[KATARIBE 29540] [HA06N] 小説『台風顕現』

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Date: Sat, 26 Nov 2005 01:21:23 +0900 (JST)
From: いー・あーる  <furutani@mahoroba.ne.jp>
Subject: [KATARIBE 29540] [HA06N] 小説『台風顕現』
To: kataribe-ml@trpg.net
Message-Id: <200511251621.BAA71401@www.mahoroba.ne.jp>
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2005年11月26日:01時21分23秒
Sub:[HA06N]小説『台風顕現』:
From:いー・あーる


ども、いー・あーるです。
最後まで書かねばっ(ぐっ)な、文化祭話(まだ九月だよおい)です。
聡のばーじょんは、次で終わります。
というわけで、これはえぴそど形式ではなく、小説形式で。

****************************************
小説『台風顕現』
===============
登場人物
--------
 関口聡(せきぐち・さとし)
   :周囲安定化能力者。現在片目は常に意思と感情を色として見ている。 

本文
----

 文化祭の一日目は、予定よりも一時間早く終わった。


「……関口君、明日大丈夫?」
「うん、大丈夫だと思う」
「無理はしないでよ?」
「うん、無理だったら、ちゃんと連絡入れるから」

 わざわざ廊下の端まで見送りにきてくれた中里嘉穂に、聡は笑って答える。

「まあ、来なかったら倒れてるって思っとくから、無理に電話とかせんでいい
からね?」
「うん」

 生返事をしながら、聡は目を細める。
 左の目に、鋭いまでに映る、嘉穂の色。
 鏃のように尖った群青の三角。鋼の色の細い線。
 後悔。無理をさせたのではないか、という。

 ……それは、違う。

「ってか、ほんとに無理してないから」
「なら……いいんだけど」
「メイド服のせいで倒れるなら、もっと前に倒れてるよ」
 ばたーんと、と、手まねを交えて言うと、嘉穂は少し安心したように笑った。
「そーかもねー」
「だから、中里さん、そんな気にしないで大丈夫だから」

 女装という行為の負担と、自分にまつわる噂だのなんだのの負担。その両方
に多分彼女は関わっていて……故に余計に気にするのだろう。
 ただ、それは、違う。
 間違っているから。

「片付け手伝わないで、ごめんね」
「そっちはだいじょぶ。早く休んでね」

 巧は大風にあおられている迷路の保護の為に、慌てて戻っていった。
 故にある意味……自分が何をしようが、あまり問題は、ない。

 校門を出て、1ブロック。道の外れにある、公衆電話のボックスに入って。
 すっかり記憶した、番号を押す。

 ころころ、と呼び出し音。そして抑揚の無い『ただいま留守にしております』
の声。

「……おねえさん。うちに居るんで連絡下さい」
 次の言葉を選んで、少し考えて。
「今日の台風は……どう考えても、変です」

 閉めた筈の硝子の扉から、外を見る。
 足元の僅かの隙間から吹き込む風が、奇態な音を奏でる。

「おねえさんは、そう思いませんか」

 言い終わって、また考えて。

「……連絡、下さい」

 それだけ言って、受話器を置く。
 黄緑のコードの色がぬらぬらと目を引いた。
 
         **

 返事が来たのは、夕食の後。

『大丈夫?』
「……きつい、です」
『でしょうね』

 ごうごうと、電話の横の小窓の外から風の音が響く。
 開いた扉の向こうのテレビのニュースは、『今回の台風は風台風』と、白い
浮き出し文字で告げる。

「おねえさんも、わかりますか」
『……仕事帰りの道、ずっと首筋がそそけだってたわ』
 苦笑交じりの声に、聡は少し安堵する。

 自分がまだ幼い時から、この人は自分の前を歩いてくれていた。
 異能。それも自身ですら捉え難いこの能力を、説明し、理論付けてくれた電
話の向こうの人は、それでも時折笑う。自分の力はそれほど強くなく、多分聡
のほうが苦労することだろう、と。
 それでも、彼女は聡の知る、唯一の仲間であり、同類である。
 その彼女と、電話線一本でも繋がっていることは、やはり心強かった。

