[KATARIBE 29552] [HA06N] 小説『 Round And Round 〜文化祭 2005 ・後夜祭』

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Date: Thu, 1 Dec 2005 00:13:13 +0900 (JST)
From: いー・あーる  <furutani@mahoroba.ne.jp>
Subject: [KATARIBE 29552] [HA06N] 小説『 Round And Round 〜文化祭 2005 ・後夜祭』
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2005年12月01日:00時13分12秒
Sub:[HA06N]小説『Round And Round〜文化祭2005・後夜祭』:
From:いー・あーる


ども、いー・あーるです。
結局12月に突入してしまいましたが、しかし!!
しかし!!!
終わったぞ文化祭、メイド喫茶編!(自己満足度現在100%)<それだから文章力が伸びないんだよ

ってなとこで。
会話部分、チャットを有難うございました>ねこやさん。
問題等あったら、宜しくお願いします。

*************************************:
小説『Round And Round〜文化祭2005・後夜祭』
==========================================
登場人物
--------
  関口聡(せきぐち・さとし)
   :周囲安定化能力者。現在片目は常に意思と感情を色として見ている。
  中里嘉穂(なかざと・かほ)
   :姐御肌の同人誌作成者。
  中村蓉子(なかむら・ようこ)
   :SS部所属。秋風秦弥の彼女。関口とは同じクラス。
  蒼雅巧(そうが・たくみ)
   :霊獣使いの家の一員。高校二年生。非常に真面目。
  桃実匠(ももざね・たくみ)
   :桃実一刀流小太刀術の伝承者。ギャップは激しい(?)。

本文
----

 そして翌日、聡は昨日同様に学校に向った。
 風台風の跡は残っているものの、台風一過の空は見事なまでに晴れ上がって
いた。

「関口君、来たんだ」
「うん、もう大丈夫だから」
 
 昨日の危なっかしかった空の様子と打って変わった綺麗な秋空の元、お客の
入りも昨日よりかなり増えている。

「あ、そういえば迷路は」
「あれは流石に壊れたみたいだ」
 先日と反対に、今日は午前が自由時間、午後がメイド役である。それでも結
構忙しいから『もしここでうろうろするくらいヒマなら、手伝う?』との嘉穂
の声に、午後からメイド組はとっとと逃げ出した。
「……やっぱりね」
「昨日の風だからなー」
 そこまで言ったところで階段に到着。午前中に彼女が来るとのことで、嘉穂
(+大勢)の脅しに屈した葛西は、今から校門に迎えに行くと言う。
「何か、作った面々は、昨日遅くまで崩れるのを止めようとしてたみたいだけ
どね」
「それ、大変じゃなかったのかな」
「まあ、へたばった人は居ても怪我人は居なかったらしいよ」
 迷路を作成したうちの一員である巧と聡が親しいことは、よく知られている
(というかある意味知れ渡っている)。腐女子的妄想はともかく、そこらの心
配は無用だ……と、葛西としては口にした積りだったのだが。

「……関口?」
「あ?……うん」

 話し掛けた先の相手は、とんとん、と小さく片足で跳ねている。丁度右の耳
に入った水を、払うような仕草だった。

「水でも入った?」
「あ……、いや、うん」
 言葉はあやふやだったが、その表情は穏やかで、確かに『大したことは無い
のだ』と思わせるものだった。
「なんかこっちの耳がかゆくて」
「虫とか入ってないか?」
「違う違う」

 大丈夫、情報ありがとう、と、聡は笑った。

「それより、ごめん、彼女待たせちゃうよ」
「……お前、わざわざクラスに来るとか暇なことしないよな?」
「うん。せいぜい廊下から覗くくらいにしとく」
「…………やめれ」

 憮然とした相手を、笑い顔で見送って。
 そして……聡は、小さく息を吐いた。


 右の耳は、殆ど聞こえない。
 否、時折、きんと響く音を捉えることは、ある。その音の為に、聞こえてい
る筈の左耳の音さえ、はっきり聞こえないことが多い。
 今朝の目覚ましの音を聞いた時から、異常は明らかだった。

(かあさん、おねえさんに連絡とってもらって良いかな)
(昨日の懸念があたりました、って)

 母親は、顔をどこかひきつらせながらも、わかったわ、と言って笑った。


 幾つもの出し物。幾つもの『店』。
「そっち何が良かった?」
「2年の3組、面白かったぞ。時間的にも楽だし」

 かけられる言葉を、少し足を止めるようにして聞く。気をつけないと、言葉
が耳に留まらない。

「行ってみるよ、ありがとう」
「時間厳守な」
「うん」



 音がする。
 ごうごうと、風の音が右の耳から離れない。

 

