[KATARIBE 29513] [HA06N] 小説『一通の手紙』 ( 前編)

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Date: Sun, 13 Nov 2005 22:26:20 +0900 (JST)
From: 久志  <furutani@mahoroba.ne.jp>
Subject: [KATARIBE 29513] [HA06N] 小説『一通の手紙』 ( 前編)
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2005年11月13日:22時26分19秒
Sub:[HA06N]小説『一通の手紙』(前編):
From:久志


 久志です。
 前々から考えてた、もとみーのお話。東京時代のお話。
あまりに長いので途中で投げる。

-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-= 
小説『一通の手紙』(前編)
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登場キャラクター 
---------------- 
 本宮和久(もとみや・かずひさ)
     :吹利県生活安全課巡査。生真面目さん。あだ名は豆柴。

一通の手紙
----------

 ふと見上げた空は、ずっと先までどんよりと黒く濁っていた。

「ひと雨くるかなあ……」

 こんなことなら実家で傘を借りてくればよかったかもしれない、濁った空を
見上げてふと思った。出掛けにはそれほど雲も厚くなかったように思えたが、
帰りに商店街を抜けて駅前につく頃には、空はいつ降りだしてもおかしくない
ほど分厚い雲に覆われていた。
 でもまあ、降り出したらどこかに立ち寄ってやり過ごすなり、コンビニで傘
を買うなりでなんとかできるだろう。

 たまの休日。母親からの電話で久しぶりに実家に立ち寄った和久だったが、
帰り道での顔は冴えなかった。小さく息を吐いて、手を伸ばして羽織ったジャ
ケットのポケットの上に手を当てた。

 その中に入っているのは、一通の手紙。

 差出人の顔を思い出す。
 挑戦的に見上げてくる黒目の大きな少しつりあがった目。サイドの髪がふわ
りと頬を覆ったショートボブの柔らかい髪、小柄で細身ながらそれ以上の溢れ
る生命力を感じさせる力強い体。まるで勝気で男勝りをそのまま体現したよう
な、そんな彼女。
 東京での研修の間、何かにつけてよく話したり飲みに行ったり、時には論じ
合ったりして。

「はぁ」

 人と人との関係は難しいと思う。
 和久にとって彼女は大切な友人で、大事にしていきたい仲間だと思っていた。
彼女の力になりたかったし、時に気の強さから周りとトラブルが起きることも
あった彼女を守ってあげたいとも思った、彼女から学ぶことだって多かった。

 もうすぐ自宅につくというのに足取りが重い。
 交差点で足を止めて、ふとポケットに手を入れてみる。手にした淡い水色の
封筒に少しくせの字で書かれた自分の名前。
 彼女が何を思って、突然手紙を送ってきたのか。

「……はぁ」

 信号が青に変わる。手にした封筒をポケットにしまい、小さくため息をつい
て歩き出す。どす黒く曇った空の向こう、かすかに雷の音が響いているのが耳
に聞こえる。

 どうして、人の気持ちは思うようにいかないんだろう。


二年間の空白
------------

 大学卒業してすぐ、つきあっていた恋人と別れた。
 正確に言うと、あの子は自分の前からいなくなってしまった。

 あの子には、自身にとって大切で譲れないものがあって。
 自分は自分で、昔から夢だった目標があって。

 お互いが望む道は、二人で一緒に歩いていくには離れすぎていて。


 どうしようもなく辛い時、耐えられないと思うくらい悲しい時。
 逆にそんな時ほど、涙も出なくて、取り乱すこともなくて、自分でもあっけ
ないくらい落ち着いていて。
 ぷつりと自分の中で何かが途切れてしまったような、妙な感覚だけがいつま
でも心に残って消えなかった。

