[KATARIBE 29498] [HA06N] 小説『報告』

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Date: Sun, 6 Nov 2005 02:10:59 +0900 (JST)
From: いー・あーる  <furutani@mahoroba.ne.jp>
Subject: [KATARIBE 29498] [HA06N] 小説『報告』
To: kataribe-ml@trpg.net
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2005年11月06日:02時10分58秒
Sub:[HA06N]小説『報告』:
From:いー・あーる


ども、いー・あーるです。
へれへれです。
ええ、もう、疲労困憊です。

とりあえず、流します。

*****************************************
小説『報告』
===========
登場人物
--------
 相羽尚吾(あいば・しょうご) 
     :吹利県警刑事部巡査。ヘンな先輩。ヤク避け相羽。
 軽部真帆(かるべ・まほ) 
     :自称小市民。多少毒舌。相羽宅の現在住人。
 軽部片帆(かるべ・かたほ)
     :毒舌大学生。軽部真帆の妹。相当のシスコン。

本文
----

 土曜日の朝の、新幹線に乗った。
 前日……というか、帰ってきたのが午前様だったせいか、新幹線に乗った時
から、相羽さんは眠そうだったけど、動き出したら本格的に眠くなったらしく。

「少し寝てるわ」
「あ、うん」

 片手をしっかり握ったまま、目を閉じたと思ったら即眠ってる。
 握られた手を少し動かしてみる。以前のように握り締めるほどではなかった
けど、相変わらずほどけるほどには握力は弱くない。
 ……いやその、一応、いい年して(という自覚は流石にある)人が見ること
の出来るところで手をつないでるって、何かこう……やっぱり気後れするもの
で、ついつい上着を手の上に載せて、ついでに相羽さんのほうにかけてしまっ
た。
 相羽さんは、微塵も動かない。

 また……無理をしたのかな。
 今日と、明日。二日分の休みを取ったって言ってたから。
 
 いろんな無茶を、押し付けてる気がする。
 今度のことも……今までのことも。

(…………姉さん、それって)
 ふと、片帆のことを思い出す。今日、片帆もうちに帰ってくるらしい。
(どういう、こと?)

 唯一、あたしが相羽さんのところに転がり込んでいることを知っている片帆
でその反応だ。まして両親がどんな反応になるかって思ったら。

 目を、閉じる。
 着くまで、まだ数時間。

         **

「相羽さん、こっちに住んだことないんだ?」
「全然」

 新幹線を降りて、乗り換える。この2年ほどは、流石に年に1、2度は戻る
ので、乗り換えには苦労をしない。
 最寄の駅から約20分。家に電話すれば迎えに来てくれるのだろうけど……
電話をしたくないというかなんというか。

 歩いて、歩いて。
 殆ど話すこともないまま……そのまま。

「ここ」
「ふうん」

 団地の隅っこ。階段を上ってチャイムを押す。
 
『はい』
「……真帆、です」

 自分の顔は見るわけにもいかないけれども、多分、この時、自分は相当真青
になってたんじゃないかと思う。
 ぽん、と、肩を叩く手。
「大丈夫」
 決して大きな声ではなかったけれども。

          **

 家に着いたのは、結局お昼より一時間前くらいか。
 片帆はあたし達よりも先に家についていたようだった。
「電話してくれれば良かったのに」
「……大した距離じゃないから」
「失礼ですよ、相羽さんに」

 ちろっと片帆を見る。ひょい、と肩をすくめて片帆がこちらを見……ふいと
視線を逸らす。
 母さん、片帆から相羽さんのことを聞いたな。

「気が利かない娘ですみません……どうぞ」

 普段は新聞だの何だのが乗っかっている座卓は、今日は丁寧に拭きあげられ
ていて。
「片帆ー、ちょっとお茶淹れるから手伝って」
「……はい」
 えらい低音で返事して、片帆が台所に行った後には、父だけが居て。
 ちょっと見上げた顔は、怖いほどの無表情だった。

「どうぞ」

 程なくお茶と一緒に母と片帆が来る。そのまま片帆はぐるっと父の後ろを廻っ
て、相羽さんから一番遠い場所に座る。
 見たことの無い茶托と、見たことない茶碗。
 手早く並べてから、母がよいしょ、と、父の隣に座ったところで。

「初めまして。吹利県警刑事部捜査課で巡査を務めております、相羽尚吾と申
します」

 ……へ?