「関ちゃん遅刻っ!」
「まだ五分ある!」
「五分で着替えられるかー?!」

 怒鳴られるほうが、かえって判り易い。

「関口君、多分そのヘッドドレス、逆になってる」
「え」
「ちょっと来て。付け直したげるから」

 くるっと向きを変えられて、ヘッドドレスを付け直される。

「あ、中村さん」
「はい?」
「ちょっと今日、耳の調子がおかしくて、聞こえ難いんだ」
「え?」
 メイドの面々の中で、一番服装チェック等でお世話になっている相手に告げ
ておく。実際問題、注文がきっちり聞き取れなかったら困るのだ。
「だから、もし、僕がぽけっとしてたら……気がついた時にでも頭叩いてくれ
ないかな」
「……叩かないけど、声はかけるね」
「叩いて貰ったほうがわかると思う。声聞こえないと困るから」
「あ、そっか」

 ぱたぱたと狭い通路の間を翻ってゆく、白いエプロンと黒いスカート。
 
「あ、関口くーん、写真撮らせて、写真っ」
「……へ?」
「巧君引きずってきたから!……いいかな、責任者の人」
「あ、どーぞどーぞ、但し廊下で、んで撮影の後は」
「お昼ご馳走になるわー」
「商談成立!」

 完全に当事者の意見を無視しての会話だったりするあたり、それ人身売買じゃ
ないかー……とは、何も巧と聡だけの意見ではないのだが。


 だんだんと、窓から差し込む陽光の角度が深くなり。
 あちこち見学に行っていた面子も、最後くらいはと自分のクラスに集まって
きて。
 お客のほうも、時計を見ながら注文したものを食べていたり。

「オーダーストップ何時?」
「あ、一応、時間一杯まで大丈夫ですから。そんな焦らないで下さい」

 裏方は残った料理を勘定し始める。
 
「ねえ、歩。紅茶で乾杯くらいいいよね?」
「うん、お茶っぱは余ってるから大丈夫……アイスティ用意?」
「お願い」

 耳元で、ちらちらと音が踊る。
 時折、どうやら彼等の心の声を聞いているらしいのだが、また同時に時折、
全く異なる音も飛び込んでくる。

 狭間の時だ、と、聡はふと思う。
 メアリーポピンズ。あの話の中の……そう、一年の最後と最初の間、時計の
鐘が12回鳴る間の、あの『狭間の時』。
 普通の高校生活の中の、特別の時。
 二日間、その最後が近づくにつれ、皆、時の流れに沿うように一緒に走り出
しているように見える。

 走る。
 走って。
 最後の最後まで、時間が尽きるまで。


 ……そして。

 教室の壁のスピーカーがぷつっと音を立てて。

「只今をもちまして、本年度の文化祭を終了します」

 注文を待っているお客も、慌てて料理を取りに行くメイドも、一瞬動きを止
める。
 ハレの時。特別の空間。
 その、終了。

            **

 教室一つとガスコンロ一つ。
 きっちりと片付けて。

「だー、そこ、卵サンドだけ狙って食べない!」
「てか男子、サンドイッチには限りがあるんだからね、そんなに一人で食べな
いでよ!」

 残った料理やら材料やらを、胃の腑の中に片付けて。

「急ごうよ、時間無いし」

 自由参加の後夜祭なのだが、それなり結構皆相手を見つけてくるらしい。そ
れが見栄の一種であっても、それはそれで良いのかもしれないと思う。
 それぞれ片付けた順に、どんどん席を立ってゆく。

「じゃ、お先に」
「お疲れ様」
 蓉子が席を立って、教室を出てゆく。
「彼氏いるもんね、彼女」
「SS部の部長さんだっけ」

 さわさわ、と、流れるような会話。
 付き合っているかどうか、それがあやふやなうちは話題になるだろうけれど
も、公認になると、噂もある程度は下火になるし、話題にもならなくなる。
 いつのまにかクラスの殆どが、席を外している。

