[KATARIBE 29474] [HA06N] 小説『予測と予感』

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Date: Mon, 31 Oct 2005 23:58:18 +0900
From: EasyPost <furutani@mahoroba.ne.jp>
Subject: [KATARIBE 29474] [HA06N] 小説『予測と予感』
To: kataribe-ml@trpg.net
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2005年10月31日:23時46分58秒
Sub:[HA06N]小説『予測と予感』:
From:いー・あーる


ども、いー・あーるです。
さて、送れたらばんざーいなのです。

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小説『予測と予感』
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登場人物
--------
 本宮史久(もとみや・ふみひさ)
     :吹利県警刑事部巡査。屈強なのほほんお兄さん。
     :http://kataribe.com/HA/06/C/0263/
 軽部真帆(かるべ・まほ) 
     :自称小市民。多少毒舌。相羽宅の現在住人。
     :http://kataribe.com/HA/06/C/0480/

本文
----

 変だな、と、流石に判った。
 判るくらい……相羽さんの様子は、変だった。

 新聞を開いて……視線が動かなくなる。
 食事の時に、妙に無口になる。
 そもそも。

「……相羽さん、何かあったの?」

 帰ってきて、靴を脱いで。
 お帰りなさい、と言う前に抱きしめられる。
 毎日、とは言わない。そもそも毎日なんて相羽さんは帰ってこない。
 でも、単純に仕事が終わって……というなら、こうも何度も続かない。
 理由も、何も、一言も言わないまま。

「……しんどいこと?」
 耳元の、小さな溜息。
「ちょっと、県警で……ね」
「……そう」

 仕事でね、とは相羽さんは言わなかった。
 つまり、仕事とは関係ないところで、でも県警内部のこと。
 でも、仕事に関係ないっていうのも変かもと思った。
 連続で、ぶち当たりたくも無い仕事にかかってる可能性も無いとはいえない。

 ……そんな風に、思った。

          **

 居酒屋、かんくさん。
 入り口でちょっと奥を除くと、相手が見つかった。
 会釈すると、相手もにこっと笑った。
 何となく安心して、席に近づく。
「ああ、真帆さん。わざわざお呼びだてしてすみません」
「あ、はい」


 相羽さんの、第一の友人。
 秘密とか隠し事とかは、多分この二人の間には、無い。
 と、すると。 
 ……呼び出された理由は、とてもよく判るんだけど。

「……あの、真帆さん」
「あ、はいっ」
 座った途端に声がかかる。
 ついつい背筋が伸びる。
 正面からこちらを見据えながら、本宮さんははっきりと言う。
「先日、先輩からお話を聞いたのですが」
「…………あ、はい」
 耳の先がかっと熱くなる。
 
 三日前、家族になってくれって言われた。
 家族になりたいって言った。
 ……うん、ばれるとしたら、確かに今くらいだとは思う。

「……色々あったようですね」
「…………はい」
 自分でも情けないような声だった。
「……あのっ」
「はい?」
「…………怒ってる?」

 一番の友人で、誰よりも相羽さんのことを知っている人。
 だからこそ……不釣合いって、怒られても仕方ないって思ったけど。

「え?いいえ、とんでもない」
 きょとんとした顔が、ぱたぱたと崩れて。
「……よく、あの先輩をひきうけてくれると」
「じゃ……怒って、ません?」
「いえ、驚きはしましたが、怒ってなどいませんよ」
 穏やかな顔に、やっぱり穏やかな表情を浮かべて。
「むしろ喜んでます」
 言われて、思わず息を吐いて。
 ……思っていたよりも緊張していたことに、気が付いた。

 はい、御注文は、と廻ってきたお店の人に日本酒を幾つか頼む。
 はい毎度、と、元気のよい声を残して、お店の人は去ってゆく。

「でも、なんでまた、怒るなんて言うんですか」
「……だって、本宮さんほどいい奥さんには、絶対なれないから」
 気が利いて、気が付いて、何でも出来て、フォローでも何でも可能で。
 ……そんな風には、なれないから。
「……いや、それは、無理な相談なので」
「そですけどね」
 それは、判ってるのだけど。

「ともあれ」
 すっと、本宮さんが居住まいを正す。
「はい」
 つられてこちらの背筋も伸びる。
 手の中のグラスをテーブルに置いて、居住まいを正したところで。

「おめでとうございます」

 とてもとても、綺麗な声だと思った。
 まじりっけ無しの、本当にそのままの言葉だと思った。

「…………有難うございます」
「あの人、本当に……ああいう人ですけど」
 やっぱりグラスを、テーブルに置いて、本宮さんはぺこりと頭を下げる。
「よろしくお願いします」
「……あ、あの、本宮さん、違います」
 そんなにされると、困るのだ。
「甘えているのは……あたしのほうです」
「いえ、お互いに」
 本宮さんの声は、きっちりと自信に満ちているようで。
「お互いに必要としあっているように、僕には思えますから」
 そしてその自信は、確かに事実だから。
「でも、良かったです」
「……え」
「先輩にとってもあなたにとっても、きっと良かったと思います」