 でも、過ぎる時間は待ってくれない。

 新しい生活に慣れないといけない。
 きちんと仕事を覚えて、立派に職務をこなせるようにならないといけない。

 あの子が自分の隣にいないことを納得しなければいけない。


「本宮ぁ、今日の飲みいくだろ?」
「え?……ああ、うん。さっきの報告書とレポートもう一度見てもらったらす
ぐ行くから」
「おう、早くこいよ」

 デスクの上で、重ねた資料を軽く叩いて揃える。

 故郷の吹利を離れて、一年以上の時間が経って。
 東京に来てから、日々の研修に実際の外勤での勤務、同期の仲間達との勉強
会や交流と、せわしない毎日が続いてる。東京での新しい知り合いや飲み仲間
も随分増えた。
 一人であれこれと悩んで考え込んでいるよりも、あれこれと身体や頭を動か
しているほうが気が紛れる。それに実際職務についてる時は昔のことなんか考
えてる暇などない。あの子のことはもう過去のことで、今は自分がやらねばな
らないことや覚えねばならないことは山ほどあって、一緒に頑張っている新し
い仲間がいて。

 だから、あの子のことを思い出してる余裕などない……はず。

 一年半。長いようで、あっという間の期間。
 胸の奥にぽっかりと穴が空いたような感覚は、まだ消えない。

「すみません、報告書とレポートです。目を通してもらえますか?」
「ああ、ご苦労さん。いやはや、相変わらず君は真面目だねえ。だらけた他の
連中に爪の垢でも飲ませてやりたいよ」
「いえ、そんなことないです……」
「ふむ……なかなかよくまとまってるよ。」
「はい、ではお先に失礼します」

 一礼して席に戻って腕の時計を見る。この時間帯なら着替えてから店に向か
うのに四十分くらいか。いつもの飲み会メンバーだから、着いた頃にはもう半
分は出来上がってるかもしれないけど。

 更衣室で着替えを済ませて外に出て、胸ポケットから携帯を取り出して連絡
のメールを入れる。ふと見回した東京の街並みは、故郷の吹利と比べて人の多
さも賑やかさも段違いで、見慣れたはずなのに時折息がつまるような息苦しい
感覚を覚える。ひとつ細く息を吐き出す、襟元を少し緩めようかとも思ったが、
だらしない気がしてネクタイに触れた手を引っ込めた。

 すっかり、新しい生活に馴染んだはずなのに。

 例えば仕事の区切りがついて気の緩んだ時、眠りにつく前の僅かな時。何気
ない日常生活の、ほんの一瞬。

 ふと、目の奥に浮かぶ姿。
 さらさらと流れるような長い銀の髪、澄んだ碧の瞳。ほっそりとした小柄な
体に、透けるような冷たい色白の肌の……


「……あ」

 はたと、我に返ってため息をつく。携帯を胸ポケットにしまって、飲み会の
店へと止まった足を動かす。

 自分は諦めが悪いと思う。

 どんなに理屈で自分に言い聞かせて、今の生活に慣れようと思っていても、
それでも、どこか心の片隅でまだあの子のことを考えてる自分がいる。

 どうして、人の気持ちは思うようにいかないんだろう。


強気な彼女
----------

「あ、本宮くんだ!」
「おせえよ、もとみやあ」

 出掛けの大方の予想通り、自分が店についた頃には、飲み会メンバーのほぼ
半数が出来上がっていた。

「ごめん、レポートを見直してもらってて」
「ほぉら、本宮くんこっちこっち!」

 奥の席から手を上げてこっちに手招きしてくるのは。

「本宮ぁ、加世ちゃんずーっとお前がこないって待ってたんだぜ?」
「……そ、そんな」
「もう、いいから早く座りなよ」
「持田さん、そんな引っ張らなくても……」
「ビールでいい?それとも日本酒いく?」
「いや、着たばかりだし、ビールで」
「おっけ。あ、お刺身まだあるからね」

 席に座ってすぐに、目の前に皿とコップが並んで、ビールが注がれる。

「はい」
「ありがと」
「おーし、んじゃもっかい乾杯するかー」
 こちん、と、コップをつきあわせて。
「本宮くん、焼き鳥食べる?追加で頼んどくね」
「うん、ありがとう」

 ひと口ビールを飲んで、やっと少し気が落ち着いたような気がする。
 すぐ隣の席では彼女がメニューを見ながら店員にあれこれ注文をしている。

 彼女こと、持田加世さん。
 自分と同じ警察官で、若手の集中育成という名目のもと地方から集められた
仲間のうちの一人。最初は、なにかと気が強くて近寄りがたいところもあった
けど、仲間内で研修をうけて互いに頑張っていくうちに、だんだん打ち解けて
いって。

