[KATARIBE 29602] [HA06N] 小説『11月8日(下)』

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Date: Sat, 17 Dec 2005 00:52:13 +0900 (JST)
From: いー・あーる  <furutani@mahoroba.ne.jp>
Subject: [KATARIBE 29602] [HA06N] 小説『11月8日(下)』
To: kataribe-ml@trpg.net
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2005年12月17日:00時52分13秒
Sub:[HA06N]小説『11月8日(下)』:
From:いー・あーる


というわけで、いー・あーるです。
なんかがすがす書いてます。
……というわけで、誕生日話、これでケリってやつで。

**************************************:
小説『11月8日(下)』
=======================
登場人物
--------
 相羽尚吾(あいば・しょうご) 
     :吹利県警刑事課巡査。ヘンな先輩。
 相羽真帆(あいば・まほ) 
     :自称小市民。多少毒舌。10月に入籍。

本文
----

 栗抹茶汁粉に、練り切りのお菓子、そして抹茶。
 買ったCDの話、本の話。

「常野物語の続き、買わなかったん?」
「……ハードカバーだと、そろそろ部屋の本棚が潰れるから……あ、でも『どー
なつ』は買った」
「ああ、北野さんの」
「『かめくん』は好きなんだよね……ただ『ザリガニマン』とかになると」
「……そんなのあったっけ」
「うん、かめくんが戦ってたザリガニマンの話」
 ぱっくりと、菊を象った練り切りを半分に切っていた相羽さんが……一瞬、
何とも妙な顔になった。
「……ええと?」
「いや、別に……後何買ったの」
「旅のラゴス。筒井さんの」
「かなり古い奴じゃない?」
「みたいだけど、読んだことなかったから」

 そんな話を、互いに幾つも、幾らでも。
 こっくりと濃い抹茶と一緒に。

 帰りがけに、11月の和菓子を幾つも買い込む。だって相羽さんがあれもこ
れもって、やたら嬉しそうに選んでるから。

「相羽さん栗が好きなんだっけ」
「うん」

 栗羊羹と栗蒸し饅頭、それに毬栗の形の練り切りの包みを、相羽さんは嬉し
そうに手に持つ。
 帰り道に、ご飯の買い物だけ済ませて。

「ご飯、今日は手抜きでいい?」
「って何?」
「天ぷら」
「いいよ」

 油っこいものは駄目、だから天ぷらも苦手……だったらしいんだけど、よく
よく聞いたら『スーパーの惣菜売り場で売ってる出来あいのが駄目』なんだそ
うで。出来たての、それもきっちり油を切ったのを大根おろしと一緒に出した
ら、案外気に入って食べてくれた。

 家に戻って……当然ながらベタ達におやつを要求されて……時刻を見ると、
まだ4時。
 ……ふむ。

「相羽さん」
 練り切りのお菓子を三つに分けてベタ達に出して……そして毛布をベッドか
ら一枚引っ張ってきて。
「何?」
「最後にもう一つ、命令していい?」
「いいよ」
「じゃ、そこ座って」
「……で?」
「倒れる」

 言うと同時に、相羽さんの背中を軽く引っ張る。と、ぱたり、と、相羽さん
が倒れてくる。
 丁度膝の上に、相羽さんの頭がのっかった。

「寝ていーよ」

 ずっと、気になっていた。
 籍を入れる前に色々時間を取って貰ったせいか、この一ヶ月ほど本当に忙し
そうにしていたから。一応休みの日はあっても、その前日には午前様だったり、
待機時間だから、と戻ってきてすぐに呼び出されたり。

「……足、しびれない?」
 もそもそ、と、頭を動かしながら相羽さんが言う。
「しびれたら起こすから」
「……わかった」
「それに、なんでも聞くっていわなかった?」
 毛布を手渡す。流石にこのままだと寒いだろう。
「いったねえ」
「じゃ……寝れ」

 うん、と、頷いて、目を閉じた途端、相羽さんはすうっと眠ってしまった。
 本当に……疲れてるんだな、と、改めて思った。
 その人に、一日付きあわせてしまったな、と。

 本を買って、CDを買って、その話をして。
 相羽さんが、楽しくなかったとは……これは流石に、そこまでは思わない。
楽しくない本の話を延々出来るほど、相羽さんも器用じゃないと思う。
 でも……これだけ疲れている人を、一日付きあわせてよかったんだろうか。
 それより、寝てたほうが楽だったんじゃないかなあ。