 ……本当かな。
 そう、どうしていえるのかな。

 注文の品ですーと、お店の人がやっぱり景気の良い声ごとグラスを幾つか持っ
てくる。
 それを一つ、手に受け取って。

「…………本宮さん」
「はい?」
「もし、本宮さんが反対するなら、止めようかって思ってた」

 一番相羽さんを理解して、知っているこの人が反対するならって。
 それなら、あたしはあの人のためにならないってことだから。

 そう……それは本当にそう思ってたのだけど。
 本宮さんは苦笑した。

「そんなことはありませんよ」
「……どうして?」
 本宮さんにしたら、大事な先輩だもの。もう少し誰かましな人って、思ったっ
て不思議じゃない。
「ほんっとに……申し訳無いくらい、あたしは相羽さんに甘えてるもの」
「……いいじゃありませんか」
「良くないよ」
 ふんわり言われる言葉に、ついつい棘を含んで返してしまう。
「あたしは相羽さんに拾われたけれども、相羽さんには迷惑だけを押し付けて
る」
「その甘えを全部許容してなお、先輩には真帆さんが必要だということでしょ
う」
 くす、と、本宮さんは笑った。
「それがわからないほど、僕の目は節穴じゃありません」
 断言、してくれるけど。
「…………必要とされて、よかったのかな」
 思わず呟いた。小さな声の積りだったけど、本宮さんにはきっちり聞こえて
いたらしい。
「ひとつ、聞いてもいいですか?」
「え?」
 目を上げると、真っ直ぐに本宮さんの視線とぶつかった。
「真帆さんは、幸せですか?」
 嘘も何も、ありえないほど真っ直ぐな目。
 だから。
「幸せです」
 毎日思う。嘘だろうって。独りじゃなくてここに誰かが居て、居てほしいっ
て思っていてくれるって。
「申し訳がたたないくらいに、幸せです」
 言い切って、数瞬。
 ふっと、本宮さんは笑った。
「ならば、きっと先輩も幸せですよ」
 耳の先がちりちりと熱くなった。


「あ、えとあのっ」
「はい?」
 必死でわたわたしてて、思い出した。そうだ、この人に聞きたいことがあっ
たんだった。

「あの……本宮さんもだけど、相羽さんも、今お仕事忙しいですか?」
「え?……いえ、最近は特には」
「……あれ……」
 
 家に帰ってくる度に、何かが辛くて堪らないように見える。
 何も言わないけれども。

「……何だろう、相羽さん、何か……元気ないんですよね」

 無論、他意は無い。というか、そういうことを言っても大丈夫なくらいの友
人だって、流石に判ってる。
 に、しても。

「……そう、ですか」
 不思議な表情を、本宮さんはしていた。
 複雑なような嬉しいような……なんだか、その両方が飛び出すような。
「……思い当たること、ある?」
「…………少々、県警のほうで」
 めずらしく、本宮さんから目をそらす。それで大体判る。
 ……つまり、原因は、この人にあるのだ。
「県警の、ほうで……」

 っても、県警というと。
 まさかもしや奈々さんのことじゃあるまいな。
 晩夏の頃、子供さんが居るって聞いた憶えがある。まさか。

「ね、そいえば、本宮さん」
 ことさらに口調を明るくして、何でもなげに。
「子供さん、大丈夫?」
 本宮さんの表情が、一瞬ぐにゃっと揺れた。
「……え、ええ」

 表情を、読む。
 本当の意味で、奈々さんにも子供さんにも、問題は無いのだろう。もしそう
いうことがあるならば、この程度の平然とした状況にはなるまい。
 
「最近は、仕事のほうも落ち着いているので……」

 でも。何かは、ある。多分間接的に奈々さんと生まれてくる子供さんに関わ
ること。
 妙に濁る、語尾の行方。
 
「ああ、それならいいけど」
「…………ええ」

 心配は奈々さんに直接関わることじゃない。
 それならここで、ちゃんと言ってくれると思う。
 ……で、ないのなら?

