[KATARIBE 29611] [HA06N] 小説『悪夢』

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Date: Fri, 23 Dec 2005 00:32:44 +0900 (JST)
From: いー・あーる  <furutani@mahoroba.ne.jp>
Subject: [KATARIBE 29611] [HA06N] 小説『悪夢』
To: kataribe-ml@trpg.net
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2005年12月23日:00時32分44秒
Sub:[HA06N]小説『悪夢』:
From:いー・あーる


ども、いー・あーるです。
クリスマスが近づいております。
つまり……書かねばー(えうっ)<おい
というわけで、クリスマスに関係無い話です<まてやこら

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小説『悪夢』
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登場人物
--------
 相羽尚吾(あいば・しょうご) 
     :吹利県警刑事課巡査。ヘンな先輩。
 相羽真帆(あいば・まほ) 
     :自称小市民。多少毒舌。10月に入籍。

本文
----

 ぼんやりと知ってはいること。
 けれどもわからないこと。
 
 知らないなら知らないで良いと思っていた。知らせたくないことなら知る必
要も無い、と。
 それが、最近……少しずつ辛くなってる。


 宮部みゆきの『鳩笛草』で、ある刑事さんが「休日に休むのは2年ぶり」み
たいなことを言っていた記憶がある。
 その時はさらっと読み飛ばしたけど、今になって、あれは相当本当だな、と
つくづく思う。
 それくらいに……相羽さんは毎日毎日忙しい。帰ってくるのが午前様だった
り、昼に出て翌日の朝まで戻ってこなかったり。
 心配だった。相羽さんは今年の四月の終わりに一度は過労で倒れている。あ
の頃と比べても……今、多分相当仕事はきつい筈。だから心配はしてたし、あ
る意味では覚悟もしてたけど。
 こういう形で出てくるとは、思っていなかった。

            **

 最初に感じたのは、何かが自分の横を殴るような勢いで動いた気配。それと
一緒に布団が動く音。
 そして……破裂するような呼気の音。
「……っ」
 跳ね起きる。
 カーテンを透かして入ってくる僅かな光。眼鏡の無い目には、そこにぼんや
りと誰かが座っていることしか判らなかったけれども。
 微かに悲鳴の切れ端の混じる呼吸音。
「……尚吾さんっ?」
 一瞬、息を呑む気配。そして。
「…………あ」
 手を伸ばして腕を掴む。かたかたと、震えが伝わってくる。
「……真帆」
「はい」
 答えるのと同時に……手が伸びた。

「尚吾、さん」
 背中に回ったまま、しがみつく様に抱きしめる腕。がたがたとまだ震えが止
まらないのがわかる。
「……悪い夢でも、見た?」
 手を伸ばして、背中をとんとん、と叩く。と、抱きしめる腕の力が少しだけ
また強くなった。
「…………大丈夫、だから」
 迂闊だった。
 過労で倒れたあの時、この人はやはり悪夢を見てうなされていた。そのこと
を知っていたのに。
「もう大丈夫だから」
 相羽さんは何も言わなかった。
 ただ、すすり泣くような呼吸の音を、一度だけ、肩の上にこぼした。

 事故で亡くなったお母さん。
 事件に巻き込まれたお父さん。
 ……それしかあたしは、知らない。

「……言えるようになったら、教えて」
 何度も何度も背中を撫でた。どうやって払ったらいいのだろうと思った。
 だから。
「ここに、居るから」
 数秒の、間。そして。
「…………ああ」
 やっと一つ、大きく息をついて。
 まだ微かに語尾の震える声で、相羽さんは呟いた。

「……大丈夫」
 ほんの少し、背中から力が抜けたのが判る。
「大丈夫、だから」
 ゆっくりと呼吸が、元の速さに戻ってゆく。
「……真帆」
「はい?」
「……ずっといてほしい」
「うん」
 
 ひどい事故だったと聞いた。
 ひどい事件だったと聞いた。

 この人が手を伸ばすことすら出来ないまま、この人の家族は居なくなった。

「どこにもいかないよ」
「…………ありがとう」
 
 ずっとここにいて欲しい。
 何度も何度も、この人はそう言った。
 何度も何度も……そのことだけが怖くて堪らないように。

 だから。

「…………どこにもいきません」
 だから、そのことだけは約束できる。何が出来なくてもそのことだけは。
「ここにいます」
 夜気の中、すっかり冷え切った背中を撫でる。
「安心、して?」
「……うん」

 ふっと、腕から力が抜けるのがわかった。

「……明日起きれないから、寝よ?」
「ん、ああ……ごめん」
 ころん、と、相羽さんは横になる。抱きしめられたまま……だからこちらも
一緒に横になった、けど。
 ……腕、痛くなかったかな。
「おやすみなさい」
「……おやすみ」

 それでもしばらく耳を澄ませた。またこの人は悪夢に落ち込まないだろうか、
そのことが心配だったから。
 でも、呼吸の音はそのままゆっくりと、眠った人のそれになり、そのまま変
わらなかった。


 酷い事故だったと、ぼんやりと知ってはいる。
 無惨な事件だったのだろうと、見当はつく。

 でも、それがどんなもので、どんな悪夢がこの人を責め苛んでいるのか。そ
こまではあたしには判らない。

 知らないなら知らないで良い、と今でも思ってる。知らせたくないことなら
知る必要も権利も多分無い。


 それでも、こんな夜に。
 そのことが……少し辛い。


時系列
------
 2005年12月初め。

解説
----
 先輩の古傷にまつわる話のその一。
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 というわけです。
 であであ。
 


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