[KATARIBE 29555] [HA06N] 小説『内と外』

Goto (kataribe-ml ML) HTML Log homepage


Index: [Article Count Order] [Thread]

Date: Sat, 3 Dec 2005 01:32:58 +0900 (JST)
From: いー・あーる  <furutani@mahoroba.ne.jp>
Subject: [KATARIBE 29555] [HA06N] 小説『内と外』
To: kataribe-ml@trpg.net
Message-Id: <200512021632.BAA71489@www.mahoroba.ne.jp>
X-Mail-Count: 29555

Web:	http://kataribe.com/HA/06/N/
Log:	http://www.trpg.net/ML/kataribe-ml/29500/29555.html

2005年12月03日:01時32分58秒
Sub:[HA06N]小説『内と外』:
From:いー・あーる


ども、いー・あーるです。
以前のログから、話起こしました。
時期的には、これもまた籍入れる前。
故に「軽部」です。

****************************************
小説『内と外』
=============
登場人物 
--------
 相羽尚吾(あいば・しょうご) 
     :吹利県警刑事部巡査。ヘンな先輩。ヤク避け相羽。
 軽部真帆(かるべ・まほ) 
     :自称小市民。多少毒舌。相羽宅の現在住人。

本文
----

 第三者が見る限り……何というか、とても奇妙だと思う。
 どちらが強者と見えるかって言ったら、それは相羽さんで……だから自分が
今陥っている場所ってのは、無理が無いというか当たり前だろうというか、そ
ういうことなのだと思うけど。

 無理が無いのは事実。当たり前なのも事実。そして『そんなもん今更言う必
要も無いだろう』ってのも事実。
 でも、やっぱり時折……辛いと思う。
 

           **

「……相羽さん?」

 いつもより早く帰ってきて、何だか妙に嬉しそうな顔をしたまま着替えて。
 ごはんは、と、言いかけたところで無言のまま、肩を抑えて座るように促さ
れて。
 で。

「んー」

 膝の上に、ころん、と頭を乗せる。
 糊のきいたエプロンが、かさりと音を立てた。

「……眠いの?」
「少し、横になってていい?」
「ごはんは?」
「あとで」
「一時間くらいで起こすよ?」
「それでいいから」

 左の手を掴んだまま、相羽さんは目を閉じる。
 やっぱりどこか、妙に嬉しそうなまま。
 数秒後には、ぐっすり寝付いているあたり……確かに疲れてたんだなとは思
うのだけど。
 ……でも。

「……メイド服、好きなんだ」

 無論、返事は無い。

 豆柴君に貰った服を、見直す。
 黒のワンピースの袖は、長くて真っ直ぐで飾りが無い。
 そんな嬉しそうな顔して見るほどの、価値があるとも思えない。

 左の手を握ったまま、相羽さんは眠っている。
 
 世の中と没交渉に生きているわけじゃないから、こういう格好がどういう場
合に『受ける』のかは知っている。ありていに言って、こういう格好って、要
するに『コスプレ』で使われるんだろうなって事も知ってる。豆柴君の『潜入
捜査』なるものに、どうしてこの服装が必要だったかってのも、そこらが原因
なんだろうな、とも。

「…………いいけど、さ」
 
 相羽さんは眠っている。
 本当に安心した顔で眠っている。

 いつもは気にもしてない。というより考えてもない。
 でも、こういう時に思い出す。この人はそれこそ両手の指で足りないくらい
の女性を相手にしてきて……利用さえできるくらいに惚れさせた人なのだ、と。
 不思議になる。そして怖くなる。
 どうしてそんな人が、今、ここにこうやって居て、膝枕したまんま熟睡して
るかな、とか。
 何時までここに……居てくれるのかな、とか。

(に、しても)

 ふと思う。そう言えば潜入捜査っての、相羽さんも知ってたんだっけ。
 ってことは、ある程度はこの人も『潜入捜査の場合の服装』なんかに注文で
きたんだろうと……これは推測なんだけど。

