[KATARIBE 29468] [HA06N] 小説『電話』

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Date: Sun, 30 Oct 2005 00:05:37 +0900 (JST)
From: いー・あーる  <furutani@mahoroba.ne.jp>
Subject: [KATARIBE 29468] [HA06N] 小説『電話』
To: kataribe-ml@trpg.net
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2005年10月30日:00時05分36秒
Sub:[HA06N]小説『電話』:
From:いー・あーる


ども、いー・あーる@色々あるんすよ(へこり)です。
もそもそですが、ちと書いてみました。

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小説『電話』
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登場人物 
--------
 相羽尚吾(あいば・しょうご) 
     :吹利県警刑事課巡査。ヘンな先輩。ヤク避け相羽。
 軽部真帆(かるべ・まほ) 
     :自称小市民。多少毒舌。ネズミ騒動以来相羽宅に移住。

本文
----

 例えば、自分の今までの主張を枉げるということ。
 それがたとえ相手にとって都合が良くても。
 罵られる。最低でも莫迦にされる。標準値でも見捨てられる。

 …………そういう発想が、そもそもどっかおかしい、と、弟は言うけれども。

       **

 受話器に手を伸ばす。
 ひっこめる。
 また、伸ばす。
 ひっこめる。

 相羽さんが仕事に出てってしばらく、それを繰り返した。
 お昼にも、仕事の合間を縫って繰り返した。

 ご飯を終えて、お風呂沸かしてあるから、と言って。
 時間としては半時間を越さない。それはわかってる。
 重々判って……いた筈なんだけれども。

「どしたん?」

 両肩が跳ね上がるくらいには、驚いた。


「……いや、えっと」
「なに、電話にらんでんの?」
 まだ濡れた前髪の間から、不思議そうに相羽さんが見ている。
「…………電話しないとなって……流石に」
「ああ」

 家族になってと言われて、了承した。
 自分としてはそれで充分納得しているのだけど、無論それが世の中に通用し
ないことも知っている。当然親に言わなければならないことも知っている。

 十全に知っては、いるのだけれども。


「まあ、きっちりしないとあかんしねえ」
「……うん」

 語尾が、かすれる。
 
 頭では判っている。理屈では納得している。
 普通この場合、親は喜ぶと思う。そもそも嫁き遅れなんてものじゃない、喩
えて言うなら電話料金どころかガス料金を滞納して、玄関まで取り立てに来て
いる(それもこっちは一文無し)ってくらいに『遅れて』いるのだ。相羽さん
に御両親なり親戚なりが居たとしたら、絶対に反対するのは目に見えている。
ついでにその反対に、うちの両親も『お気持ち判ります』と、太鼓判を押すだ
ろうと思う。
 その程度には、自分は女性として……最低な自覚はある。
 それに何より。

「…………何か……自分勝手って、罵られそうで」

 五年前の出来事は忘れようにも忘れられない。
 罵られるどころの騒ぎではない。博徒並のはったりで賭けをして、ぎりぎり
で勝った。生き残った後にもさんざ怒られた。
 自分勝手。自分一人で大きくなった顔をして。好意を平気で踏み躙る。
 今でも時折、その言葉は蘇る。
 

「この場合、俺もその勝手に関わってるし」
 何時の間にか相羽さんは、電話を挟んで横に座っていた。
「なんなら俺からかける?」

 一瞬、お願い、と言いそうになったのは、認める。
 でも。

 そもそも両親は、相羽さんのことを欠片も知らないのである。そこに相羽さ
んが電話かけたとして……『それ真面目なの?』と言われるのが落ちである。
それに相羽さんがどういう電話をかけるだろうかなとか、親の質問にどう答え
るかなとか考えると。

「どしたん?」
「……いい、自分でかけます」
 言い切ったのが悪かったのか、相羽さんは少々不本意そうに口元を歪めた。

「ってか、相羽さん……何だか仕事の調子で話しそうなんだもの」
「いや、普通にお前さんのことで話したいから時間を空けて欲しいってお願い
するつもりだけど?」

 いや、だって、普通にって言うけど。
 相羽さんの場合、職業が職業だ。「お前さんのことで『何やら警察のご厄
介になるようなことが起きたので』話したいから時間を空けてほしい」、と、
勘違いされるよーな話しかたをしそうだな、と。
 これは何となくわかるわけで。

「……でも、相羽さんのこと、うちの親全く知らないから……」
 全国に散らばる弟分。連中からの打ち明け話は、決して外部に漏らすべきも
のではない場合が多かった。故に友人関係の話は親とは滅多にせず……まして
今の状態は一言たりとも親には言っていない。『相羽』という名前さえ、親は
知りもしないだろう。