 思わず隣を見る。
 相羽さんはぺこり、と、頭を下げている。
 ……つーか、捜査課の、巡査さんなんだ……って今知ってどうする自分。

「突然のお話でおどろかれたかと思いますが」

 ……ええと。
 何というか、その。
 この前電話かけてた時も思ったんだけど、何かこう、優秀なセールスマンと
いうか営業担当成績抜群というか……なんというかってな話し方になってる。

 思わず、片帆のほうを見る。
 片帆も何か、呆けたような顔で相羽さんを見てる。
 ……うん、互いに、印象が違いすぎる。

「ご両親にお願いしたく、こちらに伺いました」

 へ?
 いかん、呆けてる間に、相羽さんが何言ったか、丸々聞き逃してしまった。
 慌てて意識をそちらに向けた途端。

「私にお嬢さんをください、決して不幸にはしません」

 ……一瞬、そのまま逃避したくなりました、ええ。

「いや、不幸にされると、私らも困りますがね」
 茶碗に手を伸ばしながら、父が、少しのんびりとした口調で言う。
「巡査さん……お巡りさんですな。またどうしてうちの娘に」
 ああ、そこらは片帆も知らないよな。
「これが何かご迷惑でもおかけしましたか」
 ……うわ、信用無い。
「友人の紹介で真帆さんにお会いしまして」
 さらっと相羽さんが言う。

 何なんだろう。
 きびきびとして、言葉遣いも何も問題無しで、質問にはよどみなく答えて。
 
 ……でも、いつもの相羽さんじゃない。
 
「ご友人ってのも、お巡りさんですかな」
「はい」
「……で、何でまたお巡りさんの友達なんだ、真帆」

 うわ。

「あ……えっと、花澄の、友人のお兄さんで……お母さん覚えてるよね?」
「ああ、あの人ね」

 花澄の友人=豆柴君。
 豆柴君のお兄さん=本宮さん。
 うん、嘘じゃないな。

「平塚さんね」
「うん」

 花澄に関する母の印象は、決して悪くない。というか良い。帰国して一度だ
け家に連れて行ったことがあるんだけど、『何かほんのりしてていい子ね』と
いうのが母の感想だったから。

「それは、わかりましたが……」

 茶托を指先で撫でていた母が、ふと顔を上げた。

「で……何でこの子なんですか?」
 今一瞬、『蛙の子は蛙』ってことわざが、頭の中を過ぎったぞ。
「理屈ではありませんから」
「理屈では、ないでしょうけれども」
 一つ、溜息をついて、母は相羽さんを見る。
「……頑固なんですよね、真帆は」
「ええ、知っています」
 ……そこで二人してしみじみ言わないで下さい。
「思い込んだら動かないし」
「梃子でも動きませんね」
 だーかーら。そういうことで二人で同意しないで下さいよっ。
「わがままだし、折れないし、理屈が通らないと聞きゃしないし」
 ……だからどうして、そういう思い当たることをここで言いますか。
 なんて、ある意味どっか呑気に思っていたら。

「それでこの子はお役に立ちますか」

 すっぱりと。
 今までの、どこかのんびりした会話と……けれども口調だけは同じだけど。
 役に立つ筈がない、と、言外に断言する口調の、母の言葉に。
 
「役に立つ立たないでなく、私が必要ですから」

 間髪を入れず、の返事だった。
 思わず振り返るほど……あっさりとした答えだった。

 気がつくと、父も母も、じっと相羽さんを見ている。
 相羽さんもじっと、母を見返している。
 膝に載せた手を、一度握って……そのまま膝を握り締める。

 ……こわい……っ


「わかりました」
 ふい、と、母が背を伸ばした。
「……宜しくお願いします」
「はい」

 …………は?

