[KATARIBE 29528] [HA06N] 小説『地域限定の激震』

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Date: Sat, 19 Nov 2005 20:56:20 +0900 (JST)
From: いー・あーる  <furutani@mahoroba.ne.jp>
Subject: [KATARIBE 29528] [HA06N] 小説『地域限定の激震』
To: kataribe-ml@trpg.net
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2005年11月19日:20時56分19秒
Sub:[HA06N]小説『地域限定の激震』:
From:いー・あーる


ども、いー・あーるです。
がっつり書くの苦労した、一つが終わったらなんだか一挙。
どかどかっと話がこぼれてます。
とりあえず、とりあえず。

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小説『地域限定の激震』
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 登場人物
 --------
  形埜千尋(かたの・ちひろ)
   :吹利県警総務課職員。県警内の情報の元締め
  相羽尚吾(あいば・しょうご)
   :吹利県警刑事課巡査。ヘンな先輩。

本文
----

 吹利県警、総務課。
 恐らく県警内で最も『波風』の立たない、この部署に。
 激震が来たのは、十月の或る月曜日のことである。


「…………は?」

 動かざること山の如く、動ぜざること千鈞の岩の如し。
 そう評されたこともある形埜千尋が、あんぐりと口をあける自体というのも、
確かに相当珍しい。
 の、だが。

「えーとごめん相羽君、一瞬耳が臨時休暇取っちゃってね。何て言った、今?」

 彼女の後ろでは、総務課の女性陣が今や眼を爛々と輝かせてこの二人のやり
取りを見ている。『ヤク避け』だの『狼』だのと異名をてんこ盛りで持つ相手
も、流石にこの女護ヶ島的空間では、どうも分が悪いらしい。

「……俺嫁もらったんで手続きとかお願いします」

 おネエちゃんマスターなる異名を轟かし、実際その手腕で捜査の糸口を掴ん
だ件は数知れず。結果『人非人』だの『卑怯者』だの、その他諸々怒鳴りまく
る女性の声もしくは噂を、聞いていない面子のほうが珍しい。

「へえ……」
「一応内密にお願いします」
「ふううううん」

 自分の持つ風聞だの何だのは、よくわかっているのだろう。相手は一応なり
とも殊勝ではある。
 が。

(鴨がネギ背負って、ついでに鍋持って、加えて卓上コンロまでずるずる引っ
張って来てる図って奴かねこれは)

 もとより、千尋にしても、彼のやり方に一方的に文句をつける気は無い。騙
すのはともかく、その後、自分の正体を明らかにし、せいぜい相手に罵倒され
る、そのことをきっちり選んでいるのを何度も見ている。騙された側には意見
もあるだろうが、最低、騙されたことだけははっきりさせ、その怨みをきっち
り受け止めている。
 そのことは、わかっている。
 が。

「……ふうん、秘密にしてほしいの」

 まあ、無理も無いことかもしれないが、この御仁、女性に妙にもてる。実は
後ろでわくわくしているうちにも、一度手弁当を作って、わざわざ持っていっ
た……ある意味非常に『勿体無い』子がいるのである。

(……何か、殆ど手をつけてくれなくって)

 きっちり包まれた弁当箱を手に、彼女がしゃくりあげている場面に出くわし
て、それを半時間ばかりかけて宥めた記憶は、それほど前のものではない。

(油っこいから食べられないって……そのまんまっ)

 弁当箱の中身を判定して、『うちの豚児なら一瞬で食べるわよ、大丈夫』と
太鼓判を押した中身は、確かに少々若向けの、油っこいおかずが多かったもの
の、そこそこ美味しいもので。
 あの時ばかりはこの野郎、と思ったものだったが。

(あのときはあたしも青かったんです)

 既に、彼女のお弁当を喜んで食べる彼氏を見つけた彼女は、まだ見ぬ『相羽
さんのお弁当を作る彼女』に対して、しみじみと言ったものである。

(……あたし、その人尊敬します)
(絶対、苦労してますよ)

 故に、何ら遺恨だの何だのが残っているわけもない。しかしこの事態に際し
て、彼女が自分の後ろでわくわくしながら経緯を見計らっているのは……これ
は別に天才でなくても判ることなのである。