 相羽さんは眠っている。
 気のせいか、少し顔色が悪いように見えた。

(相羽さんって……あの人ですか、お姉さんが入院してた時に廊下で待ってた)
 義妹の声を思い出す。
(え、だって……帰りがけ挨拶して、どうぞって言って……何となく、あ、こ
の人お姉さんのこと好きなんだなって)
 ってーか……その時には、あたしはそうとは知らなかったし、多分相羽さん
もそう思ってなかったんじゃないかなあ……と、思ったものだけど。

 見ていられないくらいに突っ走る人で。
 でも、それを以前は見事、と見ていた。自分も昔そうありたい、と願ってい
た、その姿として。
 そして5月を過ぎて、6月、7月。確かに心配もしたけど……でも、同居し
ている時は、ここまで不安だったかなって思う。

 大丈夫だろうか、と思う。そして確かに、心配になるくらい突っ走ってると
も思う。でも。
 それが過剰であるなら。
 そして今日みたいに……無理をさせてしまうなら。

 相羽さんは眠っている。
 子供みたいな顔をして眠っている。

(お幸せに)

 この人のお母さんが願ったことを……どれだけあたしは叶えているだろうか。
 走り続けるその足取りを、遅くするばかりじゃないだろうか。
(足を止めたその隣に、この人が居るということ)
 
 どうしたらこの人は喜ぶだろう。
 どうしたらこの人の願うことが実現し易くなるだろう。
 どうしたら。

 結局……一時間ほどして、相羽さんが自分から起きるまで。
 考えてもどうしようもないことを、ずっと考えていたように思う。

           **

「……てーか、こら、ベタ達、相羽さんのお皿から取らない!」
 
 お子様なのか何なのか、ベタ達は大根おろしが苦手のようだ。

「貝と三つ葉のかき揚げって……ああ、共食いにはならないのか」
「一応餌だろうね」
「あ、でも、キスの天ぷらは駄目なんじゃないかな……何となく倫理的に」
「……確かに」

 ばたばたやりあいながらご飯を食べて、お茶を淹れて。
 最後に今日買ってきた和菓子を切って出して。
 何となく、双方、ほっと息を吐いた時に………


 相羽さんの携帯が、鳴った。


 一瞬、あ、って顔をした。
 でも即座に携帯を取った。
「うん……わかった、すぐ行く」
 何度か頷いて……そして携帯を耳から離す。
 その時の顔を見たくなくて、慌てて席を立った。着替えを出して、手渡す。

「んじゃ、行ってくるわ」
「行ってらっしゃい」

 いつもの朝のように、笑って見送った。
 ベタ達も一緒に、ひらひらと半透明の鰭を振った。


 正直、最初は……がっかりしたのもあるけれども、ああやっぱりな、そうな
るだろうな、ってほうが強くて。
「……こら、相羽さんの分まで食べない」
 残していった和菓子にラップをかけて、食器を片付けて、ベタ達が突き崩し
た(いや一応食べてるんだけど)和菓子を片付けて。
 酔い覚ましにお茶を淹れたところで……怖くなった。

 呼び出しの時刻は、夜の8時。
 この時間以降に出てゆくって……無かったわけじゃないけど、やっぱり仕事
として大変な時だったと思う。それも、今日は有給を取って……つまり休みっ
て判っての上での、呼び出し。
 てことは。

 よほど、忙しい所を無理矢理休ませてしまった、か。
 ……それだけ相羽さんが必要な……事態なのか。

 有能ってのは知ってる。身を守るに充分な能力があるってことも知ってる。
 それでも。

 ヤク避け相羽。
 実際にヤクザを相手にしているからこその……異名。

 自分でも思う。どうしてこんなに怖いんだろう。あたしは相羽さんを信用し
ている積りでしていないのか。送り出したら後は信用して、安心して待ってれ
ばいいのに。
 ……でも安心なんて、とても出来ない。
(信用足りてないから?)
(相羽さんに頼ってるから?)


