[KATARIBE 29530] 久志

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Date: Sun, 20 Nov 2005 00:01:43 +0900 (JST)
From: "[UB01N] 小説『仕手』"  <furutani@mahoroba.ne.jp>
Subject: [KATARIBE 29530] 久志
To: kataribe-ml@trpg.net
Message-Id: <200511191501.AAA12863@www.mahoroba.ne.jp>
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2005年11月20日:00時01分42秒
Sub:久志:
From:[UB01N] 小説『仕手』


 久志です。
ふにっと思いついたUBの新キャラとお話流します。

-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-= 
小説『仕手』
============

登場キャラクター 
---------------- 
 ツガ・ヨシロウ(津賀与四郎)
     :老練な相場師。

戦
--

 仕手。
 本来は能楽、狂言の主人公をあらわす。

 しかし、また別の意味として。相場世界において、意図的に特定の株を大量
に売買して価格を操作し値段を吊り上げ、注目から高値が付いた時点で一気に
売り払い莫大な利益を上げる、市場という競争の場で行われる攻防戦。

 瞬く光の波の中、0.01秒単位で刻まれる値。飾り気もない無色透明の空間の
中で表示されるローソク足にも似たチャート。幾十にも重なる冷たい厚氷の壁
が張り巡らされ、雪の結晶にも似た意識がひしめく非空間。自身の意識もこの
情報の中のひとつの電子神経に過ぎない。
 実際には存在しない非空間の中、溢れんばかりに満たされ、絶え間なく流れ
続ける情報の海。金の砂粒を手繰るように頚部の外部端子を通じてダイレクト
に流れ込む情報をつぶさに読み取り、ふるいにかけるように選別し、幾千もの
予測を組み上げ、その傍らで分析を続ける。

 手中の玉。
 瞬時のうちに変動し、はじき出される株価。手にした株が金剛の玉となるか、
無価値な石ころになり下がるか。
 実体のない世界の中、上昇と下降という単調な動きの下に渦巻くむき出しの
感情と野心、巡らせあう知略。さまざまな企業、個人、果ては国という単位ま
でもが固唾を飲み睨み合う混沌の渦。

 買い方強気筋、唸りを上げてながら突進する雄牛〈ブル〉はノムラ、ペルセ
ウス、スタンレー、レビット。これに対し売り手の弱気筋、両足で立ちふさが
る熊〈ベア〉はゲインズ、ダイワ、オーバード、プライマル、ソルビーン。今
の時点で買いと売り取り組みは五分。
 勝つのは、売りか? 買いか?
 まだ、勝負は見えない。



 この世には、どこを見回しても見物席などというものは存在しない。

 長年、相場師として生きていたツガの自論。
 生活を守る為に誠実に仕事に没頭していようと、生き馬の目を抜く相場世界
でしのぎを削って生きようと、どれほど俗世から離れた孤独に生きたいと望も
うと、平和で無為な傍観者であろうと勤めても。すべからくこの世という広大
な舞台の中の一役者でありその事実は変えることはできない。相場世界も現実
世界も電脳世界も、それぞれの世界はこの世というひとつの広大な世界の一部
に過ぎず、ほんの些細なきっかけや事象によりいとも簡単に覆され、押しつぶ
され、流されていく。
 それが逃れられぬものであるのならば、自分は仕手でありたいと望む。
 たとえそれが、人と人とが腹を探り合い、引きずり落としあい、むき出しの
感情をぶつけ合う血の舞台だとしても。

 ツガが初めて株というものを知り、株主というものになったのは、まだ中学
に上がる前。丁度、同時期に起きた日本赤軍による日航機ハイジャック事件で
巷の話題が持ちきりだった頃、テレビの向こうで起きた事件を眺めながら子供
だったツガには犯人達の真意や思想などは全く理解しかねるもので、まるで現
実感のない見知らぬ世界での出来事のようだった。
 そんな中、過去に証券会社の場立ちとして活躍し、一流の相場師として名を
馳せていた祖父が託していたお年玉と小遣いから新日鉄株二百株を買いつけ、
名義を書き換え、ツガに与えてくれた。