「さて、帰ろっかな」
「中山さんは、後夜祭は」
「面白いからちょっと見るかもしれないけど、後は帰る。関口君は?」
「僕は帰るよ」

 へえ、と、嘉穂が目を上げる。

「蒼雅先輩はどうするの?」
「……あれだけ特訓の相手させておいて、彼女を誘えなかったら、ちょっと問
題だと思う」

 ふむ、と、嘉穂は首を傾げた。

「確認しといたら?」
「……見て帰るのも手だね」

 気がつくと、右の耳をとんとんと叩きそうになる。それをこらえながら聡は
笑った。

            **

 運動場の真ん中、キャンプファイアを中心に、既に円が出来ている。

「うーん。ヌシやんを誘うとネタ的には美味しいねんけどなぁ」
 運動場を遠くから眺めながら、桃実匠はひょいと肩をすくめる。
「ネタより実質ですよ」
 近くの階段に座り込んでいた聡が、笑って応じた。
「あー、でもひかりちゃんも誘ったらんとスネるやろうし」
「……誘ってきたらいいじゃないですか」
「剣道部の美弥ちゃんからも誘われとるし」
 男子達のかなりから、やっかまれそうな台詞を、匠はけろりと言い放つ。
「それは、よりどりみどりだ」
 
 片耳を抑えて、聡は笑う。
 少し疲れたような笑い顔だった。

「んー、友達が調子悪いのにおちおちフォークダンス踊ってられるほど薄情も
んでもないしなぁ」
「……これは、仕方が無いから……」
 だから、行って来たらどうですか、と、言う前に。
「そりゃ、カノジョでもおったら別やけど」
 にやっと笑って、匠が言う。
「彼女を、早く作ったらいいですよ」
 妙に真面目に、聡が応じる。
「まぁ、そんなん言うても今んトコおらんさみちい現状には変化ないしなぁ」
 それだけ相手が居るならいいじゃないか、と、聡は苦笑した。

「……巧先輩は、ちゃんと彼女さんを誘えたかな」
「そりゃ、誘うたやろ。あんだけ焚き付けられて誘えんかったら、どんだけ甲
斐性ナシやっちゅー話になるやんか」
「それなら、良かった」
 ほっとしたように、聡は少し肩の力を抜く。

「……あ、そうだ」
「しかし、輪の外っから見る祭りっちゅうのもえぇもんやな──ん?」
 呟くような声に、匠は振り返る。視線の先で聡は笑った。

「多分、明日から、僕はしばらく学校を休みます」
 階段、背中の途中までの壁に、それでも少しよっかかるようにしながら、聡
は笑って言う。
「そりゃ重症やなぁ。しばらく健康料理でも届けたろうか?」
 料理の達人との噂の高い相手の申し出に、笑ったまま聡は首を横に振った。
「死んだ爺ちゃんもビックリして生き返るくらい強烈なヤツ」
 やはり笑って……そして黙ったまま、聡はやはり首を横に振った。

「……桃実君」
「んー?」
 ひょい、と、声を発するまでに、それでも数分の間があった。
「僕は、ここにいますか?」
「おるおる」
 言うなり大きく身体を傾け、ひょいっと聡を抱き上げる。流石に一瞬、気を
呑まれた格好で黙って抱き上げらられた聡に、にっかりと笑って。
「こーやってお姫様抱っこできるくらい、こっち側におるぞ?」
「…………証明、ありがとう」
 こういう場合に慌てるだけ莫迦を見る。苦笑してそう応じた相手に、匠は妙
に生真面目な顔になった。
「──でも、ちょっと軽すぎやなぁ。もうちょっと食わな。ちょっと体重に悩
みのある女子どもに呪い殺されるぞ?」
 そう言われてもなあ、と、聡は苦笑した。

「元気になったら、全部があっちに行くかもしれない」
「そんなにあっちに行きたいんか?」

 ぽん、と、手を離して聡を下ろしながら、やはりどこか生真面目に匠が尋ね
る。苦笑しながら聡は、右の耳を抑えた。

「行きたいわけじゃ、ない……んだけど」
「それなら、そんなん弱気なこと言わんこっちゃ」
「でも実際、右耳が、昨日から向こうに行きっぱなしで」
 耳を引っ張ってみせる。
 
 左目が常に、普通と異なるものを見ている。
 今度は右の耳が、やはり異なる世界を知覚している。
 どんどんと、異界へと侵食されている。
 否。

 ……それでも、と、匠は言い募る。
「知り合いのリーマンが言うとったけど『言葉にして言う』っちゅうのは、存
外に強いもんやぞ?」
「……そう、ですけどね」
「どーせ言うなら、もっと強気になり」
 ぽんぽん、と頭を軽く叩くように撫でるのに、聡はにこっと笑った。