『で……台風のせいだと思うの?』
「せい、というか」
 電話を握ったまま、少し考えて。
「風の具合が」
『……そうね』

 受話器の向こうからも、風の音が届く。
 多分彼女のほうにも、この音は届いているに相違無い。

『そちらでは、何かあったの?』
「何だか……あっちの世界に消えそうです」

 片目が、現世を映していないということを、既に彼女には告げている。
 そして、それに関わるだろう夢についても。

『どっちが?耳?腕?』
「……全身あっちにいくかって思った」

 思い出すだけで、歯の根が合わなくなる。
 声からその恐怖の幾割かを読み取ったらしく、相手は数瞬の間、沈黙した。

「……おねえさん、どうしたらいいですか」

 口に出しながら、それでもどこかで聡は諦めていた。
 無理だ。不可能だ。どうせこのまま自分は。

 自分は。

『……どちらを、捨てる?』
「え?」

 耳元の声は、聡の意表を突くものだった。

『耳と手。どっちを捨てる?』
「…………耳、かな」
『じゃ、そう宣言しておきなさい』

 耳元の声が、風の音に乗って耳に届く。

『ごめん。あたしには、全面無事に戻る方法は、わからない』
 それでもりんとした声で。
『それでも、おそらく……片耳を渡す、と言えば、それ以上のことは無いと思
う。そこで異変は満足すると思う』
 言葉を切って……そして耳元で、微かな笑い声が聞こえた。

『耳無し芳一方式よ』
「……あ」

 聞いた聡も、少しだけ笑う。
 両耳を犠牲にして、それでも自身が怨霊に引き込まれることのなかった……


『一度喪っても、その耳はきっと取り戻せる。だから耳だけを差し出す、とし
ときなさい。あんた本人がこちらに残るように』
「……うん」

 犠牲が無いわけではない。
 でも……犠牲を先に示してくれているからこそ、聡にとっては安堵できる話
であった。

「でも、目なら慣れてたけど」
『耳があっちゆくのは、確かにきつそうね』

 耳元の声が、先回りする。

『もし……全部終わって大変だったら言いなさい。こちらから聡のお母さんに
連絡する。しばらくこちらに居ても良いし』
「そういうの、ありかな」
『ストレスによる一時休学ってやつよ』

 電話の向こうとこちらで、同時に笑い声がおこる。
 笑い声はごうごうと鳴る風に乗って、互いの耳元に届く。

『……大丈夫?』
「うん」
『じゃ……今日は早めに寝たほうがいいわ』

 受話器の向こうの声が、風の音を圧倒するように、はっきりとした笑いを含
んで。

『片耳になっても、メイドさんやるんでしょ?』
「…………おねえさんっ?!」

 どっから聞いた、と、言いかけた聡の機先を制して。

『それくらいの情報は、こっちにもわかるものよ』
「……って」
『明日、そっちの文化祭行こうか?』
「絶対、禁止!」

 あはは、と、透る笑い声が耳元で響いた。
 
『じゃ……無理はしないで』
「はい」
『何か会ったら……いえ、無くても明日は連絡頂戴』
「はい」
『じゃ……おやすみ』
「おねえさんも、お休みなさい」

 受話器の向こうの音が、ぷつんと切れた。
 そして同時に、風の音が。

「…………っ」

 暗い廊下の、向こうにはテレビのある居間。そして反対には。

(…………うあっ……っ)

 漆黒の中に、風の軌跡だけが幾筋も流れている。それが聡の片目に、ひどく
禍々しい文様を描いて見えた。

(なんだ……これ)
(一体…………)

 ごう、と、風がひときわ高く吹き、廊下全体を揺するように思えた。
 丁度昼間通った、あの迷路の中のように…………


「……聡、電話終わった?」

 母親の声が、居間から届いた。


時系列
------
 2005年9月。文化祭一日目の夜。

解説
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 エピソード『無音壊音』の続きです。
 一瞬の風景です。

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 てなもんです。
 であであ。
 


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