[KATARIBE 29614] [HA06N] 小説『本当のクリスマス?』

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Date: Sat, 24 Dec 2005 00:29:55 +0900 (JST)
From: いー・あーる  <furutani@mahoroba.ne.jp>
Subject: [KATARIBE 29614] [HA06N] 小説『本当のクリスマス?』
To: kataribe-ml@trpg.net
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2005年12月24日:00時29分55秒
Sub:[HA06N]小説『本当のクリスマス?』:
From:いー・あーる


ども、いー・あーるです。
そしてまたもやくりすますねたです。

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小説『本当のクリスマス?』
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登場人物
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  関口聡(せきぐち・さとし)
   :周囲安定化能力者。片目は意思と感情を色として見、片耳は異界の音を聞く。
  蒼雅紫(そうが・ゆかり)
   :霊獣使いの家の一員。高校二年生。巧に憧れている。
  一之瀬二条(いちのせ・にじょう)
   :外国からの転校生。紫に恋愛感情らしきものを抱いている。

本文
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 本当のクリスマス。
 片耳に響く、この音の連なり。

       **

 最近、妙に珍しく、聡は毎日考え込んでいる。
 というより、困っている。
「どうしたの、聡君」
「……うん、少し困ってます」
 同居させてくれている異能者の『お姉さん』は、その顔を見てくすくす笑う。
「大分無謀なこと、言ったね」
 そして聡も苦笑する。
「…………うん」

          **

 一ヶ月ほど前のことである。

「……?」
 未だに書類上は休学中、しかして実際は結構放課後あたり、校内でうろうろ
している。その途中で不意に聡は足を止めた。

(……巧にいさま…………)

 既に聞きなれた、どこか透明な、子供のように頼りない声。

「……紫先輩?」

 知り合って既に一ヶ月以上。巧の従妹(実は双子の妹)の紫は、昨今珍しい
ほどの箱入り娘で、漫画にも『ここまでやるとリアリティがなくなるよな』と
言われそうなほどのドジっ子であることが判明している。
 そして何より、彼女が想っている相手というのが、その双子の兄である、と
いうことも。

 数歩進んで、ある教室の中を覗く。創作部部員が数名、その中に何故か(い
や、何故か、と、言いたくなるくらいには不器用なんである)紫が居る。
 手に……何とも不可思議な編物様のものを抱きしめたまま。

「そういえば、もうクリスマスまで1ヶ月もないんですよねー」
「…………そう、ですね」
 呑気そうな女子生徒の声に、またずーんと落ち込んだ声が答える。
「……アメリカに帰るか、残るか考え物ですね……」
 これは男子生徒の声。
 聡は片耳を軽く引っ張った。

 現在左の目は相手の感情等を常時見ている。
 右の耳は時折、相手の心の声を聞く。
 しかし、かなり以前よりそういった異界を見慣れていた『目』に対し、つい
先頃異能が顕現した『耳』のほうは、まだどうしても異能が暴走するきらいが
ある。親しくなればなるほど、それらの声は聞こえ易いのだが、そうでない時、
また普段何もしていない時には、ごく唐突に聞こえない筈の声、得体の知れな
い音が鳴り響くことになる。
 それらを少々調整する為の、これは聡なりの動きである。

(やっぱり、彼女さんの人なんでしょうか……)

 あーなるほど、と、聡は頷く。
 巧が同学年の女生徒と付き合っていることは結構有名で、この前の学園祭の
時には、それが割とおおっぴらになったと思う(ちゃんと後夜祭のフォークダ
ンスに誘えたわけだから)。まあ、クリスマスだと、やはりその彼女と一緒に
居ることになる……のだろうけど。
(それで先輩は落ち込んでるわけか)
 成程なあ、と、納得しかけたところに。

(今年のクリスマスは、津海希お姉さまの家にお呼ばれしたいわねぇ)

 聡は思わず目をしばたく。
 その声は、丁度今のんびりと放たれた……女子生徒の声である。
(津海希お姉さま……生徒会長、かな?)
 首をひねりながら、聡はとりあえず創作部部室に入った。
 片隅で腕を組んだまま微動だにしないもう一人の男子生徒を別として、その
他3名が一斉に聡のほうを見る。こんにちは、と、笑って挨拶してから、聡は
紫に向き直った。

「紫先輩、正解です」
 透明の球の中に一本、ぐっさりと鋭い藍色の剣様のものが突き刺さる。同時
にがっくりとうな垂れた紫の頭越しに、男子生徒がすっと視線を送ってくる。
 敵意、までは強くは無い……それでも限りなく敵意に近い感情。
 ある意味、感情が見えなくても判りやすいかも、と、聡は内心苦笑する。

「……にいさま、いえ、わかってるんです」
 そういう人が居るのになあ、と、思う聡の目の前で、紫はえぐえぐと顔を歪
めている。苦笑しながら聡は、近くの机に軽く腰をかけた。
「ってか、紫先輩」
「は、はい」
 すっと真顔で視線を合わせてくる後輩に、紫が背を伸ばす。そこに畳み掛け
るように。
「クリスマスって、そもそも人様の誕生日ですよね」
「え、はい、いえすきりすとの誕生日、です」
「それも、生まれてきたばっかりに、33年後には惨殺されてしまった人の」

