[KATARIBE 29492] [HA06N] 小説『ペットショップにて』

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Date: Thu, 3 Nov 2005 23:48:51 +0900 (JST)
From: いー・あーる  <furutani@mahoroba.ne.jp>
Subject: [KATARIBE 29492] [HA06N] 小説『ペットショップにて』
To: kataribe-ml@trpg.net
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2005年11月03日:23時48分51秒
Sub:[HA06N]小説『ペットショップにて』:
From:いー・あーる


ども、いー・あーるです。
たまには書かねば、な、片帆の話。

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小説『ペットショップにて』
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登場人物
--------
 軽部片帆(かるべ・かたほ)
   :毒舌大学生。軽部真帆の妹。相当のシスコン。

本文
----

 電話があった。
 姉からだった。


      **

「おーい、のりくん、危ないよっ」
「かたほねーちゃん、こっちー」
「いやこっちはわかるから」

 てとてと走ってゆく甥っ子を追いかける。
 後ろで義姉さんが笑っている。

「こーら、のりー、片帆おねえちゃんの言うこと聞きなさい」
 
 義姉さんの腕の中から、姪っ子がなんだかよく判らない歓声をあげる。

「みつねえさん、そんでこっちでいいの?」
「うん、そっちで曲がって」

 信号のところでようやく甥っ子の手を掴む。
 小さい手はするりと手の中から抜けそうで。

「で、何がいるの?」
「あんな、犬とか」
「好き?」
「ぼくとかな、あっちゃんとかな、好きやねん」

 元々、姉も兄も小さい頃に引越しが多かったってことで、言葉は標準語に近
い。義姉も基本は標準語。だから甥も昔は標準語だったんだけど、最近幼稚園
に行きだしてから、どんどん言葉が関西弁になってる。
 
「あっちゃんって、幼稚園のお友達?」
「うんっ」

 要するに、近くのペットショップに行くところなわけである。


 姉からの電話の翌日、兄の家に行った。
 無論兄は仕事で居なかったけど、義姉さんと子供達が居て。

(どうしたの、片帆ちゃん)

 
「かたほねーちゃん、ここやねん」

 気が付くと、確かにガラス窓のむこうから、何匹もの動物がこちらを見てい
る。何より強烈な『生き物の臭い』が鼻を突いた。

「いこー」
「わかったわかった」

 扉を押して、入る。
 途端にきゃんきゃんと吼える声。

「わっ」
「大丈夫だよのりくん、柵の中にいるんだから」

 どうやら小型犬のゲージの掃除中らしい。中の子犬が一時的に店の中央の柵
の中に入っているのだ。

 
 最近時々行くのよ、と、みつねえさんは笑う。
 兄さん達が住んでいるのはアパートで、犬は飼えない。それは甥っ子もちゃ
んと判っているから『飼いたい』とだだをこねることはないらしいんだけど。
(犬が居るって、幼稚園の子たちに聞いたらしくてね)
 買わないんだからそんなに度々は行けないのよ、と言いつつ、店の前まで来
ては、ガラス戸越しに犬を見る。たまに中に入る。
 そういう意味で、あたしは『見慣れない客』として……まあ、多少なりとも
入りやすいってことかな、と。

 少し遅れて遠慮がちに、みつねえさんが入ってくる。

「……かたほねーちゃん、見せてー」
「あ、はいはい」

 ゲージは三段になっている。上のほうは子供には見えない。
 まだまだ軽い甥っ子を抱き上げてやる。

 掃除中のゲージ。ちょっとトウが立ったかなって感じの灰色の縞の猫。隣は
ひらひらとケープのような毛をまとったダックスフント。

「へー、スコティッシュ・フォールドなんているんだ」
「なにそれ?」
「この猫」

 耳がぺこんと前倒しに折れている猫。顔は妙に丸く見える。
 ふうん、と甥っ子は興味なさそうにうなずいた。

「のりくんは、猫より犬が好き?」
「うん」

 しかし、猫と犬と、隣り合わせで大丈夫なのかなあ。
 臭いとか、気にならないのかな。

 ぐうぐう眠っている、テリアの子供。大きな目を開けた長毛種の猫。白っぽ
い毛のチワワ。
 そして。

「……え?」
「わあ」

 チワワ、なんだと思う。黒っぽい毛の、チワワにしては足のしっかりとした
子。耳は大きいけど、コマーシャルで見る白いチワワほどじゃない。全体に…
…うん、なんか妙な表現なんだけど、『普通の犬っぽい』チワワ。
 それだけに、異常さが際立つ。
 並でなく、小さいのだ。隣の白いチワワも小さいけど、こちらは……

