[KATARIBE 29547] [HA06N] 小説『守るもの守られる者』

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Date: Wed, 30 Nov 2005 00:25:25 +0900 (JST)
From: 久志  <furutani@mahoroba.ne.jp>
Subject: [KATARIBE 29547] [HA06N] 小説『守るもの守られる者』
To: kataribe-ml@trpg.net
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Web:	http://kataribe.com/HA/06/N/
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2005年11月30日:00時25分25秒
Sub:[HA06N]小説『守るもの守られる者』:
From:久志


 久志です。
史兄の公安云々のお話続き。ええ加減にきっちりしときたい。

-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-= 
小説『守るもの守られる者』
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登場キャラクター 
---------------- 
 本宮史久(もとみや・ふみひさ)
     :吹利県警刑事部巡査。屈強なのほほんお兄さん。
     :http://kataribe.com/HA/06/C/0263/
 卜部奈々(うらべ・なな)
     :吹利県警刑事部課長補佐。史久の奥さん。
     :http://kataribe.com/HA/06/C/0486/
 シュバルツ
     :ひょんなことから史兄家で飼われている黒犬、でかい。

帰宅して
--------

「お帰りなさい、史さん」
「ただいまです、奈々さん」

 先に県警を出たはずなのに随分遅くなった時間に帰宅した僕を、奈々さんは
何事もなかったかのように笑顔で出迎えてくれた。小さな奈々さんの隣で大き
な体をぴったり寄り添うように、シュバルツが尻尾をぱたぱた振りながら喉を
鳴らして出迎えている。

「遅くなってすみません……」
「お疲れ様です。お夕飯の準備できてますから、待っててくださいね」
「ああ、そんなに慌てないでくださいよ」
「あ、はい」
 黄色いエプロンの裾を翻して、ぱたぱたといつものように小走りで台所に向
かおうとした奈々さんが、一瞬ぴたりと止まって、ゆっくりと歩き出す。
「ごめんなさい、つい」
「気をつけてくださいね」
「……はい」

 黄色いエプロンの内側、更にその内側。

 正直、ちょっと早いかな、とは思ったけど。
 でも、丁度良いといえばそうなのかもしれない。

 奈々さんの背中を見送りながら小さく笑って、靴を脱いでネクタイを緩める。
「ただいま、シュバルツ」
 おん、と一声鳴いて大きな鼻をすんすんと鳴らしながら擦り寄るシュバルツ
の頭をそっと撫でる。

 正直、まだ自分自身に自覚というものが湧いていないけれど。
 僕が男だからなのかもしれないけど、そういうものなのだろうか?
 でもこれからどんどん目立ってきたら、きっと変わるんじゃないかと思う。


 黄色いエプロンの内側、更にその内側。

『史さん』
 あの日は九月はじめ、まだ少し残暑の残る夜だった。
 夕飯を終えて一息ついた後。ふとぴんと背筋を伸ばして、改まった顔で奈々
さんが僕の顔を真っ直ぐに見つめて口を開いた。
『どうしたんですか、奈々さん?』
『史さん……あの、驚かないでくださいね』
 そっと両手で僕の手をとって、黄色いエプロンに包まれたお腹に当てて。

『……あの、実は……ここに、もう一人の史さんがいるんですよ』

 晴天の霹靂というのは、こういう時に使う言葉なんだろうな、と。
 今になって思う。

 黄色いエプロンの内側、更にその内側。
 奈々さんのお腹の中に……僕の子供がいる。


 食卓の上には、揚げだし豆腐と蓮根のきんぴら、鶏の竜田揚げとワカメとシ
メジのお味噌汁が並んでいる。向かいの席、奈々さんが両手をテーブルにのせ
てエプロン姿のまま僕を眺めてる。

 奈々さん、知ってるんだろうなあ。
 箸をうごかしながら、異動の話が脳裏をよぎる。
 無論、上司であり妻でもある奈々さんがこの事を知るのは当然の権利だと思
うし、彼女の意見は僕にとっても大切なことだ。
 生きる為に生活して、生活の為に働く。
 僕の人生において何よりも大切なのは奈々さんで、守らなければいけないの
は奈々さんとこれから過ごしていく時間で。

 奈々さんはどう思うだろう。

 そうでなくても、今まで奈々さんには散々心配をかけ倒している。刑事での
仕事然り、それ以上に零課での仕事は奈々さんにも話すことができない内容が
山のようにあって、命の危険を感じた時だって何度となくある。それより更に
裏の顔になる公安の職務につくとなったら、奈々さんはどう思うか。
 そうでなくても、夜も遅くに仕事から帰って。お帰りなさいといつもと変わ
らない笑顔を浮かべながら、目元に微かに泣いた痕跡を見つけたのは一度や二
度じゃない。

