[KATARIBE 29460] [HA06N]小説『骨女の情』

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Date: Thu, 27 Oct 2005 18:05:09 +0900
From: 月影れあな <tk-leana@gaia.eonet.ne.jp>
Subject: [KATARIBE 29460] [HA06N]小説『骨女の情』
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 ういっす、れあなです。
 三十分一本勝負。と言いながら四日ほどかかりましたが。書きあがったので
流しておきます。
 以前某所にて使用した妖怪骨抜きを再利用。なんか好き。

お題
[Role] rg[TK-Leana]HA_SVOC: きけんな、カップルが、相手に、歯みがきして
もらった。 ですわ☆
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小説『骨女の情』
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登場人物
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 六兎結夜   :吸血鬼。
 女      :妖怪。

本文
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 その光景を見た瞬間、結夜は依頼の達成を諦めた。

 SRAには吸血鬼の互助会という性質の他に、人材派遣仲介組織としての側面も
存在する。
 紹介される仕事には、同族狩りや退魔業などのいわゆる『裏の仕事』だけで
はなく、人探しや素行調査などの探偵的な仕事も含まれていた。吸血鬼の鋭敏
な感覚や影に潜む能力はそういった業務に適しているからだ。
 今回の仕事もただの駆け落ちした夫の探索で、退魔業のように紙一重で死に
至る命のやり取りは存在しない、楽な仕事である。と一瞬前まで結夜は頑なに
信じていた。
 つまりはその光景を――血に塗れた和服の女が愛おしそうに、膝の上に載せ
た骸骨を撫でながら、歯ブラシでその表面を丹念に撫で磨いている有様を――
目撃するその瞬間までは。
「可愛いでしょう?」
 こちらに目も配せず女が呟いた。結夜は答えず、状況を整理しようと辺りを
ゆっくり見回す。
 市街地の外れ、バブルの崩壊とともに計画が中断されたまま放置されている
鉄筋ビルの地下の一角。
 電気など通っていようはずもなく、あたりは深い闇に包まれている。吸血鬼
の鋭敏な視覚をもってしてもまだ薄暗い。単に灯りがないということだけでは
ない、それは泥濘のように沈んだ陰の気による薄暗さだった。
 打ちっぱなしのコンクリートに囲まれた無愛想な部屋の中にあるものは女と、
白骨と、陸に打ち上げられたタコのようにべチャリとつぶれた肉の塊。
 骨抜き。という言葉が思い浮かぶ。唾を吐きたくなった。
 闇の中でおぼろげに判別した限り、肉が着ているのは調査対象者が最後に来
ていたと思しき服。
 カートゥーンアニメのように平たくなったその肉は、見るからに潰れ死んで
いた。と言っても、踏み潰されたように血と骨をはみ出させているわけではな
い。血は一滴も出ていない。如何なる魔道の仕業か、全身から骨だけが抜き取
られて、自重で潰れているのだ。
 そして、その抜き取られた骨が、女の膝に抱く骸骨だった。
「ほおら、ここを磨いてあげると、こんなにも気持ちが良さそう」
 言いながら頭蓋の罅を歯ブラシで梳っていく。吸血鬼の霊的な感覚を通して、
悲鳴のような苦悶の怨念が脳髄を直撃する。感覚は生きているのだと直感的に
理解した。浮気性の男の憐れな末路である。
 想像してみる。如何なる気分であろうか、剥き出しの骨の隙間を丹念に梳ら
れるという感覚は。
「それを気持ちよさそうと言うんならアンタは狂ってる」
「かもしれないわ」
 女は存外にもあっさりと結夜の言葉を肯定した。
 ふぅむと小さく唸ってから、結夜は懐から手帳とペンを取り出し、質問を口
にする。
「あー、一応確認しておくけどそちらの肉と骨が鈴村俊雄さん38歳(既婚)で、
あなたはその浮気相手?」
「そうよ」と肯定する声には何の負い目も感じられない。