「ぬいぐるみみたいね」
 後ろからみつねえさんの声がした。
「それだ!」

 姉さんが良く作るぬいぐるみ。手の上にぽてんと乗るくらいの犬を、昔姉は
作ってたけど。
 ……これ、でも、どう考えても『作り出した』犬だ。
 チワワは立ち上がった格好で、静かにこちらを見ている。
 甥っ子も、静かに見ている。

 ……あ、まずい。

「のーりっ」
 ぽん、と、みつねえさんが甥っ子の肩を叩いた。
「……おかーさん」
 何となくぽうっとした目で、甥っ子が振り返る。
「その子?」
「……うん」

 つーか。
 流石に『作り出した種』ってとこか……他の犬も数万はするんだけど。
 これ、桁が一つ違うし。

「……うちでは、飼えないからね?」
「…………うん」

 最後のほうは、聞こえないほど小さな声だったけど。

「出ようか」
「……」

 甥っ子は黙って小さな犬を見ている。
 小さな犬は黙って甥っ子を見ている。
 
 
 無論、犬のほうにしたら、毎日毎日似たような人間を見ていて、そのうちの
一人だったかもしれないけど。
 妙にうるっとした目を、あたしじゃなく甥っ子に据えてるあたり……少なく
とも『自分を気に入った人間』というのは、わかったのかもしれない。
 そして、甥っ子も。

 

 来週の土曜日に、家に行く、と姉が言った。
 相羽さんを連れていく、と言った。
 
 すぐ後に親から電話があった。
(うん、そう、だからあんたもついでに帰ってこない?)
(基之は仕事で無理っていうし、そっちで会おうと思えば会えるからって)
 …………ああ、ほんとなんだ、って。
 その時初めて、思い知った。


 判ってなかったわけじゃない。姉自身もそうだけど、相羽さんという人が姉
をどう思っているか。

『お姉さんを、真帆さんを仕事のための使い捨てや、遊びとしてでなく、本当
に必要としています』
『そして、真帆さんも相羽さんを』

 姉に、憎まれて嫌われて、平気なんだ、と、怒鳴ったことがある。
 それまで……張り倒したいくらいに平然としていた相手の顔が、一瞬だけど
歪んだのを憶えている。
 ……それ以上見たくなくて、逃げたけど。


「……のーり」
 含み笑いと一緒に、みつねえさんは一度姪っ子を降ろして、あたしの腕から
甥っ子を受け取った。
 代わりにわいわい騒ぎ出した姪っ子を、あたしは抱き上げた。

「かえろっか」
 甥っ子は小さく頷いた。


 甥っ子がこの小さな犬が好きなのは……本当なんだと思う。
 でも……もしもこの犬が、甥っ子を大好きでも、やっぱり飼うわけにはいか
ない。
 
 相羽さんが姉さんを幸せにするか。
 少なくとも……姉さんが泣いたら、相羽さんは困るだろうなと思う。泣かせ
たくないんだろうなとは、思う。
 何よりも、姉さんは一緒に居ることを選んだ。
 伊達や酔狂や、半端では無い。
 そのことも、判る。

 ……それでも。
 
 五年前から、姉さんはあたしの姉さんだった。
 居なくなったらどうしようと思った。心配だった。よく電話をした。出来る
だけ遊びにも行った。どうしたら元気になるかって、考えてた。

 一番近くに居るって、思ってた。


「……片帆ちゃん……?」

 振り返ったみつねえさんの腕の中の、なきべそ顔の甥っ子。
 おんなじ顔を、多分あたしもしてるんだと思った。

「ちゃん」

 妙にはっきりと言いながら。
 姪っ子があたしの頬をぺしぺしと叩いた。


時系列
------
 2005年9月の終わり〜10月のはじめ。
 『電話』の一日ほど後。

解説
----
 自覚のないシスコン娘、片帆の話。
 たとえ幸せになると思っていても……なんでしょうな。

***********************************************

 甥っ子と犬の話は、実話だったりします。
 あとでおかーさんが『あー失恋させちゃったー(苦笑)』ってゆーてたのですが。
なんか横で見てた己も同感って感じで(苦笑)

 ではでは。



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