「いずれ」
 うろうろと考えているのを、どの程度読み取ったのか。
 本宮さんが、ゆっくりと口を開く。
「……いずれ、はっきりしますから」
 言い終わってにっこと笑う。
 ……うん、笑い顔は相変わらず凶悪だ。

「……本宮さん」
「はい?」
「変なとこで、相羽さん見習わなくていいからね?」
「…………」
 いざって時に弱味を人に言わない。その癖ある程度親しい相手には、その弱
味の存在だけは判るように、透けて見せる。
 本宮さんが、片頬を歪めた。
「あたしが言うと、すごく信頼置けないことになるけど」
「…………ええ」
「本宮さんの助けになりたい人は沢山いるし、皆、自分の思うように動かなく
ても、それでも本宮さんが好きだから」

 貴方の能力とか、貴方が自分の思い通りに進んでいるとか。
 そんなものは関係無く。

「……何か上手く言えないけど」
「いえ、いいんです、真帆さん」
 唸っていたら、本宮さんは笑った。軽く片手を上げる。
「真帆さんがおっしゃりたいことは……なんとなくわかりましたから」

 にこっと笑って、そう言う。
 その表情が……どっかでかちんときた。

 そら本宮さんは友人だ。直接にしろ間接にしろ、万が一本宮さんが失敗とか
しても、あたしにはその不利益はかかってこない。その距離感があっての暴言
かもしれない。それは自覚してるけど。
 でも!

「…………ってか!」
「え?」
「本宮さんも、相羽さんも!」
 拳を握る。どうしてこの二人とも、自分のことがそこまで見えてないかっ。
「廻りがどれだけ大事に思ってるとか、考えても無いし!」
 グラス二つ分の距離の向こうで、本宮さんは目を白黒させている。
「客観的な秤で見ても、二人とも充分有能で、生かすべき人材だって……そこ
だけは多少自覚とかあるみたいだけど」

 自分の仕事に対する能力。そのことについては相羽さんはきちんと自信を持っ
てると思う。
 だけど。

「その才が一切無くても、大切だって自覚してないじゃない!」

 がん、と、手でテーブルを叩く。
 本宮さんは唖然とした顔でこちらを見ている。
「…………何か不満ですか」
「いいえ」
 素直で宜しい(えらいえらそげだな、自分)。

「二人とも、自分の能力は、ある程度見切ってますよね」
 座りなおして、次のグラスを手に取る。
「客観的に……自分たちが有能だってのも、ある意味では認めてる」
 本宮さんは黙っている。ことさらに肯定はしないが、決して否定はしていな
い空気。
「でもね……多分奈々さんも、同感って言ってくれるだろうけど!」
 グラスを持たない手で、思わずテーブルを一つ叩く。
 どうしてこんなことが判らないかな、この二人はっ!

「それ、全部無くなってもいいんですよ!」

 絶対、こんなこと無いって思うから言うんだけど。
 相羽さんがこれから先、何かで判断ミスするかもしれない。
 本宮さんがどこかで失敗するかもしれない。
 そりゃあ問題だ。それは確かにその人にとっては問題だから、心配もするし
何とかならないか、どうしたらいいかって考えると思う。

 でも、だからって。

「それでも価値がある」

 この人達の、あたしにとっての価値には変化なんて無い。

 そらーその時に迷惑とかかかったら、うわやだなって思わないとは言わない。
でも、だからといって、その人の価値は変わるとは思わない。
 それは、確信出来る。
 ……本宮さんは黙っている。
 だからこそ……なんかすごくしゃくに触って。

「……あーやだもう、この兄貴分と弟分、二人してそこになると判ってないん
だから」

 むしゃくしゃしたんで、手元のグラスを一気に空にする。
 ふう、と、本宮さんが小さく息を吐いた。

「どうにも、似たもの同士なもので」
「……じゃ、二人して、そこのとこを改良して下さいな」
 空のグラスを突きつけると、本宮さんは苦笑した。
「……善処します」
 そのまま、くいっとグラスを傾ける。
 あっさりとグラスは空になった。

           **

 しばらくして、店を出た。

「今日は先輩は」
「あ、何か帰っても午前様って聞きました」
「明日の朝ってほうが、確率高いです」
「……あ、そなんだ」
 それが相羽さんだしな。
「じゃ……おやすみなさい」
「おやすみなさい」
 言って……あ、忘れてた。

「奈々さんに、宜しく」
「あ、はい」

 振り返って、本宮さんは笑った。



 何があったかは、よく判らない。でも奈々さんには関係なくて、多分本宮さ
んに関係があって、相羽さんが落ち込むこと。

 なんかの失敗、とかじゃない、よな。
 県警に関係する。

 ……『県警』という、組織に関係すること。


「…………まさか」

 思わず足が止まる。

 
 …………人事異動?


時系列
------
 2005年9月下旬。「家族の呼び名」から3日ほど後。

解説
----
 どうも様子のおかしい二人について、真帆が突っ込むの図。
 自分のことは棚に上げたついでに無視し腐ってるってのは事実ですので放置です<おい

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 てなもんです。 
 ではでは。
 



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