「とにかく、かけてみる」
「ああ、わかった」
 握り拳で、一度自分の膝を思いっきり叩く。自分でも判る。相羽さんと一緒
に居ると、自分はなんもかんもこの人に頼ろうとする傾向がある。
 もし、逃げたら。
 多分、相羽さんは、肩代わりしてくれる。

 ……でもそれは間違えている。

「怖い、けどさ……逃げるわけにゃいかないし」

 受話器を取って、握り締める。左手は完全に空けて、逃げる先を確保する。
(そもそも、逃げる先なんて無かったくせに、と、思うけど)
 ダイヤルを押して。
 呼び出し音。そして。

『はい、もしもし』
 聴き慣れた、母の声。

 
 腹の中が空洞になって黒く落ち込むような感覚。
 受話器を握る手から、血が引くようで。

「あ、お母さん、真帆ですけど」

 声が震えそうになるのを、必死で止めて。

「……あの、そちら、ヒマな時ってある?」
『ヒマ?……うん、あるけど、どうしたの?』
「えっと……」

 咄嗟に相羽さんの手を、受話器を持たない手で掴む。
 たとえ何があっても、この人は味方で居てくれる。
 こういう時どう言えば良いか、腐るほど本で読んだ台詞を必死で思い出して。

「会わせたい人がいるんだけど、そっちに行って……いいですか?」

 数瞬の沈黙。

『………………は?』

 えらく間の抜けた、母の声。

『……って何それ、どういうこと、誰それ一体……って、何でそんな急に!』
 一瞬の空白の後には、一気呵成に質問がやってくる。ああやっぱりな、あの
人も早口だしな……なんて、頭の片隅で妙に納得しつつ。
 どう答えていいか判らない。何をどう言えばいいのかわからない。
「…………ぅ」
『真帆、どういうこと!?』

 耳元でそう、叫ばれるのと同時に。
 握っていた受話器が、手からなくなった。

「こんにちは、はじめまして相羽と申します」
『…………は?』
 受話器から、母の声が漏れてくる。呆気に取られた……気の抜けたような声。
「突然、すみません。もっと早くにご挨拶しようと思っておりましたが」
 てきぱきとして、落ち着いて、判り易くて、どうかすると明るくて礼儀正し
いなんて形容詞がくっ付いてきそうな。
 ……相羽さんじゃないみたいだ、この喋り方って……ってっ。
 いやつか待て。

「真帆さんのお母様ですね、実はお嬢さんとのことで一度ご挨拶に伺いたいと
思いまして」
『って、ちょっと待ってください、どいういうことで』
「……相羽さん、電話っ」
 凍ってる場合じゃない。
「ご都合のよい日をお教えねがえないかと」
 受話器に手を伸ばして、そこで取り返す。
 ……な、何なんだか一体。

「えっと、あの、お母さん」
 こちらの声もふにゃけていたと自覚してたけど、
『…………今の人誰?』
 数秒後に届いた母の声も、やっぱり相当ふにゃけていて。
「……相羽さん」
 言いつつ、思う。
 説明になってない、絶対。
 電話の向こうは、妙に沈黙している。
「…………あの、会わせたい人、なんだけど」
 うーん、と、一つ唸るような声の後に。
『……もしかして、職業セールスマン?』
「…………刑事さん」
『はあ?』

 あ、誤解される。刑事なんて言ったら、こちらが何か事故か何か起こして、
それで……って思われるのかもしれない、と。

 ……口に出してから、思った(遅いんだってそれじゃ)。

「あの、あの、一度ちゃんと会って話したいから!」
『でも真帆』
「あの、別に何もしてないし、犯罪でもないしっ……」

 どうしよう、どう言えばいいんだろう。
 何だかぐるぐる頭が廻ってる時に。

「とりあえず予定だけ聞いとけばいいからさあ」
 小さな声。見上げると相羽さんがこちらを見ていた。
 
「……お父さんも、何時が暇かわかる?」

 妙に無言のまま、何かを繰ってる音がする。

『土日は、あいてるけど?』
「土日、ね」
 一旦受話器を外して、送信口を抑えて。
「土日なら空いてるって」
「ふむ」
 今度は相羽さんが、カレンダーを見ている。
「来週あたりなら今からなんとか」
「……来週、ね」

 受話器を持ち直して。

「……えっと、じゃ、来週行っていい?」
『…………いいけど』
 意味深というか、深いというか、怖い沈黙の後に。
『その時にきっちり聞くから。今あんたに何言っても駄目みたいだし』
「……………ぅ」
 静かな、落ち着いた声。
 だからこそ……怖かった。