(奈々さんにメイド服ってのも、豆柴君にメイド服ってのも……趣味なのかな
あ)
 そう考えると……ちょっと怖い。

 相羽さんは眠っている。
 子供のような顔になって眠っている。

 一体何人の女性が、こうやって見てたんだろうなと思う。
 多分、相羽さんの喜ぶ顔見たさに、メイド服とか着てた人もいたんじゃない
かと思う。
 仕事だったんだと、それはわかってる。もう二度とやらない、と、言ったの
は嘘ではない……とも。
 でも。

 握られたままの左の手を握り返してみる。
 相羽さんはやっぱり起きない。

 莫迦なことを考えていると思う。
 莫迦なことを考えていると……つくづくと思う。

           **

 相羽さんは計ったように一時間後に起きた。

 
「どれくらい寝てた?」
「一時間」

 ああ、と、うん、の中途の声と一緒に、相羽さんは起き上がる。
「足、大丈夫?」
「……しびれた……って、触るのなしね」
「やんないよ」

 よいせ、と、起きて苦笑する。
 その顔を見ているうちに……つい。

「……相羽さん、メイド服って、趣味なんだ?」
「え?」
「…………すごい嬉しそうな顔して寝てるから」

 相羽さんはきょとんとしてこちらを見る。

「そんな嬉しそうな顔してたかねえ、、」
「うん」
「……そう、かねえ……」

 相羽さんは不思議そうにこちらを見ている。
 それが……尚更に悔しくて。

「…………くせに」
「ん?」

 頭の片隅では、言うことじゃないって判ってた。
 言っても仕方ない……寧ろ相羽さんが尤もなんだって。
 でも。

「外があったら、中身の内容は問わないみたいな顔してたくせにっ」

 息を吸い込んだ反動のように、言葉が転げ落ちる。
 
「そんなこたないよ」

 二三度の瞬き。多分、相当に意外だったのだと思う。
 思う、けど。

「………………いいです」
 立とうとして……失敗。まだ足がしびれてる。
 上半身を捻って両手を突いて、無理矢理に立とう、としてたら。
「……まあ、ちょっと俺もばかだったからさ」
 頭を撫でる手。いつものように。
 ……いつも、それで。

「…………何でそんなに嬉しそうにするの」
「んー」
 伸ばした手を止めて、相羽さんは考え込んだ。
「意外と好きなんだよね」
 けろっと。
 まるで当たり前みたいに。
 誰が聞いても、尤もだと思う。それくらい当たり前に。

 だから。

「……だから、奈々さんやら豆柴君にも、メイド服着せたの?」
 言いがかりのような言葉に、それでも相羽さんは生真面目に答える。
「それは……役立てそうだし……面白そうだったから、かね」
「…………きっかけあったんだよね」
「……きっかけ、ねえ」

 例えば誰かが着ていた服。
 (見て気に入って)
 (嬉しそうにしてたかもしれない)
 
 そして多分嬉しそうに着ていた人も居た筈で。
 (…………駄目だ、本当に)
 
「気に入らない?」

 気に入らない、と。
 言ってどうなることでもあるまいしに。

「……外があったら、中身は、何か入ってればいいよね」
「俺は両方欲しいね」
「……だから!」
「どっちか片方でも駄目」
「……ずるいっ」
「なにが?」

 どう言えばいいか判らない。
 何がここまで気に障るのか……わからない。
 でも。

「……怒ってる?」
「怒ってはない」
「……じゃあ、なに?」
「怒るようなことは、なにも無いし」

 怒るべきことは、何も無い。
 おネエちゃん情報網。その存在くらい百も承知で、今だってだからどうこう
とは思ってない。
 ……自分でも判らない。一体何でこんなに苛立つんだろう。


「…………メイド服とか、さ」
 口から言葉を押し出しながら、必死で考える。一体何でここまで苛立つんだ。
「着てる人、見たことあるんだよね、相羽さん」
「……まあね」