 聡自身はクリスチャンではないが、それでも思うことはある。卑しくもそう
いう人の誕生日、宗教的に大事な日を、どうしてこの国では『恋人と過ごす日』
と捉えるのか。

「……キリスト教徒が聞いたら怒りますよ。」
 先程の男子生徒が少し咎めるように言うのに、聡は笑った。
「ってか、知り合いの切支丹な人が言ってたんです」
 実際に……異能持ちの、現在の居候宅のその人が……そう言っていたのだ。
「そんな日に、彼氏彼女とべたべたするしか考えないのが日本人かって」
「…………なるほど」
「ふむ、日本ではそうとらえられているのですか」
 紫と男子生徒。二色の答に少し頷いて。
「だから、確かに、特別の日かもしれないけど、そこまで落ち込むことないで
すよ」
 そう、その日が単なる休日で、その日に巧が彼女と一緒に居るんだ、と思え
ばそこまで落ち込まないのではないか、と、聡としては思ったのだが。

 腕にしっかりと異形の編物(おい)を抱いて、紫はぽつぽつと言葉を紡ぐ。
「……毎年、と言いますか。その、いつも……年の瀬になると……ご実家で私
や梓姉さま、巧にいさまや至さまとご一緒にお食事をしたりケーキをいただい
たりしていたのです」
 それは、かなり……少なくともキリスト教国では割合に普通のクリスマスの
過ごし方に近い。
「それが、楽しくて……いつも皆さまとご一緒でいられると」
「はい」
「でも、梓ねえさまはお嫁にいかれてしまい。巧にいさまも……」
「……そっか……」
 そうなると、聡としても少し言葉に詰まる。
 恋愛の対象としてではなく……『家族』として、紫は巧に『居て欲しい』と
願っているのだから。
 うーむ、と考え込んだ聡に、慌てたように紫が言葉を継ぐ。
「ええと。あの、わかってるんです、何時までも子供ではありませんしっ」
「……でも、もう少し経ったら、その輪から外れた人が、家族を増やして戻っ
てくると思いますよ」
 正直、紫の内心を考えると……にこにこと笑うしか出来ない、というのが本
音なのだが。
 やっぱりそれでも、自分はいつものとおり、微塵も揺るがずに笑っているの
だろう、と、聡は思う。
 ……それが、時折、自分でも嫌になる。
「…………はい」
 無論そのようなことは紫にはわからない。ただこっくりと素直に頷いて。
「……わかっていて、でも、やっぱり寂しくて……」
「それはでも、クリスマスだから、じゃないでしょ、先輩の場合」
「……はい」
 苦笑交じりの聡の声に、しょんぼり、と、紫が応じる。

 一緒に話していて、時折ふっと心配になることがある。この、いかにも箱入
りで泣き虫で、それでも一途に巧を想っている『先輩』には……とにかく何と
いうか『うわ、危ない』と手を出したくなる危うさがあるのだ。
 どうしたものかな、と、考えて。
 ふ、と。

「……先輩、そうだ、乗りませんか」
「え?」
「クリスマスまでに、『正統なクリスマス』らしいものを、見つけてみます」
 上手くは言えない。けれども巧がクリスマスに彼女と過ごすことで、今まで
の紫のクリスマスが多少なりと崩されるとするならば。
 それでも崩れない『クリスマス』を。 
「見つけたら、先輩は、クリスマスに落ち込まない」
「正統なくりすます、ですか?」
「はい」
「見つけられなかったら、先輩がどっぷり落ち込むお手伝いしますから」
「……はい」
 そこで『どんなお手伝いですか』と、突っ込まないあたりが紫の善良なとこ
ろである。
「…………あ、余計だったら言って下さい。僕の趣味でやってますから」
「い、いえ、ぜひお願いしますっ」
 ぺこん、と、一礼して。
「……ええと、その、寂しい、ですけど……頑張ります」
「頑張って下さい」
 ぴょん、と立ち上がって、聡は笑った。
「じゃ、また」
「あ、それではっ」

 慌てたような紫の挨拶を背中で聞きながら、数歩、走ったところで。
 合っていないラジオのアンテナをくるくる動かして……途端に聞こえる声の
ように。

(……アメリカに帰るか……残るか……どちらにせよ、兄は忙しいですし……
はぁ。)
(実際、兄にかける迷惑も減りますし……残りましょうか…………少し寂しい
ですがね……)

 少し早廻しのように。
 
「……いろんな人がいるな」
 ぽつん、と、聡は呟いた。
 
           **

 そして……12月の既に半ば。
「うーん」
 本当のクリスマス、と思うときに。
 聡の耳は、透きとおるようにある音を聴く。
 それは、一種類の旋律ではない。幾種類も、そして時には単旋律で、時には
複数の旋律を混ぜあいながら。
 それでもやはり、透きとおるような。

 だから、本当のクリスマスのあてはある。ただ、その音をどうやって紫に聞
かせたらいいのかが判らないのである。

(耳に聞こえてる音を、先輩に送る方法って無いものかな)

 そうすれば、多分約束は果たせる。多分先輩も納得する。
 これだけ透きとおる、これだけ透明な音を。

「その方法、がなあ……」
 頬杖をついて、考え込む。
 日数はもう、あまり無い。

 クリスマス。本当のクリスマス。
 片耳に響く、その音の透明な連なり。


 クリスマスまでは、あと数日。


時系列
------
 2005年12月半ばくらい。

解説
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 本当のクリスマス。その定義は色々でしょうが。
 しかし、その定義の片鱗なりと……という話の第一弾です。
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 てなとこで。
 ではでは。
 


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