「じゃ、えと、そ、その日に、帰るときまた連絡するからっ」
『はいはい……で、』

 何かまだ母は言っていたようだけど、そのまま受話器を下ろす。
 降ろして。抑えて……まさか鳴らないよね、あっちからかけてこないよね。

「おつかれ」
 ぽん、と、頭に手が乗っかった。
 途端に……涙がこぼれた。

「し、仕事、大丈夫?」
「ああ、一応都合はつけられるよ」

 ぽんぽん、と。
 軽く叩くように、何度も頭を撫でる手。

「まあ、事件がおきないこと祈っとく」
 ……ああ。
「……そか、事件おきちゃったら駄目なんだ」

 一瞬、そうなったら良いな、と、思って……反省。
 逃げたっていつかはどうかしないといけないんだし。

 でも、どう言われるだろう。
 何で黙ってたの、とは言われるだろう。どうして早く言わないのとも言われ
るだろう。
 そんなことなら家から出さなかったとか……言われるんだろうか。

「……相羽さん……」
「ん?」
「…………斬られたらどうしよう」
 は、と、呆れたような合いの手を、相羽さんは入れた。

「……なんで、斬られるの」
「だってっ」

 本当に、思ってなかったんだ。
 五年前、あの時には。

「あたし、五年前に言ったんだよ。話は断わる、その代わり最後まで独りで居
るって!」
 そう言って、独りで暮すことを選んだ。

「…………許さないって言われたらどうしよう」

 それは相羽さんがどうこうじゃない。あたしが悪い。そんな不徹底な生き方
でどうするんだって……
 反対されたら。

「そーなったら」
 のんびりと、何一つ気負う様子も無く。
「有無をいわさずかっさらうかねえ」
 まるで当たり前のように。

「……ごめんなさい」

 ずっと一緒にいてくれる。
 絶対に見捨てない。
 一番迷惑をかけたくない人に。

「厄介で、ごめんなさいっ」

 ふい、と。
 受話器を押さえつけていた手を、ほどかれる。

「まあ、そうならないように」
 頭を何度も撫でる手。
「俺からもきっちりいうからさあ」
「…………うん」

 今度は、独りじゃない。
 無論、だからって逃げることはできないけど。
 でも……独りじゃない。
 人に頼るっての、根本的に情けないけど。でも。

「でも、さ」
「ん?」
「……なんで、セールスマンって言われたのかなあ」
 近くにあったタオルに手を伸ばして、顔を拭く。どうしてこう、ことあると
自分はすぐ泣くかな。
「営業なれしてそうとか思われたかねえ」
 相羽さんが少し首を傾げる。
 でも確かに、いつもの調子と全く違ってた。流暢で明るくて、好印象で。

「……相羽さん、おネエちゃんへの聞き込みとか、ああいう風に言ってるの?」
「おネエちゃんに限らず外面はよくしとかないとね」
 本音と建前。そとっつらといつも。
 そら、両方あって当たり前だけど、それにしても……
「……はじめて見たよ。相羽さんの外面」
「そら家じゃ外面作らないよ」

 ホストで稼いでたっての、ああいう話し方だったのかな。

「ってっ……その調子でうちの親に話す、のか?!」
「話すことはきっちり話さないとね」
「…………えっと、きっちりはいいんだけど」

 いやだって。

 変な言い方になるんだけど。
 こうやって普段どおり話している相羽さんを見たら、親は少なくとも納得す
ると思う。少なくとも……ああ、友人だなって、それは納得すると思う。
 でも、あんだけ流暢に、がっつりにこやかに対応するの見たら……多分親は
納得しないだろうな……って。

 ……それだけあたしの友人が、偏ってるってことかもだけど。

「……うん、片帆に向って、くらいに、外面の半分くらい取っ払って」
 言いかけて、止める。
 それも……ある意味すっごくまずい、よなあ。
「まあ、考慮するよ」
 うろうろ考えてたら、相羽さんはふいとそう言って笑った。

「そうそう、あとで両親のこととかちょっと教えてくれる」
「……あ、うん」
「対処方法考えるから」

 にっと笑って……対処法?