 結夜は小さく眉をしかめて、また問い掛ける。
「どうして骨に?」
「欲しかったから。ではいけなくて? 骨には永遠があるわ、時とともにいず
れ朽ちてしまう肉や皮とは違って」
「なるほど」相槌を打って、結夜は淡々と手帳に書き込んでいく。
 魔道を追求した挙句吸血鬼と化す道を選んだSRAの先輩に持たされた、特製の
魔法道具だ。人皮をなめし血で染めた赤いブックカバーは、結夜の闇を油紙の
ように弾く。つまり、いざという時に衣類と共に塵と化す心配がない。
 言葉を残しておけば、例え死んだとしてもSRAの仲間が後を引き継いでくれる。
アナクロだが便利きわまる道具である。もしもの時の遺書にもなる。
 突然現れ遠慮なく質問を投げてくる結夜を女はようやく不審に思ったのか、
女は小首をかしげて質問を返しはじめた。
「あなたは警察?」
「マッポの手先になった憶えはないね」
「じゃあ、探偵?」
「の、ようなものかな」
「私を捕まえに来たのかしら?」
「正確に言えばその男を、だけど死んでるんじゃあどうしようもないな。何で
またこんなことに」
「彼が私に愛を語ったから、私はそれに応えたの。仕方ないでしょう? 私は
この愛し方しか知らないのだから。妖怪が人を愛してはいけなくて?」
「仕方がないこと――かどうかはさて、私の知ったことじゃない。誰か別の人
が決めてくれるだろうよ」とそこで結夜は一旦言葉を切り、息を大きく吸う。
「――けど、その怨嗟の声は至極不快だ」
 言葉を放つと同時に、俯いた女の顔をしっかりと睨みつけて、コンクリート
の床を強く後ろに蹴った。
 狙うは横たわった骸骨。顔を上げた女と視線が交錯する。一瞬の後、しかし
結夜の爪はそこに届くことはなくあっさりと女の手に突き刺さり、止められて
いた。
「なにを……」
「おいたはいけないわ」
 ゴキリと、突き刺した右腕の骨が軋んだ。
「――ッ!?」
 背筋をあわ立つ悪寒に慌てて跳び退るも、既に遅い。元より未来予知などの
超感覚には恵まれていないただの吸血鬼である。悪寒を感じてから逃げても間
に合わないなんていうことは当然の道理だ。
 ずるりと、例えるなら泥に植わった水草を引き抜くようにあっさりと、右腕
の骨が抜き取られる。激痛が走り、右腕はぴくりとも動かなくなった。当然だ、
如何なる怪力も、太い筋肉も、それを支える骨がなければ何の意味もなさない。
「物質透過能力ッ?」
「ただ骨を抜いただけよ」女はなんでもないという風に、さらりと言ってのけ
る。「暴力沙汰は嫌いなのだけど、私は非力な女だから。あなた、このまま帰っ
てはくれないかしら」
「か弱いね。よく言う――」と自嘲気味に微笑しながら、結夜は素早く思考を
めぐらせた。
 依頼の成功が不可能なことはもう疑うべくもない。なにせ対象が死んでいた
のだ、ある意味その時点で終了と言えなくもない。
 目の前にはあからさまな殺人犯がいるのだが関係はない。それに相手は妖怪
だ。人間の価値を基準に悪と断じ裁くなんていう傲慢な真似を、結夜はする気
になれなかった。そんな責任はそれこそお節介焼きの正義の味方か、公的機関
かが負えばいいのだ。それにそもそも、結夜の仕事に「浮気相手の確保」まで
含まれていないのだから、そんなことまでする義務もないのである。
 冷静に考えれば引くべきところだ。相手の戦力も分からない以上戦うのは危
険である。たとえ不死身の体をもっていても、引き裂かれれば痛いし、死ぬの
はそれなりに嫌なことだ。けれど……
 結夜は大きくため息をついた。
 声が聞こえる。世を呪う怨嗟の声が、のたうち叫ぶ苦痛の声が。関係のない
ことだけど、相変わらず脳髄に痛いほど流れ込んでくる。
「ま、結局のところ」と言いながら、再生が困難な右腕を根元から引きちぎる。
「私も『お節介焼きな正義の味方』の延長にいるってことなんだろうな」
 一振りすると、千切りとった右腕は闇色の剣に転じる。趣味と実用を追求し
た結果生まれた結夜専用の武装だ。自らの延長として作ることで身体と同様の
再生能力を付加した空想の剣。折れるほどに捻れても、刃こぼれをしても一瞬
で再生する粘り強さと、鋼鉄さえも引き裂く爪の鋭さを兼ね揃えた業物である。
 裂帛の気合と共に剣を疾らせ、逆袈裟に斬り上げる。人外の怪力と速さをもっ
た、人体を破壊して余りある一撃は、しかし当たらなければ何の意味もなさな