「本宮くん、日本酒頼むけどお猪口いる?」
「ああ、うん。じゃあひとつ追加で」
 少し首を傾げて、釣りあがった大きな目が見上げてくる。
「おっけ。すいません、お猪口三つでお願いします」

 どちらかというと生真面目で少し頼りない自分と、何かと気が強くて周りを
ぐいぐい引っ張っていく彼女。噛み合わないようで、何故か気が合って。

 困らせるのがうまくて、なにかと人を振り回して。

 誰かに、似てる。

 それは。

「本宮くん、どーおもう?」
「え?」
 ふと、ぼんやりしてたら彼女に腕をつつかれた。
「どうしたの、ぼーっとしちゃって?」
「ううん、ごめん。ちょっとぼんやりしてた」

 少し乾いた刺身を箸でつまんで醤油につけて口に入れる。ほのかにワサビの
つんとした刺激を鼻の奥で感じた。
 隣の席で心持ち口をすぼめて持田さんがこっちを見てる。口では軽い調子だ
けど、多分、心配してくれてるんだと思う。

 逆に、その気持ちがわかるから……持田さんの視線が心苦しく感じる。

 時折、持田さんを通して昔のあの子のことを思い出す。
 なにかと生真面目で堅い自分を困らせて、振り回されて。でも……そんなと
ころが可愛くて。
 だから、余計に持田さんに対していわれない罪悪感を感じる。

「でもさあ、お前らホント仲いいよなあ」
「……え、いや、そんなこと」
「だって、本宮くん優しいし。ちょっと真面目で堅すぎるとこあるけど」

 優しくなんてないと思う。
 自分が傷つくから、相手を傷つけないように立ち回ってる。それが人から見
たら優しいと映るだけのような気がしている。

「いいなあ、本宮。お前、研修連中の中でも結構人気あるんだぜ」
「そうかなあ……都合がいいとかじゃなくて?」
「本宮くん、もっと自信持ちなよ」
 ふと、するりと回ってくる腕。こつんと、肩に頬が当たる。
「持田さん、酔ってる?」
「ぜーんぜん、平気」
 そのまま両腕をしっかりと腕に絡めて、肩に頬を押し付けるように持田さん
の体が寄りかかってくる。
「……酔ってるでしょ」
「んー、平気平気」

 微かに赤い頬、短い毛先が寄りかかった肩に落ちかかる。それに、なんとい
うか。しっかり両腕が腕に回ってて、その……困るんだけど。
 手にしたお猪口を口元に運ぶ、するりと冷たい日本酒が喉の奥に流れ落ちて
微かに体が熱くなる。きっと。今、赤面してるんだろうな、自分。

 寄りかかった持田さんをちらりと見て。

 可愛いと思う。
 凛とした気の強さも、逆にそれゆえの危なっかしさも合わせて、どこか放っ
ておけないと感じる。
 だから、余計に。どうして自分は持田さんのことを好きになれないのかが、
不思議だった。


 飲み会の席に来て三十分ほど経って。胸ポケットにしまった携帯が震えた。

「あ」
「ん?」
 慌てて胸ポケットから携帯を取り出して見る。そのメールの差出人はとても
懐かしい名前だった。

『やほー♪もとみー元気(=^^=) がんばってお巡りさんしてる?
 吹利は商店街も駅前広場もクリスマス一色だよo(^-^)o
 こっちも学生さんや先生達と忘年会や飲み会で一杯だよ。
 年末は忙しそうだね、お正月は帰ってくるのかな?』

 幼稚園の頃から小中高校大学までずっと一緒に遊んでいた、仲間。

「……フラナ」

 あの頃はいつも自分とフラナと佐古田の三人一緒で。

 そして……隣にはあの子がいて。

 今は。

「なんだ本宮、彼女からメールか?」
「違うって」
 今は、自分には新しい仲間とこれからの仕事があって。
「本宮くん」
「ん、ああ、なんでもないよ」
 見上げる視線が、何故か刺さるように感じてなんだかいたたまれない。