 ……気がつくと、ベタ達が、食卓の上にころんと横になっていた。
「ここで寝ないの。風邪引くよ?」
 言ってから考える。ベタって風邪引くのかな。
 莫迦なことを考えながら、両手にベタ達を抱えて、ベッドに連れてゆく。枕
元のいつもの場所に寝かせて、上から厚手のタオルをかけてやって。
 寝てていいって、以前から言われてる。ただ、どうやっても眠れないし、何
もしないでいるのも……何だか段々怖くなるばかりで。
 今日買った本を引っ張り出して、広げる。北野勇作の『どーなつ』。
 ページを開いて…………

 (……大丈夫だろうか)
 (一体どんな)

 気がつくと、時間だけが過ぎている。
 本のページはそのままで。
 何だか莫迦らしくなったんで、テレビのスイッチを入れた。滅多に見ないか
ら、適当にチャンネルを廻して。

 ニュース。
 次から次へと出てくる事件。日本のあちこちで。
 ……そして多分、現在進行形で、この吹利でも。

 何だか真剣に滅入ってきたので、チャンネルを廻して、音楽だけの番組に合
わせる。まだこちらのほうが……精神衛生上、宜しい。

 寝ててよ、と、言われる。自分でもそうしたほうがいいと思う。
 ……わざとおきてるわけじゃ、ないんだけど。

           **

 結局……莫迦みたいに徹夜した。

 朝、ゴミをまとめて、新聞を取って。
 ベタ達が起きてきたんで、ご飯を用意して。
 お風呂の用意だけは、しておいて。

 
 相羽さんはお昼頃に戻ってきた。

「おかえりなさい」
「……ただいま」
 よいしょ、と、靴を脱ぎながら、頭をわしゃっと撫でて。
「お風呂10分で入るけど、どうする?寝る?」
「あ……風呂入って寝るわ」
「じゃ、お茶淹れるから……って、ご飯どうする?」
「軽く食べる」

 疲れきってるけど、寝てないからそれは普通。怪我はしてない。服も変な風
には汚れてない。
 ……大丈夫。
 今日も、大丈夫。


 流石に今日は、もう出てゆかなくていい、と相羽さんは言う。
「じゃ……しっかり寝て下さいな」
「お前さんは?」
「いや、あたし、寝たから。先に寝て」
 片付けあるし、夕御飯の用意あるし……と言いかけたのを、相羽さんの手が
遮った。
 すっと……あたしの目を、撫でる。
 眠ってないのを、知ってる。でも言わない。
 そんな、風に。


 食卓を片付けて、覗いてみる。
 相羽さんはぐっすり眠っている。
 ベタ達も……ちゃんと夜寝てたくせに、やっぱり枕元で眠っている。
 
 今日も、無事。今日までは、無事。

 相羽さんはえらく静かに眠っている。
 ……何だか急に怖くなって、手を握ってみる。掌はほんのりと温かくて……
何だか妙にほっとした。

 今日も、無事。今日までは、無事。
 ……でも明日は?
(それでなくても無理をしてるのに。有給取ってもらってるのに)

 眠っている顔を見ていたら、安心して……涙が出てきた。
(眠い、なあ)
(まだ、買い物行ってないのに)

 本式に寝るとまずいから、ベッドの端に頭だけ乗っける。これなら寒くなっ
たら起きるってのは……まあ、よくやることだし。
 一時間。それくらいしたら、多分寒くなる。だから。
 ……何だかそこまでは、考えてた筈なんだけど。

 ただ……起きたら、もう暗くなってて。
 いつものように、相羽さんの腕を枕にして、布団の中で……って。

「しまった、寝てたっ」
「そら、寝るでしょ」

 何時から起きてたのか、相羽さんが苦笑してた。
 
「……って……あたし、そこで寝てなかった?」
「寝てたね」
「…………一時間くらいで起きる積りだったんだけど」

 くつくつ、と、相羽さんが笑う。
 笑いながら、手が伸びて、頬に触れる。

「忘れてたけど」
「……はい?」
「誕生日おめでとう」

 …………あれ?

「言われてなかったっけ?」
「言うの忘れてた」
「……言われるの忘れてた」

 くつくつ、と、相羽さんが笑う。
 何だかほっと……安心できた。

「ありがとうございます」


時系列
------
 2005年11月8日〜9日。

解説
----
 仕事がいそがしいんだか、PL達の陰謀なんだか不明ですが。
 これからも当分、何かっちゃ休日が駄目になる、その第一弾です(おい)。

********************************************:
 
 やー、あとは野となれ山となれ<まて
 であであっ
 


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