[KATARIBE 29593] [HA06N] 小説『墓参』

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Date: Sat, 10 Dec 2005 01:47:01 +0900 (JST)
From: いー・あーる  <furutani@mahoroba.ne.jp>
Subject: [KATARIBE 29593] [HA06N] 小説『墓参』
To: kataribe-ml@trpg.net
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2005年12月10日:01時47分01秒
Sub:[HA06N]小説『墓参』:
From:いー・あーる


ども、いー・あーるです。
へれへれっと書いてます。
ので、流しますー(ああへれへれだ)

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小説『墓参』
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登場人物
--------
 相羽尚吾(あいば・しょうご) 
     :吹利県警刑事課巡査。ヘンな先輩。
 相羽真帆(あいば・まほ) 
     :自称小市民。多少毒舌。10月に入籍。

本文
----

 籍を入れる前に2日続けての有給を取るというのは、やはり相当大変だった
のだろう、と、今になって思う。次の非番の日、と思うんだけど、なかなかそ
の日が来ない。一応夜には帰ってくるけど、それも午前様の時が多いし。

「……相羽さん」
「ん?」
「まだ、忙しい、よね?」

 ちょっと微妙な表情になるのに、慌てて言葉を足す。忙しいこと自体は、元
から知ってるし覚悟の上なんだ。

「いや、そうじゃなくて……そしたら明日くらい、お墓参り行って来ていい?」
 ちょっときょとんとして、相羽さんはこちらを見る。
「別に許可取らなくても……」
「いい?」
「いいんじゃない?」
「……それなら……御挨拶してきます」

 うちの両親に挨拶をして頂いてるのに、自分は相羽さんの御両親のところに
行ってない。そのことがずっと気になってたから。

「御報告だけでもしておかないと、申し訳無くって」
 
 御両親だけでなく、親戚自体、殆ど居ないのだと聞いたことがある。
 天涯孤独、と、言って間違いではない、と。
 だからせめて、墓参して御報告しないと申し訳が立たない。

「いいですか?」
「うん」

 頼むわ、と、相羽さんは笑った。

            **

 お墓の位置はうろ覚えだったので、相羽さんに大体の場所を聞いて行ったと
ころ、心配するほど迷うことは無かった。
 夏からこちら、それでもかなり雑草は伸びている。一応持ってきた軍手を嵌
めて、ざっと雑草を抜いて。
 何だかんだ言って、あれからもう2ヶ月くらい過ぎている。

 手桶に水を汲んで、お墓にかけて。

 この前、ここに来た時は……お世話になるとしか言ってなかったっけ。
 結局、お世話になるどころじゃなくなってる。

(……申し訳ありません)

 御両親が生きていらしたら、と、思う。
 よりによってこういう奴がと、嘆かれやせんだろうか。少なくとも『嫁』の
立場に欲しいような奴でないことは自覚がある。
 それでなくても、両親がわざわざ相羽さん一人に色々尋ねたように、相羽さ
んの御両親も言いたいことはあるだろうな、と。

 古い、微かにセピアの色がかった写真を思い出す。優しげな……相羽さんに
どこか良く似たその人の顔は、けれどもどこか捉えどころが無くて。

(御心配、なさってませんか)

 今のあたしと、あまり変わらないくらいで亡くなっていった人。
 多分、残していった相羽さんのことを心配して……

(どうしたら……安心して頂けますか)

 無論、返事は無いのだけれども。


 合わせていた手をほどいて、お墓の前から立ち上がったところで。

「……あ」
「あら、どうも」

 お墓の列の間、通り道に立ち止まって。
 長い髪を揺らして、その人は笑った。

 お盆にここに来た時に、やはりここにお参りに来ていた人だ。
 長い髪。優しげな顔立ち。

 …………少しだけ、相羽さんに似ている。

「……今日も……息子さんの……?」
「いえ、今日は……」
 語尾を軽くかすれさせて、彼女は小さく微笑む。
 息子さんじゃないとしたら……他に親戚の方がここに居るのだろうか。

「今日は、貴方は?」
 不意に、その人が首を傾げた。
「…………あ、いえ」
 言いつつ、困る。
「ちょっと、報告を」
「ご報告?」
「……はあ」

 この人との会話を、何だか妙によく憶えている。
 あの時には……友人のお墓参りに付き合ってきたんです、と言ったんだっけ。
 その友人って言ってた人と、結婚したんで……とは……やはりどうも言い辛
くて、言葉を選んでいたら。
 その人はほんわりと笑った。