「でも、わからない」
 けれども、笑ったままの口から出てくる言葉は、不相応に物騒である。すら
りと放った言葉を後に、ひょい、と跳ねるようにして匠から数歩離れる。
「僕はどちらに属するのか」
 にこにこ、と、それだけは微塵も変わらない笑顔に向って、匠はやれやれと
肩をすくめて見せた。
「さっき証明したやんか。お姫様抱っこの分だけ、ヌシやんはこっちっかたや」
「……今はね」
 ひょい、と、今度は聡が肩をすくめる。
「これかからもこっちに居たいんやったら『今はね』とか言わんこっちゃ」
 きっぱりと言ったところで、匠の表情が変わる。嘆かわしげな……つまりが
とこ妙に芝居がかった表情になって、言葉を継ぐ。
「──って、そんなかわさんでもえぇやんか。そんなにお姫様抱っこ厭か?」
「……桃実君は、お姫様抱っこされたい人ですか?」
「んー。やっぱ、されるよりはしたいなぁ」
 おいおい、ってな返事である。
「っちゅーか、見たいか? 俺がそんなんされとるトコ」
「……興味ある図だろうとは思います」
 くつくつ笑う聡を、じろっと匠が見やる。
「ヌシやんはえぇねん。抱っこされても似合うタイプやから。俺なんか、そん
なんされたら間違いなくホモ雑誌の表紙やぞ?」
「……そういう似合い方なのか」
 ぽん、と、手を打つ。同時にどこかわざとらしいほどに『納得』となった相
手に、にやりと笑うと匠は言葉を放つ。

「そうそう。喫茶店のメイド服以来、男子にもファンが増えとるねんぞ、ヌシ
やんは」
「……げ」

 実際問題、デジカメで撮った写真を見て来たらしいお客(男子)に、『うわ
まじに男かよ』とか『ちょっと声出してみてくれる』とかやられた身としては、
かなり洒落にならない話である。
 流石にげっと身を引いた聡を見て……それでも匠は、そこでふと表情を引き
締めた。
「やからな──向こうっかたに引かれるな。みんな、ヌシやんのコト愛しとん
のやから」
 ふと、聡は笑った。
 笑ったまま……口を噤んだ。
 そのまま、かすかに目を細めて、後夜祭の円のほうを見やる。
 既にそこに加わることを、考えても居ない者の表情で。

「ほら、座っとれ。体調、よくないのに無理しとったらあかん」
「……ってか、巧先輩が無事に踊れてるのを確認したら、それで帰ろうと思っ
てますから」
「なんや、そーゆーことなら早よ言い」
 言うなりひょい、と身をかがめる。完全に隙をつく格好で、またもやお姫様
抱っこの格好で抱え上げられて……流石に聡が憮然とした。
「……何ですか一体」
 返事は、実に端的かつ明るいものであった。
「連れたったる」
「はあ?」
「こんなところから覗いとっても埒あかんやんか近くに行った方が早いっちゅー
こっちゃ」
 言いながらものしのし、と、匠は歩いてゆく。その肩に手をかけて、ひょい、
と飛び降りようとした聡を、またとっ捕まえて、肩に乗せる。成程、料理部の
みならず、剣道部でも有名人と化しているだけの運動能力である(いや、有名
なのはそのせいかどうかは別として)。

 輪に近づく。と同時に、聡は右耳を抑えた。
 きいぃん、と、耳から脳髄に突き刺さるような……丁度マイクがハウリング
を起こしているような音が、左の耳からの音を圧して響く。
 く、と、聡は耳を抑える。
 恐らく何らかの訓練でこの耳も使えるようになるだろうとは、思う。しかし
どうやらそれには時間が掛かりそうである。
 とにかく、今は。

「……ってか……ちょっと、勘弁です」
 匠が思わず足を止める。そのくらいには切羽詰った声だった。
「耳に、辛い」
「──あー、あー、そーか。そーやったなぁ。しゃーない」
 それでも、残念そうな言葉の割に、あっさりと匠は向きを変えた。

「……あ、でも、秋芳君だ」
 抱き上げたまま、何が面白いのか匠は聡を降ろさない。その肩越しに少し背
を伸ばすようにして、聡は円の頭上を見やる。
 高く飛ぶ、金茶の鷹。
「ってことは……あとは先輩がステップを間違えなければっ」
「まー、その辺は時の運やろうなぁ」
 くつくつ、と、笑いながら匠が応じる。

「……なら、良かった」

 ほっと、聡は息を吐く。
 とりあえず、放課後に特訓した甲斐はあったことになるし、また。
(少しは御恩返しが、できたことになるかな)