 仕事だった、と。
 その言葉を疑ったことは無い。今も疑っているかって言えば、そうじゃない、
と思う。

 でも。
 多分そういう時に、相手の女性だってこの人に気に入られたいだろうから、
こういう格好もしてたろうなって、それは考えられるし妥当だし。

 その時も……相羽さんは、嬉しそうに笑ってたのだろうか……って。
 
「見慣れてる、よね」
「…………」
「だから……嬉しそうなんだなって」
「…………いや、それは、ねえ」
 
 肩に廻される腕。耳元の声。
 でも顔を見たくないって思った。

 この人は嘘をつかない。
 言われていることがどれだけ都合の悪いことでも、それが本当なら、誤魔化
すことだけはしない。
 だから、わかる。
 言ったことは……図星だったんだ、って。

「……なんていうか、ねえ……悪かった」
「別に、悪くないよね?」
「……いや」
「…………お仕事だったんだし」

 頭では、判る。
 その女性がどれだけ魅力的であっても、この人は仕事と割り切ってたんだろ
うし、多分訊いたらそう言うだろうな、とは。

 でも。
 仕事と割り切られた人達と、あたしとの違い……と考えると。

 ……ああほんとに、相羽さんのことを言えない。
 弟分の電話にむっとしてるのと、どれほどの違いがある。
 それでも。
(何時如何なる時でも、あたしは割り切られ、切り捨てられておかしくない)

「……もう、さあ。仕事でも、そゆのできないし」
「………………いいです」
 言えば言うだけ、みじめだと思う。 
 独占欲。執着。嫉妬。
 そういう感情に、意味があるならまだしも。
 意味なんか無い、実体なんかない、のに。

「仕事なら……仕方ないって知ってるから」
 足先に触ってみる。大丈夫、もう立てる。
「……………ごはんの支度してくる」
 
 そっぽを向いたまま立とうとした刹那。
 完全にバランスを崩して……そのまま引っ張り寄せられた。

「悪かった……」

 耳元の。声。

「仕事、だったんだよね」
「……まあ、ね」
「なら、判ってるから」
「理屈だけじゃないでしょ」
 理屈ではない。それはそうかもしれない。
 でも、その、理屈ではない筈の相羽さんの言葉に、いつも自分は説得されっ
ぱなしで。
(確かに説得されるだけの言葉なのだけど)
(でも)

「…………いいです」
 肩から背中に掛かる手を、外そうと身をねじる。
「理屈に合わないこと言ってるのはあたしだし、仕事だって知ってるし」
 それでも。
「絶対執着しないって…………知ってるから」
 
 執着しない。何にも囚われない。
 何度も、そう、言ってたのに。

「俺は執着してるよ?」
「……しないって」
 何度も聞いた言葉との乖離。
 思わず身を起こした、ら。

「お前にだけはね」

 殺し文句。
 それが、どうして。
「……いいです、理に合わないこと言ってるのあたしだし」
 どうしてこんなにつらいのか。

 ……なのに。
「俺は執着するし、執着して欲しいけどね」
 人の気も知らないように、耳元で紡がれる言葉。
「理屈抜きにしてでも」
「……あたしが嫌なんだ!」
「なんで?」
「相羽さんが自由じゃなくなるっ」

 違う。言いながら思う。
 それも原因。それも一つの要因。
 それでも。

「俺のことじゃなくてね、お前の気持ちのほうが重要だと思うよ」
「違う」
「なにが?」
「相羽さんが自由に走れないなら、何のためにあたしが居るの」
「自由に走る走れないじゃなくってね」
 真正面から、見据えるように。
「お前が要るの」

 その言葉に嘘は無いと思う。
 嘘とは思っていない。

 でも。

「……執着するの、嫌なんだよ」
 これ以上の執着を認めてしまったら。
「本当に手から、離さなくなるから」

 今だってそうだ。今の相羽さんの言葉を、疑ってなどいないのに。
 過去の相羽さんは、少しも責任が無いのに。

 なのに。

「離して欲しくないよ」

 どうして。

「……ずるい」
 相羽さんは何も言わない。
「執着しないって言って……今になってっ」
 右の手を握り締める。短く切った爪を、それでも掌に突き立てる。
 答えが返るまでに、少しの間があった。