「…………あの」
「はい?」

 こうやって見ると、多分この人は30代から40代、あたしとそんなに年が
違うわけではない。でも、確かに子供さんがいるお母さんの顔をしていて。
 笑っている顔が……構えや気取りをふわりと取り除くような気がして。

「この前、一緒に来た人と……入籍しまして」
「あら」
 ちょっと驚いたような顔になったその人は、けれどもすぐににっこりと笑っ
た。
「それは、おめでとうございます」
「はあ」
 言ってから……妙に恥ずかしい。
「その、御報告を……と思いまして」
「そうですか」
 ついつい口の中でもごもご言ってしまったこちらの言葉に、その人は丁寧に
頷いて、そしてやっぱりほんのりと目元を細めてこちらを見た。
「きっと……喜ぶとおもいますわ」

 ふと、思う。
 この人だったら。
 優しそうで、それでもお母さんで。
 
「……いえ」
 ふと、だから。
「こんなのですみません、って、謝りに来たのが、本音なんですけど」
 
 これまで野放図に、いつ野垂れ死にしてもおかしかないような生き方をして
きた。誰かの為に生き延びようと思うことが無かった。
 相羽さんの家族になりたいと思った。そのことは一度たりと揺るがない。
 でも自分がそれに値するかどうかと考えると。
 それは……怖い。

「そんなことありませんわ」
「……それなら、いいんですけど」
 
 普通、そういう相手を息子が連れてきたら、親御さんは反対しないだろうか。
というか……積極的に反対されると思うんだけど。
 そう、判断する人が、今は居ない。
 だから余計に。

「申し訳なくて、なんだか」
 
 それでも冗談口のように、少し笑ってそう言ったところで。

「いいえ」

 その人は、真っ直ぐこちらを見ていた。

「……お互いが選んで決めたのなら」
 年齢だけなら、大して違わない筈のその人は、確かに圧倒されるような空気
をまとっていて。
「きっと、とてもよいことです」

 どこか、毅然と。
 それでいて、やはりほんのりと笑ったまま。

「自分を貶めてはいけませんよ」

 ふ、と。
 思う。思い当たる。 
 この、ひとは。

「あなたを選んだ人にとっては、きっと大切なんですから」
「……はい」

 でも……まさか。

「だから、もっと自信をもってくださいな」
「…………はい」
 
 端正な顔立ち。長い髪。
 この、ひとは。

「…………有難うございます」
「……ええ」

 微笑んだまま、その人はこちらを見ている。
 まるで……あたしの中のこの考えを肯うように。
 だから。
 
「……今度は、一緒に来ようと思ってます」
 思わず、そう言ってしまったのだけど。
「きっと、喜びますよ」
「……はい」

 セピア色がかった写真の中の、小さな相羽さんの隣に居たその人の。
 今の彼女よりも若い頃の……

 この、ひとは。
 (でも)

「……それじゃ」
「はい」

 一礼して、立ち去ろうと思った。
 思いついたそのことが正しければ……やはりあたしはこの人の前に立ち得な
い気がする。
 だから。

 頭を下げて、あげる。
 丁度、その瞬間に。

「真帆さん」
「はい」

 呼ぶ声に、半ば無意識のうちに返事をして……そして息を呑んだ。
 見返した視線の先で、その人は満足そうににっこりと笑った。

「どうか、お幸せに」

 笑った顔は優しくて。
 やっぱり……とても似ていて。
 だから。

「…………有難うございます、お義母さん」

 その言葉は必然のように、あたしの口からこぼれた。
 
 本来は出会うこともない、その人は、一度じっとあたしの目を見据えた。切
り込むようなその視線は、一瞬の後にふわりと和らいで。

 そして、そのまま、その人は消えた。
 神無月のそろそろ冷たくなりかけた風に、ほどけてゆくように。

            **

 家に帰る途中も、家に帰ってからも。
 ずっとその人のことを考えていた。
 最後の最後に名前を呼んででも、その人があたしに願ったこと。

(どうか、お幸せに)

 その、意味。

 (本当に会いたかったのは……きっと相羽さんのほうだろうに)
 (また、あたしは今度も)