 だから。

「まあ、うん、秘密にしろってんなら、総務課は秘密にしますよ」
 ええ、と、声にならない不平不満のどよめきを片手でいなして。
「でも、条件はあるわね」
「……と、いうと?」
「書類のほうは、これはちゃんとやっとくわ。ついでに秘密にしといたげるけ
ど……」
 つい、と、指を一本立てて、相手の目前に突きつける。珍しくもたじろぐよ
うに一歩下がった相手に向って、千尋は極上の笑みを浮かべて見せた。

「その、奥さんに会いたいなっ」

           **

 鴨の為に言及するならば、彼は相当に抵抗した。そらもう居合わせた一同が、
『あ、ほんとに奥さん大切なんだ』と、納得するくらいには抵抗したのである。

 ……が。

「俺はいいんだけどねえ、奴がどうも騒がれるの嫌みたいだねえ」

 きゃー奴よばわりよー、との声に、一瞬うろたえたような身振りになったの
も敗因だったろう。
 ……それくらいは心得ておけ、と、内心千尋は思ったものだが。

「見てご覧。ここまで聞いたからには、あんたが口をふさいだって、ふさがる
もんじゃないでしょ?」
 肩越しに振り返って、女の子達を示す。(無論女の人も男の人も男の子も居
るわけだが、最もこの手の情報の漏れやすいのは女の子であると仮定)。

「条件を呑んでくれるんだったら、ここからは、情報は流さない、よね?」
 振り返って確認。
 全員が一斉に深々と頷く。
「……というわけで……どうする?」
「勘弁してほしいねえ」
 ほんと俺怒られるんだよ、と、口の中でぼやくのは、武士の情けで無視して
おく。
「日頃の行いが悪すぎるんだよ、あんたのね」
「そりゃ自覚してるよ」
「じゃ、覚悟決めな」

 吹利県警内、情報網。その要の部分をかなりにして握っている自信と実績が
千尋には、ある。
 黙るべきところは黙り、流すべきところは流す。ここに居る総務課の面々の
みならず、そういう愚痴やら弱味をきっちり聴いて呑んでしらんぷりをする、
それだけの度量と実績の由縁である。

「今、約束しなかったら……多分この子達、今日のお昼の時間に情報をばーっ
と流すけど、それでいい?」

 うう、と、相手は小さくうめいた。

「……ちょっとだけ、ね」
「無論無論。顔を見たいだけだわよ」
「一応話しとくよ」
「特殊な書類があって、手続きが要るってことにしてあげようか?」
「……そうしといて」
「じゃ、書類はこちらで揃えるから。必要な時にはハンコごと呼び出します」

 ぴし、と言い放ってから、千尋はにやりと笑った。

「ちったあ己の悪行、思い知ったか」
「…………その最中」

 噂話や風評。無論本当に深刻なものは決して話題にしない、それだけの良識
があったのは確かだが、しかし目の前のこの男の流した噂の為に『千尋さん、
何か変な目で見られるんですー』と泣きつかれたこと数度の自分としては、や
はりこの程度のことはやってやりたいものだ(詳しく聞けば、その『変な目』
には、毎度それなりの正当性があったのは事実だけれども)。

「奥さんにしっかり愚痴られといで」

 判りましたよ、と、相手は溜息混じりに呟いた。

          **

「形埜さん形埜さん」
 女の子達がお茶のお盆ごと呼び立てる。
「ん?」
「やっぱ、相羽さんの奥さんって……あの人かな」
「そら、その人しか居ないでしょ」

 五月の初め、通り魔に刺されて警察病院に運び込まれた人。平然としてその
知らせを受けた相羽君は、けれどその日から、暇さえあれば病院にかけつけて
た。
 五月、六月、そして最近は、帰る間際に必ずどこかに電話をして。

「結構珍しい姓でしたよね、えっと、軽部?」
「そうそう。軽部の真帆さん」

 一度、かんくさんで見たことがある。黒いブラウスに黒いスカート。化粧っ
気もしゃれっ気も無い、少し低めの声の御仁。
 少なくとも外見では、相羽の興味を留めることは出来ない、と、千尋には見
えた。それだけに、あのごく普通の外見の中に、何が入っているのだろう、と、
正直興味があったものだが。