 片帆のほうを見やる。片帆も……これは完全に拍子抜けの顔になって、両親
の顔を交互に見ている。
 だからこちらも、両親の顔を見てみたけど……母は言ったとおりだし、父も
別に……なんつか同意、みたいな顔になってるし。

 ……ええと。

 と。
 母がきゅっとこちらを見た。

「色々お聞きしたいことがあるんで……ちょっと真帆と片帆、あっちの部屋に
いってなさいな」
「……え」
「何でっ」
「あんた達がいたって、話の邪魔じゃないの。色々お聞きしたいことがあるの」
 はい、いったいった、と、追い払われては仕方が無い。茶托と茶碗ごと、あ
たしと片帆は退散した。

           **

「……ねーさん」
「なに?」
 実家には今でも、あたし達の珈琲カップがある。二人ともインスタントコー
ヒーに牛乳入れてかぱかぱ飲むので、カップは大きく、かつ肉厚の……つまり
そこらでセール100円くらいで売られているものなんだけど。
 うちの両親、よく甥っ子姪っ子に『お菓子箱』を送るらしい。つまりダンボー
ル箱に一杯、お菓子を詰めて送るのだが、その余りらしいクッキーの袋を、片
帆は遠慮会釈なく開ける。
「…………本気、なんだろうけどさ」
「……うん」
 それなりに、知られているだけに……何か気詰まりで。

「ねーさん」
「ん?」

 珈琲カップから目を上げると、じっとこちらを見据える目と視線が合った。

「何で?」

 正面切って言われると……どう言えばいいのか困る。
 必要、って言えばそれはそう。ただそう言うと、じゃあ相羽さんが居なかっ
た時に生きてた理由がわからない、とかこの妹突っ込んできそうだし。
 
 どうしてもこの人の家族で居たいと思った。
 家族、という形式を取らなくても、多分相羽さんはあそこに住み続けること
を許してくれたと思う。もし家族になっても、多分今までどおり、ご飯作って
送り出して、お風呂沸かして……って、そこらは変わらないと思う。
 ただ、どうしても。

「……裏切ったらどうするって、訊いたんだ」

 す、と、片帆が視線を上げた。

「期待に沿うことが出来なかったら、裏切ったらどうするって」

 今は……そう、この人と家族で居たいと思っている。それでも。
 心が変わってしまったら、と。

「……それでもいいって言われた」

 損得放り出して、それでも家族になってくれ、と。
 そこまで……自分ですら信用出来ない自分を、そこまで。

「だから、かな」

 片帆は、黙っている。
 何だか……照れくさいというか何か間がもたなくて、珈琲を注ぎなおす。

「……ねーさん」
「はい?」
「……破滅思考がほんっとなおんないね」
「…………どういう意味それ」

 ちょっとむっとしたけど、妹は言うなりふいと横を向いている。
 まあ……片帆が一方的に怒鳴りつけて「なんでよなんでよっ」と言わないだ
けでもこちらには有難いことだし……多分、片帆も我慢しているんだろな、と。

「式とかどーすんの」
「しない」

 断言。
 そんな暇は全く無い(有難いことに)。
 んー、と、片帆は首を捻った。

「何かやったらいいかもよ?」
「え?」

 何でまたこの子が……と思ったら。
 きっちりとオチをつけてくれた。

「そしたら、昔の馴染みな女性とかがわーっと来て、式とか全部ごちゃごちゃ
にして、ついでにそこで離婚とかなるかもじゃん」
「…………あんたねー」
「ならない?」
「今更、なりません」

 確かに、時折。
 あ、辛いなと思うことは、ある。
 でも、辛いけれども。
 揺らぐほどの理由にはならないから。

 ちぇ、と、妹はふくれっつらで、クッキーに手を伸ばした。

 時刻は、もうすぐ午後の一時。
 
「あ、そだ、ねーさん手伝ってよ」
「へ?」
「ご飯作っとけって言われたんだった」
「……何作るの」
「栗ご飯は作ってあるから、あと……里芋の煮っ転がしを暖めてって。あとお
つゆと、秋刀魚の生姜煮と、ごぼうの煮たの」
「野菜は?」
「サラダ。トマトと胡瓜買ってきたから、適当にしてって」
「おっけ。秋刀魚どこ?」

 有難いなと思う。相羽さん栗好きだから。
 ……って、なんで判るかな、そんなことまで。

 もう一度時計を見る。
 ……あと、どれくらいかかるだろうか。


           **

 で。
 台所に追いやられた片帆とあたしが珈琲を飲んだ後、昼御飯を作っていた時
のことである。
 よって基本として、伝聞系である。



 どうも、両親、相羽さんを最初は質問攻めにしたらしい。どこに住んでると
か御両親はとか、結婚したいったって経済的に大丈夫なのかとか、結婚式は一
体どうする積りだとか。
 とりあえず、ざっとしたことを質問し終えて(ということは、多分両親のほ
うがあたしよりも相羽さんに詳しいってことになるわけだが)。