 八月、奈々さんのお父さんと出会った。
 あの時も、結局その人は、一番会いたかったろう娘さんと顔を合わせること
が無かった。
 あたしは……役に立っているのだろうか。
 否………


 だから、帰ってきた相羽さんに、なかなかそのことが言えなかったんだけど。

「どしたん」
 ご飯を終えて、お茶を入れて。
 湯飲みを受け取りながら、相羽さんは首を傾げた。

「あの」
「何?」
「…………お義母さんに、お会いした」

 言った途端、相羽さんの動きが止まった。

「……え?」

 受け取った湯呑みが手の中で一度揺らいだけれども。
 それを支え直した時にはもう、相羽さんの表情は落ち着いていた。

「…………そう」

 尋ねてみたかった。
 お母さんに、会いたかったろうか、と。
 ……今更何を。

 と。
 不意に、相羽さんが湯呑みを置いて、こちらを見て。
 そのまま……抱きしめられた。
 何だか、はずみのように、涙がこぼれた。

「……お幸せに、って」
「…………そう、か」
 ゆっくりと頭を撫でる手が、ふと、止まった。

「……幸せ、かね?」
 ほんの少し、不安そうな声だと思った。
 だから、腕を掴んだ。
「幸せじゃないと、思う?」
「いや」
 くぐもったような笑い声が伝わってくる。
「幸せでいて欲しいんだけどさ、どうにも……心配かけてばっかで、さ」
「心配かけない相羽さんは、相羽さんじゃないでしょ」
 こちらも笑いながら応じたら……返事までに数秒の間があった。
「……きっついなあ」
 どこか辟易したような声が、おかしくて。
 
「……これからも、さあ。多分散々心配かけるし待たせるし」
「うん」
 でもそれは、最初から判っていたことだから。
「それでも、帰ってくるよね?」
「絶対帰ってくる」
 きっぱりと、疑いの欠片も浮かばないほどにはっきりと。
「帰るとこ、ここしかないからさ」
「……うん」

(どうか、お幸せに)

 その言葉はきっと、誰よりもこの人にかけられた言葉なのだ。
 この人が幸せであるように……

「相羽さん、次に時間がある時、一緒に行こうね」
「……ああ……そだね」
「今度は一緒に来ますって……先に言っちゃったから」
 くく、と、喉の奥で、相羽さんは笑った。
「……そう、か」

 見上げた顔は、確かにあの人に良く似たもので。
 何よりその笑みがよく似ていて。
 その笑みを浮かべたまま、こつん、と相羽さんは額に額をくっつけた。
 
「……なんかね、もう……顔、思い出せないんだよね」

 中学の頃に事故で亡くなったのだ、と、聞いた。
 誰よりも大事な、人を。
 
「……会いたい?」
 辛くて……遣る瀬無くて。
 答は判っていたけど、つい、そう尋ねた。
「…………いや」
 そして、その答は確かに……予想通りのものだった。

「俺は……会わないほうがいい」

 奈々さんのお父さんに、奈々さんが会わなかったこと。
 そのほうが良かった、と、相羽さんは言った。
 また別れることになるから。本来会うべき人ではないから。
 その理由は……よく、わかる。何でそう考えるかもわかる。

 でも。
 でも……辛くて。

 手を伸ばして、相羽さんを抱きしめた。
 この人が喪ってしまったものの大きさを、思うだけで辛かった。
 
(どうか、お幸せに)

 最後の最後に、深く切り込むように伝えられたその言葉。

「……相羽さんは」
「ん?」
「幸せ?」
 
 私は貴方の役に、立っていますか。
 貴方が幸せであることに。

「幸せだよ」
 
 返事は、一瞬の遅滞も無く耳に届いた。
 

(どうか、お幸せに)

 出来ないこと、足りないことは本当に沢山あると思うのだけど。
 でも、この人のお母さんが貫くように願ったその一つだけは、裏切りたくな
いと思った。
 
(必ず……幸せにします)
(必ず)
 

 お墓の前で、多分次に会うことは無いのだろうけれど。
 でも。

 そのことだけは、必ず成りますように。
 実現、し続けますように。



時系列
------
 2005年10月半ば

解説
----
 天涯孤独、と言っても、無論親も親戚も、居たわけで。
 幽霊実体化の異能持ちの真帆と、先輩のお母さんとの出会いです。

************************************************

 というわけで。
 ある意味……嫁姑の話だよなあ、と(笑)
 んなわけで、ではでは。
 


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