(まさか、入籍にまで漕ぎ着けるとはね)

 正直。
 三人で話している雰囲気を見た限り、ああそのままでいて欲しいなと思った
のは事実である。黒幕の本宮にヤク避けの相羽、その二人が精神的な裃を脱い
で笑いながら話せる相手なら、一人でも二人でも増えたほうがいい。
 それにしても。

(普通……二の足を踏むよねえ)

 仕事の故とはいえ、どれだけの女性を騙したのか、どれだけの女性を相手に
したのか。
 あんまり突っつきたくない過去が、確かにそこにはある。

(……でも)

 
「でも、奥さん苦労されませんかね」
「相羽さんの過去とか知ったら、泣かれたりしませんかね」

 千尋は思わず苦笑する。

「あんたら、不倫の女の話、知ってる?」
「……また、形埜さんの御主人の話ですか?」
「あ、そかも」

 もう10年以上前に亡くなった亭主は、亡くなる一年前から、むさぼるよう
に様々な宗教的書物を読んだ。葉隠れ、歎異抄、聖書、タゴールの詩集、その
他諸々。そしてその中から、自分に都合のいい(と、本人が言っていたのだか
ら確かである)部分を引っ張り出しては千尋に聞かせていたものだ。

『ある女が、不倫の咎で引きずり出された。本来その罪に問われたものは、石
打ちにて殺される。さあどうする、と問われたキリストは、女を見ないで地べ
たになにやら書いていた』

 亭主に聞く前に、千尋が知っていたくらいの、ある意味有名な場所である。
何でまたそこまで感動したのか、と、不思議に思ったのだが。

(あのな、えらいぞ)

 ある意味、それこそ『えらそげ』に、枕元の本を広げて亭主は言ったもので
ある。

(ここでな、『こいつは罪の女だ』って言われて引き出された女を、キリスト
さんはずーっと見てないんだよ)

 節くれだった指で、その部分を辿りつつ。

(皆が居なくなって、誰も居なくなって……そんではじめて顔を見てるんだよ。
やっぱりえらいなあ、この人は偉いっ)

 そりゃ偉いでしょうよ、と千尋は呆れたものである。

(お前はわかってないなあ。普通悪評が立てば人は見たいもんだよ。どんな顔、
どんな奴って考えるもんだよ。それを見ない)

 まあ、その『見たい』という感覚は、わからないでもない。

(でも最後まで見ねえわけじゃない。誰も居なくなったら真正面から見る。こ
れがお前偉いよ)
(……なんで)
(居なくなるまでよお、不倫とか言ったら女は辛いだろ。だから見ねえ。でも
誰も居なくなったら、大丈夫か、辛かったかって声をかけてんだろ)

 千尋の亭主は、かつて『極道』と呼ばれるうちの一人であった。
 故に、その判断は……まあ、『極道』のそれ、なのだろうけれども。

(いいね、惚れるね。俺だったらシマ一つ預けるね)
(……あんたね、それ、全国の切支丹の文句をひっかぶるよ)
(そんなもんしらねえ。俺から見ていい男なんだよっ)


 相羽君の奥さんは…………と、千尋は思う。
 多分、彼の悪行を見ていない。知ってはいるだろう、聞いてもいるだろう、
でも黙って目をつぶっている。

 多分彼の、見て欲しくないところを、黙って目をつぶっている。

 万人に向って、そう出来るわけではないだろうけど。
 たった一人にだけは……多分、そう出来るのだろう。


「……奥さん、見たいよねー」
「みたいみたいーっ」

 にぱ、と。
 そこだけは一斉に、皆が気を揃える。

「さて、じゃ、もっともらしい書類作ろっかね」
「あ、お手伝いしまーす」


 吹利県警総務課。
 必要書類を、あちこち棚を浚ってそろえながら。
 
 一同が、にっかりと笑った。


時系列
------
 2005年10月初め頃の月曜日。
『いつのまにか』の翌日。

解説
----
 県警総務課、噂話を一手に引き受ける、形埜千尋視点の話です。
***************************************

 てなもんです。
 であであ。
  
 


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