「あの子に聞いてもさっぱり判らないんですけど、ということは、今あの子、
お宅にお邪魔してるんですか?」
「ええ、少々事情がありまして、私の家に来ていただいてます」

 どうやら、そこら辺、片帆から聞いていたらしい。

「いただく、てより、お世話になってるんでしょうけど」
「いえ、こちらも家事全般をすべて押し付けてしまっていますので」
 
 何かそれまで、質問はかなり一方的に母がしていたらしい。ところが、そこ
まで言った時に、初めて父が言ったってのが……。

「……もしかして、全然、家事をなさらん人ですか」
 何でも非常に、しみじみと、確信を持っての台詞だったらしい。
「でなけりゃ、あれに押し付ける度胸は無いでしょう」
 …………いあその。そうかもしれませんけど。

「必要にかられればする、としか」
「ということは、基本、あまりなさらんのですか」
「一人暮らしは長いのですが、家事は必要最低限といったところでして」

 後から聞いたとき、相羽さんはそうとは言わなかったけど、多分この時、相
羽さんはそれなりに『家事出来ないってまずいのか』と思ったんじゃないかな、
と思う。
 したら、父が言ったってのが。

「……いや、点が辛い人だと、あれも訓練になっていいでしょうがね」

 まあ、それがうちの親だけど。

「……相羽さん」
「はい」
「足りないと思ったら、即言ってやって下さい。あれは気が利きませんから」
「ええ、わかりました」
「……言われないでもやるのが本当なんですけどねえ」
「そうでなくても自分が何もしない方なので、真帆さんのお陰で助かっていま
すから」

 
 後でこの話を聞いたときには、思わず文句を言ったものだけど。
「……相羽さん全然言わないじゃないかっ」
「別に文句があるわけじゃないしね」
 それ、言わないのとおんなじじゃないか、と、思わないではない。


 でも、そこまで話して……言わば、普通聞くことが終わったところで。
 母が、一つ溜息をついて、訊いた、という。

「…………あの子」
「はい?」
「親に殺されかけた、とでも言いませんでした?」
 苦笑ごと尋ねた言葉。
「…………五年前の、お話ですか」
「……ええ」
 知っていましたか、と、言外の問いに。
「真帆さんより、お話をお聞きしましたから」
「そう……ですか」
 茶托に視線を落として、呟くように。
「殺されると、本気で思うとは……思いませんでした」
「ええ、ご両親の気持ちは理解します。ですが、真帆さんは……本気でとって
しまった」

 黙った母の代わりに、父がやはりゆっくりと言ったそうである。

「あれも頑固でね、理由は一切言わないで、一年間一言も口をききませんでし
たよ」
 苦笑しながら。
「一年後に……それでも私には、挨拶だけはしてたんで、問い詰めたら、よう
やく言いましてね」
 だから頑固で曲がらない。そんな風に笑っていたという。
「本気の筈がなかろう、と言うと……『本気だからお母さんだ』とやられまし
てね」

 父は、笑っていたという。
 母も、笑っていたという。

 ……笑うしかなかったのかもしれない。

「……期待に答えられない、と」
 ふと、その声に、母が相羽さんのほうを見たという。
「真帆さんに言われました」
 そうでしょうね、というように、母は頷いたという。
「裏切ったらどうする、と。期待に答えられなかったらどうする、と」

 一瞬、沈黙があった。

「…………で、何と言われたんですか?」
「それでも構わない、と」
 溜息が、返事の代わりのようだったという。
 何か重いものを肩から降ろした時のような声だったという。

「本心から、そう思っていますから」
「……ええ」
 恐らくはほっと笑った顔のまま。
「あの子の傷は、私達では、もうどうしようもないと思っていました」
 そのまま、両親とも、深々と頭を下げたという。
「…………お願いします」
「はい」
 だからね、こちらも頭をさげたよ、とは相羽さんの言葉。
「真帆さんの傷は私が引き取ります」
 ……てか、それでそこまで言うかなって気がしたけど。

