[KATARIBE 29537] [HA06N] 小説『一通の手紙』 ( 後編)

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Date: Thu, 24 Nov 2005 00:47:20 +0900 (JST)
From: 久志  <furutani@mahoroba.ne.jp>
Subject: [KATARIBE 29537] [HA06N] 小説『一通の手紙』 ( 後編)
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2005年11月24日:00時47分20秒
Sub:[HA06N] 小説『一通の手紙』 (後編):
From:久志


 久志です。
一通の手紙、続きます。

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小説『一通の手紙』(後編)
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登場キャラクター 
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 本宮和久(もとみや・かずひさ)
     :吹利県生活安全課巡査。生真面目さん。あだ名は豆柴。
 持田加世(もちだ・かよ)
     :和久の東京時代の知り合い。かつて和久に告白してフラれた。

河原にて
--------

 駅前から商店街を抜けて、物心ついた頃から歩きなれた道を歩く。
 幼稚園の頃から同じだったフラナといつも一緒で、帰りにはランドセル姿の
史兄が迎えに来てくれてた。
 住宅街から少し離れて視界がひらける、ゆったりと流れる河と一面の草の海。
 ここでよく幸兄と一緒にザリガニ釣りや魚とりして遊んでたっけ。中学にあ
がってからは、フラナを通じて知り合った佐古田と三人一緒にここでギターを
弾いたり語らったり――あの頃の佐古田はもっと頑なで、フラナ以外の誰にも
心を開かなくて、どうやったら仲良くなれるのか悩んだりしたっけ。

 足をとめて草原を眺めながら、昔のことばかり思い出してる自分がおかしく
なる。

「変わってないようで、変わったね」

 さく、と。靴の裏から踏みしめた草の感触を感じる。
 時計にちらりと目をやる、持田さんとの待ち合わせの時間にはまだ少し早い。
 頬を撫でる冷たい風に吐き出した白い息が流されていく。

「本宮くん!」
「え?」

 振り向いた先、白いコートにマフラー姿の彼女が駆け寄ってきた。

「持田さん……」
「本宮くん、もう来てたんだ」

 久しぶりに見る彼女は一年前のあの頃と変わらぬ雰囲気で、唯一少し伸びた
髪がマフラーの上に覆っている。
 ここにくる途中、彼女に会ったらなんて声をかけようかあれこれと考えてい
たけど、実際会ってみると考えていた言葉は何一つ出てこない。

「持田さんこそ、早かったね」
「うん、なんだか懐かしくて、ちょっと早めにきて歩き回ってたんだ」
「……お母さんの実家だっけ、この近くなの?」
「こっから商店街を反対に抜けて駅の向こうなんだけどね、でも小さい頃はイ
トコ達と良くこの河原に来て遊んでたんだよ」
「そうなんだ、俺の実家もこの近くだから……なんか案外近くにいたんだね」
「ふふ、ひょっとしたら昔ここらですれ違ってたのかもしれないね」
「…………」

 すれ違い、行き違い。
 どうして彼女を好きになれなかったのか。
 それは多分ほんの些細な事なんだと思う。

 東京で出会ったとき、まだ自分の中で忘れられない子が居て、その事実から
逃げていて。だから彼女の想いを受けられなかった。
 吹利に戻って、やっと自分の中でわだかまってたことから解放されて。でも
その時にはもう自分には……

「本宮くん」
「なに、持田さん?」
「なんか今の本宮くん、すごくすっきりした顔してるね」
「そう、かな」
「前のね、どこか張り詰めたような、無理した顔じゃなくなってる」

