[KATARIBE 29595] [HA06N] 小説『図書室の一角にて』

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Date: Sun, 11 Dec 2005 01:53:30 +0900 (JST)
From: いー・あーる  <furutani@mahoroba.ne.jp>
Subject: [KATARIBE 29595] [HA06N] 小説『図書室の一角にて』
To: kataribe-ml@trpg.net
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2005年12月11日:01時53分30秒
Sub:[HA06N]小説『図書室の一角にて』:
From:いー・あーる


ども、いー・あーるです。
こちらも進めとかねばなーってんで。
聡の話です。

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小説『図書室の一角にて』
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登場人物
--------
  関口聡(せきぐち・さとし)
   :周囲安定化能力者。片目は意思と感情を色として見、片耳は異界の音を聞く。
  蒼雅巧(そうが・たくみ)
   :霊獣使いの家の一員。高校二年生。非常に真面目。

本文
----

 図書室に一日中。
 本を積み上げて、読んでゆく。
 飽きることもなく、ただ淡々と。

         **

 心因性難聴、と、診断された。
 それも日常会話にすら支障が出るほどの耳鳴りを伴うものであり、従って一
時的に休学したい、との聡の意思は、割と簡単に通った。

(ただ、勉強はしたいんです)
(だから、学校の、図書室に行っていいですか)

 基本として授業でも真面目、テストでもいかにも真面目な生徒が取りそうな
点を取り続けていた聡の言葉だから、信用された面もあるだろう。
(そして何より、僕の……異能というものなのかな)

 聞こえないふりをする必要はなかった。
 相手が欲する答は、左の目には明らかだった。
 
 流石に最初の2週間は部屋に閉じこもっていたものの、既に学園祭から1ヶ
月、閉じこもっているほうが滅入る。

『多分、耳のほうが面倒なんだろうね』
『目よりも?』
 現在、聡は家には居ない。何かがある度にお世話になっている親戚の異能者
の家の一部屋を借りた格好になっている。無論彼女には多少なりと邪魔だろう
が、生活費と迷惑料として、両親が幾らかを払っているらしい。だから早く帰
れるようにしなさいよ、と、彼女は笑った。

『目は閉じれば防げるけど、耳は閉じることが出来ないからね』
『……うん』

 話し掛けられないならば、右の耳の聞く音も、全く問題にならないのだ。

『うん、学校に行って本を読むのはいいんじゃない?ついでにそこで、一人ず
つと話すくらいなら、耳の調整も上手く行く筈だし』

 この異能を知っている先輩や友達がいることを、聡は話した。それは良かっ
たね、と、彼女は笑った。

『じゃ、その人達に手伝って貰って……何とかするといいね』
『うん』

 教科書に便覧。ブルーバックスに歴史書。
 担任から図書室に連絡を入れてくれたらしく、司書の先生は何も言わずに聡
を放り出している。それでも時折本のことを尋ねに行くと、案外あっさり教え
てくれたりする。
 静かに。
 授業の後に寄ってくれる先輩や友人と、やはり静かに話しながら、聡はゆっ
くりと耳の具合を確かめる。

「まだ、悪いのですか?」
「悪いというより……ラジオの周波数が、合ってないようなもので」
「合わせ方が、わからない?」
「……まだ、よくは」

 そうやって、丁度文化祭から一ヶ月ほど経った頃。
 妙な一名を、聡は見つけた。

        **

「巧先輩」
「はい?」
「あの……先輩にそっくりな、同い年くらいの兄妹って居ますか?」

 放課後、図書室。
 既に『巣』と化した一角で、尋ねた聡の言葉に、巧は、あ、と、小さく声を
発した。

「……知っておられるんですね」
「思い当たるところは、あります」

 少し困ったような顔で、巧が答える。

「蒼雅紫。従妹です」
「……ふむ」
「文化祭の後、聡殿が休学されてから、こちらに転入しました」

 
 つい先日。
 図書室までやってきて、そろっとこちらを覗いていた、巧によく似た顔立ち
の少女。左目には見惚れるような見事な透明な球と、そこに浮かぶ奇妙に捩れ
たペイルブルーの三角。細い銀の捩れるような糸。

 不安、と、羨ましさ。


「僕のこと、知ってるんでしょうか」
「……幾度か……聡殿のことを話したことはありますが」
「お見舞いに来てくれたこととかですか?」
「そう言えば……」
 ちょっと虚空に目をあげてから……巧はこくり、と頷いた。
「はい」


 ぴこぴこと透明球の中を飛ぶ三角。それが時折道筋を見失うように、ふらふ
らと頼りなく球の中を移動する。
 
 こちらを見ている視線とぶつからないように気をつけて、こっそり相手を観
察する。耳元にこっそりと手をやり、少し耳たぶを引っ張る。調整は別に外部
から行うものではないが、『調整している』と、そうやって意識に働きかける
ことはそれなりに有効なのである。

 きぃん、と、突き刺さるような耳鳴り。ざあざあと古いテレビの立てるよう
な音。
 そして、不意に。

(兄さま、今日もお見舞いに?)

 しょんぼりとした声。
 ほんの……一瞬。


「仲が良いんですね」
「はい」
 あっさりとした返事に、聡はうーんと唸る。
「どうされましたか」
「……いえ」

 割とざっくりと推理するに。
 彼女は多分、巧のことが大事で。
 やきもち未満のところで、こちらを見にきた、のだろう。

「何か、失礼なことを申しましたか?」
「いえ、そういうのじゃないんですが」

 が。

(そこでやっかまれてもなー)

「何か?」
「いえ」

 やきもちになるには、透明すぎるその意識の球。
 それを思い出しながら、聡は一つ溜息をつく。

「えっと、紫、さん、は何年生ですか?」
「私と同じ、二年です」
「……あ、じゃ、紫先輩だ」

 そうなりますね、と、妙に生真面目に巧は呟いた。

           **

 部活がありますので、と、図書室から出て行った巧を見送ってから、聡は本
を開いたまま考え込んだ。

(うーん)

 とは言え……考えたところで如何ともし難い、ものなのだが。

(妙な噂、伝わってませんように)

 そっち方向で誤解されては、流石に聡の手に余るというものだ。
 やれやれ、と、一つ溜息をついて……聡はまた、本をひきよせた。


 図書委員が首を傾げて、窓のほうを見……そして図書室の灯をつけた。
 ああ、そんな時間か、と、本に目を落としたまま、聡は頭の隅で思う。


 だんだんと日の短くなる、10月の末のことである。

時系列
------
 2005年10月末。文化祭から一ヶ月ほど後。

解説
----
 関口聡と、蒼雅紫との……これはまだニアミス状態。
 腐女子の面々から、いらん知恵をつけられてないと良いのですが……

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 てなもんです。
 ではでは。
 


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