「……足りないところの多い娘ですが、宜しくお願いします」
「はい、必ず幸せにします」


 
 帰ってから、相羽さんに一部始終を聞いて……思わず『どうしてそこまで』
と、言ったものだけど。
(だって、前から言ってるし)
 ……いや、そうなんだけど。

 でも、居直ったように言うのを見ながら。
 もしかしたらこの人、全然そうは見えなくても、でもがちがちに緊張して、
うちの両親と話してたのかな……って。

 何だか有難くて、申し訳なくて。



「あ、もう一時過ぎてる」
 母が慌てたように言う。
「ごめんなさいね、相羽さん、お昼遅れて……栗ご飯なんだけど、お好きです
か?」
「好きです」
「男の方にだから、どうかなと思ったんですけど……良かったわ」


 いや母上。多分あたしよりも、栗ご飯とか好きな人だから。


           **
 
 それでも昼御飯は、割合に穏やかに終了した。
 いや、外見は割合どこではなく、きっちり非常に和気藹々と終了した。後か
ら母曰く、まあ栗ご飯にしたのが正解だったわねえ、だそうで(そらー大好物
だもんなあ……)


 ……それだけに。

「で、お前達、今日は泊まってくのか」
 片付けよう、と、立ち上がった途端に、父が次の一撃を食らわすし。
「あ、ううん、帰る、少し早めに帰る」
「何だ、どっか食いに行こうかと思ってたのに」
「で、でも、相羽さん仕事あるからっ」
 ね、と、見やると、相羽さんは微妙な顔をした。
「忙しいし、刑事さんだしっ」

 皿を重ねて、台所に引っ込む。
 ついでのような顔をして、相羽さんが台所に来る。

「……別にゆっくりしてってもいいんだけど」
「か、帰ろうよっ」

 てか。ここに泊まって、夜も一緒に食べて、とかなると。
 すげー怖いんですけど、色々と。

「仕事あることにしといて下さいっ」
「……了解」

「あら、お忙しいんですね」
「……ええ、まあ」
「じゃあ…手お引止めするのもなんです、ねえ」
「予測のできない職務なので、真帆さんにも色々心配をかけています」
「ああ、心配させとけばいいんです」
 いや、母上、それ断言しなくても……てか、十割本気で言ってるし。

「じゃあ、真帆、色々持って帰ったら?今日帰ってご飯の支度しなくていいで
しょ」
「あ、うん」
「栗ご飯……お好きみたいだし、あと煮物と、漬物と」
 タッパーと密封ビニール袋に、次々と放り込んで。
「これ花がつお。ダシ用ね。あとしらすぼしと、トマトと胡瓜いる?」
「あ、欲しい」
 ぽんぽん、と、袋に詰めて。
「で、これお酒。もって帰んなさい」
「……あ、ありがと」

 まとめて袋に入れて。

「あ、あと、おかーさん」
「何?」
「栗ご飯、どうやって作るか教えて」

 ほんっとに、好物だもんなあ。

「あんた知らなかったっけ?」
「……そんなもん、一人で作らないもの」
「まあ……じゃ、ちょっと待って」

 近くの鉛筆をとって、考えつつ思い出しつつ書きながら。

「真帆、あんた変なもん作るくらいなら、その前にちゃんと訊きなさいね」
「……はい」

 変なもんって何。

「……あ、片帆は」
「残る、あたし残るっ!」
 いああの。そこで台所の入り口の柱にしがみつかなくてもいいと思うんです。
「あしたやすみだしあしたかえるっ」
 まずい。母が流石に妙な顔になってる。
「諒解。じゃあまた、むこうでね」
「おい、駅まで送っていかんのか」
「行きます行きます」