「…………へ」
「考えないと、ね」

 いあその、考えるってあのー……

「肩凝った」
「へ」
「揉んで」
「……あ、うん」

 くるくる、と、考え過ぎて空回りする手前で、そうやって。
 ふっと……考えを止める声。

「ここ?」
「ああ、そこらへん」
「……ん」
 なるほど、と、手を伸ばして揉む。
 と、その手がふと止められて。
「ひょっとしてさ、熱とかある?」
「……え?」
 肩に置いた手を、相羽さんの手が抑える。
 相羽さんの手は、冷たい。
「えっと……無いと思うけど」
「いや、俺の平熱低いせいかもしんないけど」
 それにしても温度差があるな。この人お風呂に入った後なのに……と、考え
てみたら。
「あ……そか、さっき酒呑んだから、かも」
「そんだけ、覚悟きめてたってこと、かね」
「…………呑まないと、あんな電話できないもの」

 時折、思う。
 あたしはここに来て、弱くなった。
 人に頼ることが全てそのまま弱くなった証拠、とは流石に思わないし思いた
くない。
 だけど、もし、出来るのに『やりたくないから逃げる』なら、それは頼って
いるんじゃなくて『弱くなった』だけのことだと。
 それは、そう、思うから。

「……相羽さん」
「何?」

 電話出来る筈なのに、答えられないまま泣きそうだったこと。
 どこかで根深く……やっぱりあたしは頼っている。
 その、情けなさ。

「見捨てないでね」
 思わず……だからそんな風に言ってしまったけど。
「見捨てないよ」
 肩の上の手を握ったまま、相羽さんはにっと笑う。
「……面倒ばっかりかけてるから」
「俺は面倒なんて思ってないから、さ」

 相羽さんの主観で面倒ではなくても、多分客観から言えばとことん面倒。
 そういう……ことだろうか。

 そしてこの人を親に会わせるとしたら。
 何よりそれが。
 
「えっとね、あの、うちの両親が何言っても、それ、相羽さんがどうこうじゃ
ないから!」
 
 相羽さんという人を見て、両親が負の印象を持つとは思わない。それは案外
安心している。
 ただ、それ以前……あたしがつれてきた、というだけで、それが問題になる
可能性は本当に高い。

「あたしの日頃の行いが悪いのが、問題というか……」
 
 ああもう、本当に。
 何を言っても言い訳になるばかりで。
 
「……ごめんなさいって言うのも、嘘臭いなって思うけど」

 ふと、握った手ごと引っ張られた。肩から腕に滑るようにして……そして相
羽さんの真正面に。

「ちゃんと、挨拶しとくよ」
「……はい」

 この人と両親との間に、別に問題とかないだろうなって思う。それは確かに。
 ……でも。

「……………でもっ」
 思うだけで胃の中ががらんどうになる。
「尚吾さんっ」
「何?」
「……怖い……」
 相羽さんの手が、何度も額を撫でる。
「ごめんなさい、本当に怖い」
 小さな溜息が聞こえた。
「……お前さんがいつも言ってる言葉、返すよ」
 ぽん、と、頭に手が乗って。
「大丈夫」
 ぽんぽんと頭を撫でる、手。

「相羽さん、怒らない、よね」
「怒らないよ」
 多分どうなっても、ここに居ていいって言ってくれるだろう。
 家族でいてくれるだろう。
 でも、どうしても、怖くて怖くて。
 自分でもどうしてか判らないくらいに怖くて。

「……ごめんなさい」

 弱いと思った。情けないと思った。どうして独りで越せないかとも。
 でも怖くて怖くて。

 
 五年前、そういえば時折夜目を醒ました。
 醒ました途端、まるで恐怖に流されるような気がしたことがある。
 流される……否、その中で溺れて、そのままになりそうな。

 あの時は他に掴むものがなくて……そのまま酒瓶を掴んで無理矢理にも呑ん
で、恐怖から逃げようとした。
 胃の腑が空になるまで吐くこともあった。吐くモノが無くなって、それでも
えずきが止まらず、口元を拭いた手に血が混じったこともあった。

 それでも……恐怖からは、逃げられたから。

 
 怖いんです。
 どうしてか判らないけれども怖いんです。
 怖いというのが弱い証拠なら、そのとおり。子供じみているというならやは
りそれもそのとおり。
 だけれども。

「ごめんなさいっ」
 
 だから、その恐怖から逃げたくて。
 手を、伸ばした。


 大丈夫、と、相羽さんは繰り返した。
「大丈夫、だよ」
 子供をなだめるように、頭を何度も撫でながら。
「大丈夫」
 
 しがみついた手を離すほどの、勇気は出なかったけど。
 しがみついていたら大丈夫だなって……それだけは思った。

 多分、来週の土曜日も日曜日も。
 そこまでの、毎日も。



時系列
------
 2005年9月末〜10月はじめ
 時期としては、「十年一日」に重なるくらい。

解説
----
 つまり御約束の風景なんですが。
 暴走するくらいに直球な奴がやると、こうなるということで。

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 てなもんで、ではでは。
 


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