[KATARIBE 29588] [HA06N] 小説『有給の理由』

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Date: Tue, 6 Dec 2005 22:57:15 +0900 (JST)
From: いー・あーる  <furutani@mahoroba.ne.jp>
Subject: [KATARIBE 29588] [HA06N] 小説『有給の理由』
To: kataribe-ml@trpg.net
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2005年12月06日:22時57分14秒
Sub:[HA06N]小説『有給の理由』:
From:いー・あーる


ども、いー・あーるです。
11月8日な話の続きです。

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小説『有給の理由』
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 登場人物
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  形埜千尋(かたの・ちひろ)
   :吹利県警総務課職員。県警内の情報の元締め 
  相羽尚吾(あいば・しょうご)
   :吹利県警刑事課巡査。ヘンな先輩。 
  本宮史久(もとみや・ふみひさ)
   :吹利県警刑事部巡査。屈強なのほほんお兄さん

本文
----

 そもそも有給休暇届に書かれる『理由』というと、どんなものだろうか。
 まずは病欠。そして冠婚葬祭関連。そしてまあ、引越しの場合もそう書いて
問題は無いだろう。
 ただ……例えば子供の授業参観や運動会等に休みを貰う場合。
『私用の為』くらいで収めるのが、まあ、一般的であると思われる。

 ……ま、普通は。

         **

「……本宮君」
 妙に疲れ切った顔で、しかしいつものようにひょこひょこと書類の束を抱え
てやってきた千尋の声に、史久は顔を上げた。
「新婚さんどこ行った?」
「……ええ、ちょっと」
 流石に一瞬言いよどんだ史久に構わず、千尋はぽんぽん、と、書類で手を打っ
た。
「じゃ、待ってりゃ帰って来るね」
「はい」
 ぽんぽん、と、書類の端で掌を叩きながら、千尋はじろっと史久を見た。
「相羽君に休暇の理由の書き方教えたのは本宮君?」
「ええ」
 答えつつ、ああそれか、と思い当たり……ついでに内心頭を抱えた史久であ
る。
「つっか、修正ペンで済ますかねえ」
「……書き直しを?」
「うん」

 やれやれ、と、二名揃って肩をすくめたところで、対象が戻ってきた。

「……相羽君」
「はい?」

 扉を開けた途端、言わば出会い頭である。流石にきょとんとした相手に、千
尋はえい、と、書類を突きつけた。
「この、修正ペンの下は、何だろうなと」
 『理由』と書いた欄を突付いて示す。
「ああ……」
 何やら言いかけた相羽が、はた、と止まった。
「……少々、事情がありまして」
 ほほーう、と小さく呟くと、千尋はくるっと紙を裏返した。
「見てみ」

 修正ペンを使って、『私用の為』と書いてある部分。その裏を突付かれて、
流石に相羽が沈黙した。
 裏からだから、全部の文字が見えるわけではない。しかしながら、唯一判読
出来る文字が……かなり問題なのであった。

『嫁』

「さてここからちょいと日付を見たんですがね」
 頭一つ低い位置から、じろりと千尋が睨み挙げる。
「まさか推理がぴったり当たるとは、あたしも思いませんでしたがね」

 頭を抱えているのが一名。
 無言になっているのが一名。
 ……形埜大奥、見事敵将二名を撃墜。
 
「…………あのね」
 いいかい若えのよく聞きな、と副音声が聞こえるような口調である。
「なんですか」
「そゆ理由をすなーおに書いたら、多分奥さんが怒るとか考えたこと無い?」
「…………」

 以前一度、県警関連で、真帆を大いにむくれさせたことがある。
 その状況はよく判っている上での、一言である。
 千尋が、苦笑した。

「そこら辺、ちょっと考えてから書こうね」
「……ああ、言われてみると」
 ぽん、と、手を打って。
「以後気をつけます」

 言われんと気がつかなかったんかい、と、千尋は内心唖然とした。
(ちょっとこれは……やばいんじゃない?)

 無論、相羽がではない。
 その奥さんのほうである。

「……てかねえ」
 溜息混じりの声である。
「相羽君、おネエちゃん情報網を駆使してる時って、そんなヘマしてたっけか?」
 言われて、今度は相羽が苦笑した。
「……ひたすら、気まわしてましたね。万に一つもボロが出ないように」
「でしょ?」

 女性を手懐けて、情報を得る。
 おネエちゃんマスターの異名は、唯で得られるものでは無い。

「そらさ、奥さんにはそんな気を廻さなくていいけど、それ以外に少しだけ気
を配ると、多分奥さんが喜ぶよ?」
「心がけます」
「そーしな」
「どうにも、極端なもので」
 聞いていた全員が、うんうん、と頷く一言である。

「奥さんを見たから言うけど、派手も駄目、人目に立つのも駄目って人じゃな
かったっけ?」
「……ええ、まあ」
 県警に真帆が来た時のことは、まだ記憶に新しい。
「相当に……怖かったらしいんで」
 溜息交じりの言葉に、ふっと千尋が真顔になった。

「…………冗談抜きでね。怖いで済めば、いいけどさ」
 下から睨むように、見上げながら。
「ヤク避け相羽の、そこまでの弱味……下手に晒したら命取りだよ?」
「…………」
 その言葉に、相羽もまた真顔になった。
「心得ます」

 ヤク避け相羽と結婚しようと考えるほどの相手に、度胸が不足しているとは
千尋も思わない。けれども、度胸と実際の能力とは決して比例しない。

「とりあえず、ちゃんと書きなおし。今度間違えたら、二重線引っ張って判子
押してこっちに頂戴」
「わかりました」
「まあ、有給溜まってるから、そっちは問題無いんだけどね」



 とりあえず、書けたらこっちに廻して、と言い置いて、千尋は部屋を出る。
 手の中の書類を何度か弾ませるようにして掌にぶつけながら。

(本気で……弱味なんだね)

 それは喜ばしいことでもあるし……また反面、奥さんのためには、少々有難
くないことかもしれない、と、千尋は考える。
 
(ま、いーか)

 一度頭を振って、千尋は次の扉を叩く。
 どれほど世の中が発達しようとも、否発達すればするほど増大する、書類と
いう名の呪いを抱えて。
『私用の為』
 その一言で片付けられる、幾多の理由を抱えたまま。


時系列
------
 2005年11月初旬。『楽しみで怖い日』の、恐らく翌日くらい。

解説
----
 弱味であり家族である相手になると、日頃の仮面がどっかへ消えるようで。
 総務課の大奥、形埜千尋と相羽先輩とのやりとりです。

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 てなもんで。
 ではでは。
 


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