、以前に。人と、意思疎通が出来る、とは、思わないように
してますから」
 くすんと、小さく苦笑して言葉を続ける。
「出来たら、幸運、と」 
「ふむ」 
「そのほうが、気が楽なので。申し訳ありません、出すぎたことを言ってます」
「いえ、謝る必要はありませんよ。私は伝える為にこの仕事を選びましたから」
 一瞬不思議そうに首を傾げる真帆を見て胸ポケットに手を入れた。
「失礼しました、どうぞ」 
 銀色の名刺入れを取り出して、一枚名刺を差し出す。
「……あ、有難うございます」
 受け取った名刺は『本宮法律事務所 所長 本宮尚久』と書かれている。
 住所は見覚えのある、飲み屋かんくさんの二階。
「あ」
 いつぞや相羽から聞いた「同じビルに弁護士事務所がある」という話を思い
出して、同時に納得する。
「こういう職業ですから」
「成る程」
「長々とお話してしまいましてすみません、楽しかったですよ」
「いえ、こちらこそ」
 くすくすと笑う二人、窓の外の雨はまだ降り続いている。

時系列 
------ 
 2005年12月初旬。
解説 
---- 
 喫茶店にて、偶然本宮父と遭遇する真帆。
-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-= 
以上。 

 ううむ、仕入れたネタをうまく消化でけへん。
聞いたときはもっとワクワクしたのですが……むずかしいものだ。


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