 ぱたぱたぱた。
 いつもとそっくりの。
 ……でも、いつもとは違う。


「あ、ちょっと真帆」
「へ」

 落花生を飴で固めたお菓子が近くにあるとかで、父は相羽さんと一緒に買い
に行った。

「式とか、どうするの」
「……籍入れるだけだと思う」
 
 真面目な話、ヤク避け相羽が下手に結婚したの何なのって情報が流れたら、
それはそれでまずいと思うし。

「それで、話はついてるのね」
「うん」

 多分(おい)。

「……あのね、真帆」

 ふ、と、母がこちらを見据えた。

「相羽さんが何と言うかはわからない。でも、相羽さんに拾って貰ったってこ
とを、あんたが忘れたらいけませんよ」

 単に鋭いだけではない。分厚い、よく研いだ出刃の、その刃のような。

「……はい」
「理屈無しに拾って頂いたことを、裏切らないように」
「はい」

 
 一体、三人で何を話していたか、判らなかった。
 でも、少なくとも。
 母がそう言う、それだけのことは……伝わったんだなって。


「あとね、おばちゃん達には、ちゃんとあんたから連絡しなさい。電話でいい
から」
「……電話番号頂戴」
「あんたって……」

 わらわらしている間に、お菓子の大箱と一緒に父と相羽さんが戻ってきて。
 そのままばたばたと駅まで行ったのだけど。


         **

 その場で買った割に、指定席はきちんと空いていた。二人並びの席に座って、
荷物を置いて……思わず思いっきり伸びをする。

「おつかれさん」
 ぽんぽん、と相羽さんが頭を撫でる。
「…………良かったあ」
「まあ、なんとか許可はもらえたしね」
「うん」

 大箱を買ったおかげでか、おまけ代わりにお菓子が二つついてきたらしい。
それを開けながら、相羽さんが笑う。

 その、表情が。
 あまりにいつものとおりだったので。

「……にしても」
「ん?」
「あの、相羽さん」
「なに?」
「そのうち、閻魔様に舌抜かれる心配したことない?」

 いや、3人で話してたときはどうか知らない。でも、お昼を食べてても、あ
れだけ好物の栗ご飯を食べているときですら、嬉しそうであってもいつもの調
子じゃなかったし。
 明朗闊達。すげーそれって誤解を生むぞ、みたいな受け答えだったし。

「そんなの気にしてたらさあ、刑事稼業できないよ?」
 あの、そこでにっと笑って言われても……
「…………あの」
「なに?」
「一応、親戚になるんですけど、うちの両親」
 刑事稼業の調子で相手されるとちょっとなーというかなんというか。

「まあ、嘘にするつもりはないよ」
 相羽さんが言ったこと。
 思い返してみて。

「…………そ、か」
「ん?」

 
 私にお嬢さんをください。
 決して不幸にはしません。

 その言葉だけは、聞いた。
 ある意味……そうやって、守ることが出来るんだろうなって。
 何だか、そんないらんことまで、考えてしまって。

 
 ふと気がつくと、相羽さんがこちらを見ていた。

「……幸せじゃない?」
「え?」
「俺といて」

 視線の先の、怖いくらいに真っ直ぐな表情。
 ……だから。

 手の中で、数を刻む。
 相羽さんの表情が、僅かに歪む、そこまで待って。

「……幸せだよ」
 言った途端に相羽さんが溜息をついた。
「………変に間もたせないでくれる?」
「不安になった?」
 くすくす笑いながら言うと、相羽さんの表情も多少和んだ。
「……そりゃあ、ねえ。俺、小心者なんだからさあ」
 誰がだよ、とか思ったけど。
 でも。
「……信用してよ」
 相羽さんのいつもの口調を真似て、一言いうと。
 一瞬黙った後……相羽さんは、肩をすくめて苦笑した。

 
 ふと、思う。
 今年の2月にこの人に会って。
 ぶん殴られたこともある。二度と会わない、会えないと思ったこともある。
 それでも。

「……でも良かった」
「ん?」

 言いながら、相羽さんは手を伸ばす。本当になんでもなげに手を握ってる。
 新幹線の、座席の間で。
 
「…………家族になれるね」
「……そだね」

 握り締める手。
 
 虚空を握り締めることが、何度もあった。
 何一つ、掴むことが出来ないまま、諦めることのほうが多かった。
 
 ……でも。

「……何か、肩の荷降りたら、眠くなった」
「いいよ、寝ても」
 同時に、手が伸びる。そのままことん、と、肩によっかからせられて。

「……おやすみなさい」
「おやすみ」

 
 眠くて眠くて、目を閉じながら。
 ああ、あと、相羽さんの御両親のとこにも行かないとなって思った。

 小さく笑う気配。

 「よっぽど、疲れたんだねえ」

 相羽さんのほうが、よっぽと疲れてるのに。
 ぼんやりと。
 そんな風に思ったのを、憶えている。



時系列
------
 2005年10月初旬。最初か第二くらいの土曜日。

解説
----
 『電話』から続いての、御約束話。
 事実と比べてどうこうってのは、まあおいといて……

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 てなもんです。
 ええ。
 ではでは。
 


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