 片目が、そして片耳が異界へと落ち。
 夢が実現するならば、そのうち片手も向こうに転がるかもしれず。
 ……けれども、多少なりと、恩返しが出来たなら。

 それは、それで。

 
「んじゃ、帰るか?」
「……うん」

 ひょい、と、地面に降ろされる。
 
「先輩に……当分休みますって、伝えて下さい」
「ん、伝えとく」
 音楽に合わせて動く人々、そしてやはりそこで、互いに何かを話しているの
だろう、ざわざわとした喧騒。

「ほなら送ってくわ」
「ああ、いい、大丈夫だから」
 ぱたぱたと聡は、手を振って笑う。
「桃実君は、しっかり誰か、彼女と一緒に踊ってきたらいいよ」
「アホ。俺一人残ったら、振られまくったさみちい男になるやんか」
 何を言ってる、と、聡は笑った。
「誘ってくれる人も居るだろうし、誘ってくれるのを待ってる人もいるって、
さっき言ってたのに」
「──んー」

 言いながら、匠の視線がダンスの円のほうに向う。
 つられるように、聡もそちらを見やり……そしてくすりと笑う。
 視線の先に、何度か見たことのある女子生徒の姿がある。

 彼女から視線を聡へと戻して、匠が苦笑した。

「あの通り、ひかりちゃんはお兄ちゃんが心配で踊りどころやないしなぁ」
「……心配というより、羨ましいんじゃないかな」

 左の目は、彼女の感情を見る。きらきらと光る淡く細い銀の色、そしてそれ
に沿うように流れる、これは幅の広い、くすんだ暗緑色。
 安堵と……しかし、深いところにある嫉妬。
(お兄さんに……いや、お兄さんの相手に、か)
 
 見た内容については微塵も表に出さず、聡はまたにこにこと笑って、匠を見
上げた。
「ほら、玉砕しても誘ってあげないと」
「そりゃ心強い応援やな」
 玉砕前提で行け、とはまたひどい言い草……なのだが、匠はそれでも苦笑し
て頷く。
(つまり……桃実君も、知っている、わけか)

 ひかり嬢の……視線の先の二人のことを。

「まー、そこまで言うんなら誘ってくるわ」
「幸運を祈る」

 ひょい、と、挨拶代わりに片手を上げる。その向こうで彼女はふぁ、と、小
さく欠伸をした。

「ヌシやんに袖にされたから踊ってや、って」
 ひらひらと、背中越しに手を振るのを、苦笑して見送る。そのまま帰ろう、
と、踵を返そうとしたときに。

(まー、可愛い顔して意地っぱりっちゅーか頑固っちゅーか)

 苦笑混じりの声が、唐突に。
 丁度、波長のぴたっと合ったラジオのように。
 ほんの、一瞬。

「おーい、ひかりちゃん。そんなトコロでぼーっとしとらんと、踊らなっ」
 目を見開いた聡の視線の先で、匠はひかりに駆け寄った。そのまま反論の隙
を与えず手を引く。
「え?……って、うわわわわっ!」
「ほらほら、右、左、右、左──おー、兄ちゃんより上手いやんか」
「兄さんと一緒にしないでください……それよりも、なんでわたしが……」
「ほら、文句言わんと。楽しまな損やんか」
「……わかりました……私の負けです」

 結構よく通る二人の声。
 くつくつ笑いながら、聡は二人を見た。何だかんだ言いつつ、ひかりが踊り
出したのを確認する。
(あ、大丈夫か)

 右の耳を抑える。
 左の目を閉じる。

 そしてそのまま、踊り続ける……廻り続ける輪を確認する。

 くるくると、楽しげな。
 しかし……閉じた右の耳と左の目に映る世界ほどにも、現実感の無い風景を。


「…………さて、行こうかな」
 ふ、と、頬から笑いの陰が消える。
 既に連絡は行っている。今日から暫く、自分は家には戻らない。

 奇妙な。
 現実からの違和感。

 音。
 古いラジオの、つまみを廻しながら、綺麗な音を探すような。

 ……そこまでせねば、自分とこの世界の剥離する度合いは増すばかりなのだ。
(それが必要なんだろかね)


 たん、と、運動靴が地面を蹴り付ける。
 そのまま、聡は走ってゆく。


 2005年、文化祭。
 校門に残る……その、跡に。


 くつ、と、聡は口元だけで笑った。
 

時系列
------
 2005年文化祭、最終日から後夜祭にかけて。

解説
----
 文化祭、メイド喫茶編の終了です。
 ここから、暫く聡は学校を休学の形になります。
 台風の詳細については……まあ、一般生徒の聡には、それ以上のことを
知ることも出来ないだろうし……必要もなかったということで。
******************************************

 てなもんです。
 ではでは。
 


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