 変わらなきゃいけないはずなのに。
 それなのに。


帰り道
------

「おつかれー」
「おーし、帰ろ」

 飲み会もお開きになって。

「ごめん、ちょっとお手洗い行ってくる」
「うん、カバン持ってるから」
 ぱたぱたと歩いていく持田さんを見送って彼女のカバンを肩に掛けなおす。
「なあ、本宮」
「え、どうしたの?」
「がんばれ」
 は?
 って、なに親指立てて歯光らせてるかな。
「ちょっ、なにを……」
「じゃあ、俺ら先帰るから!」
 がんばれって、その、ちょっと……まったく。
 ため息をついて、壁に少し寄りかかる。勝手なこと言ってくれるなあ、もう。

 確かに傍目から見たら、そんな風に見えるかもしれない。普段から仲良くし
てはいたけども、持田さんはそういう話題は出さなかったし。自分からも絶対
に話題にはしなかった。

 だた、怖いんだと思う。今の関係が壊れてしまいそうな気がして。

「お待たせ、本宮くん。あれ、みんなは?」
「なんか先に帰っちゃったみたい」
「なんだ、冷たいなあ」
 するり、と。絡んでくる腕。
 いや、その……困るんだけど、うーん。
「いこっ、本宮くん」
「……あ、うん」
 ぎゅっと、まわされた腕に力がこもるのがわかる。
 だから、ええと。ちょっと、腕に……
「大丈夫?持田さん」
「うん、だいじょーぶ」
 そういいながらも、歩く足元ちょっとおぼつかない。しっかりと腕にしがみ
つかまれたまま、ふらつく体を支えながら店を出た。

「無理……しないでね、途中まで送るから」
「平気だってば」
「ほら、まっすぐ歩いて」
 二人で並んで歩きながら。ふと、持田さんの声に重なるように記憶の中から
響いてくる、声。

『ほら、千影ちゃん大丈夫?』
『平気だってば、本宮くん♪』

 あの子もこんな風に腕を絡めて、困っている自分の顔を見上げながら悪戯っ
ぽく笑って。銀色の流れるような長い髪が……


「本宮くん?」
「……あ」
「どうしたの?」
「ああ、ごめん」
「本宮くんて、時々、ぼうっと何か考えてるよね」
「ごめん、ちょっと……疲れてるのかな」
 じっと、持田さんが見上げてくる。なぜか、いたたまれない。
 不意にぐい、と腕を引っ張られた。
「本宮くん、ちょっと座ってこ」
「え?」
 少しこわばった声で目を合わせずに腕を引っ張られる。
「ちょっ……持田さん」
 でも、自分でも彼女の行動の意味がわかった。

 持田さんは……気づいてる。

 駅から少し離れた位置にある公園。
 週末でクリスマス前という時期もあるせいか、植えられた木々にはライトが
飾られて、あちこちカップルだらけだった。
「あの、他のとこ行こうか……」
「気にしない気にしない、見ないフリしてればいいよ」
 そういう問題じゃ、と言い返すより早く、空いたベンチを見つけて腕を引っ
張っていく。
「少し酔いさめたら帰るから……」
「そう、辛かったら言ってね。なんかお茶でも買ってくる?」
「ううん、平気」
 ベンチに並んで腰掛けて、でも腕にまわした手は外してくれなくて。
 気まずさに思わず目を逸らそうとして、その先でがっつりと抱き合ってキス
してるカップルが目に飛び込んでくる。慌てて目を逸らすとその先でまた抱き
合ってるカップルがいて。
 正直、ここ、目のやり場に困る。

 こつんと、肩に頭を乗せて。持田さんは黙ったままで。
 肩を抱きしめてあげるとか、気の聞いた言葉をかけてあげるとか。そういう
器用なこともできなくて。ただ寄りかかられるまま、黙っているだけで。

 なんだか、自分が情けなくなってきた。

「本宮くん」
「……ん?」
「さっきのメール、誰から?」
「え?ああ、地元の吹利の友達だよ」
「そう、なんだ」
 ぽつんと、つぶやく声はどこか寂しげで。
「……ねぇ」
「どしたの、持田さん」
「ホントに友達?」
「え?そう、だけど」
「ううん。なんかね、飲み会の時、メール見てすごく嬉しそうな顔してたから、
なんとなく気になったんだ」
「そんな顔してたかなあ」
 ふ、と。持田さんが顔をあげてじっと目を見る。その目は、とても真剣で。
「あたしね……てっきり、噂の元カノさんかと思っちゃった」
 ずきり、と。
 言葉が胸に刺さる。
「それは……ないよ」
「知ってるよ、あたし」
 何を?と、問い返せることもできなくて。
「本宮くん、吹利にいた時の彼女をずっと忘れてないって」
 思わず黙り込む自分が情けなかった。