 祖父から手渡された株券、その裏に記載された自分の名前。

『お前の財だ』
 既に一線を退いて、穏やかな隠居生活をしていた優しい祖父が一瞬見せた顔。
相場師が市場と状況を読みあい仕手戦にかける時に浮かべる、時に獰猛な獣の
舌なめずりを思わせる笑顔。この時の祖父の顔と、ツガが感じた心の昂ぶりは、
今でも鮮明に脳裏によみがえる。

 目の前の世界が広がる感覚。
 自分がひとまわりもふたまわりも膨らむような、高揚感。

 その日から朝誰よりも早く新聞を手にし株式欄を眺め、株価の推移に心を躍
らせ、市場の流れが何より気になった。舐めるように新聞を読みつくし、テレ
ビのニュースに目を惹かれ、短波ラジオの株価に耳を傾けながら、株式市場の
動きだけでなく世論の風向き、そして世界の情勢が気になった。

 株価がどうして推移するのか?
 世論とどう関連するのか?
 鉄を扱う他の企業とはどう関わりがあるのか?
 世界の市場や政治的な絡みがどう影響するか?

 この世はすべからくつながる世界であり、ほんの僅かの影響が時に世界を揺
るがす市場の変化につながることを感じ、人々の不安や熱狂が織り成す世界の
中で、時に天災までもが市場を大きく突き動かし、予測のつかない事態に陥る
ことがあることを知った。それは、まさしくこの世全ての縮図だった。


 勝負を賭け、決断を下す時。

 体中に溢れる高揚感。どれだけの場数を経ても歳を重ねても、その心の昂ぶ
りは心地よかった。自分が生きてここに居るという実感を感じることができた。
 それはツガにとっての主張であり、振り上げる拳であり、我はここにいると
いう自己顕示だった。
 何者にも捕らわれず常に戦う者でありつづけたい。築き上げたものを守る為
に縛り付けられたくなかった、何も成すことがないままただ命を長らえる人生
は耐えられなかった。己を示す為に戦う舞台として選んだのが、たまたまこの
世界であり、いつか朽ちて死ぬ命である事を感じながらも、最期まで戦う者で
あり振り上げる拳でありつづけたかった。常に自分は充分に生きて、その命を
燃やし尽くしているという充足感を感じていたかった。


 均衡が崩れる瞬間。
 最も高い価値がある時、その値が下がるほんの僅かな間。

 仕掛けるのは、一瞬。

 買い方劣勢。
 どこよりも早くその一瞬を見切り、手持ちの価値が下がりきらぬ間に動く。

 売り方総攻撃、仁王立ちの熊〈ベア〉が咆える。
 防戦買いはノムラ、スタンレーのみ。

 劣勢を感じた各社が雪崩をうって玉のカラ売りを始める。
 追い込まれ足をすくませる雄牛〈ブル〉が止まる。

 瞬く光で刻まれる数値がまたたく間に値を下げていく。崩れ落ちるように右
下がりに落ちてゆくチャート。
 暴落する株価を前に、満身創痍の雄牛〈ブル〉が最後の力を振り絞って対抗
するも、もはや熊〈ベア〉の勢いは止まらない。

 勝敗は一瞬。
 終値は既に元値の半額以下にまで落ち、もはや雄牛〈ブル〉は立ち上がるこ
ともできない。両手を挙げ勝利の咆哮をあげる熊〈ベア〉買い方の完敗で戦は
終わりを告げた。


 途切れた視界の奥、僅かに氷壁の残像を残しながらツガは目を開いた。
 琥珀を思わせる木目調で満たされた部屋の中、ゆっくりと長椅子から身体を
起こし頚部の外部端子を外す。天井に取り付けられた飴色に光る傘に包まれた
ランプの淡いオレンジの光が柔らかく店内を照らし、分厚く眩い氷壁に囲まれ
た立会い場との落差を感じさせた。ニ三度肩を鳴らし、節くれだった手を伸ば
してカウンターの片隅に置かれた短波ラジオのスイッチを押す。雑音の入り混
じった音声を聞きながらダイアルを調節し、耳を傾ける。

 戦はまだ終わらない。


解説 
---- 
 仕手戦をやってます。
-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-= 
以上。

 サイバーパンクっぽいものを書こうとしてさっぱり書けてません。



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