「執着するもの、ずっと作らなかったからさあ」
 言いかけて、苦笑する気配。
「いや、作れなかったてのが正しいかな」
 頭を撫でる手。
「だから、今執着できるのは……お前しかいないんだよね」

 欲しい言葉を……ほんとうにさらっと、この人は言ってのける。
 さらさらと頭を撫でる手と一緒に。

 だから……余計に。
 
「…………ずるい」
「ずるい?」

 余計に。

「……考えちゃうんだよ」
「何を?」

 メイド服を見て喜ぶ相羽さん。
 さらっと……口説く言葉を平気で言う相羽さん。

「仕事で、相羽さん……」

 一瞬、詰まる。
 言ってしまえば、相羽さんは……傷つくだろう。
 でも。

「……そんな風に言ってたのかなって」

 涙が、こぼれた。
 
 
 莫迦げていると、自分でも思う。
 もし千夏さんが聞いたら、それこそ殴られるとも思う。
 ……それでも。

「……悪かった」

 相羽さんは、言い訳をしない。
 そんなことはない、とも言わない。
 だから尚更に……本当のことだと、判ってしまって。

「そんな風に考えるのが、間違ってるってわかってる……だけど」
「……何?」
「…………考えるもの」
 情けない、と思う。恥ずかしいと思う。
 でも。
「こういう服着てたおネエちゃんも居たのか……って」
 情けなくて、とても相羽さんの顔を見ていられなくて。
 大きく吐いた息の音を、耳でだけ聞いた。

「……そういうの、さ。言っていいから」
 辛そうな声で。
「俺にぶつけていいから、さあ」
 何度も何度も、頭を撫でながら。
「溜め込まないでくれる?」

 どうしてこの人は、怒らないんだろうって思った。
 だから尚更に、泣けてきて。

「…………お仕事だもの」
「もう、さあ」
 宥めるように、揺らすように。
「……そういうの無理だから」
 だから。
「…………もし」
「ん?」
「あの、仕事ってわかってる、絶対それは間違えないけど」
 それを、承知した上での、わがままだって……判っている。
 だけど。
「もし、そうやって、相羽さんが……お仕事で、口説いてたら」
 ……だけど。
「…………泣くのは、ずるいですか」

 答えまでに、数秒の間があった。
 
「もう、二度とそういうのしないからさあ」
 静かな、声だった。
「仕事だろうとなんだろうと、俺が無理だから」
 くしゃっと、髪の毛をかき回すように撫でる手。

「…………ごめんなさい」

 独占欲とか、嫉妬とか。
 そういうもので、人を縛るものか、と、思っていたのに。

 
 頭の片隅で、ぼんやりと思った。
 まだ、相羽さんごはん食べてないのに。
 テーブルに並べたかな、お箸忘れてないかな。

 ……そう思ったのが、最後だと思う。

          **

 言いたい放題のわがままを、この人は黙って聞いてくれる。
 申し訳無いような、わがまま三昧を。

 やっぱり第三者から見たら、変なんだろうな、と……
 ……時折、思う。


時系列
------
 2005年9月の末くらい。『服装と立場と』の、続きです。

解説
----
 実は相羽先輩が、メイド服好きでした、という話(違います)。
 メイド服を着せたのも、結構陰謀なのだろうか……

************************************************

 てなもんで。
 であであ(脱兎で逃げる)
 


 ---------------------------------------------------------------------
http://kataribe.com/ 語り部総本部(メインサイト)
http://kataribe.com/ML/ メーリングリストの案内
http://www.trpg.net/ML/kataribe-ml/ 自動過去ログ
Log:	http://www.trpg.net/ML/kataribe-ml/29500/29555.html

    

Goto (kataribe-ml ML) HTML Log homepage