[KATARIBE 29586] [UB01N] 小説:『ソバ屋との対話』

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Date: Mon, 05 Dec 2005 21:29:56 +0900
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Subject: [KATARIBE 29586] [UB01N] 小説:『ソバ屋との対話』
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小説:『ソバ屋との対話』
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本文
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 いらっしゃい。運がいいなお客さん、これで最後だよ。
 え、食いに来たんじゃない? 冷やかしならかえってくんな。
 はあ、取材。何の?
 俺のかい。俺、ただのヌードル売りだよ? 俺の話を聞いたって誰に。いや、
別にそんなことはいいんだが、あんたの興味になるようなことがあったのかい。
 立ちっぱなしもアレだしそこに座りなよ。水くらい出すから。最近の雑誌は
変わってるねえ。紙の雑誌じゃない? はあ、ネットでやってんのか。
 ほら水。
 悪いけど客が来たら俺、客の相手するから。それでもいいの。いいんだ。や、
どうせ来そうにねえけどな。
 ここにきたきっかけ? そうだな。何年前だったか。高校生の頃だったな、
何だったんだろうな。覚えてねえよそんな事。ま、昔の俺にとって大事な何か
あったんだよ。今にしてみりゃ覚えてもねえ。
 まあどんな事か忘れちまったけどそんな事があったんだ。んで、どこがどう
トチ狂ったか、バイトして貯めてた貯金全部下ろした。
 急かすなよ、全部聞け。関係あんだから。順番に話してんだから気長に聞け。
 インドに行ったんだ。
 は? 誰がって俺がだよ。なんでってそんな事聞かれても答えられねえよ。
わかんねえんだ。忘れた。死ぬならどこでだって同じとか思ったんじゃねえの?
 そうだよインド。片道分チケット買って。ダチの兄貴でバックパッカーって
言うの? あんな人がいたからな。そのせいかもしれん。
 で、しばらくぶらぶらしてたんだ。バイトっても苦学生じゃなかったからな。
バイク買う貯金だったか。うん。あ、俺? 日本人だよ。へえ、あんたもか。
 どこまで話したか。ああ、しばらくインドでぶらぶらしてたんだ。さすがに
金もつきてな。さてどうしようかと。
 大使館? ああ、そういえばそういう手もあったか。俺は思いつかなかった。
今どこにいるのかも判らなかったからな。
 ともかく本当に死ぬと思ったね、あの時は。いや、今生きてるから死んじゃ
いないんだが。うん。働き口が見つかったんだ。ああ、やっと繋がってきたぞ。
そそ、あんたの言う通りフラワーポットの作業員を募集してたんだ。事務所の
責任者って人が大学で日本語やってたとかでな。
 出来すぎ? 知らねえよ。俺に文句言われたってなあ。
 で、ここに来た。最初は言葉も分からないんで何をやればいいかも分からん
かったんだが、なんとなく慣れでやる事やら言葉やらも分かるようになってな。
とりあえず給料貰って寮で寝て暮らしはできるようになったんだ。そのうちに
予定されてた工事は終わって、日本に帰るだけのまとまった金も出来たんだが。
 ああ、帰らなかった。俺を拾ってくれた、チャンドラさんって言うんだがな
チャンドラさんも随分心配してくれたんだが、結局帰ってない。
 日本が嫌い? そんなじゃねえ。好きとか嫌いとかそんな難しい事じゃねえ。
なんとなくだよ、なんとなく。別に俺はここで暮らせるようになったんだし、
今さら帰る気にもなんなかったんだ。それだけ。
 どこまで話したっけか? うん。雇用期間が終わったところまでだったな。
あんたも記者なら口を挟むなよ。喋らせろ。
 まあ、大怪我したり死んじまった同僚もいたしな、雇用契約は延ばさなくて、
辞めたんだ。その頃にはエレベータも出来ててな。人の出入りも盛んになって
ここは一つ商売でもするかとな。食品演奏家〈フードコンダクター〉の勉強を
して、この屋台を始めたんだ。
 ああ? インスタントそのまま食わせてるところと比べるな。俺んとこのは
調律品だよ。店の見てくれで判断するな。
 気分悪くなったな。いいよ、話はする。俺なんかを取材する物好きは二度と
来ねえだろうしな。
 その頃は人口食品ったら不味いもんだったからな。始めは苦労したよ。客が
来ねえんだもん。だからちょっと工夫してよ。天然食使用とかでちょいと、な。
最初のうちはみんなそんなもんだよ。今だって天然食で売ってるレストランの
裏見てみろよ。ソイミートのパック捨ててあんだよ。どこも同じだよ。それに、
こんな屋台で天然食使ってると思うか? 天然物食ってるって夢が見られりゃ
いいんだよ。まあそんな感じでお客がついてから、俺が食って寝るくらいには
儲かるようになったんだ。
 あの頃が一番ここいらも賑やかだったかな。今じゃ後ろ暗いおあにいさんや
化粧臭えねえちゃんの溜まり場だが、昔はこのあたりもエレベータ使う金持ち
向けの小洒落たの店が並んでたんだ。ま、軌道〈うえ〉がどうなろうが、俺は
ここで得体の知れない奴らにヌードル売るしかねえんだがな。ちょっと前から
そんな奴らも増えてここもまた賑やかになったがね。ああそう、ヘイブンだ。
それそれ。
 ほれ、そんなこと言ってるとまたお客が来た。ああ旦那。ちょうど良かった。
旦那が今日最後の一杯だ。

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