 思わず手を伸ばして頬に触れる。

「無理……してたね、今だから思う」
「前の彼女のこと?」
「うん、でもそれだけじゃなくて。辛さから逃げる為に、吹利から離れていた
ことも辛かった」

 東京にいた頃ずっと、無意識の中で吹利に帰りたかった。

「情けないけど、吹利に帰りたくてしょうがなかったんだ」

 思い出していたのはあの子だけでなく、ひっくるめた吹利での自分の全て。
懐かしい風景と昔馴染みの仲間達がいる吹利が本当に好きだったのだ。

「そっか」

 軽い足取りで近づいて、彼女が隣に並ぶ。するりと絡んでくる腕の向こうに
ほのかな温もり。

 彼女が何を思っているのか。
 どっちにしても自分の気持ちははっきり伝えないといけない。

「……持田さん……俺」
「あのね」
「え?」
「あたしさ、前はね、ちょっといい気になってたんだよ」

 言い出しかけた言葉をさえぎって。

「自分ができる奴のつもりだったし。ただの生意気で、言いたいこと言ってる
のを自分の意見がしっかりしてるのと勘違いしてたし、本宮くんや周りがフォ
ローしてくれてることも全然わかってなかったんだよね」
「そ、そんなことないよ!」
「本宮くんが心配してくれることをいい方に解釈して、わがままばっか言って
振り回してたし……それにね、本宮くんは絶対あたしのこと好きになってくれ
るってなんの根拠もないのに信じてたんだよ」
「持田さん……」
「あの時、フラれてわかったんだよね、自分のこと」

 腕に絡んだ持田さんの両手に一瞬力がこもって、するりと離れた。
 両手をポケットに入れて、持田さんが数歩歩いて立ち止まった。心持ち俯い
たままで、白いコートに包まれた背中が少し寂しげに見える。

「もっと自分と向き合おうと思ったんだよね。吹っ切れない本宮くんが悪いん
じゃなくて、本宮くんを惹きつけられない自分を変えようと思った」
「でも、持田さんが悪いんじゃない!俺が……」

 持田さんの後姿。俯いたままの小さな背中。

「持田さん」
「何?」
「俺、持田さんに謝らないといけない」

 ひとつ、息を吸い込む。

「俺。今、好きな人がいるんだ」

 小さく背中が震えるのが見えた。

「……前は昔の子を忘れられないって言ってたくせに、今は好きな人がいるっ
て、すごく勝手なこと言ってるのわかってる」

 握り締めた拳、冷たい風に吹かれてるのに顔が熱い。
 すれ違い、行き違い、ほんの些細なことなんだと思う。
 どこかで何かを違えていたら、ひょっとして持田さんのことを好きになって
いたのかもしれない。
 でも、人の気持ちはどうにも思うようにいかなくて。

「……そっか」

 後ろ手に両手を組んで、小さくつぶやく声。

「持田さん」

 マフラーにかかった髪が冷たい風でさらさらと流れるまま。

「ううん、平気。でも、よかった」
「え?」
「別れた彼女さんに負けるより、今想ってる人に負けるほうがスッキリするよ」

 ぱっと振り向いて微笑む顔、その目は微かに涙が浮かんでいるのが見えて。

「……ごめん」

 本当は、自分は謝っちゃいけないんだと思う。 

「本宮くん」
「なに?」

 とんとん、と前へ歩いてもう一度振り返る。

「また、東京来てね?みんな、本宮くんのこと気にしてるんだから」
「うん、遊びにいくよ」
「本宮くんの報告楽しみに待ってるから」
「え?」
「そん時はさ、あたしも彼氏紹介できるようにするよ」
「……うん」

 真っ直ぐに見つめる目、逸らさずじっと見つめ返す。

「がんばれ!」
「うん、がんばる」

 大きく手を振ってコートの裾を翻してくるりと背を向けた。駆け出す彼女の
背中がだんだん小さくなっていく。

 彼女の姿が完全に見えなくなって、握り締めた手を開く。

 目を逸らさないこと、向き合うこと。
 人の気持ちの難しさと、どうにもできないもどかしさと。

 閉じた目に映る姿。

「……がんばるよ、持田さん」


時系列
------
 2005年11月初め
解説
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 豆柴くん、決着をつけた模様。
-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-= 
以上。

 豆柴くんがみこちに報告するのはまた後日ってことで。




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