「ねえ、本宮くん」
「ん?」
「どうせ帰っても一人だからさ、うちで飲みなおそうよ」
「は?」
 突然、何を言い出すのかと。
「だって、そんな、俺があんまり男扱いされないってのはわかるけど、そうい
うの良くないよ」
「……なんで?」
 ふと。
 打って変わって持田さんの声が真面目になる。
「俺も一応男だから……良くないよ」
 正直、こんな時どうしたらいいのかわからない。耳が熱い、自分が赤面して
るのを感じる。

「うち、来てよ。本宮くん」
「……無理だよ、持田さん。誤解されるし」
 こんな言い方しかできない自分が卑怯だ。

「あたしさ、今まで本宮くんてドがつく朴念仁だと思ってた」
「それは……間違ってないと思う」
「でも違うよね」
「え?」
「本宮君、朴念仁のフリしてるだけでしょ」
 真っ直ぐな言葉が痛い。
「露骨に誘われても好意しめされても、気づいてるのに気づかないフリしてる」
「そんな……」
 持田さんの言葉のひとつひとつが、胸に刺さる。

「あたしは本宮くんのこと好きだし、だから努力するつもりだった」

 ひとつ、息を吸い込んで
「本宮くん、いつかあたしのこと好きになってくれないかなって」
 一息で言い終わると、じっと目を見つめる。

「本宮くん」
「なに?」
「まだ、その子のこと好き?」

 一番恐れていた、ずっと自分が目を背けていた事。

「……わからないんだ」
 自分でも相当間の抜けたことを言っているのはわかっているけど。
「引きずってる、というか。まだ気持ちの整理がついてないんだ」
 うまく言葉にできなくて。
「あの子のことが好きだった……本当にどうしようもないくらい好きだった」
「…………」
「別れてから、少しづつ新しい生活に慣れていって。研修を受けて職務につい
て、みんなと会ったり話したりして、だんだんあの子のことが薄れていくのが
わかって、でも」

 どれだけあの子のことを忘れようと思って。
 新しい生活に慣れようと努力して。

 それでも、ふと気を抜いた時に目に浮かぶ姿。

「ごめん、持田さんがだめなんじゃなくて」
「謝らなくてもいいよ」

 あきらめる、か。
 努力する、か。
 まだ好きなのか。

 どうしてその言葉を自分からでなく、持田さんに言わせてしまったのか。
 彼女の言葉の裏にある気持ちが、痛い。

「ごめん」
「本宮くん……帰ろっか」
「……うん。ごめん、本当に」
 自分が目を背けて逃げていたせいで、彼女まで傷つけてしまった。

 ベンチから体をおこして、立ち上がろうとした時、袖を掴まれる。
「本宮くん、ちょっと待って」
「持田さん?」
 ふと、隣を見ようとして。

 目の前に。

 顔が。

 え?

 今、どういう状況かは理解してる。けど、処理が追いつかない。
 ひたすら混乱した頭を整理しきらないうちに、持田さんの顔が離れた。

「…………あの」
「じゃね」
「あ……」
 するりと、翻して歩いていく後姿。
 何で?とも、送っていくよとも言えずに、ただ呆然と見送るだけで。

 手を伸ばして、唇に指で触れる。ちょっとカサついた感触。
 さっきまで触れていた、柔らかい……

「…………っ!」

 思わず握り締めた拳でベンチを殴りつけていた。

「どうして……」

 どうして、それでも持田さんの姿に重ねてあの子を思い出してしまうのか。

 人の声はいつまで覚えていられるのか。
 人の記憶はどこまで正しく伝えてくれるのか
 人の気持ちはどうして思うようにいかないのか。

「千影ちゃん……」

 それでもまだ、あの子の思い出から逃れられない。


時系列
------
 2005年11月初めと、昔のお話。
解説
----
 もとみーが東京でフッた女の子から手紙がくる話。
-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-= 
つづく。




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