い。
 弧を描く黒い閃きを女は風に舞う木の葉のようにひらりと躱し、結夜の懐に
一足で跳び込んだ。瞬間、痛覚が灼熱する。通り過ぎ様にあばらを数本、文字
通り『持っていかれた』。
 結夜は医者でも、自分の身体を微細に至り把握できる武術家でもない。再生
能力こそあれど、それを骨のみを焦点に行使するのは容易いことではなかった。
持っていかれた右腕を腕ごと千切りとって再生したのもそのためである。
 振り返ると、女は折り取った数本の肋骨を嬉しそうに弄んでいる。やはり感
覚は生きており、女が骨を撫でさするたびに言い知れぬ悪寒が背筋を走った。
「雑だわあなた。そんなことでは当たらなくてよ」
「かもね、でも私の勝ちだ」
 突然の勝利宣言に女は眉をしかめ、一瞬後ようやくそれに思い至ったのか顔
色を蒼白に変えた。
「やめ――」
「もう遅い」
 ザクリ
 いともあっさり、結夜はその場に転がったままの骸骨に剣を突き立てる。耳
をつんざくような断末魔と共に、黒い火花を散らして炎が骨を覆い尽くす。
 浄化の炎なんて上等なものではない。生前の罪業を無垢に帰すのは閻魔の仕
事である。結夜がしたのはただ、霊体を骨に繋ぎ留めていた縁を燃し、魂を三
途の川へ送りつけただけだ。
「ああ」と女は風のように骨の元に駆け寄る。
 一瞬で燃え上がった炎は既に小さな燻りにまで変じていて、駆け寄った女に
燃え移るほどの勢いはない。
 恨みも、怒りも含まれない、ただ純粋な哀しい感情をこめて、女は嘆きの声
を上げた。
「ぜんぶ燃えてしまったわ」
 手を触れると、骨はその端からぼろぼろと崩れていく。既にそれは骨ではな
く、単なる白い灰の塊であった。
 女は低く、細く、ため息を吐いた。
「それで、どうするの。今度は私も燃やしてしまうのかしら?」
「いや、さっきも言ったとおりそんなことはしない。やるなら誰か別の人がや
るだろうさ」
「ならどうして、彼を燃やしてしまったの」
「アンタが人を殺すのは勝手だけど、苦しんでる人を放っておくのは心苦しかっ
たんでね。それだけ解放させてもらった」
「呆れた人。なにもかも中途半端じゃない」
「性分でね」
 うそぶいて、剣を地面に突き立てる。その強さのほとんどを再生能力によっ
た剣である。結夜の手から一度離れればガラスより脆く、たちまちに砕け散っ
ていく。
「さて、用事も済んだことだし私は帰らせてもらいたいんだが……」と結夜は
慎重に女を見つめる。
 仕方ない事とは言え彼女から想い人を奪ったのだ、あっさり帰してくれると
は思えない。慎重に反撃を警戒しながら、どうして逃げたものかと思索をめぐ
らせる。
「そうね」しかし女は、あっさりと答えて言った。「また縁があればお会いし
ましょう」
 その言葉に拍子抜けして、結夜は眉をひそめる。
「帰してくれるの、普通に?」
「どうして引き止めなければいけないの?」
「いや、だって。私はあなたの彼氏を殺したでしょう。怨まないの?」
「莫迦にしてるの?」と今度は女のほうが眉をひそめた。「怨みなんかもって
も、あの人が還ってくるわけじゃないでしょう」
「そりゃそうだけど、人間そう簡単に割り切れるもんでもないでしょう」
「あらだって」女は可笑しそうに笑った。「私は人間じゃないもの」
「……そうでした」
 薄情――というわけではないのだろう、きっと。骨女の情が、人と違う形を
していた、それだけだ。
「それじゃあまた、縁があれば」
「ええ、さようなら」
 何事もなかったようにすれ違っていく。人外と妖怪が、お互い名も知らない
まま、足音だけを残して。 
 ある初冬の夜の一幕は、こうして幕を閉じた。


舞台と時系列
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 2005年初冬。吹利市郊外の廃ビルにて。

解説
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 SRAの仕事で思わぬ事態に遭遇する結夜。
 両者共に人とズレた価値観を持つため狐につままれたような話になっている。


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 / 姓は月影、名はれあな
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