「史さん」
「はい?」
 気づいたら、箸を持ったまま止まっていた。
「おかわりいります?」
「……あ、はい」
 すいっと空のお茶碗を持ち上げる手。

 小さな奈々さんの背中を見ながら、テーブルの下で鼻を鳴らして足にまつわ
りついてくるシュバルツの頭をそっと撫でる。
「……どうしたいのかな、僕は?」
 おん、と。尻尾を振りながら答えるシュバルツにそっと微笑む。

「答え、出さなきゃね」


守るもの
--------

 テーブルに置かれた湯呑みを手にして、熱いお茶をひと口飲んで、向かいに
座った奈々さんの顔を見る。

「奈々さん」
「はい」
 答えて小さく首を傾げる。奇麗にそろえられた髪が肩にかかった。
「もう知っていることかもしれませんが、お話があります」
「……はい、史さん」

 知ってるだろうとはいえ、きちんと伝えないといけない。
 公安への誘いと、僕自身の迷いと野心とを。

 淡々と告げる僕の言葉を、小さな口を引き結んだまま、じっと僕の目を見な
がら聞いている。その心の奥で奈々さんがこの事をどう思っているか、じっと
見つめる表情からは咄嗟には読めない。

「正直なところ、まだ決断を下すのに迷っています」
 空になった湯呑みをテーブルに置く音が、妙に大きく響く。

「史さん」
「はい」
「今度の講習のこと、知ってますか?」
「え……」
 講習って、確か……あ。
「刑事講習、ですか」
「ええ、弟さんも受けられてますよね」
 ここ毎日、奈々さんや教育担当の人があれこれと資料や教育について何度も
話し合っていたのを良く見かける。僕自身、奈々さんのまとめた資料の添削を
手伝って読み上げたこともある。

「……史さん」
「はい」
「あなたは……とっても強い人だから。その手で守れる人を全て守ろうとして、
可能にしてしまえるだけの強さを持っている人だから……」
「え?」
「でも、それじゃあいけないと思うんです。職務でも史さんや相羽巡査ばかり
に偏ってしまってはいけないんです。だから少しでも捜査員達の質を上げるこ
とは、結果的に史さん達を守ることになると思ってます」
「……奈々さん」
 丁寧に書かれた文の中にまとめられた心得と実践的な内容がキッチリと書か
れた資料を思い出す。
「上司ですもの、部下を守るのは当たり前ですよ?」
 くすっと笑って椅子から立ち上がる、そのまま座ったままの僕の隣で両手を
広げた。
「私は、史さんのように体を張って守ることはできないけれど……」
 奈々さんの腕がふわりと包むように首に回される。
「でも、私の立場で自分のできる事やり方で、あなたを守ります」
「……奈々さん」
 頬に触れる奇麗にそろった柔らかい髪、首に回された細い腕、でも奈々さん
の精一杯の力がこもっていて。
「だから、史さんが何を思ってどの道を選んでも、私は変わりませんからね」
「ありがとうございます……奈々さん」
 僕の頭を胸に抱きしめたまま、細い指が髪をすくように何度も撫でる。その
度に胸の奥から、じわりと暖かいものが湧き上がってくる。
「それに」
「はい?」
 こほん、と小さく咳払いする。
「私の史さんは、一人しかいないんですよ?」
「奈々さん……」
「史さんみたいに大勢は守れないですけど、あなただけは絶対に私が守ります」
 ゆっくりと奈々さんの背中に手を回す。このちょっとでも力を込めたら折れ
てしまいそうな小さな体の中にもう一人の僕がいて、僕を守ってくれると言っ
てくれる彼女が何よりいとおしかった。
「ありがとう、奈々さん」
「はい」
 あなただけですよ、奈々さん。僕のことを守ってくれると言ってくれた人は。
「嬉しいんですよ」
「え?」
「守ってもらってるってことが、すごく」
 ちょっと驚いたように笑って、頭を撫でる。
「絶対に、守りますよ。史さん」
 ずっと迷っていたもの、悩んでいたものが、するする解けていくように自分
の中で洗われてゆくのがわかった。
「……ありがとう、奈々さん」

時系列 
------ 
 2005年9月下旬。小説『微かな野心』の後。
解説 
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 お腹の中にいる子供と、これからのことと、今の仕事と。
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以上。

 次で終わらせてやるー
書くものがいっぱいたまってるーー


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